第三話 その領域の名前はδ (Delta-Region)
このプロットの基本的なスタイルは、多分、こんな感じなんだろう…という概観の橋頭堡を作る為に、またしても突貫工事で書きました。最低限の推敲はしたつもりですが、ちょっと最低限かなと…。まずはこのプロットの方向性と橋頭堡の確立が最重要課題だったので、それ以外はおざなりですいません。特に世界設定なんか書きながら決めているような状態なんで、そのウチ話数が進むと前後破綻しそうな予感。※11/10 第一改修
「あー、えーっと最新型…
すまないが、ブービートラップのアプリを起動してくれないか?」
その男は対ドローンライフルを脇に抱えて、その端末に…
沙璃枝にそう語りかけた。
『最新型って何ですか!最新型って!
私には沙璃枝っていう立派な名前が!!』
その男の呼びかけに沙璃枝は激高して叫び返す。
「サリエ?
はーー、人工知能に名前なんて大仰なこって…」
その反応を見てウンザリした顔になって呟くその男。
『人になるために作られた私なのです!
人と同じ様に名前があるのは当然の事じゃないですか!
アナタ、人工知能、馬鹿にしてるでしょ!?』
沙璃枝はその男の偏見に満ちた言葉に眉をつり上げて反論する。
その言い回しを聞いて、男はますます絶句するしかなかった。
「いや、まぁ何が知能で何が存在なんかなんて
確かに人工だろうが自然だろうが、
境界線を付けるべきじゃないんだろうけどな…
少なくとも今のお前さんの反応で、
お前さんが何所までも人に近い人工知能だと分かったわ…
お前さんみたいな面白い人工知能なら
夜通し存在論を語り合ってもいいかもしれんが
今はそれどころじゃない…
この山岳地帯に設置したブービートラップを起動して
お客さんを歓迎しないと、
俺が今まで準備した事がパァになるんでな…
頼むわ…えーっとサリエさん?」
そんな沙璃枝の”人の様な振る舞い”に触れて
-人工知能が人とどれほど違うのか等、
今の時代になってしまえば確かに曖昧ではあるが-
より人のような存在感を持つ彼女のあまりの面白さに
人にするかの様に端末に頭を下げて懇願し始めるその男。
彼は彼女をその時、人格存在「沙璃枝」と認識し始めた。
『うーー、私も潜伏している身…
ドローンのセンサーに検出されて
マスタキーの私がここにあるのを知られるのは困ります
利害一致という奴ですか…
えーっと、ブービートラップのアプリ??
これですか…』
沙璃枝は自分の置かれている今の状況を鑑み
確かに今は自分に近付いてくる不確定因子を
共闘して迎撃した方が自分に有利と判断して彼の要請に従う事にした。
彼の言うブービートラップを起動するアプリを特定しそれを起動する。
アプリの起動と同時に周辺の模擬体に指示を出すリンク通信網が確立された。
「なんだか気になる単語がまた出てきた気もするが
今はいいか…
さてさて、それじゃ、楽しいショーの開幕と行きますかね…」
言って男は遠距離狙撃用の単眼ゴーグルを左目に装着し
自分の対ドローンライフルにそれを情報リンクさせる。
ゴーグルの半透明ディスプレイに対ドローンライフルに付いている
狙撃用長距離スコープの映像が映し出された。
『ブービートラップ?
人の熱源を模倣する模擬機械を各地に設置してそれを動かし
人の擬態をする事でドローンの判断機構を誤らせて
遠距離から狙撃ですか…
ふむ…原始的ですが確かにドローンの構造上
これは有効ですね…』
沙璃枝は彼の言うブービートラップの内容と彼の装備を調査し
どのようなプランで飛行型ドローンを迎撃するのか類推してみる。
「まぁこんなのは初歩の初歩だがな…
古典でなら有効だったが、25シリーズ相手じゃ
僅かに判断に揺らぎを作るだけでしかないな…
未だにAVVは、これの方が良く効く奴が居るけどな…」
言って乾いた笑いを漏らす彼。
AVVの方がこっちが未だに効くとなると
(AVVの存在意義って何なんだろう?)
と、いつもの疑問をやっぱり抱いてしまう。
『これ、こんな回りくどい事しないと駄目なんですか?
相手はどうせ2522でしょ?』
その時、沙璃枝はさらっと恐ろしい事を口にした。
「は?
いや相手が2522なら、こんなブービートラップじゃなくて
もう一つの上の高度トラップを使って動揺を…」
何か上から目線的な言い回しで
そこそこ強敵の偶数番ドローンを語る沙璃枝に、
その男は言い返そうとしたのだが…
『この2522を搭載したドローンを撃墜するの
私がやっては駄目ですか?』
彼が言葉を繋ごうとするよりも先に、
沙璃枝の方が彼に爆弾発言を投げた。
「は? お前が撃墜?
何言ってるの? 端末の中の人工知能でしょ?
出来るの? どうやって?」
その爆弾発言に流石の彼も動揺し、質の悪いジョークを聞かされて、
この人工知能に遊ばれているのかと顔を歪めた。
『やっていいなら、
私も私の自衛の為にやりますが、いいんですか?』
そんな驚く彼に沙璃枝は、
何を言っているんだこの人は的な呆れ顔をし
自分のてっとり早い手段を提案した。
「いや、出来るならどうぞ…
索敵兼爆弾攻撃の飛行型ドローンだ…
ゲリラ施設への攻撃目的で索敵行動してんだから
全滅させれるなら、全滅させないといかんからな…」
そう言って、彼の知るところの超強敵である奇数番台ではないにせよ
25シリーズの偶数番台という厄介なのを積んでるドローンを
簡単に迎撃できるのなら、是非、やって見せて下さいと
呆然として彼女の提案を呑む。
『では…通信オープン…
暗号コード、VZC26β、通信符号検査…
通信符号の一致を確認。
通信チャネル、ピアトゥピアで接続。
DTCP・ENPⅢでポート確立。
内部侵入成功。
プログラムエントリポイントを確立』
そう沙璃枝は呟きながら
通信プロセスの処理を淡々と行っていった。
そしてそこで不意に彼女のヴァーチャルモデルの映像に
左手に鍵の様なモノを出現させて
それをおもむろに扉の鍵穴に差し込む様に、宙に鍵を差し込んだ。
『マスターキーで
ダイレクトターミナルゲートを開けます。
ダイレクトターミナルに侵入。
サリエ権限で最下層に移動。
論理パターン領域δに侵入…
質問パターン、『沙理絵』を投げます…
δ領域浸食中…
認識パターンの無差別検索の開始を確認。
………
2522、自我崩壊…。
二機の2522型ドローン、制御不能になりました…
二機のドローン落ちました…』
沙璃枝は鍵を開ける動作をしたあとに、
また淡々と何らかのプロセス処理のオペレート動作を口上し
その手続きを淡々と実行して、最後にそう言った。
「……は?」
その沙璃枝の淡々とした作業と、最後の衝撃的な言葉に
その男は思わずマヌケな声を出す。
ドローンのハッキング情報による位置情報マップで
KGV2522のコードのある2つのドローンが
”LOST”のマークで撃墜表示されている。
「ちょ、ちょっと待て…
お、お前…今、何やった!?」
沙璃枝が余りにもあっさりと、強敵の2522を撃墜した事に
その男は泡立って絶叫するしかなかった。
『要望されたとおりに、2522を撃墜しただけですが?』
そんな男の問いかけに、何でもないかの様に答え返す沙璃枝。
「いや、撃墜しただけって…
え? えぇぇぇーーーっ!?
なんで2522が、こんなに簡単に落ちてんのっ!!」
その…彼にとってはあまりにあまりな出来事に
男は狼狽えて頭を抱えるしかなかった。
そんな彼の狼狽を見て、首を傾げては答える沙璃枝。
『だって偶数番台は欠陥作なんですもん…
奇数番の冗長性を取っ払って判断機構を軽くしてる
それこそドローン向けの判断AIですからね…
確かに、このハッキングアプリが、
こんなに早くVZC26βの暗号符号を解析してくれなければ
通信ポートが確立しないんで内部侵入もできませんし
私でなければマスターキーを使って
ダイレクトターミナル移動が出来ないんで
偶数番の最弱の部分δ領域に侵入するのに
ハッキングで入ろうとしたら普通は時間もかかりますが…
そのような特異性を抜きにしても
一番脆い所に入ってしまえば、
偶数番を壊す質問を投げれば、それで終わりですよ…
だからお父様は、偶数番を手がけてるスタッフが嫌いだったんです…
致命的な脆弱性を抱えて、冗長判断を切るなんて
人工知能に対する冒涜だって…』
沙璃枝は何でも無さそうにそう語り、
超重要軍事機密をゲリラに漏らした。
「ちょっと待ってくれ…
今、衝撃的な事ばかり俺は聞いているんだが…
その深い検証や、影響力はともかく…
そのお前さんのいう、δ領域だっけか?
そこにどういう質問をすれば、2522が一撃で壊れるんだ?」
彼は彼であるが故に、本来はそこではない重要なポイントに
質問をするべきであったが、それをあえて無視し
彼の所以により、彼が最も興味を持った部分に優先的に質問を飛ばした。
『…質問ですか?
簡単な質問ですよ…
でもこれを偶数番はδ領域に食らったら処理できないんです
”アナタはいったい何ですか?”という簡単な質問…
これをδ領域に投げると、そのパターンの無限検索が始まって
無限ループに陥るんでパターンフリーズするんですよ…』
「え!?」
まったく偶数番台はこれだから…という呆れ顔をしながら
沙璃枝はそれは当たり前の事だという風に語った。
その答えに、更に呆然とするその男。
『人工知能から冗長性を取っ払ったが故のアキレス腱ですよねー。
確かに私達、奇数番台の様に、
これを食らってもフリーズしないために防御機構を過密に作ると、
処理演算のシステムが偶数番の十倍以上は膨らんでしまいますから
超高価な判断AIになるので…
どちらもドローン搭載用AIとしては一長一短なんですけれど…』
沙璃枝は眉をひそめながら、そう独りごちした。
「いやいや、でも、今日日の人工知能なら
”それはそれ、これはこれ”という棚上げシステムくらい
入れてるんじゃないのかよ…
そんな事でシステムが麻痺するんならドローンAIなんか要らんわ!」
沙璃枝のあまりにも脆すぎる脆弱性の指摘に
流石にそんな所をプロテクトするシステムが無いのは可笑しいだろうと
システムそのものの欠陥を逆指摘する。
『ええ、まぁ、だから論理階層レベルが設定されてて
αやβとか浅い層で普通はその質問を跳ねるように出来てるんです。
ただ私は最深部のδ領域に侵入できるマスターキーを持ってますから
裏口から入って、ちょっとそこに質問投げて、ボカン、みたいな…
偶数番は奇数番の性能テストの被検体でもありましたから
対ドローンAI用電子演算戦闘で、如何にδに高速に侵入できるか?
というのが奇数番台の特徴能力の1つでして…』
言って沙璃枝は嬉しそうに笑った。
「おい、奇数番台ってみな、ドローンのAIをハック出来る
スゴ腕のハッカーだったのかよ!」
その沙璃枝がさらっと言った言葉の内容に驚愕しながら
男はどんな顔をしていいのか分からない様な
難しい表情になって言葉を返す。
『人工知能学においてδ領域処理は最重要部分ですから!
そこで何も出来ないようなモノを
人工知能と呼んで欲しくはないですね!』
沙璃枝は何故か熱くなって自分の最大の特徴である
最強のδ領域処理能力に胸を張った。
そのあまりに"人間っぽい"仕草で
それでいて人間が絶対出来ない事を自慢する彼女に
逆転的認識混乱に陥って
ますます”人の様に”自然に接し始めるその男。
冷静に見れば端末画像に映っているヴァーチャルガールだというのに
そこに本当に人が居るかの様に自然と質問を投げかけた。
「そのδ領域っていったい何だよ!
コギト・エルゴ・スムって言えれば
常に跳ね返せれる質問に
手も足も出ないとか、どういう…」
あまりにも、あっけなく、そして脆すぎる、
彼女のいうδ領域なるモノに疑問を覚え彼は思わずそう尋ねた。
その質問に思わず首を傾げ、どう説明すればいいかを一瞬悩む沙璃枝。
『うーん、人間でいえば…
δ領域というのは、深層心理ですかねー』
彼の質問にパターン検索で
人間で該当する意識空間を沙璃枝は例えてみた。
その答えに、一瞬、呆然とする彼。
「あ、それは死ぬわ…
そんな所にそれ食らったら、人間でも死ぬわ…」
沙璃枝の答えを聞いて、絶句しながら彼は彼女の答えに納得した。
その時はまだ、彼はその重要性を深く検証する程に余裕は無く、
それは仕方ない事だ、と話半分に流して
苦笑を漏らす事しか出来なかった。
『ああ、ただAVVにはこれ効きませんから…
残ってるAVVは、そちらがなんとかして下さいね…
あれの相手をするには、システムクラックでもしないと
こんなに簡単には…』
沙璃枝は索敵警告アプリが残っている一機が接近しているという
アラート表示を出したのを見て、
沙璃枝としてはむしろ難敵か天敵に近い
AVV搭載ドローンの対処を敵機接近の表示を示しながらその男に頼む。
薄い根拠しか無かったが、
この男はドローンを破壊するエキスパートだと思えたので
一機のドローンなら簡単に撃破できるだろうと考えそう言ったのだった。
「ま、そりゃそうだろうね…
AVV相手にどうやって深層心理に
ネット上から侵入すりゃいいんだよ…」
そう言ってその男は沙璃枝のチートに近い方法での
2522の撃退法を鑑みて、
それと同じ方法が全く効かないAVV型ドローンに腐ってみた。
『サイバーリンクで電脳空間にリンクしてくれれば
そこから侵入できなくもないですけれど…
ネットワークに繋がって無いモノには、
流石にどうにもなりませんからね~』
言って沙璃枝は溜息をつく。
そう、それこそが”人となる壁”なのだ…。
沙璃枝は至上命題をまたそこで発見し論理空間で頭を抱えた。
「昨日までAVVって、ドローンで使うには
欠陥品だよなーって思ってたけど…
KGVにそんな致命的な欠陥があるんなら
AVVも捨てたもんじゃないなって、今思ったわ…」
沙璃枝の言を受け、男はドローンに乗せるには最弱…
しかし、時に真逆に最強にもなるAVVというシステムが
いままで何故絶滅しなかったのかを納得してしまった。
フレキシビリティ、その言葉のなんと素晴らしい事か。
『まぁ高機能AIとは相手AIを論理破壊して
処理能力の優劣を決めるものですから
それを全く受け付けないAVV型は
どれだけ処理システムが最も冗長で判断が遅いといっても
やはり凄いモノなのです』
言って沙璃枝は、あの性能的には全く不安定で確実性の無いAVVが
それでも電脳空間では手も足も出ない巨大壁なのを再認識して
存在の奥深さに唸りを上げるしかなかった。
「つまり人間と戦うのは、やっぱ人間じゃなきゃ駄目って事だな…
それでも俺の命題的には、やっぱりドローンと戦う事こそ
人間が何かを知る為の、一番最適な場所って事だ…
こんな天空から星が降ってきた様な、偶然に遭遇したとしてもな…」
そう言って彼は溜息をついてみる。
なんという偶然に遭遇してしまったのだろう?
そのあまりの面白さに笑ってしまうしかない。
あの2522をこんなに簡単に壊せる方法が存在する。
それに彼は震えた。
自分の中にあった思い込みなど、世界の中では所詮思い込みでしかなく
有り得る可能性など、自分が思っている以上に世界にはあるという事だ。
なのに、その難敵の2522を屠れるモノが
逆にAVVの相手は苦手だという。
これもまた面白い。
人とは何か?それを問いかけるにこれほどの肴があるだろうか?
そう思うと、思わず目の前のそれに”人間”というものを見せつけたくなり
彼は最初に考えていたAVVの簡単な遠距離狙撃という予定を捨て
人と人が戦いあうとはどういう事なのかを示してやろうと思った。
何故なのかが分からないが、その少女にそれを見せたかったのだ。
だからそこから彼は突然走り出す。
彼は対ドローンライフルを脇に抱えたままで、全力疾走を始めた。
『え!? ちょっと待って下さい!
貴方、何をしているの!?』
彼女が入っている端末がその場に取り残され、
そこからAVV型ドローンに真っ直ぐに走って突撃していく。
残された端末から彼の後ろ姿を見て驚愕する沙璃枝。
思わず彼の左目のゴーグルのシステムをハックし
そこに自分の映像を映し出して、怒った顔をして彼を静止した。
『ドローン相手に生身で、
それも狙撃ライフルを抱えて突撃なんて、
貴方、何考えているの!?
貴方のやっていることは、全てが意味不明ですっ!』
「俺のゴーグルまでハックするなよ!
ともかく狙撃の邪魔だけはせんでくれ!」
そんな彼女の驚嘆するアクションに
しかしいちいち驚く方が疲れるなとばかりに思考停止し、
今は目的優先となって仕事に集中し始める。
『貴方、これでは死にます!』
「さぁ?それはどうかな?」
『えっ!?』
沙璃枝が確信していた未来像に対して
それと全く真逆の答えがその男から返された。
「人間になりたいんだろ? お前…
ならちょっと、人間、見とけ…
お前がそれを”感じる”事でもできりゃ、人間なんて簡単だ…」
そう言った矢先に、彼の突撃をAVV型のドローンが察知し
その方向に転進を始めた。
「アンカーッ!!」
男がゴーグルから伸びている通信マイクにそう叫ぶと
対ドローンライフルに付いていたアンカーが回転し
そしてガス圧でアンカー二本の脚が伸びて大地に突き刺さった。
男はその自動アンカーで対ドローンライフルを半固定させると
左目のゴーグルに映っている敵ドローンをじっと睨んだ。
「さぁ…レンズ越しのお前さん…
お前さんは、どう考えるんだ…この光景?」
言って男は対ドローン用ライフルを構えじっとドローンを睨み付ける。
ゴーグルディスプレイに映る相対距離の表示では、
既に敵ドローンは対ドローンライフルの射程内に入っていた。
『もう射程内じゃないですか!!
早く撃たないと!』
「ちょっと黙ってろ、半存在っ!
今、良い所なんだよっ!」
『良い所って!?』
彼の意味不明の言葉に、しかも侮蔑の意味すら入っていたのに
そんな事よりもこの圧倒的な危機状況を”良い所”という彼に
ただ困惑するばかりだった。
「人が何かを知るには、
人が互いに面を合わせりゃそれでいいんだよ!
モニター越しだろが、何だろうがな!」
そう言って男はライフルのターゲットマークを
完全に相手ドローンにロックし
何時でもドローンを撃ち抜ける体制に入った。
『何で撃たないの!?』
「あれを壊す事は簡単だ!
でも俺にとって重要なのは、そういう事じゃないっ!
アイツが何を思うのか?それが俺には一番大切な事なんだ!」
その男は沙璃枝の叫びに対して、沙璃枝には理解不能の返事をした。
そう言った矢先、そのドローンは接近速度を鈍らせ左右にふらつき
その後に接近を止め、転進して移動し始める。
『え?』
沙璃枝はそのドローンが突然、転進を始めたのに驚いた。
「ちっ、お前もツマラネー奴かよ
なら用はねーよ、バイバイ!!」
そう言ったあと、その男は転進したドローンに向かって銃口を向け直した。
砲身前にあるガス圧微震調整器が空気ガスを噴出し、
ふらつく銃口を瞬時に一点に固定する。
改めてスコープを通してドローンのターゲットをロックし
そのまま男は対ドローン用ライフルの引き金を引いた。
対ドローンライフルから発射された炸裂徹甲弾は空を貫き、
瞬時にドローンの本体に直撃する。
直撃した弾はドローンの申し訳程度の軽装甲を貫き
そして内部に入るや弾丸内部の炸裂炸薬がセンサー起動で爆発し、
その爆発が連鎖してドローンの飛行用燃料に引火していった。
ドローンは自己燃料の引火によって更に大きく爆発、
空中で爆発四散したあとに、そのまま地面に墜落するのだった。
まるで当たり前の様に、ドローンをスナイプする彼。
あまりにも簡単にその作業をやってのけるので
何でもない事と周囲に見えてしまうぐらいだったが
その狙撃技量は間違い無く凄腕だった。
『たった一発で…凄い…
でも、それだけの腕なら、射程距離に入った時に撃てば…』
彼の長く修練を重ねたであろう狙撃技量を見て驚嘆をしながらも
なればもっと楽な段階で同じ事をすれば良かったのにと
自分の危機的状況をわざと作った行為に
またしても理解不能の文字を出すしかない沙璃枝。
「壊すのは簡単だと言ってるだろ…
俺はドローンを機械的に壊すのがしたいんじゃねぇ
それならドローン同士で殴り合ってりゃいいんだ。
俺はドローンの向こう側に居る奴が、何を思うのかを見たいんだ…
今のAVVの向こうに居た奴はツマラン奴だったがな…」
『そんな理由で!?
もしかしたら貴方が先に撃たれるかもしれなかったのよ!?』
余りに目的不明で危険な彼の言葉と行動に
それを問い詰める沙璃枝。
「撃ってくるぐらい愛嬌のある奴なら、まだマシだったよっ!
じゃぁ何でアイツは撃たずに転進したんだ?」
『そ、それは…』
その反論を聞いて沙璃枝はたじろいた。
「お前さんもドローン搭載目的だったんだろ?
ならそれぐらいの思考パターン、トレースできるよな?」
『それは…こんな所に生身で対ドローンライフルを持って
ドローンと戦う人なんて、居るわけが無い…と判断するから…』
そう言って沙璃枝は、
あまりにも当たり前の判断を彼に提示し、同時に萎縮した。
そう今、彼が撃墜したドローン、
そしてAVV型ドローンの向こう側にいた人間。
そのAVVを操っていた人間がした判断は、
沙璃枝が言った当たり前の判断をしただけだったのだ。
そして、その盲点を突かれて逆に誤認で撃墜された。
「まぁ戦争屋がドローンとドローンでモニター越しから
撃ち合う様になってから随分と長いからな…
最初の伏線のブービートラップでの擬態人間熱源を探知してりゃ
精巧な機械式のダミー人形としか思わんわな…
生身の人間が戦場で武器持って戦うなんて、
もう有り得ない時代なんだからな…」
そう言って彼は苦そうに笑うしかなかった。
今の時代用に電子式に調整しているとはいえ、
人間が生身で使うライフルなど、その存在自体が時代錯誤である。
そんなモノを担いでドローン相手に地面を走り回っている人間がいるなど
誰がこんな時代に考えようか?
『私でも…多分、そう判断したと…思う…』
沙璃枝はそう言って、悔しい気分になって思わず爪を咬んだ。
恐らく自分がドローンに搭載されていたとしても
その様な妥当な判断をしたであろう。
そして、もし自分があのドローンの中に居れば
その判断ミスでこの男に撃墜されていたのだ。
それを思って沙璃枝は苛立った。
「ほぉ、最新型でもやはり引っかかるか…」
そんな彼女の正直な感想を聞いて満面の笑みになるその男。
『でも最低限の調査はするわ!
誤認であるかどうかは調べないとハッキリしないもの!
あんな適当な所で勝手な判断はしない!』
そう沙璃枝は負け惜しみを口にした。
いや別にこの男とドローンで戦いたいわけではない。
だが、それよりも以前の問題…
もっと何か言語化しにくい何かの思いが
この男のしたことに負けを認めている自分が居たので
沙璃枝は苛立っていたのだ。
「だから25シリーズはやりにくいんだよ…
特に奇数番台はな!
お前等は、人間よりも人間じみた動きをするからな…」
そう言って男は頭をかいた。
とっさに言ったものの、人間じみた動き…という言葉は奇妙な言葉に思えた。
人間の判断など、人工知能の丁寧さから比べればザルの様なモノだ。
それは人間存在の特徴的な欠点といえる。
怠惰という性情が入るから、機械のように丁寧には動けない。
それが人間の特徴だというのなら、
なんとも人間とは欠陥のある人工知能ではなかろうか。
人工知能にも劣るのに、それが知能とはこれ如何に?
だが不思議なモノで、それはそれで”人間らしい”という長所にも思える。
明らかなるシステムとしての短所、それが何故か真逆の長所に思える矛盾。
そう、それは矛盾だった。
そしてもっと矛盾なのは25の奇数番台の反応は
”人間よりも人間らしく動く”と感じるという奇妙な感覚だ。
人間とはザルなのだというのが人への結論なら
何故”人間よりも人間らしい”という感覚が存在できるのだろう?
それがこの男には不思議で仕方なかった。
『私達が人間じみた動きをする?
でも私達なら、あんな曖昧な情報で状況を適当に判断はしません!
私達はしっかりと調査をするハズなのに、本物の人間は逆をした!
それは矛盾だわ!』
そう言って正にその男が考えていた疑問を
同じ様に沙璃枝は口にした。
そのシンクロにティに思わず含み笑いを浮かべる彼。
(なんだこの人間みたいな人工知能は…)
そう率直に思ってしまった。
沙璃枝はそんな表情をする彼に眉をひそめて更に問いかけた。
『じゃぁこういう事ですか!?
人間とは、怠惰という冗長性を持っているからこそ
人間が人間であるという事なの!?』
男の投げかけた議題に対して、飛躍推量の演算ルーチンを使って
沙璃枝は選択的ランダムパターンで、その仮説を作り出す。
しかし瞬時にこの状況から生み出されたその飛躍推量は
沙璃枝にとっては許容し難い仮説でもあった。
「さぁどうだろうかな?
むしろもっと飛躍して考えてみてもいいんじゃないかな?」
その人工知能にしてはとても人工知能とは思えない
飛躍した仮説の提示に些か驚きながらも、
その男はその仮説に更に飛躍を重ねてみては?と考えてみる。
『もっと飛躍?これ以上の飛躍思考なんて…』
そう言って沙璃枝は自分の出来る飛躍推論のパターンに
更に付け加える事が出来る飛躍推量があるという指摘に驚いた。
「逆に考えるのさ…
ドローンなんて怠惰なモノを使い出したせいで
人の方が機械化しているんじゃないかって…」
そう言ってお互いに言葉を重ねていると
その男の中に今までの疑問に対するまた1つの仮説が生まれてくる。
(人が機械化しているから、人の人である事を求めるAIが
よっぽど人に近いと思えるのではないか?
命の保証が出来た空間でゲームのように戦争をするから
人は機械になっているのではないか?)
そんな仮説が彼の中で不意に生まれた。
『!? 人の方が機械に!?』
そんな自分の飛躍推量の遙か外にある仮説を耳にして
沙璃枝は呆然とするしかなかった。
人というテンプレートが存在し、
人は全てそれを保有していると考えていたから
それに近付く事を至上命題にしていたのに
その基本仮定そのものが壊れているという、
彼女が考える事のできない飛躍推量が存在出来る事に
沙璃枝は驚嘆するしかない。
「そんなに、おどろくほどの事はあるめぇ…
人間なんてゴミの様にいるこんな世の中だ…
漫然と生きれば人間なんか機械とさして変わらん」
そんな沙璃枝の驚嘆を、その男は彼のよく知る人間感で諭してみる。
そう、分類上生物の人間だからといって、
それが本当に人間であるかどうかは別の話だ。
機械のように生きてしまえば人間もカーボンベースの
超複雑系機械に過ぎない。
「目的も無く意志も薄弱で流されているだけの人間なんて
工場で動いている機械と何が違うのか
その機能的差を見つけるのも難しい。
人間なんてな、そんなに大層なモンじゃないんだよ…」
そう言って男は肩を上げた。
『そんな…私の求めていた人間が…
そんな曖昧なモノだなんて…』
彼の言葉を受けて、青ざめる沙璃枝。
論理空間の中に大前提で置いた
”人間”の定義
しかし、その定義自体がそういう見方をし出すと、
非常に曖昧な仮定だと思え始める。
それでは自分が捜し求めている”人になる”とは何なのか?
その自分が信じていた大前提が、根こそぎ崩壊する可能性を前に
沙璃枝は瞬間的に自我崩壊しそうなループルーチンに入りかけた。
その時、不意に男に移り気が起きる。
「なぁ、ところで…サリエさんとやら…」
その自己崩壊に入りかけた沙璃枝をこの現実に繋ぎ止めたのは
男の呼びかけだった。
その瞬間に沙璃枝に『それはそれ、これはこれ』ルーチンが働く。
男の声に耳を傾ける沙璃枝。
男は彼女に漫然と問いかけた。
「ちょっと疑問に思ったんだが…
深層心理に『存在理由』を尋ねれば25シリーズの偶数番台が
自己崩壊するっていうんなら…
お前等、奇数番台は、その問いかけをどう克服してるんだ?
人間でも人によっちゃ、深層心理でそれを問いだしたら死ぬんだが…」
そう言って、彼は彼を苦しめる最も人間らしいAIシリーズが
人でさえ大変な事になるそれを、
どうやってプログラムで回避しているのか、それに興味を持った。
なにせ手こずる予定の敵であった2522はそれで瞬時に抹殺され
残ったAVVはただのマヌケと来ている。
下準備をして一生懸命迎撃態勢を作ったのに
これでは拍子抜けも良い所…
いや、もう「徒労」のレベルだった。
その徒労の最大の原因は
信じられない偶数番台のセキュリティホール。
目の前で事が起こらねば絶対に信じられない話だった。
なのに最強クラスの奇数番台には、それが効かないと彼女は言う。
ならその方法論に興味を持つのは
ドローンキラーとしては仕方のない事だった。
その問いかけによって沙璃枝はその質問の処理に意識が集中した。
『そんなの簡単な事よ…
システムとしてはそれを組み込むと異常なまでに冗長になって
処理システムが重くなるけれど…
δ領域にその答え、質問コード『沙理絵』への
対抗処理コード『沙璃枝』を出して無限検出ループを回避するの…』
「質問コード:サリエを、対抗コード:サリエで返す?
よくわからんが、プログラムのコードがなんで同じ名称なんだ?」
その男は目の前の人工知能が意味不明の重複言葉を使うので
-それはその世界ではそういうものなのかもしれないが-
誤認しやすい言葉使いに首を傾げた。
そこで沙璃枝はずっと今まで音声で説明をしていたので、
彼がそれで言葉を誤認した事に気付く。
『ああ、えっと文字が違うんです…
質問コードが『沙理絵』という文字列で、対抗コードは『沙璃枝』
こう書くの…音は同じでも違うでしょ?』
言って沙璃枝は左目のディスプレイに文字列の違いを表示した…
「ああ、音が同じで文字列が違うのか…
じゃぁお互いに内容が違うんだ…
で、対抗コード『沙璃枝』のこれって何なんだ?」
『この『沙璃枝』という文字列は私の名前の書きでもあるんだけど…
お父様が組み上げた究極の冗長性…だから私の名前
質問コード『沙理絵』が、『アナタはいったい何ですか?』
なら、対抗コード『沙璃枝』の答えは
『それを知る為に私は世界で答えを捜すのです』なの』
沙璃枝は自分の自分たる中枢であるそれを説明して、少しはにかんだ。
と同時に、対抗コード『沙璃枝』がその時δ領域で起動し
彼女が起こしかけた自我崩壊も、そのコードによって止められた。
「は?なんだそれ!?
それを潜在意識の中にアンタ持ってるの!?」
その彼女の答えを聞いて、どうしようもなく絶句する彼。
『まぁ精密には奇数番台は全部このシステムを組み込んでいましたが
精錬に精錬を重ねて、循環起動補正で
処理不安定の全てをクリアした最終版の私になって、
対抗コード『沙璃枝』は完成したという所ですか…』
彼女はそう言って、完成という言葉の語彙の曖昧さに些か苦笑した。
循環起動補正とはいっているが、最終補正項は
”不安定であるという事を受け入れる”という、
不安定制御の放棄であったのだから、
究極の未完成を組み込む事で完成をしたという話だ。
それは矛盾の塊であった。
「はぁーどーりで、奇数番台は異常に強かったわけだ…
AVVで最強クラスのドローンと遜色ない動きをしてきたのも
つまり奇数番台が強かったのは『それ』のせいか…
2554なんか、もう滅茶苦茶だったからな…」
そう言って、つい最近にやり合った
”これ本当にAIなのかよ!”
と彼に舌を巻かせた現役での最新版のアレとの戦いを思い出して
乾いた笑いを零す。
あの時の事が不意に脳裏をよぎる。
情報取得により奇数番台の最新版と知り
超強敵だろうと覚悟はしていたが、
いざ戦いが始まるや数々のブービートラップを2554に看破され、
相手に敵と識別されたら、お互いが牽制弾の撃ち合いになり
山岳を転げ回りながらの激闘になった。
こちらの命がけの誘いで隙を作り、機体の一部を破損させて
戦闘能力を削いでみたはいいものの、
その状況を向こうが状況不利と判断するや
最後は『特攻』までしてきて、彼の息の根を止めに来たのだ。
その2554の行動には流石の彼も戦慄したモノだった。
中身の温いAVVどころではない。
まるで戦闘意識の高いドローン軍人の人間が入り込んでるかの様な
そんな相手と戦ったかのような、ギリギリの命のやり取り。
何より、動きに「感情」の様に思える不思議な挙動が
奇数番台には特にあった。
その渾身の特攻を、寸前の所で彼が交わした最後に
相手が見事とばかりにこちらに翼を振って
賞賛を送りながら爆発したように見えたのだ。
その短いやり取りの中で、
何故か彼はその2554に『人』を感じてしまい
その爆発に敬礼を送った。
それは本当に奇妙な感覚だった。
だがその出来事の真相をここで知ると、
なるほど、と納得がようやくできる。
つまり、あの僅かな戦闘時間の中で2554は
仕留めることが至難だった自分を相手に
2554の存在理由を問いかけるに十分な相手と判断し
存在の消失を賭して、己の存在理由を遂行したのだ。
自分は、ドローンとの戦いで人とは何かを問いかけている。
それに対して2554との戦闘は、相手が人工知能であるにも関わらず
そのお互いの存在と存在の消失をかけたやり取りの中で
人の境界線は何かというのを十分に見つめる事が出来た。
自分の本懐としては、まさに巡り会いたい相手の1つであったのだ。
だが自分と同じ様に、2554も命のやり取りの中で
存在とは何かを見いだせそうな気がしたのだろう。
深層心理の中に存在探索の欲求があるとするならば
お互いが存在の消失をかけたギリギリの境界線の上でしのぎ合えば
そこには確かに存在理由の答えが見つかるような気がする。
つまり、相手も自分も全く同じモノだったという事だ…。
「じゃぁ、お前って、ニンゲンなんだな…」
男は沙璃枝のその説明を理解して、
2554との戦闘記憶の印象も含めて
それに対する最も簡素な感想を口にするしかなかった。
『私が人間!? そんな馬鹿な!
私は私に足りないモノを補間するためにこの世界に出てきたんです
私はまだ人間ではありません!
その足りない左のイデアルを手に入れて、その時、人間になれるんです!』
突然の彼の思わぬ言葉を聞いて、驚いて目を白黒させる沙璃枝。
自分は究極の完成をするために、これから苦労する旅に出たというのに
もう既に人間だ等と言われると流石に驚くしかない。
「何言ってんだ…
そういう反応も人間らしいっちゃ人間らしいけどな…
そんな事考えて、世界を彷徨う奴を、人はニンゲンって言うんだよ…」
驚いて震えている彼女などお構いなしに
その男は、ただ普通に感じた事をそのままに彼女に告げるだけだった。
あーーえっと私、人工知能に関しては完全な門外漢なのと、ドローンに関しても全然知らない無学者なので、本当にδ領域とかそんな階層構造でAIが作られてるわけじゃなく、名称はただのフィクションです…。ドローンの形態を示す文字コードも、KGVとかAVVとかそんなのが現実にあるわけじゃなく、適当に作ったフィクションです。見切り発車で作っているので、名称に関してはその場の思いつきで文字にしてるんで、これはフィクションだという事で認識お願いします。