関西弁無双〜勇者のツッコミ〜
本作品は関西弁の一人称になっとります。
読みにくいかもしれまへんが、新しい試みっちゅう事で、笑って受け流してや。
赤信号を無視して、トラックが猛進してきよる。
不思議とゆっくり流れる時間の中で、暢気にそんなことが思い浮かぶ。
フロントガラス越しに見えるんは赤ら顔の男。
飲酒運転やな。
目が合う。目ん玉ひん剥いて凝視してきよった。
なにビックリしてんねん。驚いとるのはこっちや。
しっかし、ほんま時間の進みが遅い。
これはあれか。
走馬灯言うやつかもしれんな。
妙に冷静な頭がそろそろ避けなさいと言うので、取り敢えずトラックの右側へ飛ぶ。
便利やなぁ走馬灯。
て思うとったら運転手もハンドルをきった。
俺の方に。
……あぁはいはい、このパターンね。よくあるよくある。相手を避けようとしたら、二人とも同じ側に動いちゃって「あ、すいません」「いえいえ、こちらこそ」みたいな気恥ずかしい感じに……っていやいや。
命賭けてやるようなボケとちゃうよ、これ!?なんでこっちにハンドル切ってんねん!ていうか、今にも人が死にそうやっちゅうのに、さっきから馬鹿にしたみたいにずーーーっと目ん玉ギョロギョロさせよってからにっ! お前は……っ!
「お前は西川きよしかっ!!」
完璧や。人生最後のツッコミに相応しい。過去最大級に感情が乗った、いや感情どころかまさに全身全霊、俺の魂が丸ごと詰まったツッコミや。その鋭く振り抜いた手の甲と、10tの荷物を載せたトラックが激突する。刹那、神々しい光が溢れ出す。
あまりの眩しさに目を閉じた俺を、
「ぐえっ」
ふかふかの優しい感触が受け止めた。
「最近のトラック、柔らか〜い……ってそんなわけ無いやろ」
言うた瞬間、『スコッ』という謎の音が耳朶を打つ。
けど、それどころやない。
身体を起こすと、ものごっつい感触のええ赤絨毯が視界を埋める。人の気配を感じてさらに目線を上げれば、重たそうな鎧を着込んだおっちゃん達が絨毯の両端に並んどるのが見えた。天井には煌びやかなシャンデリア……では、ないな。お上品な光を放つキャベツみたいなもんがぶら下がっとる。壁もペンキとは違う質感やし、窓に至ってはありえへん薄さの、なんやキラキラした膜が張っ付けてある。強度は大丈夫なんやろか?
そういう豪勢っぽいもんに囲まれた部屋の一番奥。
小林幸子の衣装をぎゅっと凝縮しました、みたいな目に優しくない椅子に『私は偉い』ってな表情をしたチビッコが座っとった。端正な顔立ちやな。漫画かアニメなら『〜なのじゃ!』とか言い出しそうや。
……っていやいや、この状況はなんやねん。
あれか。アニメが好き過ぎて、閻魔堂が脳内変換されとるんか。
閻魔様を『のじゃロリ』に変換するとは、我ながら業が深い。バレたらサックリ裁かれてまうわ。
なんてことを思うとったら、兵士達がざわつき始めよった。
「召喚、成功です!」
「さすがは姫様!」
「感服いたしました」
「よっ、天才魔術師!」
他の奴らも口々に姫さんを褒めよる。
てか、四人目! ノリがおかしいやろ。忘年会か!
「ふふん、そうであろう! 妾を褒め称えるがよいのじゃ!!」
お前も乗っかるんかーい。あと、ほんまに『のじゃロリ』やないか。しかも高飛車。
テンプレやけど、嫌いやないで。
……ともあれ、状況は読めてきよったわ。
異世界転移っちゅうやつやな。トラックに轢かれて転移やなんて、王道もええ所やで。
「さて、お主。名は何という? 名乗れ!」
「灘 正一や」
高圧的やけど、チビッコやから微笑ましいな。
まさに『可愛いは正義』っちゅうやつやな。
……あれ? 気がついたら名乗っとった。
こんなん初めての経験やで。突然の異世界やから思ったより動揺しとるんかもしれんな。
「ふむふむ、言語変換の術式も成功しておるようじゃな。妾はタリース・ドトウル・スタバクス、この国の主なのじゃ」
「コーヒー大好きか!」
またもや『スコッ』という音が響いてきよった。
幻聴やなさそうやな。
ボケに対してならともかく、ツッコミに対してこの効果音はイマイチやで。
「こーひー……?」
タリースちゃんがこっそり小首を傾げとる。
愛らしさがぐっと際立ちよるな。
周りの兵士達も、なんや知らんけど満足気や。
中にはガッツポーズしながら感涙しとる奴もおる。どんだけ姫様LOVEやねん。
「コーヒーってのは俺のおった世界の飲みもんや」
「なるほど、知らぬはずなのじゃ。
……というか、ナダとやら。まさかお主、ここが別世界だと気が付いておるのか?」
「そうなんちゃうかなぁ〜、と思うただけや。どないなっとんのかはさっぱり分からん。ちょっと状況を教えてくれへんか」
うむ、良かろう! と無い胸を張った姫さんは、右隣にいた兵士に説明役をバトンタッチ。
アンタはやらんのかい。まぁ、姫やし当然か。
「では、近衛騎士序列一位である私から説明させていただこうと思うが……」
えらいパリッとしたイケメン騎士が出てきよったな〜と思うとったら、なんや知らんけど冷えた目線をくれてきよった。
なんかやらかしたんかな、俺?
「その無礼な態度を改め、姫様に謝罪したまえ!」
「まったくその通りだ!」
「異世界人とはいえ、目に余る」
「死罪!死罪!死罪!」
確かに王族に対する態度としては、ちょっとアレやったかも知れへんな。ただ四人目が気になって、素直に謝罪する気持ちになられへん。ノリが良すぎるわ。
「皆の者、よいのじゃ。違う世界の住人であれば致し方ないのじゃ」
「しかし!」
「それに妾には圧倒的な優位性があるのじゃ。だから少々反発的でも問題ないのじゃ」
優位性てなんやろ。顔面偏差値か?
やかましいわ! 誰が不細工やねん。
「……姫様の意向とあれば、是非もありません。では、改めて説明致します」
「うむ、始めるのじゃ」
で、序列一位の騎士さんがじっくりと分かりやすく説明してくれはったんやけど、大半が姫様賛歌やったから割愛。
大まかにはこんな感じやな。
・大戦に備えて、強い兵士が必要だった。
・異世界で死に瀕した人間を召喚する術を使った。
・死に際してなお信念を貫いた人間でなければ、召喚は成立しない。なぜなら、その信念の輝きをエネルギーとして消費し、異世界へと転移させるため。
要は、信念=MPって感じやな。
そうなると……こいつらは姫様LOVEが信念なんやろか。さぞかし高いMPを持っとるんやろ。
世界最強のロリコン軍団や。気持ち悪!
んで、翻って考えると……トラックに轢かれそうやった俺は、信念のおかげで生き延びた……?
「そんなわけで、お主はとても幸運なのじゃ! 妾に感謝するがいい!!」
「おう、ありがとうな。命の恩人や。借りたもんはキッチリ返しまっせ」
借りたら返す。それも倍返しや。
これぞ義理人情ってもんやろ。
よし、とりあえず姫さんに恩返しするっちゅうのは決めた。いきなり異世界来てもうて、何したらええか分からんさかい不安やったけど、これでちょっとはマシになったわ。
まあ恩を返すて言うても、現状が分からんと返し方も分からへん。
まずは情報収集や。
「……ほんで、俺の信念てのはなんやろか?」
「む? 自らの信念が分からんのか。お主の世界では定期的に鑑定せんのか」
「かんてい……?」
姫さんのマネしてみたけど滅茶苦茶スベった。
……うわ、寒っ!
皆様、そないな目で見んといて! チートスキルやなくて変な性癖が目覚めてまいそうや。
てか、誰かツッコミ入れてくれや。
アホみたいやんけ。
まあともあれ、鑑定タイムやな。
姫さんの手元に水晶玉が運ばれてくる。
こういうのは大抵、チートスキルが出るもんや。
楽しみやで。
「妾が直々に鑑定してやるのじゃ!」
「おう、ありがとさん」
背後から複数の殺気を感じる。
なんや、文句あんのか。
ありがたき幸せ! てな感じで平伏して御御足でも舐め舐めしたらええのんか。
……ふむ、アリやな。ってなんでやねん。
「ゆくぞ。鑑定!」
姫さんが手をかざすと、水晶玉に文字が浮かび上がりよった。
「お主の項目は……これじゃな」
ふむ、周りの人間が全員鑑定されたんやろか。
遠目にしか見えんし、そもそも変な文字やから分からんけど。
「おお、なんというMP! 流石は異世界人なのじゃ」
よっしゃ、これでチート決定やで。
「ふむふむ、信念の名称は……ツッコミ?」
「なんでやねん」
『ピンポン』
また変な音が聞こえてきよったな。と思うた瞬間、姫さんの水晶玉から光が消え失せよった。
けど、それどころやない。
信念がツッコミてなんやねん! まあツッコミ入れながらやから、説得力無いやろけどね?
てか、そもそも信念のお陰でトラック事故を回避してんねやで? 死の間際でもツッコミを欠かさん奴がどこにおんねん。
……あ、俺や。
「ふむ、故障かの? ……まあステータスは大体分かったからいいのじゃ。総じて高いポテンシャルなのじゃ!」
うん、そこまではええ。
「ただ、信念については聞いたことがないのじゃ。間違いなく異世界人特有の信念じゃな!」
「うーん」
納得いかへん。
けど、否定もできんな。
「さて、これで方向性は大体分かったはずなのじゃ。後は訓練を積んで、そのツッコミなるものでドラゴンを倒すのじゃ!」
「なんでやねん!」『スコッ』
「ぬふふ、断ることはまかりならぬのじゃ。お主には服従の呪いがかかっておるからな! 妾がその気になって命令すれば、相手がドラゴンだろうと大精霊だろうと、お主は御構い無しに飛びかかってしまうのじゃ!」
物凄いドヤ顔で無い胸を張っとる。イルカのお腹みたいにツルツルやなぁ……って現実逃避しとる場合やないで。
ツッコミでドラゴンを倒せる訳があるか!!
「安心するのじゃ。三食昼寝、呪い付きの好待遇なのじゃ!」
「上手い、座布団一枚や! って言うてる場合やないわ!!」『ピンポン!』
またもや謎の効果音が響いた矢先、姫さんの前に笑点御用達のふかふか座布団が舞い降りよった。
「ぬ……なんなのじゃ、これは?」
俺の背後で兵士達もざわめいている。
ふむふむ。ちょっと警戒されてもうたかもしれんけど、なんとなく『ツッコミ』の使い方が分かってきたで。
ここは試しに……、
「呪いなんか要らんわ。のし付けてお返ししまっせ」
ピンポン!
一際大きな音と共に、身体から何かしら悪そうなもんが取り除かれる感覚が。
よっしゃ! 上手い事使えたで!!
「ぐぅっ、呪いが……」
と同時に姫さんが苦しみ出した。
あ、もしかして呪いを解除せずに跳ね返してもうたんかな。『ピンポン!』
……そんな機能もあんのかい!!
「ひ、姫様!」
「何が起こった!?」
「貴様……許さんぞ」
「ヒャッハー! 消毒だ!!!」
「やから四人目が濃すぎなんやて」『ピンポン!』
瞬間、ハイテンション兵士の口がピタッと閉じられよった。
「んん?! んー!んー!」
「沈黙の呪いか!」
「魔法師を的確に狙うとは……只者ではないな」
あ、こいつ魔法職やったんや。
こんなうるさい魔法使い、嫌やわ。
遠距離からめっちゃ煽って来そうやで。
なんて思うとる間に包囲されてもうたで!?
めっちゃ槍を向けられとるんですけど!!
「一斉にかかれば倒せるはずだ!」
「今こそ姫様を護る時!!」
「「「うおおー!!」」」
怖い怖い怖い怖い!!!
ホンマに殺されてまうで!?!?
いや、それよりも槍が多いわ! 多過ぎるわ!
一人を相手に、何本刺す気やねん!!
「黒ひげ危機一髪より酷いわ! 同時に八回殺す気か? 俺はバーサーカーちゃうぞ!!」
『ピンポン!!(バキバキバキバキ)』
うわ、槍だけやなく鎧まで全部破壊されよった。
「「「な、なにー!?」」」
驚愕の悲鳴が響き渡る。
不味い気がするで。
「何事だ!」
「ど、どうなっているんだ!?」
ほらみろ、面倒な事になったで。
騒ぎを聞きつけた兵士がこの部屋へとやって来よった。
その眼に映るのは、パンツ一丁で立ち尽くす兵士達。
こらあかんわ。
「あの男の仕業か!」
「取り押さえろ!!」
いきなりハードモード過ぎるやろ!!
「み、皆の者……もう止めるのじゃ……」
一人冷静な姫さんの声は熱狂に掻き消され、王城内の兵士が全て倒れ尽くすまで、俺のツッコミが絶える事はなかったんや。
かくして。
俺は召喚初日に王城を武力制圧し、麗しき姫君を奴隷化した「鬼畜勇者」として、ヒソヒソと語り継がれる事になりましたとさ。
はぁ……なんで、こうなってもうたんや。