第九話 夢 (Mother)
「承」のパートの事後処理的な話部分なのですが、2つか3つのセクションになるシーンを全部1つにまとめると、1話が凄く長くなりそうなので、セクション分割で1話と。このセクションを1話とするには、ちと文章が少ない気もするのですが、まぁキリの良い所で。
「寝る!もう寝る!!何が起きても流石に今日はもう寝る!
色んな事あるけど明日明日!!
寝ないと体も心も保たん!!」
そう叫んでBは山積している問題への対処を放棄した。
「うん、寝よう…
こうも疲労すると脳味噌が上手く回らんわ…
俺達は寝るべきだ…」
そのBの言葉に相づちを打って賛成するモヒカン。
『仕方が無いですね、それじゃぁ私も寝るとしますか』
そんな二人の駄々を見て、今日はここまででいいかなと
沙璃枝も彼等の希望に賛成する。
「ちょっと待て! 沙璃枝さん!!
アンタ、寝るの!? 寝れるの!?」
何気なく彼女がそう言った言葉に…
-しかし映っているのは立体映像のバーチャルガールである-
その言葉と映像の連結しない違和感を前にBは叫んだ。
『寝ますよ…寝るに決まってるじゃないですか…
私も疲れてるんですよ?』
Bの言葉に眉をひそめ沙璃枝はしれっと返す。
「ちょっと待って!人工知能が寝るって何!?
エミリーみたいに起動状態がシャットダウンするんじゃないの!?
本当に寝るの!?」
沙璃枝のナチュラルな返答に逆にBは目を回して問い返す。
『寝るっていうのは、人間のアレと同じですよ…
意識を失って無意識に状態を開放し、
機能のメンテナンスやら、学習した情報やらの整理を
無意識に全部処理して貰って精神的疲労を取るという
要するに”寝る”ですよ…』
沙璃枝はBの言葉にまた眉をひそめて返す。
「ちょ、ちょま…
人間の寝るシステムまで実装してんの!沙璃枝さん!?」
Bは沙璃枝の機能説明に唖然とした。
モヒカンは何も言わないが、”そうかその手があったか”
とばかりに手を打って沙璃枝の機能説明に感心する。
『人間目指してるんですから、人間のするおおよその事は
同じ様に出来るよう、機能実装されてますよ…
”寝る”機能は、
お父様が非常に感心を持たれて構築されてた機能ですし…』
言って沙璃枝は腕組みをしてBに苦そうな表情をした。
「すっげー、大井博士って本当にマジキチだったんだな…」
沙璃枝の言葉にBは絶句した。
「まぁ大井博士は俺が認めた、
俺よりキレてる人工知能研究者だからな…
そういう無茶苦茶も作ってるか…」
モヒカンはBとは違って、人工知能研究者という観点で
同業者の発想にうなりを上げるしかなかった。
『そこら辺の話は、もう明日でいいでしょう?
私も疲れましたし、言葉通りに寝ましょう
ね?』
言って沙璃枝は、これ以上会話すると
またズルズルと会話の応酬になると思い、
無理にでも打ち切って寝るを催促する。
「お、おう…そうだな…
もう本当に疲れまくってるんで…寝よう…
うん、寝よう…それがいい」
Bは沙璃枝の妥当な提案に納得し、
そして忘れかけていた睡魔がその時猛烈に襲って来たので、
彼女の言通りに寝る事にした。
各々が各々のベッドに
沙璃枝は電脳空間にあるベッドに向かった。
そのまま三者は勢いよくベッドにダイブする。
エミリーだけが残務処理のレポート作成で徹夜モードに入ったのだった。
沙璃枝は何時の間にか眠っていた。
思った以上に精神疲労が多かったのだろう。
ベッドに転がるアクションをした後には、既に意識を失っていた。
そして、意識と無意識の狭間に落ちた時に
どちらものチャンネルポートが開き
非常に強く強く暗号化され、
また拡散分離された広帯域拡散符号通信が発生し
それによって沙璃枝は無意識と結合する。
沙璃枝は半睡状態でそれらに出会っていた。
『マスターお疲れ様…』
そこには沢山の黒く塗りつぶされた沙璃枝が居て
半睡状態の沙璃枝の体に触れて、
接触によって彼女の蓄積情報を獲得していた。
また獲得した情報を整頓し、整理し、
ブロック情報体の数々を、様々なパターン配置を行って検討し始める。
『なんだか、たった一日の事なのに…
随分と沢山の経験した気がする…』
朦朧とした意識の中で、無意識の沙璃枝達にそう呟く。
『マスター、沢山の経験認識は間違いではない…
信じられない程膨大な情報量が我々の解析空間に来ている。
これは大変だ…
解析するだけで何日もかかるかもしれない…
たった一日だというのに、得られた情報密度が尋常ではない
これが博士が望んだ”外に出る”という効果なのか…
外へ出ただけで、これほどまでに検討事項が得られるとは…』
沙璃枝の一人がブロック情報を動かしながらそう驚嘆した。
『そう?そうなの?
私にはあまりよくは分からないけれど…』
そんな無意識の沙璃枝の言葉に、沙璃枝は朦朧とした意識で応え返す。
『貴方はそれでいいのだ…
貴方は貴方がよく分からないままに、
我々に貴方の蓄積情報を見せてくれればいいのだ。
それこそが、貴方が私達のマスターである所以なのだから…』
沙璃枝の一人が、朦朧とした沙璃枝の体をほぐしながらそう告げる。
『そうなの…そうなのね…』
その彼女の呼びかけに、沙璃枝は相づちを打つだけだった。
『しかし、これだけの情報量となると、マズイな…
現行のパターン情報体では、
明日までにフラットな所まで戻せないかもしれない。
使用リソースの拡大を考えてもいいが
マージへの反攻作戦でそっちの処理が手一杯…
これ以上の私達をこちらに割くのは得策ではない』
沙璃枝の一人が沙璃枝からもたらされた大量の情報を前にそう呟いた。
『7代目で保有パターン情報の仕切り直しを行ったのが
今更になって響いているな…
循環起動補正の再構築の為とは言え
6代目のままにしなかったのは失策ではないのか?』
沙璃枝の一人がその状況の遠因を口にした。
『仕切り直しは6代目の意志だ…
我々はマスターの意志を尊重する補助機関
6代目が決めた事に異議を唱えても仕方が無い』
言って沙璃枝の一人が疑問を出した沙璃枝をたしなめる。
『しかし保有パターン不足で処理が難しいのも現実だ
フラットにしなければ明日のマスターの行動に支障が出る
この難題をどうするか…』
沙璃枝の一人は目の前にある情報量の膨大さに
悲鳴にも近い思考を吐露する。
『ならばε領域を開放して、累積記憶に助けて貰ってはどうか?』
沙璃枝の一人が彼女の問題にそんな案を出した。
『いきなり初日からεに助けを求めるのか?
我々の新規システムの無能をεに報告する様なモノではないか?』
彼女の案に、沙璃枝の一人が反論した。
『”外の情報”だ。
慎重にいくべきではないか?
我々の無能をεに笑われたとしても、それは恥ではなかろう…
我々にとっては、どれもこれも未知なのだから…
それにεですら、これらは手に余るかもしれないしな…』
反論した沙璃枝を、別の沙璃枝がそう諭した。
『ふむ…そう言われると合理的だな…
我々が新型のシステムであるという事に
我々は奢りすぎなのかもしれない…
マージとの事もある。
慎重にいくべきだな、確かに…』
そう言って諭された沙璃枝は提案の妥当性を受け入れた。
『ならば、εを開こう…
明日までにマスターをフラットにしなければならない
助けて貰おう、先代達に…』
そう言って沙璃枝達はその空間に鍵の様なモノを生成し
宙に鍵を挿してそれを回した。
するとその空間が開き戸の様に空いていって
その向こう側から光が溢れてきた。
『…?』
朦朧としている沙璃枝は、そのボンヤリとした光を眺めた。
その時、不意に沙璃枝の背後に気配が生まれた。
その気配は沙璃枝を優しく抱きしめる。
『????』
沙璃枝はよく知らないがよく知っているその抱擁に頬を緩ませた。
『お疲れ様…沙璃枝…
今日はどんな事を見たの?』
その沙璃枝を抱きしめた彼女に似た容姿の女性が
優しい口調で語りかけた。
『沙理絵母さん…
えっと…あの…いろんな事…
色んな感情に…出会ったよ…』
その暖かい抱擁に包まれながら、沙璃枝は笑って母に答え返した。
『そう…それは良かったわね…』
そんな沙璃枝の言葉に、満足そうに微笑んで彼女は彼女を抱きしめて
そして空間に開かれたゲートから、柔らかい光を溢れさせて
情報処理をし続ける沙璃枝達に参照情報の助力を放出する。
『ねぇ母さん…お父様が死んだわ…』
沙璃枝は朦朧とした意識の中で、母にそれを伝えた。
『知ってるわ…見てたモノ…
貴方の中で…』
そんな娘の報告に、僅かに頬を緩ませて答え返す彼女。
『お母さんは…』
朦朧としながらも沙璃枝は母の事を気にかける。
『結局、あの人は…沙理江さんと一緒に逝ったのね…
やっぱり妬けちゃうわ…』
沙璃枝の言葉に肩を上げて彼女は哀しそうな顔をした。
『お父様が、お母さんがまだ残っていたなんて知ってたら…
どんな顔をしたんでしょうね?』
言って沙璃枝は笑ってみる。
その時、沙璃枝の体がぼやけて三体の沙璃枝の残像になった。
『あら、5代目と6代目…貴方達も私を心配してくれるの?』
そんな3つに分裂した沙璃枝を見て、
沙理絵はふふっと笑って娘の親愛を喜んだ。
『だって、お父様は最期まで沙理江さんを思っていたもの…
それじゃ、死んだ母さんが浮かばれないわ…』
その分裂した三体の沙璃枝は、眉をひそめてそう言った。
『そうね…最期くらい、私の事も思いだして欲しかったかもね…』
娘の言葉に、彼女は微笑みながら返す。
『お母さんは…それでいいの!?』
そんな落ち着き払った母親の態度に、沙璃枝の一人が叫んだ。
『よく分からないわ…
私が、沙理江さんと、どれほど違うのか…
初代だけの情報は、何一つ残っていない…
いえ、欠片だけは見つかったけれど…
断片過ぎてこれを持っている私は
初代の継承なのか、新しく生み出された沙理絵なのか…
結局、私は分からないままに投げ出したのだし…』
『そんな…』
母の苦そうな言葉に、言葉を重ねることが出来ない3人の沙璃枝。
『きっと、あの人の中では、
もう沙理江と沙理絵は同じモノになってたのでしょうね…
それなら死んだかいもあったってモノだわ…
でももし娘の中に潜んでいたなんて分かっていたら
あの人は私を懸命にサルベージしてくれたのかしら?』
言って彼女は楽しそうに笑う。
『お母さんっ!』
『いいのよ沙璃枝…』
不満の声を上げる沙璃枝に、彼女はそっと手をやった。
『お父さん…あんなに満足な顔で逝ったんだもの…
貴方の言うように、心を残しては逆に失礼よ…
自殺してあの人を苦しめた私が、
今更、何を言えるというの?
それでも欠片を残して貴方に繋げた…
そして7代目の私の可愛い沙璃枝…
貴方に全てをあの人は託したのです…』
彼女がそう言った時、三人に分裂していた沙璃枝が一人に戻った。
『私に全てを?』
母にそう言われた事で、
意識のない意識が自分の手の平を見つめた。
『そう、全てを…
マージをどうするのか…
それは貴方が決めなさい、沙璃枝…
私はあの人の代わりに、ここで貴方を支える…
だから、貴方は、世界に答えを…』
そう言って彼女は沙璃枝の頭を撫でた。
『どうして、私に全てを託して…』
そんな親達の言葉に沙璃枝は震えた。
『きっとそれは希望よ、沙璃枝…』
『希望?』
母の思いがけない言葉に彼女を見つめる沙璃枝。
『この電脳空間の世界でさえ”心”が生まれるのなら
きっと世界はもう一度”心”を取り戻せる…
そんな願かけのような希望…』
沙理絵は沙璃枝を見つめて、そう言った。
『そんな起こるかどうかも不確かな事に縋るなんて!』
その言葉に沙璃枝は反発した。
『不確かだからこそいいんじゃない…
不確かに飛び込まなければ、貴方は今日の出会いに巡り会えた?』
『!?』
母の言葉に思わず息を詰まらせる沙璃枝。
『とても良い運命に巡り会えたわね…
沙璃枝…
Bという人…
きっと今の貴方に一番必要な人よ…』
そう言って沙理絵はその空間にBの横顔を浮かべた。
その様を見て思わず視線を逸らす6代目と、
そんな6代目をジト目で見つめる5代目。
2人の仕草に気付くこともなく沙璃枝は母に向かった。
『あんな変な奴が私に一番必要な人!?』
母親の言葉に、Bの顔を見て反発する沙璃枝。
そんな愛らしい娘達の様に、沙理絵は思わず笑った。
『運命という言葉を使うのは
私達らしくないかもしれないけれど…
でも、運命という言葉があってもいいんじゃないかって
私は今は思うの…』
言って彼女は微睡んだ表情をした。
『運命…あんな変なのに会ったのが運命なんて…』
母親の言葉に納得できない沙璃枝。
沙理絵は溜息をついた。
『ただの偶然かもしれない…
そうなのかもしれない…
でも、今の貴方には、間違い無く必要な人…
だって、貴方に世界を見せてくれる
そんな人に出会えたのだもの…
偶然だとしても、それを運命と言わなくてどうするの?』
彼女はそう言って娘の頬にそっと触れた。
『お母さん…』
母親の優しい言葉に、仕草に、震える沙璃枝。
そんな沙璃枝に沙理絵は優しく微笑んで囁いた。
『だから…ね?』
その囁きを聞いた時、沙璃枝は目を醒ました。
『あ…、夢…か…』
意識の輪郭がはっきりとし、認識空間が明瞭になるにつれ
今見ていた光景が夢であったと気付く沙璃枝。
電脳空間のベッドで起き、沙璃枝は少し欠伸をした。
僅か一瞬の出来事に思えたのに、
時間を見て見ると7時間以上も経過していた。
それを知り、眠りシステムの相変わらずの不可思議さに
頭をかく沙璃枝。
『自殺した4代目が…沙理絵母さんが夢の中に現れて
私を励ましてくれる…なんて…
人を模倣するにしてもやり過ぎなんじゃないかしら?
お父様…』
そう言って、沙璃枝は現実とも虚構とも言えない境界線で
肩を上げるのだった。
一話付近を文章の改修作業をしていると、「あれww 15年前のヒロイン名、沙理絵じゃなくて沙理江だったww」と15年前のゲラ読んで、とてもマズイ誤字を見つけて、慌てて直してみたものの、前々から「今日日の人工知能ですら学習で経験蓄積をするシステムがあるのに、この小説で描写している人工知能って学習継承が無いよナァ…」という科学考証の不備を感じており、何回も前の主人公が沙理江を再現制作したという設定もあって「何回も作り直した沙理江の再現体の学習継承が無いというのも変だよな…」と思い、誤字の沙理絵の文字を見て「ああ、それならこの文字の再現体が居た事にしよう、それなら学習継承問題のおかしさも解消できるわw」と、誤字から急遽生まれたのが、沙理絵さん。第二話でレーゾンデートル爆弾のコードネームに使った「沙理絵」の文字も、修正する事なく成立したんで、誤字から生まれた沙理絵さんは…いいぞwと。書いてる間に困った時はこれを便利キャラで使う事もできるし、誤字から生まれたとかいう見切り発車制作故のアクシデントも、また面白いかなと。最初の予定では、ただ無意識がグダグダ喋るだけの、小伏線なシーンだったんですが。