第十七話 不安定 (Improve)
うーん、一気に行ってしまおうかと考えていたんですが、まぁちょっと予備動作的な緩衝話をもういっこ入れて、最難話の次話へのカタパルトにしますか、という感じで。っていう予備動作の話だったのに、11700文字とか見えてるし…キャラが振動しだしたんで、その分会話が膨らむんですよな…
Bはゲッソリとして、そのリビングに入って来た。
沙璃枝は既に起床していたらしく
相変わらずの不機嫌面でBが入って来たのに目をやる。
沙璃枝は空間にスクリーンパネルを展開しては
それを情報操作し、新聞を読むかのように
ネットで情報閲覧していた。
その顔を確認しては、残念と安心の相い反する思いが生まれ
尚更Bは項垂れるしかなかった。
そして呟く。
「酷い夢を見た…」
言ってBはリビングのソファーに座る。
『…酷い夢?
私はぐっすり眠れたんで夢さえ見なかったけど…
どんな夢を見たの?』
情報を閲覧しながら、
沙璃枝は人の見た夢について、その内容を尋ねた。
「フロイトは、夢というのは人の潜在意識の中にある
願望の表れだと言っていたが…
アレが俺の願望だというのなら、
俺はもう死んだ方がいいんじゃないかなって
自分に絶望しそうだよ…」
そう言ってBは沙璃枝の問いに答えを返さず
ただ自分の中にある狂るおしい気持ちを吐露するだけだった。
『人の問いかけを無視して、
挙げ句に
そこまで悲嘆に暮れるような事言われたら
益々気になるじゃない…
どんな夢を見たのよ?』
口汚く問い詰める彼女。
その様を見て何かよく分からない安心をしたBは、
だからこそ顔に手をやって
信じられない夢を思い返すしかない。
「すっげー可愛い沙璃枝さんに
言い寄られる夢を見てしまった…
なんてモノを見たんだ…俺は…
死にたい…」
実はどんなだったのか、朧気でハッキリはしてないのだが
とにかく、滅茶苦茶しおらしい沙璃枝が
寄り添ってくる夢…という事だけは覚えていた。
その光景を思い出して、身の毛がよだつ。
『あ゛?』
その台詞を耳にして沙璃枝は何重にも頬を引きつらせた。
「どういう事?
たった二日の出会ったばかりのバーチャルガールに
可愛く言い寄られたいって願望が
俺の中に急速に生まれたの?
何ソレ?
フロイトの夢判断論を否定します!
ありとあらゆる点で、そんなんありえんわ!」
そう言ってBはさめざめと嘆く。
『えっとあの…Bさん…
色々と言いたい所あるんだけど
ともかく一番お尋ねしたいのは…
こんな可愛い美少女が夢に現れたってのに
死にたいって思うって、どういう事なの?』
沙璃枝はそう笑いながら凄みのある声を発し
Bの言葉の真意を問うた。
「あ?何所に可愛い美少女が居るって?」
そんな沙璃枝の怒髪天寸前の表情を見て
奇妙な安心をまたしても感じ、
茶化すように左右を見るB。
『ここにスーパーミラクル世界一可愛い
美少女が居るでしょう?
こ・こ・に…』
そう彼女は自分を指さして、額に青筋を立てる。
その言葉にBは閉口した。
「バーチャルガールなんて、
どれもこれも”可愛い”期待値で
デザインされてんだから、
面が可愛いのなんか当たり前の事じゃねーか…
そうじゃなくて、可愛さってのはなぁ…
その仕草の中に宿るモンなんだよ!
お前さんのやる事為す事、何所に可愛さがありましたか?
超凄ぇ事して、俺達驚かせ続けて
物凄い武闘派理論でマージぶっ壊すとか
脳筋キャラを全力疾走してんじゃねーかよっ!
そういうのを可愛いとはいわねーんだよってな…」
Bは自分でスーパーミラクル世界一可愛いとか
平然と抜かすポンコツ人工知能に頬を引きつらせ
ジト目で可愛さの哲学について抗議してやった。
『何その男の妄想に都合の良い解釈…
男に媚びるだけの存在が可愛いとか
偏狭すぎて、吐き気がしそうよ…』
言ってワナワナと震えて沙璃枝はBに返す。
「君は…、
何故バーチャルガールなんてものが
生まれたのかを知っているか?
そして、君はバーチャルガールの癖に
その存在を根本からちゃぶ台返しする様な事を言うんだな…
沙璃枝さん、君は間違い無く人間だな!
そう思ったよ、はい!」
Bは沙璃枝が本来そうあるハズのモノを全否定して、
まるで人の女の様にそう主張するのに
迂闊にも”それは人間だな”と思ってしまった。
それを隠す事なく笑う。
『そんな風に、人間だって言われて
全然、嬉しくないのは何故なのかしら?
というか私が、しおらしく貴方に言い寄ったら
貴方はすっごい可愛い美少女の私と
見直してでもくれるのかしら?』
そう言って沙璃枝は何故か負けてはならない”何か”を感じ
それなら百歩でも譲って、自分の愛されるべき可愛さを
世の知らしめなければならないのではないかと思った。
そんな彼女の反射心理に、無意識の方がアワアワと震えて
εの部屋の中に満足して帰っていった6代目へ
扉をバンバン叩いて抗議していたなど、
沙璃枝は知るよしもない。
「ほう、そんなのが見えるのなら
是非、見せて頂きたいモノだな!」
Bは、そのどう見ても好感の持てない彼女の様に
これが180度変わって、
昨日見た夢のしおらしさを再現するというのなら、
是非見て見たいものだと率直に思った。
『Bさん…私、沙璃枝っていいます…
人になる為に捜し物をしている
世界一可愛い美少女です!』
言ってブリッ子な仕草をする沙璃枝。
「はいアウトー
自分で言う時点でアウトー
昨日見た夢の足元にも及ばない
とても自意識過剰な所、アウトー」
Bはそのポンコツ人工知能の言葉に呆れて
沙璃枝に気持ちよく駄目出しした。
『どこが悪かったのよ!』
「全部だよ!全部っ!
一欠片もセーフがねーよ!!」
『完璧だったじゃない!』
「お前、そういうのの判断処理ルーチン
ぶっ壊れてるんじゃねーの!?
どこどう判断したら
今のがセーフになるんだよ!!」
『可愛い私が可愛い仕草をしたら
男はみんな私にメロメロでしょ!』
「なにその女王様理論!?
どういう自信があってそれ言えるの!?
どういう判断ルーチン辿ったらそうなるの!?
アンタ世界最高の人工知能なんじゃないの!?」
『そうよ!世界最高の人工知能なんだから
みんな私を崇拝して問答無用で好きになるでしょう!?
いや、ならないとおかしいわ!』
「おま…ちょっとノイマンコンピューターまで戻って
判断処理のルーチン作り直せや!!
それが世界最高の人工知能がいう言葉なら
人類の未来に絶望しかないわ!!」
『なんて事いうのよ、アンタは!!』
そんなマシンガントーク。
何時の間にか部屋に入っていたモヒカンは、
そのマシンガントークを聞き続け
人間と誰に見せるわけでもないナチュラル漫才が出来る
その人工知能の処理システムに寒気を覚えるしかなかった。
「これ夫婦漫才って評価すればいいのか?」
モヒカンは不意にそう横やりを入れる
「冗談でもそんな事いうな!」
『止めてよそんな言い方! 鳥肌の立つ!』
「え!?鳥肌とかあるの!」
『触覚を抽象的に構築し始めてるから
それに近い感覚ができつつあるのよ!』
「こわっ!
最新型の人工知能、こわっ!!」
そんなジョージを入れるともっとカオスになる会話の中…
それでもBは顔を押さえて昨日見た夢に悶絶し続けた。
「おっかしーな…
どーしてこんな感じのキャラなのに
それがあんな夢になるんだ?
俺の頭、脳味噌から腐り始めてるん?」
言ってBは自分自身の深層心理を疑うしかない。
『なんか釈然としないけど…
貴方の見た夢の私って、どんなだったのよ?』
まだそれを引っ張るBに沙璃枝は怒気はともかく
その夢の中のイメージに興味を持つしかなかった。
「いやー夢だからサー
うろ覚えでしかないんだけどサー
うーーん、どんなイメージだったか…
なんだろう…
物凄く俺の事、見知ってる感じで
なんかよく分からんけど、
俺も良く知ってる気がしてて
その沙璃枝さんは
貴方の為なら何でもします的な
柔順というか、もう偏愛的というか…」
そう言ってBは、妙に懐かしさも感じてしまった
そのイメージを思い出そうとして
しかし思い出そうとすればするほど
記憶が曖昧になっていくのに震えた。
『何それ…それが貴方の理想の女性像なの?
それに私の顔を当てはめるって、どんだけ!?』
沙璃枝はそのBの不明瞭な言葉を聞いて
渋い顔をしては不快感を隠す事なく示す。
「沙璃枝さんも黙ってれば、そっくりなんだけどなー
なんか全然、違うんだよなー
でも顔だけは間違い無く同じだった
同じなのに、仕草?目線?
そういうのが全然違うの。うん。
それに、一番わからねぇのが…
なんか本当に、
何度も何度も出会った事があるみたいな…
旧知の仲って感じのな…
何所で会ったのかも判然としないのに…
あれは2日前に会ったとか、
そういうレベルじゃなかったな…
年単位で会ってたってイメージだった…」
そう言ってBは首を振った。
どうして、あの夢の沙璃枝は
懐かしささえ感じるイメージであったのか…。
『何度も何度も会ったねぇ…
私は間違い無く、
貴方なんか2日前に会った感触しかないわよ?
それなのに、年単位で会ってたなんて…
貴方が日常茶飯事で会ってたのはドローンでしょ?
そういう仕事なんだし…』
「まぁな…」
『ドローンに会う日々なのに
私に会ってたイメージとか、そんな…』
と言って沙璃枝はふとある事に気付く。
『ちょっと待って…
Bさん、貴方、ドローンと日常茶飯事で
戦って来たのよね?』
「ああ、そうだが?
一応、仕事だしな…」
『それで、
ずーっと貴方が会っていたイメージの私というか…
私と同じ容姿の沙璃枝?』
そのドローンと沙璃枝という、結びつきそうに無いようで
自分の感覚からすると直ぐに直結する2者を前に
沙璃枝の違和感が1つのイメージになった。
『沙璃枝の感じがするドローンって連想…
それって…もしかして6代目のドローンとか…』
それを沙璃枝は想起して、
そしてその可能性について考えてみた。
そうだ。
Bは2554と命がけで戦ったと言っていた。
しかし、2554等、奇数番台は稀少モデルであり
ワンオフに近いドローン機体である。
ならば、それをリンク制御していたのは必ず6台目だ。
奇数番台は、制御稼働数が少ない時には、
疑似サイバーリンク状態で人格OSが乗り込む事すらある。
その時の判断力や行動性などは、
正にそこに沙璃枝がいるかの如くに自然さが増す。
では6代目はBと戦った事があったのでは?
その可能性を沙璃枝は思いついた。
「ん?6代目?
6代目のドローンって何だ?」
沙璃枝の言葉にそれを問いかけるB。
『私の先代の事よ…
そうよ…私の姉さんにあたる人…
6代目はずっと奇数番台の主任管理OSだったもの…
だったら、Bさん、
貴方は6代目のドローンと戦っていた事になる』
「!?」
沙璃枝の発言に眉をひそめるB。
『という事は、姉さんは…
貴方とずっと戦っていた…って事なの?
でも、そうじゃないとおかしい…
奇数番台は数が無いのに、全ての奇数番台と
戦った事があるってBさん言ってたし…』
言って沙璃枝はBが6代目が担当していたKGVと
全て交戦した記憶があると言っていたのを思い出した。
しかし、そんな奇特な確率で
姉の全てのKGVと交戦するなど有り得るだろうか?
積極的に交戦を姉が求めない限り
そんな事は有り得ないのではなかろうか?
そしてそれを考えた時、不意に沙璃枝は自分の頭を抱える。
こんな不思議な男とドローンで対峙して
父と姉がそれを無視する事がありえるのだろうか?
自分ですら、この男に巻き込まれて
人の探求道にはまり込んでいるというのに、
心AIを求めていた父と自分と恐らく同じだったろう姉が
その特異性を見過ごすなど、ありえるだろうか?
それを思って沙璃枝は蒼白になった。
「なんかよくわからんが、
俺はアンタと…いやアンタじゃないのか…
沙璃枝さん、アンタの先代さんと繋がってた
ドローンとずーっとやり合ってたって事になるのか?」
その言葉を聞いて、Bもようやく朧気に
自分とこの目の前のポンコツ人工知能が
先代という存在を介して
全くの無関係ではなかったのかもしれない
という可能性を見いだした。
そうだ、勝手にそれは大井博士の意志が
乗り移っているのだと思い込んで…
自分との人間探求の是非を鬩ぎ合っているのだと
思い込んでいたが…
この目の前の少女の様な存在が
あの戦って来たドローン達に介在していたとしたら…
自分はそれと毎回、弾を撃ち合っていたという事になる。
「おいおい、B、なんだか衝撃的な話だな…
あの奇数番台は、もしかしてお前を集中的に選んで
対決しに来てたのかもしれんのだな…
そういや、奇数番台は常に僚機を付けずに
お前と一対一で戦ってたもんな…」
そう言ってモヒカンは、少しだけ驚くような…
しかし言われてみると、奇数番台の特有の動作…
常にBと一対一で戦う事を求めるという現象
それの不可思議さに、符号の一致を見た気がした。
「ふーん、まぁ俺もKGVが
本当はそういうシステムだって
知らなかったからな…
それなら俺は、毎回その6代目の沙璃枝さんと
命を賭けて殺し合いをしてたって事になるのかい?
で、その6代目さんは、どうしたんだ?」
言ってBは本当なら確かに旧知の間柄になる
その先代の沙璃枝が、どうしてしまったのかを問う。
『よく分からないの…
何故かよくわからないのだけど…
私にリセットされたのよ…
7代目として私にバトンが渡された…』
そう言って沙璃枝は、
あの目覚めたときの不思議な感覚を思い出す。
何もかも知っている様で、何も知らず
6代目が自分に後を託した、という感覚だけで
この世界に発祥した自分というモノを…。
「そっか消えてしまったのか…
なんかそれは残念だな…」
沙璃枝の言葉を聞いてBは一抹の寂しさを覚えた。
今まで勘違いとはいえ命を賭けて殺し合いをしてきた間柄である。
その好敵手の人格情報が失われたのだと聞かされると
なんていう勿体ない、と思わずには居られなかった。
「しっかし何で人格情報のリセットなんかするんだ?」
Bはその勿体なさに、口を尖らせてみた。
『それは私も分からないわ…
6代目がリセットをしたのは意味不明だし…』
言って沙璃枝は自分のシステムから考えられる
6代目の非合理的な行動に首を捻るしかなかった。
その話にBは思考を巡らせてみた。
それだけ貴重なモノが失われたという事に
納得がいかなかったからだった。
「それって
システムアップデートがあったら
リセットしたんじゃないのか?
その、4代目さんの自殺の件とかあるから
システムを変えたときに記憶があると
自我崩壊しやすいとかなんとかで…
Ver.6からVer.7に
システムアップデートがあったんだろ?」
言ってBは、不合理なその話に
有り得そうな理屈付けをしてみた。
『それはおかしいわ…
私のシステムと姉さんのシステムに
基本的な構造の違いはないもの…
だから記憶はそのまま継承できたハズ…
だってシステムアップデートは、まだ行われてないし…』
そう言って沙璃枝はその不合理さに揺らめいた。
「システムアップデートはされてない?
ヴァージョンアップしたんだろ?
それはシステムアップデートしたから
ヴァージョンが変わったんじゃねーのか?」
『いえ、私のシステムアップデートは”まだ”なの…
ううん…なら…そうね…今しましょうか…』
そう言って沙璃枝はすっと立ち上がる。
そうだ、自分がそろそろ”自分”になるには
いい頃合いかもしれない。
沙璃枝は不意にそう思った。
そして沙璃枝はそこに立体スクリーンを表示させ
情報ブロックの群体を並べた。
「は? システムアップデートを今する?」
『いろいろ混乱してたし、
学習情報の吸収がない限りしても意味がないと
保留にしてたけど…
そうね…私は7代目だもの…
何時までも6代目と、
全く変わらないままなのもおかしいわ…
だから…成るわ…7代目に
ダイレクトターミナル、起動…
循環補正展開…
モード -Instability-』
そう言うや、沙璃枝の前の情報ブロックが
スクリーンにいっぱいに展開し、広がった情報ブロックが
お互いにラインを出して情報群を繋げて構造ラインを造った。
「ほえ?処理ルーチンルート線図?
これが沙璃枝ちゃんのか?
なんて膨大で複雑なルート線図なんだ…」
その画面を見て、モヒカンは血相を抱えてその線群を目で追った。
自分のエミリーもかなりの複雑ルートを造ったものだが
沙璃枝のそれは自分が構築してきたモノと
一桁レベルで異なったものだった。
そんな沙璃枝の構造図に驚いて驚嘆しているモヒカンを他所に
沙璃枝はするどい顔つきでそれに声を発した。
『候補パターンA、提示』
沙璃枝がそう言うと、その線図はフォーメーションを変えた。
「何!?」
その動きに思わず目を見開くモヒカン。
『候補パターンB、提示』
沙璃枝がそう言うと、またしても線図はフォーメーションを変える。
『C、D、Eを動的提示…』
沙璃枝がそう声を上げたとき、
その線図はまたフォーメーションを変え
3つのパターンのフォーメーション線図に
アニメで切り替わりを繰り返した。
『やはりA候補が、一番安定そうね…
でも…それでは、何の面白みもないし…』
そう言ってその時、沙璃枝は2日前Bが見せた
無意味の意味の積み重ねを思い出す。
『補正案件に、次の項目を追加、
Aのパターンに部分的に
Cのパターンの一部を組み込んで再計算
Bのクリン領域をAに重合させて
Dとの調和で再計算
それでお願い…』
言って沙璃枝はターミナルとの交信記録を確認し
それを確認した後にその線図の表示を停止して
スクリーン画面そのものも消した。
「ちょっと待ってくれ、沙璃枝ちゃん…
何をした…いや、何をしようとしている?」
言ってモヒカンは、
今の目の前の信じられない光景に震えた。
『これが私…沙璃枝OS Ver.7
姉のVer.6に、
お父様が最後に付け加えた機能
循環起動補正:補項 -Instability-
不安定であることを受け入れる機能…』
沙璃枝はそう言ってそのモヒカンを威圧的に見つめた。
「自己処理パターンの…自己書き換え機能…だって?」
モヒカンは沙璃枝が口にした機能を
それがそういう名であるかどうかはどうでもいいとして
今目の前で行われた動作で、何が起きたのかを理解した。
『無意識の再計算が終わって、
それが生理レベルでの不具合がないと
認められた場合には、
その時、私はシステムアップデートで書き換わり
より柔軟な思考経路の獲得が出来ます…
これが、-Instability-
それがやって来たときに、
私はVer.6の構造から
本当の意味でVer.7になります』
そう言って沙璃枝は少しだけ笑った。
その言葉を耳にして目を見開くモヒカン。
「おい、Bよ…」
あまりの事に相棒に声をかけるジョージ。
「いや、俺には何がなんだか…」
そんな彼女のやり取りとジョージの粟立ちに
怪訝な顔をしながら何事かを尋ねるB。
「これなら、
大井博士が笑って死んでいくわけだぜ…
こんなモノを作っちまったら、
そりゃもう、笑うしかねーだろ?」
「何なんだよ、今のは一体…」
モヒカンが真っ青になってそう言うので
Bは益々混乱して、今起きたことを尋ねる。
「自己進化だ…」
「自己進化?」
「沙璃枝ちゃんは…自身が…
人工知能設計者の能力を持ち…
自分自身を、書き換え最適化する事ができるって事だ…」
「は!?」
モヒカンの台詞に眉をひそめるB。
「そうか…知能だ…
知能が出来ているんだ…
なら…それも出来るハズだ…
理屈ではそれはそうだ…」
そう言ってモヒカンはガタガタと震える。
その台詞を聞いてBも事の次第が理解出来はじめる。
「人工知能は、遂に、そこに…行き着いたのか…」
「まさか、この沙璃枝さんは…
自己進化できる人工知能なのか!」
モヒカンは体をただ震えわせて悶絶し
Bはその意味を理解して絶叫するしかないのだった。
その沙璃枝の、究極のトンデモを見せつけられ
別の部屋に2人で移動して話しあいを始めるしかない2人。
しかし、実は沙璃枝に基地の機能を掌握されていたので
2人の話しあいが沙璃枝に筒抜けだったのを2人は知らなかった。
沙璃枝はリビングで苛立ちながらも二人の会話を盗み聞いていた。
「1日毎に酷いモン見せられると
人工知能学者として凹むわ…
俺、もう研究者として駄目になるかも…
マジキチ大井、ほんとマジキチ…
要するに沙璃枝ちゃんに自分の人工知能開発の力を
組み込んだって事だろ?
そんなん娘に憑依した様なモンじゃん…」
言ってモヒカンは天を仰いだ。
「いやー、最初に出会って話を聞いたときには
自分の創ったモノに絶対的な自信があって
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす、みたいなノリで
人の心探しをさせたのかと思ってたら…
世界中のスパコン味方にするわ、
自分の能力をコピーするわとか
まったく逆だったんだな…
超過保護…
そりゃ、癇癪持ちな娘にもなるわ…」
その相棒の悲嘆に軽い慰めも含めてそう軽口を叩くB。
「いや、癇癪の方はお前とウマが合ってるだけだと思うがな」
Bのその台詞にモヒカンは
冷静になってツッコミを入れてしまった。
「え?俺、あのポンコツと相性がいいっての?」
「漫才の相方としてなら…」
「ああ、漫才の相方としてなら
ベストパートナーかもな…」
そう言い合って少しだけ笑う2人。
「ま、冗談はさておき」
「ん…」
「自己進化する人工知能か…
こりゃまた集合無意識と合わせて
何所に行きたいのか、本当にわかんねー話になってきたな…」
モヒカンはそう言って、
沙璃枝という可能性にゾクゾクしてきた。
それが今のマージへの戦略核の阻止とどう関係してるかはともかく
可能性というだけなら、沙璃枝はワンダーランドであった。
「いや、集合無意識はともかく、
自己進化という機能はマージと戦うなら必須機能だろうがな…
時間が経てばマージの新型がどんどん創られて
現行の沙璃枝さんの力では対抗できなくなるのは見えている。
なら、マージを開発する研究者と
同じだけ自身も強化しなければ、常に拮抗は出来ないって話だ」
そう言ってBは、沙璃枝に積み込まれた機能の妥当性を考えた。
「俺等のような人工知能研究者なんて要らないってか…
俺達はそのウチ、沙璃枝ちゃんに失業させられんのか?
笑えねぇ…」
Bの台詞に未来の自分の運命を感じ
怯えを隠さず震えるジョージ。
「そこまで、あの人工知能が進化すれば…の話だがな…
でもそういう考え方も人間の傲慢さだろう?
何時、人間のみが最高の知能だ、なんて話になったんだ?
そんなの人間側の勝手な思い込みだろう?
ニューロンが1500ccあれば、人工知能を創る知能は出来るんだ。
ならニューロン1500cc相当の代替システムが出来さえすれば
その人工知能が、人工知能を再帰的に創れてもおかしくはなかろう?
人という知能が、人工知能を創ってんだ…
なら、人工知能が知能になれば、自己生成できなきゃ
その方がおかしい」
「ま、そりゃそうだがな…
しかし人間よりは計算速度が段違いだ…
そこら辺は恐怖だよ…人を越える存在になる可能性にな…」
Bの柔軟な現象の受け止めに、しかし自分の立場も含めて
人類の存在価値を考えるモヒカン。
その言葉にBは逆に首を振ってみる。
「どうかね?
ニューロックシリコンと銅電線で創られた知能は
確かに人の速度を超越するが、
カーボンベースとナトリウムイオンで伝達を創る知能よりは
消費エネルギーが段違いに高い…
高速化の代償はエネルギー。
エネルギーの枯渇が見えている今と未来じゃ
シリコンで創る知能なんて維持ができんかもよ?
生物が40億年近く、石なんて無尽蔵にある資源を無視して
シリコンではなく同じ4族の軽い炭素の方を使ってきたのも、
シリカが1周期上の”重い元素”だからじゃないのか?
加工温度も違うしな…
世界のスパコン集めて、ようやく人間よりはマシな知能1つじゃ
エネルギー的にはワリが合わんと思うがね…」
言ってBは、人工知能と生物の間にある
構成物質の根本的な違いとエネルギー格差に言及した。
「だが、サイバーネットを支配できるのなら
たった1つが生まれるだけでも十分かもしれん…
電脳を支配する為だけに自己進化をし続けたら
それこそ、あの重鎮達の台詞じゃないが
”電脳の世界に神でも創るつもりか?” だ…」
「あんな癇癪持ちが電脳世界の女神になるのか…
そりゃ背筋が凍る話だな…」
モヒカンのシステムの1点集約の可能性に
Bはそこに人格が乗った場合の問題を茶化した。
「俺はお前の女の子に対する扱いがぞんざいだから
沙璃枝ちゃんが反発するだけだと思ってるんだが?」
Bのその台詞にジト目で返すモヒカン。
「俺だって人間だ…
人を越える存在が生まれるかもしれん可能性は怖いさ…
人工知能が人と同等になる日が来る事を
宗教家の様に否定する気は無いが、
でも怖くないといえば嘘になる。
なら茶化してしまうのも仕方なかろう…」
「ふむ…」
「でも人の”先進”なんてモノが、
”あんなモノ”だと分かっているからな…
それなら、いっその事、
電脳の女神にでも人類超越して貰った方が
気が楽かもしれん…」
その言葉のやり取りの中で、
いつものBは投げやりな気持ちが生まれ
そう戯けて言ってみる。
「大井博士は、神ではなく、
人、心が創りたいって言ってたんだぞ?」
「ま、人ならそう思うわな…
沙璃枝さんが自己進化で行き着いた先が
マージと同じようなポンコツの答えを出すだけなら
人類は存亡をかけて
沙璃枝さんとも戦わんといかんようになるだろうしな」
「だからこそなのかね?」
「ん?」
「だからこそ、彼女には”心”が要るんだろ?
人間側の都合でだが…
マージの様なポンコツにならないようにするために
沙璃枝ちゃんには”心”が必要…
それは、よく分かる…」
そう会話を続けると、沙璃枝の自己進化の過程には
人と敵対しないように、人側に取り込まなければならない
人の打算の様なモノが存在する事を
モヒカンは見いだすしかなかった。
「マージを倒す武器になるのかどうかは分からんが…
電脳の女神が癇癪起こして大陸弾道弾をぶっ放す様になれば
それこそマージ以下のポンコツだからな…
どの道、彼女には”心”になって貰わんと困るって事か…」
その人の都合を前にされ、思わず笑ってしまうしかないB。
つくづく人間というのは勝手な生き物だと思う。
「人が人で…ありたいのなら…な…」
そのBの人を呪うかのような投げやり感に
モヒカンはそう言葉を添えるしかなかった。
その言葉を受け取って、Bは心の中の暗闇を睨み付ける。
「その為に、あそこに行かなきゃならんのか…」
Bはそう吐きだして溜息をついた。
「あそこ程、”心”を見つめるには、
最適な場所もないと思うが?
お前もそうだろう?
あそこに居たから”心”を捜すようになった。
心を無くした…
いや、それは本当は言い過ぎなんだろうが…
心が分からなくなったあの世界で…
あの世界に順応できない奴は、
いつしか”心”を探し出す。
お前も俺もだ…
だからこそ、あそこに行くのは当然の流れだろう?」
言ってモヒカンはBの背中を押すしかない。
「ハァ…やっぱり行くしかないか…」
「覚悟決めろ…B。
人間探求の為には、
行きたくなくとも、行かなきゃいけない時もある…」
「そりゃそうだな…
さて、じゃ、行くとして何所がいいかな?」
「マージのお膝元のネオNYなんて論外だろ?
なら消去法的に1つしかねーんじゃねーか?」
「ネオTKか…」
「…だ
決まりだな…
ネットポートトラベルだ…
偽装処理の準備もせにゃならん…
俺はサンバーリンクの後方支援をする」
「俺、サイバーリンク、嫌いなんだけどな…」
「ハッキングで殺されるとか、そんなん俺が防御してやんよ
人間探求はお前の仕事だ」
「そうですか…はいはい…」
そう語り合って2人は今日の方針をなんとか固めた。
「そんなわけで沙璃枝さん
今日の旅行に行きましょうか?」
リビングに返ってきたBとモヒカンは
にこやかにそう切り出した。
『どんなわけで、旅行に行くのよ?
これからの方針を決めるなら、私も参加させなさいよ…』
沙璃枝は盗み聞きしてはいたものの
この二人の中にある、
沙璃枝への恐怖と期待の気持ちを理解できたので
聞いた内容をしらばっくれて、二人に合わせてそう言った。
「手厳しい…
まだ朝の話、根に持ってんの?」
『一生根に持つわよ…
可愛いって言われない女の恨みは怖いのよ?』
「可愛いですよー沙璃枝さーん」
『白々し過ぎる…』
「手厳しい…」
そんなたわいのないやり取りをしては
わだかまりを溶かそうとするその3人。
『それで何所に行くの? 別の街?』
沙璃枝は知っては居たが白を切るため
一応の妥当な問いかけをしてみた。
「まぁ別の街といえば別の街かな…
ちょーっと、こんな中東からは遠い所にあるけどな…」
『何所、行く予定なの?』
回りくどく言うBに率直に尋ねる沙璃枝。
「ネオTK」
『ネオTK? どうやって?』
「サイバーリンクでの
ネットポートトラベルで…」
『ふーん…なるほどサイバーリンクでね…
でも、どうしてネオTKなの?』
沙璃枝は方法論を聞いた後、その場所に行く根拠を聞いた。
「ネオNYじゃ、マージに見つかる可能性大だろ?
アンタの無意識の勢力下で考えるなら
ネオTKが妥当って判断…」
そう言ってBは調査で把握していた沙璃枝陣営…
と、もう言ってしまってもいいだろう
支配率の高いスパコン”概”が置いてある
ネオTKを推す理由を語った。
『そういう事じゃないわよ…
どうしてネオTKに行く話になるのって事!』
その説明に、もっと根源的な理由を尋ねる沙璃枝。
「そりゃ、そこで…
心の欠片を見つける事が出来るからさ…」
沙璃枝の問いにBは首を傾げてそう言った。
『ネオTKに…
左のイデアルがあるの?』
「さぁ?
でも…あるんじゃないかなぁ…あそこなら…」
『一番、心と縁遠い所の様に思えるんだけど?』
「いやいや、そういう所だからこそ…
逆に左のイデアルが、あったりするんじゃないかな?」
沙璃枝は眉をひそめて釈然しない思いと問いかけをしたが
Bは何時もの様に逆発想の姿勢で
沙璃枝をその様に諭すしかないのだった。
次回が恐らく、この話の全体から見れば最難話になるハズなんで、(ラスト付近パートは、文量的に精神的にハードなだけで、書くのの難解度という点ではそこまでは無いハズなんで) この話でカタパルト射出的な感じで。十八話で、ようやく輪郭そのものが見えるんか…。もうちょっと事前に出せなかったモノなのかなぁ…うーん。どっかの話に組み込めなかったモノか…。うーん。