ルーティーン
適当な鼻歌が右隣から聞こえる。なにそれ、聞くと右隣は得意げに最近はやっているらしい曲名を言う。私の知っているリズムと少し違う気がする、とは言わない。
私が歯を磨きながら話す言葉を、彼はちゃんと理解している。まるで普通の会話のようになんでも返事をするので、思わず驚くほどだ。そしてやはり彼は得意げに俺はわかるよ、というのだ。
私もわかるかな、と相変わらず歯ブラシを加えたままもごもごというと、彼はうーんとうなった。どうだろうね、という彼は着替え終わった服を相変わらずそのまま床に放り出している。
でもさ、この間、私、トイレいくタイミング当てたじゃん。
あーあれなんでわかったの?
いや、いつも歯磨いた後、トイレいくじゃん。
え、うそ。
え、意識してないの。
すげえ、俺、知らなかったよ。
歯磨きを終わらせてまっすぐに彼の服をたたみに行くと、あーごめんね、と大してそう思っていないような能天気な声が背中に飛んできた。
きれいにたたむよねえ、と彼はまじまじと私の手元を見つめる。彼はなぜだか奇跡的なほどたたむのがへたくそだ。
彼は服がたためない、女々しくてよく人に傷つけられる、なぜか日焼けしない、筋肉がほとんどない、手先が不器用で、同じくらい口も不器用だ。
「髪、乾かそうか。」
私が面倒くさがってタオルドライだけにしていた髪を触ってにこにこ言う。
正直彼はドライヤーをかけるのがへたくそだ。
指はいつだって遠慮がちで、根本を乾かすことに必死になると前髪がべちゃべちゃのままドライヤーを止めることもある。申し訳なさげに髪を揺らす割に、いつも分け目を変えてしまう。
「やって。」
それを知っていて私は彼にドライヤーを渡す。後ろできりりと姿勢を正す彼の姿など見なくても想像がつく。威勢よくぴしりと背を伸ばした割に、すぐ自信なさげに猫背になることも知っている。今日だってきっと、前髪は乾かないだろう。
倍以上の時間をかけてなんとか髪を乾かした彼にそのままもたれかかると、彼はうわーと棒読みで悲鳴をあげて私を抱きしめた。お風呂あがりなのに、部屋着からは彼のにおいがする。鼻をならす私に合わせて彼は同じように自分のにおいを確認している。
やっぱわかんないなあ、と笑う彼は、でもゆうちゃんのにおいならわかるよと犬のように笑った。
きっと彼は明日も明後日も朝は私より遅くおきて、準備を終わらせた私のそばでのんびりと着替えて、準備が終わったころにスマートフォンに夢中の私にすりよって足を撫でるだろう。
行ってきます行ってらっしゃいと言いあいながら部屋を出て、鍵をしめる私をじっと見つめるだろう。しっかりと施錠されたのが確認されて彼はようやくうん、と一言言って先に階段をおりるだろう。
互いの一日が終わって、互いに話をしあいながら遠慮がちに私に触れてくるだろう。
先に彼がシャワーを浴びて、次が私で、そしてまた、並んで歯を磨いて、いつも先に歯を磨き終える彼はトイレに向かうだろう。
私の髪を不器用に乾かし、抱き合って眠るだろう。
いつもと同じように、ずれもなく、心躍る新鮮みも心揺らす危うさもなく、私たちの一日は始まり終わる。
彼はいつまでたっても、服はたたまないし、うまく髪を乾かせない。
私はいつまでたっても、彼のにおいに慣れず、心締め付けられる思いをしながらねむる。