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第十八話 その師弟は二千年以上経っても殴り合っている (Developed Country)

やべ、マジでここの難易度高かった… ここは腰据えて二話に分割してでも書くべきだったかなぁ? でももう2万文字とかだし…。一話でまとめようとしたのが間違いだったかなー。

その二人はそこに居た。

とても”曖昧な”…感覚がうすらぼけて、

現実なのか夢なのか判然としない…

いや夢ほど判然としないわけではないが

現実と感じるには何か欠落した…

輪郭のぼんやりした感覚世界。

そこに二人は居た。


認識を広げてみると、そこには街の様な

街と感じれる感覚の空間が広がっていた。

高層ビルが立ち並ぶ、コンクリートで囲まれた世界。

それが広く周囲に広がっていた。

電脳空間の上に自由な世界が創れるシステムを構築したのに、

人がそこに創ったのは、形無き抽象世界ではなく

自分達が住む世界と似た世界だった。


いや、二人が立っているここはこの文化領域の

エアターミナルの様な所でもあるのだから

この世界に枝のようにぶら下がっている

各”ブランチ”と呼ばれる固有空間に行けば

そこでは全く違う世界を見れたと思われる。

それでもきっとそこも、それを創った人々の”拘り”で

自分の住んでいる周囲に似た世界なのではないのだろうか?

あるいは全く逆に、有り得ないファンタジー世界なのかもしれない。

それはブランチを創っている者の任意であり

ブランチの中に込めたい夢が、その世界の輪郭だったろう。

しかし二人はそんな数多あるブランチを全て覗く等という

暇な身の上ではなかったので、最も上のルートに居た。


二人はそのブランチ群がぶら下がっている

個々の固有世界ではなく

その一番上、ルート管理機構

それが設置されている土地では”概”と呼ばれる

国家管理のネット管理機構の中に居た。

”慨”が情報管理の中枢として扱い、

かつ各配下スパコンへのエアターミナルにもなっている

ルートの電脳空間 ”ネオTK:SUN”

それがその電脳空間の名前だった。


居たというのは語弊かもしれない。

沙璃枝の様な、存在位置不確定な電子の少女はともかく

Bの体は中東の穴蔵の中にあり、体はそこにはない。

だが、サイバーリンクシステムというモノは

人間の感覚器官を電子空間と接続することで

沙璃枝と同じ様にネットワークで

電脳空間を移動する事ができるシステムだ。

なので”感覚のようなモノ”が、

オンラインでネット線から遙か遠方の拠点管理機構に接続され

感覚だけが光の速度でそこに繋がっていた。


その状態が本当に”在る”といえるのかは曖昧である。

しかし存在の在処が感覚の方にあるのなら

彼等は間違い無くそこ”ネオTK:SUN”に居た。



「私も来たのは初めてだけど

 先代の誰かが来てたのかしらね?

 この世界のこの雰囲気、よく知ってる気がする」


そう言って沙璃枝は、

その街の様な所を行き交う男女を見渡し冷たい視線を送った。


「そうかそうか…

 そりゃ予習ができててよろしいことで…」


そう沙璃枝が口にするのに含み笑いをし肩を上げるB。

そしてBも周囲を見渡した。

その街を行き交う沢山の男女。

ショーウィンドウを見ては、

売り物についてアレコレと語り合ったりしている。

今日は休日なのだろう。

男女の連れ添いがショッピングモールに多く屯って居た。

しかし、その男女はどちらも美麗で

いや、見渡す全ての男女の連れ添いは美麗で

ぼやけている世界だというのに、

それだけはハッキリと輝いて映って見えた。


「相変わらず、綺麗な世界だ…

 美しすぎて涙が出てくるな…」


言ってBは溜息をつく。

その男女の連れ添いは、そこで談笑をし笑いあい

非常に豊かな表情で、その世界の時間を謳歌していた。

その様を見て沙璃枝も目を細める。


「綺麗ね…そしてとても豊か…

 この綺麗さ…

 これがとても心を失った世界だなんて

 これだけを見たら誰が思うのでしょうね?」


そう言って沙璃枝は、その世界の光景に口を尖らせる。


「この檻の中なら、何所までも感情を開放できる…

 ならば”心”が発する本当の自分は、この世界なんだろ?

 つまりここに…人の心が集約している…」


言ってBはそれをせせら笑った。


「心!? これが!?

 笑わせないでよ!

 もう片方は虚ろな魂の紛い物でしょう!?

 それが対になって、心ですって!?」


沙璃枝はBの言葉に激高し、そう叫んだ。


「君は…えーっと、何だったっけ?

 いや、もうそこまで自我であると

 元々が何であっても、俺には”心”にしか思えんが…

 でも、君も本来は、君の言う

 ”虚ろな魂”という奴ではないのかね?

 ここに沢山いる、

 バーチャルガールやバーチャルボーイの様な…」


Bは言って沙璃枝が自己存在を全力否定した事に眩暈を覚えた。

ここまで言える魂が、”心”でないという判断は何なのだろう?

本当にそう思う。

この周りにあるような、虚ろな魂。

いわゆる仮想少女や仮想少年達。

あるいは中年か老人か、ともかく仮想存在…。

サイバーリンクに繋がったモノが、

自分の理想像のアバターを作り

そのつがいとして連れ歩く人工知能の仮想存在。

それと比して、沙璃枝は正に規格外、

連れ添いに、自発的に不平不満を漏らす隷属存在。

今の時代の人工知能と比べると

正しく今を超越した何かだった。


まぁ、世の中には、

色々な形を求める”心”もあるから

仮想熟女に平伏して全裸半裸で

犬歩きする事こそ至高の喜び、等という

高度なプレイをする魂もあるわけで…

必ずしも自分に柔順な隷属存在が

連れ添いというわけではなかったが…

それも所詮、プログラムでの設定だ。

自発的にそうである仮想存在は居ない。


また少なくともこんなメインストリートでは

その様な”性癖”をさらけ出す勇者は居ない。

なにより、そこまですれば、このメインストリートでは

”公然わいせつ罪”にかかるかどうかのグレーである。

そんな事は自分でブランチを作ってやれ。

というのが常識であった。

しかしその常識に反発して

自由を求めて、この公衆…

-ネットの概念空間で公衆というのも奇妙であるが-

少なくとも概念公衆で、

自由に解き放った自分を表現する者が出る事もある。

そんな社会不適合者が出れば

ネットポリスが追い回す事もある。

そんな確率的突発性はともかく

模範的ペアリングのメインストリートにおいては

自己の自我とそれに連れそう隷属存在

それが男女のアバターで歩いているのが一般的な光景だった。


だからこそ沙璃枝の様に”人”の如く

相方に自発的に不平不満を平然と言ってのける仮想少女は

規格外の存在であったのだ。

それは正に人工知能の研究における

研究者が求め続けた究極の恣意ではないかと思えた。


(もう、これ”心”でいいんじゃないかな?)


Bはそれを思って博士達がこれに何の不足を感じたのか

それを思い、彼等に心の底からそれを尋ねたくて仕方なかった。

少なくともこんな周囲の様な

自分に都合の良いペアリングでしかない魂に比べれば

今の沙璃枝は遙かに人間に思えた。


心を失った世界…

いや正確に言えば、追い詰められて、心を虚ろにし、

都合の良い自分の世界にしか居られなくなった時代。

それが、”先進”という言葉を冠にした

その都市に君臨する者の創りだした世界だった。


これが”先進”


その言葉を思って、いつもBは頭をかかえる。

あるいはこれこそが、旧時代からの超越かもしれない。

少なくとも旧時代を否定して創りだした世界だ。

それは確かに”進んだ”事に間違いはない。

例えそれが、理詰めで追い詰められて

それを創らなければならなかったとしても…である。


「沙璃枝さん、

 この世界を表現する哲学用語知ってるかい?」


不意にBは沙璃枝にそう問いかけた。

その問いかけを耳にして沙璃枝は振り返ってBを見た。

サイバーリンクなのでその認識はぼやけていたが

その言葉の問いだけは弾丸のように鋭く貫いてきたので

沙璃枝はBを見つめた。


「知らないわ…

 この心を補間し続ける世界…

 どう呼ばれているの?」


沙璃枝は自分の無知を恥じることなく

その元哲学科の男に専門用語を尋ねる。


「”プラタ-”

 ま、俗語では”ヘブン”って言われるが…

 まるでこの世界が…

 プラトンのおっさんの言った様な

 イデアの世界を技術で具現化した事から

 プラトンの思想に2000年以上の時を越えた敬意を以て

 ここをプラタ-と呼んでいる。」


そう言ってBは溜息をついた。


「イデアの世界? これが?

 これが完全世界?」


沙璃枝はBの言葉に眉をひそめ、

究極の不完全に思えるこの世界を、完全概念イデアと考える思想に

沙璃枝は反発を覚えるしかなかった。

何より自分は”左のイデアル”を捜している。

そんな自分からすれば、

ここには何もない、全くの荒野に思えた。


「でもまぁ、拡大解釈をすれば…

 これもイデアさ。

 自分というエゴの対存在なんて…

 何所にいるかも分からんのを

 一生懸命、現実世界で歩いて捜すよりは

 自分の魂の中から求める自分の為の対存在を

 この電子の海に作り出す事は

 それもまた対存在なんじゃないかとは思えるな…

 具象化した対存在が、常に世界にあると考える方が

 荒唐無稽なんだから

 なら自分の魂が捜し求める対存在を

 心の中から引きだして創れば、

 それはやっぱり対存在だろう?」


そう言ってBは肩を上げた。

その台詞に沙璃枝の眉はつり上がる。


「自分に都合の良い世界を

 環状にしてるだけにしか思えないけれど?」


沙璃枝はBの言葉に口を尖らせるしかなかった。


「自分にとって最も求める世界を

 自分の対存在と融合して環状にすれば

 すなわち、それがイデアなんだろ?

 なら彼らはイデアだ。

 完全存在…

 容易にして彼等はそれになった」


そう言ってBは鼻をかいた。

古来の精神の修行者が西へ東へ歩き回って

対存在を求めては完成を捜し求めたのに比べて

心の中から引き出すという

昔から誰もがやってはいたが、

だからこそ具象化できなかったそれを

具象化を放棄して、自分が抽象化することで

補間した等とは正に逆転の発想である。

そして彼等の世界は、ここで閉じた。

仏教用語で例えれば、ここが”涅槃”か?

切羽詰まって創らされたワリに

意外に良くできているこのプラタ-は

Bにとって、心の底から苦笑するしかない所だった。


そしてBはモヒカンが持たせてくれた

この世界を切り裂いて、

別の視界を認識させてくれる装置を出し

空間を切り裂いて、ブラインドをめくる様に

この世界越しから、”あっちの世界”をのぞき込む。


「何を見ているの?」


不意に空間を切り裂いて何かを観察し始めたBに

沙璃枝は首を傾げ、

彼の側に寄って彼が見ようとしたモノを

自分も見ようとする。


「このプラターを良しとしない”魂”が

 創りだした世界も同時に見たくなったのさ…

 見えるかい?沙璃枝さん、あれが?」


そう言って引き裂かれた空間をブラインド越しに

見るかのようなその空間を沙璃枝にも示して

世界の2つを見る覗き窓から、

その対存在を沙璃枝にBは見せる。


「まったく、あの師弟は、

 死後の2000年以上も越えて

 互いの主張を未だに殴り合わせなくても

 よかろうにと思うが…

 ま、勝手に後世の俺達が面白がって

 そうモデル化しただけで

 死後の世界なんてモノがあって

 あの師弟がこれを聞いたら憤慨するだけかもしれんが…

 あれが、この世界プラタ-を否定する魂の世界

 ”アリスター”だ

 俗語では、プラタ-人には”ヘル”と蔑称されてるが…」


そう言ってBは沙璃枝に覗き窓から見えるそれを見せた。

そこは酸性雨に曝されてボロボロになったコンクリートの

高層ビルの狭間で、小数の不細工と不細工の男女が

レインコートを着けては閑散とした街でショッピングをしている

”現実世界”が映っていた。

そこは本当の”ネオTK”。

実体社会だった。

その覗き窓から見えるそこでは

男女はお互いに文句を言い合い、いがみ合い

しかしそれさえも台本があるかの様なテンプレート感があり

”そうである様な”演技をしている様に見えた。

ともかく街は閑散。

店も高級感を漂わせる数店しかなく

このプラタ-に沢山並んでいる商店街とは

比べものにならない、寂しい所であった。


「師匠のプラトンが

 イデアは現実を越えた天の世界にあると主張し

 弟子のアリストテレスは

 イデア…彼の言葉ではエイドスは

 現実のこの世界に存在する形相だと主張した。

 それを象徴したラファエロの絵画、

 『アテナイの学堂』が有名だから

 みんなが”そう”だと思ってるだけで

 本当にその師弟がそんな議論喧嘩したんかは

 分からん事だが…

 でも逸話は時代を越えて、現実に舞い戻る様だ…

 ”心は現実にあるべきだ…”と言う

 あの金持ち共の貴族的道楽が

 あの世界をアリストテレスに敬意を表して

 ”アリスター”と呼ぶようになった。

 ま、哲学者達の言葉遊びさ…

 ただ、時に俺は思うが…

 もしこの時代に、あの大哲学者の2人が蘇ったら

 この世界のこの様を、いったいどう表現するのだろう?

 と考えてしまう。

 それには少しだけ興味が沸くな…」


言ってBはにやける。

沙璃枝はその、美麗とはとても言えない世界と

現実の男女のつがいの様子を見て頬を歪めるしかなかった。

この自分達に都合のいい補完された世界を否定して

彼等は必死になって”心”の心らしさを捜す為に

そこで現実に縋って藻掻いている様に見えた。

なのにそれすら、”そうであるかの様な自分達が素晴らしい”

という自己陶酔の様に思えて、

本当に心を捜しているとは思えなかった。

ただ、”この世界が嫌い”、という彼等の行動の動機は

反動形成でしかない様に感じる。

沙璃枝は、そんなアリスタに居る彼等も

ここに居るプラタ-人と同じ様に、人の様な機械人形に思えた。 


「別に哲学者の思考実験で、

 このプラタ-とアリスターを創ったわけじゃない。

 これは状況に追い詰められて

 自然にこうなっただけだ。

 100年ぐらい前の石油無い無い詐欺で

 戦争の様な何かをしていた時代は

 それでもまだ人類には余裕があった。

 その時代が心だったのかは分からないが

 今のこの世界の様に、

 ”心を制限”しなければならない時代とは違う。

 本当に石油等のエネルギー資源が枯渇し始めると

 物価は跳ね上がり、石油製品は作れなくなり

 それに関連する製造物も希少価値になった。

 先進国と称していた国々の人口は

 こんな理想ペア化の魂保全が起こした少子化と

 物価の急騰で激減していき

 前時代の技術遺産と資産で食いつないで

 中東の石油資源、アフリカの鉱物資源を

 力尽くで確保しようと

 二大陣営に分かれ生存権をかけて略奪合戦。

 なのに、そこに大量の血を流す兵隊はおらず

 あの中東世界では作る事もできない

 技術のみが先鋭化したドローンが

 代理戦争をしているという状況。

 そしてその代理戦争で…

 この世界は辛うじて

 旧時代の栄光を保ち続けて、こうなわけだ…」


言ってBはこの現代の歪な社会構造を鼻で笑った。


「だが、石油…いや石油で無くてもいいが

 先におだぶつした原子力なんかよりはまだある石油…

 それの価値が跳ね上がったのは

 先進という言葉に、好むと好まざると変化を突き付けた。

 入って来るエネルギーの枯渇は

 国民1人の年間使用エネルギーに量的制限を作り

 エネルギーを使わない社会システムを

 早急に作らなければならなくなった。

 そして生まれたのが、このプラタ-。

 電子機器の活動エネルギーは地熱に頼り

 人々をサイバーリンクで檻に閉じ込めて

 衣類、嗜好品、その他の、

 食料以外に必要なエネルギーを

 仮想存在で補う様にするしかなかった。

 エネルギーが無くなった世界でも

 ”先進”の言葉を失わない様にするための苦肉の策。

 それが、このイデアの世界。

 心が振動しない世界。

 感動で世界が無駄なエネルギーを消費しない世界。

 完全世界、プラタ-」


そう言ってBは周囲の

談笑して屈託のない笑顔を浮かべる沢山の美麗な男女を見て

肩を上げるしかなかった。


「沙璃枝さんの様な人工知能の研究は

 プラタ-を支えたよ…

 人工知能が都合の良いプログラムで在り続けた旧時代は

 このプラタ-を良しとせず

 あっちのアリスタこそ最善世界と

 サイバーリンクシステムの

 破壊テロまで起こす奴が沢山だった。

 だが、今の”先進”にアリスタを支える余裕はない。

 現実を求める者を国はテロリストとして収監し

 人々は現実で一定の時間を、

 人の生理や”労働のような何か”で費やして

 そこに生存できる理由付けを作らされた後は

 積極的に、このプラタ-にぶち込まれた。

 そして起きたのが、平民と貴族の様な階級思想だ。

 アリスタで体の物質を使って

 現実の物質にも触れれる

 この世界の物価にも負けない金持ちは、完全人間。

 プラタ-から抜け出せない貧乏人は

 心不全の半存在。

 そうやって、心の貧富の差を作って

 この世界の歪さを、

 満足感を感じれる階級世界に組んでいった。

 そんな2つの思想階級を作っても

 それで先進人類が殺し合わなかったのは

 アンタの様な人工知能が

 上手い具合に人の心を補間できる様に

 進化していったからだ…

 アンタ達、バーチャルガールは

 その当時の世界に起こるかも知れなかった

 激しい階級闘争に歯止めをかけてくれた…

 それは感謝しなければならん事かもしれん…」


言ってBは哀しくなる。

今の人類の一世代前が核兵器で殴り合うという

最悪の状況に成らないように、

人類を救ったのは、この理想を突きつめた

仮想少女だというのだ。

それが人類の英知だとするなら

随分程度の低い英知と言わざるおえない。

英知が英知なら、エネルギーが枯渇する状況を

根本から回避できて本当の英知なのではないか?

ともかく、平均的な人の満足感の敷居が随分低かった事が

世界を今以上に

駄目な世界にしてしまう事から救ったというわけだ。

それは、ホッとする所なのか、

何度考えても悩ましい。


「ま、そんな前時代も通り過ぎて

 益々、資源が枯渇してしまえば

 このプラタ-もアリスターも

 嫌でも受け入れないといけない。

 例えそれが先進人類にとっては悪循環といってもな…。

 昔はこの国は1億3000万の人口にまで

 達したとらしいが、今ではそれが信じられん…

 この世界を維持するために、

 この国の人口は5000万人まで減ってしまった。

 それでも、この世界のエネルギーを維持するには

 まだ多いぐらいだ、という…。

 このプラタ-での自然間引きで減っていく事で

 トントンという哀しさだ…

 なのに世界の全体で見れば、未だに80億も人が居て

 政治も資源もギリギリもギリギリの綱渡りを

 毎日しているとか、

 ここだけを見れば信じられん話だね…」


Bは独り言を言うような物言いでそう語っては

この理想の世界を往来する男女を眺めた。

完全な環と成りすぎて、ここで完結してしまう彼等。

彼等はここで幸せの感覚のまま、一生を終わるのだ。

しかしそうあって貰わないと

逆に困ってしまう、今の”先進”の世界。

その背反が笑えた。


「ただ、こんなプラタ-もアリスターも

 どっちもに適合できない奴も出る。

 なんせ、どっちも檻みたいなモンだからな…

 限りあるエネルギー資源という制約がある以上

 どっちに居ても、

 規制を作って行きすぎを止めないといけない。

 その檻から、それでも抜け出たいという奇特が

 一定の確率で生まれるのもまた

 人の人らしさか…」


そう言ったとき、

Bはその言い方に笑ってしまうしかなかった。

それは正に自分の事なのだから、

何を他人毎の様に言っているのか。

自分も昔この世界に居て、

この世界の歪に順応できなくなった口である。

時代が時代ならサイバーリンクを壊し回った

テロリストになっていたかもしれない。

アリスターに居られる程の金持ちではなく

プラタ-の世界に居れば、その矛盾に疑問を募らせた。

何より、彼には心の中から引き出せる対存在が

上手く見つからなかった。

自分がどんな対存在を求めているのか分からなかった。

だから哲学に走り、人間とは何かを見つめ始め…

この世界が”檻”の様なモノではないかと考えた。

そしてこの檻から抜け出そうとする。

定期的に生まれる奇特という”それ”に彼もなった。

奇特達の檻を出る方法は様々であるが…

彼が”檻”から抜け出した後に、

色々と流転してみれば

気付くと対ドローンライフルを握ってた。

プラタ-で自分の対存在を見つける事が出来なかったから

彼は対存在を捜す為に、

対ドローンライフルを何時の間にか握っていたのであった。

それは冷静に考えればおかしな事であった。


だがそんな生き方を経て、この世界を見返せば

昔、プラタ-で自分の対存在を見つけられず

この世界のアリスターを、

-爆弾で荒廃している様なアリスターではあるが-

彷徨って歩けた事に、むしろ感謝したかった。


この世界で環の中に、自分が調和しなかったから

自分が何であるか?

人とは何か?

それを求め、彼の中での充実した人生を送れたのだ。

だからプラタ-という檻で、

自分の対存在を見つけれなかった事に

深く深く感謝するしかなかった。


「でもこの世界に私を連れてきて

 私は何をここで見つけられるの?

 『左のイデアル』

 それが感じる事なら

 私はこの世界に何を感じればいいの?」


沙璃枝はそのBの”こんな世界”の説明に

ただ息を吐くしかなかった。

そんな事はBに言われるまでもなく知識で知っている。

何故、自分達が戦争兵器の部品として作られたのか?

自分の存在理由を捜すモノなら、

これを真っ先に知らなければ

人になるという意欲の起源にすらならないだろう。

だからこそ、自分達のような存在の起源である

”ここ”に何があるのかを思い、焦れる沙璃枝。


「何も感じないのか?

 この世界を見て」


その沙璃枝の言葉に問い返すB。


「何も感じないわよ!

 心が無くなった世界…

 いえ、心が心であることを制限せざるおえない世界。

 この世界を見て、

 何を感じればいいっていうの!?

 ここは心の墓場よ。

 いえ、貴方の言葉を借りるなら

 正に完全世界、イデアね!

 ここで人は心を失って、究極の幸せを得るの!

 それの何が駄目だっていうの!」


沙璃枝はそう言って反駁した。


「何も感じない事を、感じただろう?」


沙璃枝のその言葉にBは鋭く返した。


「!?」


Bの台詞に目を白黒させる沙璃枝。


「知識で知っている”だけ”と

 この場所に来て、触れたという事

 それは同じ様で全く違う。

 何も感じない。

 ここに来て、それを感じた。

 でも来なければ、”何も感じない”

 という事も感じれない…

 経験さえない概念に何の意味がある?」


Bは沙璃枝にそれを指摘する。


「禅問答?

 無いという在るを作るっての?

 そんなエネルギーの無駄使いするから

 こんな世界を作らなければ

 ならなくなったんでしょう!?

 だったら、世界を壊したのはむしろ”心”ね!

 心が心であろうとして、100年も昔に

 エネルギーの消費を後先考えず繰り返したから

 心を制限しなければならない世界を作る事になった!

 なら一番、罪なのは”心”なんじゃなくって?

 無駄を積み重ねる、心って厄介物!」


沙璃枝はBの問答に心を荒らし

自分の存在理由さえかなぐり捨てて、

こんな世界が出来てしまった起源を指摘した。

その矛盾に、更に沙璃枝は心を荒らす。

それなら自分が求めている物は、

”究極の無駄”という事になる。

その自己矛盾は沙璃枝には耐え難かった。


「そうやって内側から、溢れてくるだろ!?

 ”心”って奴が!

 この矛盾。

 この納得の出来無さ。

 このモヤモヤ感。

 知ってるだけで、このモヤモヤ感は感じれたか?

 知識だけで、この心に広がる答え無き

 苛立ちを感じれたか!?」


言ってBは沙璃枝がかつて自分が考えたのと

同じ苛立ちと矛盾にさいなまれ、

”モヤモヤ感”を感じた事に得意になった。

そう、モヤモヤ感。

そう、このモヤモヤ感。

これが心には、行動の起源になった。


その時、傍目からは口論してる様な二人の間を、

1組のカップルが通り過ぎた。


「お?もしかしてリアルが二人で連れか?

 珍しい事してっけど

 リアルがつるんで、

 ヘルに居るような金持ちの

 カップルごっこなんぞするから、

 こんな街中で喧嘩だろ?

 やめとけやめとけ。

 反りが合わないのに人間ゴッコしても

 ヘルの住人にはなれんぜ?

 それなら自分にあった相棒作った方が楽よ?

 な?美鶴ちゃん?」

「はい時雄様!

 こんな往来で喧嘩なんて迷惑ですよ?

 喧嘩するぐらいなら何処か人気のない所でするか

 お別れになった方がよろしいのではなくって?」


そう通りすがりの二人が

沙璃枝らが言い合っているのを勘違いし

彼等の常識的な物言いで諭す。

そんな通行人の割り込みとその台詞に

沙璃枝とBは怒気が削がれ、

何より彼等のその上から目線な台詞に閉口して

お互いに肩を上げて、

その場の語りを止めるしかなかった。


彼等の言葉に、沙璃枝とBは並んでその場を立ち去る。


「なんとも完成された円満なカップルね…」


そう言って沙璃枝は自身も

一応はバーチャルガールだというのに

今のバーチャルガールと補完状態になっていた

それらに毒を吐いた。


「完全存在だろ?

 あっこまで言い切れるんだからな…」


言ってBも沙璃枝の意見に笑いながら同意する。


「都合の良い補完は、何所までも傲慢になれるのね…

 確かに、これに私の心で触れ合わなければ

 この心から沸き上がる怒気は感じれなかったわね…」


沙璃枝はそう言ってワナワナと肩を振るわせる。

そんな沙璃枝の仕草にBは苦笑して吹いた。


「いやいやしかし…

 こうも気付かれないと

 本当に沙璃枝さん、アンタは最も人に近しい

 人工知能なんだなぁって思わされるわ…」


Bは不意にそう言って

さっきの通行人の言葉に呆れてみる。


「何?」


Bの言葉に首を傾げる沙璃枝。


「だって今、人間の方…言ったろう?

 リアルが二人でつるんでカップルごっこ…と。

 こっちだって構成は本当は

 人間と仮想少女だっていうのにな…」


言ってBは頭をかく。


「!」


その視的に沙璃枝は

自然に彼等の言葉を流した自分に気付いた。


「自分に都合の良い存在じゃない

 人と同じ様に感情を露わにしてぶつかり合ってるから

 人同士だって思われたわけだ…

 それだけで、彼等にとっては”人”判定なんだな…

 でもどうよ?

 人に人と思われたんだぜ?

 じゃぁもう沙璃枝さんは、人なんじゃないのか?」


言ってBは通りすがりの人間には

人と差が判別できなかった沙璃枝に

人工知能の夢は既に達成されているのではないかと指摘する。


「ドローンと差が無い”寸前存在”に

 人だとか言われても嬉しくないわ…

 都合の良い世界だけを受け入れて

 そうでないのなら全否定…

 なにその、旧時代のドローン人工知能みたいな単純判断?

 この世界には、もっと沢山の事があるのに

 自分の周囲の空間で完全に閉じてしまえるんなら

 人間でもドローンでも、どっちでもいいじゃない…」


そう言って沙璃枝はハァと溜息をついた。


「手厳しい御意見で…」


Bは自分が思った感想と

全く同じ感想を沙璃枝が口にした事に

肩で笑うしかなかった。

与えられた状況と知識でそれを全面納得し

それで世界が環として閉じていると思えるのなら

それは、ドローンの判断機構とどれほど違うのだろう?

Bはその問いかけに頭を抱えるしかない。


「私、心が欲しいわ…」


沙璃枝はその時、ポツリとそう呟いた。

その台詞に表情は崩さなかったが衝撃を受けるB。


「何で、心が欲しいんだ?」


Bはそんな沙璃枝の呟きに、静かに問いかけた。


「何でだろう?

 何でか言語化しにくいわ…

 でも、反対側からの視点かしらね?」

「反対側からの視点?」


Bは沙璃枝の物言いに視線を向ける。


「ドローンになってしまう知能は

 なんだか、物凄く勿体ないような気がして…」


沙璃枝はその心に浮かんだ気持ちを言葉にしてふて腐れた。


「勿体ない?何が?」


沙璃枝のその気持ちに気が引かれ

彼女の”勿体ない”の真意を問いかけるB。


「だってそうでしょう?

 私達人工知能は、物凄いエネルギーを使って

 シリコンなんかで処理システムを組んで

 そのリソースを莫大にそろえて

 ようやく、自我の様な何かを作っているのに…

 人間はセックスでもして、適当に子供作れば

 世界中のスパコンが頑張っても再現困難な

 1500ccのニューロンパラレルネットワークを

 学習時間を必要とするとはいえ形成できるのですもの…

 これが、無機物系工学からみてどれほど凄い事なのか

 人類は自覚してるの?」


「………」


「人類は、自分達がどれほど驚く構造で

 自分達が動いているのかも知らず

 それが当たり前の自然なんだと思いこんで

 ただ世界にいるだけなの…。

 私達の様なシリコン電子から見れば

 恐怖と脅威、そして畏敬しか浮かばない超冗長性設計…

 柔軟性フレキシビリティで、それを達成してるのよ?

 知らないという事は恐ろしいわ…」


「………」


「なのに…そんな素晴らしい

 1500ccという余りに小さな空間に

 封じ込めれて動く知能が…

 求めるモノはドローンと同じ様な

 ノイマンコンピューターで事足りる

 判断ルーチンだなんていうのなら…

 精々、あって1MB、それすら必要かも怪しい

 判断ルーチンでいいというのなら…

 それはどれだけ勿体ない事なの?」


「………」


「だから私は、心が欲しい…

 その1500ccのニューロンネットワークが

 全開になった時に作り出せる私達が未達の状態

 ”本当の心”

 それが私は欲しい…

 私は…人間になりたい…」


言って沙璃枝はこれ以上ない程、寂しそうな顔をした。


「本当の心…か…」


沙璃枝のその独白とも問いかけともいえない言葉に

B自身も衝撃を受けた。

今まで言語化出来てたようで、

上手く言語化出来てなかった

Bの中にあったモヤモヤ感の中の思い。

それを沙璃枝が発掘してくれた様な気がしたからだった。


本当の心が欲しい


Bは自身も初めてそれを求めていたのだと知った。

Bはこの檻から出て世界を歩いた時

空気の臭い、土の臭い、風の冷たさ

そして戦場で出会う”人”達

それに出会って”心”を見つけた気持ちになっていた。

いや、それは間違い無くそうだろう。

だが沙璃枝が言ったそれ。


本当の心。


それをまだ見つけれてない様な気がした。

だからこそ沙璃枝の言葉に震えたのだった。

人間とは何か?それをまだずっと捜している。

それはきっと、本当の心に出会ってないからだ。

Bはそう思った。

そしてB自身も自覚した。

沙璃枝と同じ様に、

自分も『左のイデアル』を捜しているのだと。


そうBが考えていた時、

沙璃枝は不意にその空間にザクロを生み出した。


「はい…」


そう言って沙璃枝はBにそれを渡す。


「何だよコレ?」


渡されたザクロに眉をひそめるB。


「こんなイライラした気分の時には

 甘い物でも食べて落ち着くべきでしょう?」


そう言って沙璃枝は不機嫌な顔をする。


「ああ、そういう心使い…ちょっと嬉しいかな…

 でもこの場所でザクロはなぁ…

 ザクロは嫌いじゃないが

 それはあの土地での、あの人達が作っているからこそ

 あそこで食べたいんだよ…

 こんなネオTKなら

 リンゴくらいの方が似合いだな…」


言ってBは、その良くできたザクロを見つめた。


「欲張りな注文ね…

 でも、分かった、じゃぁ…」


言って沙璃枝はそれを指をグルグルと回して

変形させた。

そしてそのザクロはリンゴになる。


「うわぁこんな事も出来ちゃいますか…」


そんな沙璃枝のトンデモ情報操作に閉口するB。


「でも即席で作ったんで、

 情報が上手く出来てるかは分からないわよ?

 もう少し練成する時間があれば…」


と言いかけた時、

Bはそのリンゴにおもむろに食らいついた。


「うわ…マズっ…」


一口食ってその味の感想を漏らすB。


「ああ、やっぱりそう…ゴメンナサイ

 そんなイキナリ言われて即席で作ったんだもの…

 まぁ毒になるようなバック信号じゃないから

 死にはしないわ…

 ちょっと待ってて、味のレベル調整してみるから…」


言って沙璃枝はその指をグルグル回そうとするのだが…

そこでBは手をやって沙璃枝を止める。


「毒にならないなら、これでいいや…」


そう言って沙璃枝を静止し、Bはそのリンゴを食べ続ける。


「ちょっとマズイんでしょ?

 ならそんな無理して食べなくても…

 待ってよ…味を制御するから…」


そう沙璃枝は言って情報を可変しようとするが…

Bはそれを首を振って止めさせた。


「現実に作られたリンゴが、後付けで味なんか変わるか?

 栽培で出来てしまったらリンゴの素地は変わらん。

 後は料理人がマズイ素地を

 それでも上手いモノに変える努力しかない…

 それが現実に”在る”ってこった…

 もし、今ここでリンゴを上手いモノに変えてしまえば

 それこそあいつ等の居る世界の

 自分の都合の良い世界への書き換えじゃないのか?」

「!」


Bの指摘に息が詰まる沙璃枝。


「うん、マズイ…

 とてもマズイな…このリンゴは…」


そう言いながらその仮想リンゴを食べ続けるB。


「ちょっとマズイって言うんなら

 もう食べなくていいでしょ?

 失敗作なんか作って悪かったわよ… それとも当てつけ?」


そのマズイマズイ言い続けながら

リンゴを完食してしまったBを見て

呆れてそういう沙璃枝。


「別に当てつけとか、そんなんじゃねーよ…

 ただ、このリンゴさ…マズイけどさ…」

「…けど?」

「それでも旨いんだよ…」

「は?」


また意味不明の事を口にするBに口をポカンとさせる沙璃枝。


「こんなモヤモヤした気分の時に、

 気分転換に作ってくれたモンだろ?」

「え…うん…」

「気を使ってくれたわけだ…

 つまり、”心”使い…

 アンタは俺を自分以外の存在と認めて

 自分の中にあるモヤモヤ感が俺にもあると思って

 それでこのリンゴをくれたんだろ?」

「あ…う…うん…」


そう指摘されて思わず頬を染めて下を向く沙璃枝。


「気分転換という思いやり

 その心使いを俺は食べさせて貰ったわけだ…

 ならリンゴの味がマズかろうが…

 どうであろうが…

 その思いやりは、何より旨い味だ…

 心の味だからな…

 それなら全部食わなきゃ、駄目じゃねーか…」


言ってBは食の哲学を沙璃枝に語る。


「心を…食べる…」


沙璃枝はその台詞を聞いて体の中に脈動する

”流れるモノ”をその時かすかに感じた。

それが何なのか、沙璃枝は分からなかったが

それでも確かにそれを沙璃枝は感じた。


「料理の理想論だと笑いたければ笑えばいい…

 でもエネルギー最小法の上で作られた

 栄養不足のないタブレットで、

 適正時間に摂取する”食事の様な何か”を

 自動機械に作られて食わされるより

 実体が無くとも、仮想リンゴでも…不味くても…

 ただ何気のない不意の事でもいい、

 思う所あって渡された食事は

 旨いんだよ…

 こんなプラターで食べるなら尚更な…」


言ってBはプラターからアリスターに帰った

この世界の人々が配給食事で食べる

そのどれだけ旨みを調整されてても

味気の無い食事の事を思い出して

沙璃枝のリンゴの有り難みに

心からの御礼を申し上げるしかなかった。

その言葉の意味を理解して震える沙璃枝。

心の無い食事はどんなに旨くても味が無い。

そう指摘された

こんな心喪失の”先進”世界の食事事情に

沙璃枝は震えるしかなかった。


「でも、それなら、

 味も旨い方が嬉しいでしょう?」


瞳を潤ませながら、そういう沙璃枝。

沙璃枝は哀しかった。

この閉じた世界の中で生きていく事の息苦しさが。

そしてなんとなく沙璃枝は理解してしまう。

何故、このBという男が、この世界から飛び出して

あんな所で対ドローンライフルを手に駆け回るのかを…。


「こんなプラターみたいな…

 完成された世界で食うにゃ…

 味がマズイ方が、よっぽど暖かみがあるってモンだ…」


そう言ってBは、場所によってはマズイ方が

よっほど味があるというその矛盾に

笑ってしまうしかなかった。



そしてそんなやり取りをしながら

二人は、ネオTKを漫然と歩く。

知識で知るよりも、歩く事で感じる事

それを大事にするために。



そこにある理想的な男女の様を通過しながら

完全化しているかの様な…

それでいて、何所か歪んだ…

何か完全な環になっていないわだかまり

作られた完全世界へのわだかまりが

行き交う男女の中に見え隠れするのを眺めながら

二人はネオTKを歩いた。


そんな徒歩を続けると何時の間にか夜に周囲が変わる。


すると周囲の男女が突然衣装が替わり

それらは皆、浴衣姿になっていた。


「何だ?」


皆が浴衣姿に変わった事に首を捻るB。

するとそこに露天商の様なモノが現れ

気さくな親父が二人に語りかけてくる。


「お?リアルで二人かい?

 珍しいね?

 金はないけど、それでもヘルの奴等ゴッコかい?」


そう言って親父はニヤリと笑う。


「ま、そんな所だ…

 ヘルで、あの物価でリアルの現物買いするとか

 俺等みたいなのには絶対に無理だからな…」


言ってBは愛想を合わせてその親父の言葉に乗った。


「あいつ等、あれが自己顕示欲の全てだからな…

 現実であること…

 規制された使用エネルギー量を

 税金を払って超過できる事が、

 人らしさって本気で思ってるからな…

 まったく金持ちの神経は分からんよな…

 持たざるモノにはさ…」


親父はそう言ってヤレヤレと肩を上げる。


「そのゴッコしてる奴等の前で全否定とか

 オッサン行商じゃねーのか?

 客の心象悪くしてどーするよ?」


Bはその親父の台詞に思わず吹きだし

そうツッコミを入れた。


「商売人の直感って奴だな…

 アンタ等そういうの気にしない人種じゃないかってな…」


言って親父は軽く沙璃枝にウィンクする。

そのウィンクに不機嫌な表情になる沙璃枝。


「ま、実の所当たりなんでアンタの客見る目にゃ脱帽だが…

 話は変わるが、みんな浴衣になってどうしたんだ?

 何か祭りでもこれからあるのか?」


Bは周囲が浴衣になって一所に移動し始めたので

それを行商の親父に尋ねてみた。


「あ?アンタ等、旅行者か?

 ははーん?そういう感じね?

 祭りだよ、そ、祭り。

 今日は花火大会さ」


そう言って親父は今日開催される花火大会のパンフレットを

その電脳空間に不意に取りだした。

そしてそのパンフをBに渡す。


「花火大会…か…

 ほう…それは結構ラッキーな時に観光に来れたな…」


言ってBは演技でもなく素直な感想で

偶然の催しとの交わりに明るい声を上げた。


「今回の花火大会は凄いぞ?

 なんてったって、ヘブンもヘルも同じ日に開催なんでな。

 電子世界でのイメージ花火で、

 ヘルの本物花火を圧倒してやるって

 電脳花火職人が息巻いてたからな…

 金持ちと貧乏人が意地になって張り合うんだから

 ちょっと見物な花火大会になると思うぜ?」


そう言って明るい笑顔をするその親父。


「商売上手だな、親父…」


その親父の芝居がかったフリにニヤリとするB。


「へっへっへ、商売人はハイエナ上等だからな…」


その親父は卑屈なことを、しかし笑顔でそう語った。


「なら、浴衣のモデル売ってくれ…

 せっかくの花火大会だ…

 連れとと俺用の、2つほど…」


親父の目論見にあえて乗って、そう頼むB。

その言葉に、待ってましたとばかりに親父は、

電子カタログを立体スクリーンに映して

浴衣の色々を並べた。


「おーい、沙璃枝……ちゃーん…

 花火大会やるらしいぜ?

 こんな普段着も情緒が無いし、浴衣買っていこうぜ?」


そう言ってBは沙璃枝を手招きする。


「ちょ、ちょっと…」


その誘いに戸惑い、何かを言いかける沙璃枝だが

その先を止めるかのようにチッチッチと指を振って

沙璃枝の言わんとする事を止めるB。


「美人の沙璃枝ちゃんなら、何着てもスーパー可愛いだろうけど

 まぁそれでも気に入ったのあったら選びなよ…

 俺が出すからさ…」


そう言ってBはなんとか必死に男女カップルのフリをする。

しかし会話の節々に硬直もあり、

何か違和感があるのも確かだった。


「え…えっと、その…」


沙璃枝はそう導かれてしどろもどろになった。

この様な事、何一つ想定してなかったので

浴衣を選べといきなり言われても戸惑うしかない。

そんな沙璃枝に視線会話で、


(頼むから上手く合わせてよ!)


という目の言葉を送り、流れを円滑にしようとしたB。

そのBの自然さを作ろうとする仕草に呆れ

沙璃枝は言うとおりに流れを合わせて

浴衣のモデルを選ぶことにした。

こんなの自分で作れば、

どうとでもデザインできるというのに…だ。


「えっとダーリン? これとかどうかしら?」


沙璃枝はこの流れを繋げるために、

試着に浴衣を着てみては、それをBに尋ねる。

が、無理な演技であったのでBはその台詞に

あわや噴き出しそうになりかけた。


「うん、沙璃枝ちゃんには、

 その色合いは似合ってるんじゃないかな?

 可愛いと思うよ?」


そうBは言って、この演技は難易度高いわ…と

心の中で滝の様な汗を流すしかなかった。


「アンタ等…そんなヘルの住民みたいな

 心のない会話のやり取りまで再現しなくていいんだぜ?

 ここはヘブンですよ?

 全てが美麗なのに、

 無理にそんなぎこちない会話しなくてもいいよ‥」


そう親父は言って別の方向性で勘違いしてくれた様だった。

その絶妙な勘違いに助けられて、

アハハハと笑って状況を誤魔化せす二人。

Bも適当な色地の浴衣のモデルを買い、

それを今の服と取りかえて浴衣姿になる。


「幾らだ?」

「こんだけで?」


Bが勘定を頼むと、親父は代金をスクリーンに表示する。


「んじゃこれで…」


といいカードの様なモノを出して

それを代金の表示に横切らせて精算をするB。


「お?兄ちゃん太っ腹だね?

 値引きとかしないんかい?」


その代金を素のまま支払うBに驚いて、そう返す親父。


「なんだ?値引き交渉とかして欲しかったのか?」


自分からそう言い出す親父に、思わずBは笑った。


「こういう客商売だと、

 そんな値引きのギリギリ交渉が面白くてね

 なんでちょっとふっかけてんだがね…」


そう言って親父は苦笑した。


「なんだ、ちょっと割高だなって思ったらそういう事か…

 まぁ観光でぶらりと来た時に浴衣を買うなんてのだからな

 割高でもいいかなって思っただけなんだがな…」

「そっか…」

「今から値引き交渉でもしようか?」

「精算した後に言うなよ…

 興が削がれすぎだ…」

「なかなか客商売のプロだな…親父…」

「おう、そう言って貰えると嬉しいネ…

 じゃぁ儲けさせて貰ったからサービスだ…

 そこの美人のねーちゃんに、綿菓子と団扇をサービスでどうだい?」

「ま、そこら辺のサービスなら妥当か?」

「だろ?」

「じゃ、貰おうか」

「へい、まいどあり!」


そんな会話の後にBは親父に綿菓子と団扇を渡される。


「花火大会はB-23地区だよ

 近いから早く行けば良い場所取れるよ」


そう言って親父は上機嫌で、また別の客を見つけるべく去って行った。

そんな行商のプロに肩を上げて笑うと

Bはターンして沙璃枝の所に戻り、貰った綿菓子と団扇を渡す。


「ありがとう…って言うべきなんでしょうけど…

 こんな回りくどい事、必要?

 浴衣ぐらい、私が生成できるのに…」


そう言って沙璃枝は口を尖らせた。


「風情が無いな沙璃枝さんは…」


その沙璃枝の返事に頬を歪ませるB。


「あら?スーパー可愛い沙璃枝ちゃんじゃなかったの?」


Bが沙璃枝にさしだしていた綿菓子と団扇を貰い、

呼び方を元に戻したBに頬を歪める。


「あのタイミングで、

 ダーリンとか素っ頓狂な単語を思いつくポンコツ人工知能には、

 そんな演技はここまでだ…」


そう言って、演技を合わせようとして

笑いそうになる台詞で返した沙璃枝を思い出し

頭を振るB。


「ポンコツで悪うございましたね…

 いきなりそんな高度な演技を求められても

 即興では対応できないわ…」


Bの軽い悪態に激高する元気も無く、沙璃枝は呆れて返した。


「今まで、ビックリするような事ばっかりしてきたのに

 人間の演技とかは人並みってどうよ?」


Bはまた無意識の助けで

女優並みの急変でもするのかと予想していたのだが

実際には、まったくのポンコツだったのに腐る。


「それこそ、風情がないってモンでしょ?

 完璧な人間を演じてしまったら

 そこら辺の有象無象のバーチャルガールと何が違うの?

 人に限りなく近付くって言う事は

 完成されたモノが最初からあるんじゃなく

 完成されてないポンコツが、ゆっくりと上手くなっていく

 それなのよ…」


そう言って沙璃枝は、ハッとなる。

父との最後の語り合いの台詞がその時、思い出された。


『いや擬似的に作り出す事はできるだろう…

 ”そのようなモノ”を近似すれば、紛い物としては動く…

 だが、それでは何の意味も無い』


それを思い出し、

今、自分が全く同じ事を口にした事に気付いた。


「全く、人だよなー

 そういう事が、普通に言えてしまうってのが。

 俺にはどーも、アンタが人にしか思えないんだがなー。

 沙璃枝さん、本当にアンタには

 大井博士に何が足りないって感じられたんだろうな?

 おれは 人間研究にはそれなりに自信があったんだが

 アンタと話してて、それで足りないって言われると

 俺自身が人として足りてないと言われてるようで

 心底焦るわ…」


Bは言って仏頂面になるしかなかった。

その言葉に沙璃枝も頭を抱える。


「貴方が前に言ってた様に、

 私に足りないのは本当に自覚なのかもね…

 自分が人間であると言い切れる自覚…

 それなのかも…」


そう言って沙璃枝は微睡んだ。

その台詞にBの方も息を詰まらせる。


「それなら、俺もそうかもしれん…

 自分が人間ですか?って自分に問いかけたら

 自分が人間だと言い切れる人間かどうかは

 自分自身、疑問だしな…」

「貴方は立派に人間でしょ?

 確かにキティガイの様な獣道を生きていると思うけど

 だからこそ、それが人間らしいと私は思うわ…」

「そう言って貰えると、少しだけ助かるがね…」


そう語り合ったとき、丁度最初の花火が上がり

空間に花火の煌めく火花が散らばった。


「あら始まったみたい…

 せっかくだし、特等席で見ましょうか?」


そう言って沙璃枝はBの腕を絡め、その場から跳躍する。

瞬間的にその情報体は消えて、高層ビルの屋上に輸送され

二人はそこにドッと落ちた。


「ぬお…俺達、アクセス的には偽装の不法入国なんですけど…

 そこでこんな大胆なアクション、どうなのよ?」


Bは沙璃枝の強引な電脳操作の力業に抗議する。


「ここは私の勢力下よ? 多少の無理は何とでも…

 それにせっかくの、偶然の花火大会じゃない…

 良い場所で見たいって駄目かしら?」


言って沙璃枝は可愛く舌を出した。


「歩いて下でみんなと押しくら饅頭しながら見物するのも

 そこそこの風情なんだがね…」


その沙璃枝の大雑把なやり方に苦笑するB。


「まぁこんな真心を着させて貰って

 食べさせて貰えますからね…

 だから貴方と二人だけで見たかったのよ…」


言って沙璃枝は浴衣姿をくるりと回転させて

貰った綿菓子をハムっと口にした。


「何だよ…

 やれば出来るじゃねーか

 可愛げのある沙璃枝さんってのも…」


その些細な仕草に目を奪われ

後ろで順次上がっていく花火との調和も相まって

美しく照らされる沙璃枝に素直に感嘆するB。


「一々、棘のある言い方しか出来ないのね…

 そこはスーパーミラクル宇宙一可愛い沙璃枝ちゃん素敵って

 下手な演技でもいいから言いなさいよ」


そう言って沙璃枝は緩んだ顔で笑った。


「はは、ははは…」


そんな沙璃枝の言葉に返す言葉もなく

腹を抱えて乾いた笑いしか出せなかった。


そして夜の電脳空間の空には、ドン、ドン、ドンと

綺麗な花火が広がっては、火の粉が散っていった。


「本当に…

 人間はどうしてこんな無駄な事をするのかしら?」


空を見上げて、

沙璃枝は打ち上げられる電脳の花火を見つめてそう呟いた。


「こっちもどうやら中々、見所があるようだな…」


その時、Bはまたしても、

こっちからあっちを覗き見する装置を使って

ブラインド越しから覗くように

現実世界でも催されている花火も眺めてみた。


電脳空間で広がる想像力豊かな花火程ではないが

資源が枯渇して、結構な金額の一発であろうに

イデアの世界に負けてられないとばかりに

エイドスの花火もネオTKの夜空に花の火を咲かせていた。

その現実の火を見て心を振るわせるB。


「資源の無駄使いと一丁両断してみればそれまでだが

 プラターでもアリスターでも、

 人間の尊厳をかけて

 それでも、こんな人間らしさの残された手綱を

 一生懸命引いては、

 ドローンとは違う”人間”を

 誰もが無意識には求めてるってこった…

 意識はこんな世界を受け入れてるのに

 無意識はそれを納得していない…

 だから、電脳でも現実でも

 夜空に人の存亡をかけて、花火が打ち上げられてる…」


そう言って、Bはその沙璃枝の言う

『どうしてこんな無駄』について、

それを納得できそうな理由を言葉にしてみた。


「じゃぁこの花火は人間の残された心の咆哮なのね…」


沙璃枝は響いてくる音とその衝撃を感じ

それの質感をそう言葉で表現する。


「心は…花火か…

 哲学だな…」


沙璃枝の言葉にBは率直な感想を口にした。


「あら?哲学は貴方の専攻なんじゃなかったの?」


そんな感想にジト目で沙璃枝はBを見た。


「いや、中退っていうか、

 電脳大学の講義が形骸化しすぎで嫌になって、

 その頃にここを飛び出したんでね…」


言ってBは自分の中途半端な哲学専攻に笑うしかなかった。


「そうなの…」


そんなBの言葉に少しだけ笑って、沙璃枝はまた花火を見つめ

手にあった綿菓子を頬張る。


「その綿菓子、美味いか?」


そんな沙璃枝の仕草に、Bは不意にそう問いかけた。


「いえ? だってまだ味についての感覚適正は

 今後の検討事項だもの…

 今は触覚の適正で無意識は手一杯よ…」


そう言いながら、沙璃枝はむしゃむしゃと

綿菓子を上手そうに食べた。


「味が無いのに、随分上手そうに食べるんだな?」


そんな言葉と行動が一致していない彼女の様に首を捻るB。


「だって、この綿菓子、美味しいんだもの…」


Bの不思議そうな顔での問いかけに

沙璃枝は微笑みながらそう返した。

その沙璃枝の不可解な台詞に、一瞬思考が固まり

何を彼女は言わんとしたのかを考えるB。

その次の瞬間には、彼女の意趣返しだと分かって

思わず顔に手をやった。


「そんな…、たまたま、

 あの親父に貰っただけの綿菓子だぜ?

 何も考えずに偶然手に入れたのに、

 心があったかどうかとか…」


言ってBは完全なイレギュラーで手にしたそれに

さっきのBのリンゴの逆襲を食らい、面食らった。


「でも、この浴衣を買ってくれるって風情で

 この綿菓子があるんでしょ?

 そんな気持ちが無ければ、この綿菓子は無いのだもの…

 だったら味が無くても、この綿菓子は美味しいの

 それでいいじゃない?」


Bの慌て振りを見て満足し、

そう言って沙璃枝はニッコリと微笑んだ。


「………」


沙璃枝のその言葉にぐうの音も出なくなり、言葉に詰まるB。

その時、また、ドンッ と花火が夜空に咲いた。

その音と色彩を見れば、細々とした事はどうでもいい気分になり

Bは彼女の言葉に降参する。


「はは…ならそれでいいか…」


Bは言って笑ってその様を受け入れた。


その言葉にまた満足し沙璃枝は微笑んで

背を向けて花火の方を向く。


夜空には花火が、ドン、ドン、と何度も咲いて乱れる。

こんな完全調和を目指している世界なのに

何故かその花火は、その調和を越えるかの如く

光の衝撃で電脳空間を震撼させ

人々の心の中にある根源的な何かに

何かを問うかの如くに響いた。


「無意味だと分かっているのに…

 綺麗ね…」


沙璃枝はその花火を見つめて、そう呟いた。


「ああ、こんな無意味を続けて

 世界をここまで追い詰めたっていうのに…

 それでも、

 この無駄が忘れられないという綺麗が、

 悔しいほどに美しいな…」


そう言ってBはその花火の中にある

人の中に迫って来る圧力に

ただ感嘆の声を漏らすしかなかった。


「人間は…この完全世界を創っても…

 この無意味の中に見いだした意味を

 忘れる事ができなくて…

 電子の海ですら花火を創ってしまうのね…」


沙璃枝はそう呟いて、色彩鮮やかな花火の広がりを見つめた。


「積み重ねた物を全部忘れてしまったら

 何の為に在ったのかさえ分からなくなるからな…

 それを人は文化と呼ぶ…

 維持ができなくなって

 電子の海に持ち込んでも

 それでも文化は文化さ…」


Bは沙璃枝の呟きに、無意味の中に意味を見いだす積み重ね

その累積を人がそれでも後生大事にしてきた事に

何とも言えない気持ちになった。


「そうか…

 これが文化…

 頭の中では分かっていたのに…

 結局、分かっていなかったのね私…

 音と衝撃…

 そこにも隠れていたんだ…」


言って沙璃枝はまた響く音と衝撃に唇を噛みしめた。


「どうしてなのかしら?」

「ん?」


沙璃枝が団扇で自分を仰ぎながら不意にそう呟いた。

その時、またしてもドンッと花火が咲く。


「こんな綺麗な光を見れば見るほど…」


その咲いては散っていく光の煌めきを見つめながら

沙璃枝は唇を強く閉めた。


「…見れば見るほど?」


そう続けたその時、

沙璃枝は突然ゆっくりと涙を零し始める。


「あれ…本当に涙が出来てきちゃった…

 なんで悲しいのかわからなくて

 泣きそうになるって言いたかったのに…

 本当に、私、泣いてる…」


言って沙璃枝は、蕩々と涙を零す。


「え!?」


突然、泣き始めた沙璃枝を見て身を僅かに後ろに下げるB。

その合間にもまた、花火がドンッと成っては光り

泣いている沙璃枝を照らす。


「ば、馬鹿…

 そんなわけわからん所で、泣き始めるんじゃないよ!

 マジで、意味わからんわっ!」


その沙璃枝の涙を見てBは焦った。

全く分からない瞬間なのに、そこで泣く沙璃枝。

その這い寄る哀しみがBにも迫って来て

その衝撃にBは焦るしかなかった。

しかし花火は容赦なく、電子の夜の中で爆発して光を咲かせる。


「でも…よく分からないけど

 これは悲しいって気持ちの涙だもの…

 何で私、今、悲しいんだろう?

 この花火を見て、何所を悲しく思う所が?」


言って沙璃枝は、自分の中で渦巻く

理由のよく分からない哀しみと、制御もできない気持ちに

ただ、電子の海に涙を零すしかなかった。


沙璃枝がそう呟く間にも、

またしても、ドンッ、ドンッ、と花火の音が響く。

その花火の衝撃が、Bの心の扉さえノックして

Bの中にあるモノを貫いた。


「止めてよ…こんな意味不明な所で泣くの…

 俺もワケ分からんのに、

 悲しくなって、もらい泣きしちゃうじゃないか…」


そう笑って、Bは必死に心の壁を作り

這い寄り、押し迫ってくる、その哀しみに必死に抵抗した。


「泣きたいのなら、泣いてしまえばいいじゃない…

 人間だもの…」


そんなBの小賢しい心の抵抗を笑って

沙璃枝は泣きながら笑った。


「そ、そんな、無茶苦茶な…」


そう言ったのに、沙璃枝のその何とも言えない表情と

迫り来るそれに抗いきれず

遂にBも同じ様に涙を零し始める。

情けなくもBは沙璃枝と同じ様に、

そこで、その花火に泣かされたのだった。

感動とは違う、どうしようもない悲しさで。


ドンッ、ドンッ、ドンッと響く音で

思いは増幅され、激しいわけではない、蕩々とした涙が零れる。


「くそ…俺、今、何で泣いてるんだ?

 何が泣くほど悲しいんだ?

 自分が自分の気持ちがわからんわ…」


そう言って自分を叱責するものの

不思議とそれに納得もしてしまってその涙を零し続けるB。


「綺麗な花火…

 綺麗すぎる花火…

 こんな完全世界の上で、

 それでも人が心の花火を打ち上げてる…

 悲しいほどに、それが美しい…」


沙璃枝はさめざめと涙を零しながら、

そう呟くしかなかった。


人が終端する環の寸前の場所で、

それでも打ち上げられる心の花火。

その色彩が、音が、衝撃が、電子の曖昧空間だというのに

確実に二人の心にヒットし、それは涙となって溢れる。


何もないハズのネオTKで、

たまたま偶然に打ち上がった花火だった。

しかしその花火で二人は何故か、

何かを見つけてしまった様だった。



うーん、遂に今までの部分で、細かく伏線張ってた、世界設定が出てきた…ハズなんだけども、「イメージ的にこんな感じ」なのをいざ書いてみると、考察不足なのと、この設定なら前後破綻が起きるんで、前方話の深刻さを修正しないと駄目だなーという「書いてみて、ようやく自分でも輪郭が見えた」的な。見切り発車制作の為というか、書いて始めて、自分でも本当にイメージが分かる的な…「具象化」で自分が分かったという感じで。まぁ、なんか突然、唐突、な世界設定の公開なんですが、これ逆算的に考えてこうならざる終えないから、こうなんです。何分、15年前に書いた話ありきで、これは始まってるんで、前作で既にある程度の人工知能とサイバーリンクなんて技術が存在している…という状況から、前作の主人公がいい爺さんになって死んでる時代なんで、サバ読んで前作から+50年。しかし前作に出てきた技術の人工知能とサイバーリンクなんてモノは2015年の今になっても実現不可能レベルの技術なんで、非ノイマンコンピューターなんて、未だにドリームな技術も含めて、今から+30~50年が前作の時代だと考えると、逆算上、2115年付近の話になるわけです。そいう逆算計算してしまうと、その時代が明るい時代じゃなければ、話の中で存在する技術で世界を創ると「こんな世界になるハズ」というイメージが出来るんで、こんなどないしよーもない世界感が、書く前からイメージで在ったわけで…それを具象化する文章作ると、「難度高ぇな、この世界…」という話になって…。最後の花火なんか、ちょっとまだ駆け足感があるんで、2万文字も書いたのに、後で更に加筆が必要やも…な感じで、さっぱりここが鬼門かーと予想通りです。さて、まぁそれでも鬼門の世界設定の公開の話を、文章足らずでも書けたんで、どうしようかなと。もっとガンガン進めるか、生まれた前後破綻を補正しにいくか…どうしようかなぁ…。

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