第十四話 教師 (War)
さて、転のパートの開始です。とはいえ、どんだけこの転のパートを書くか。そのサジ加減がとても難しそう。ともあれ、沙璃枝の”心”の欠片を拾う物語の始まり。
Bはサイドカーを不意に止め停車した。
『どうしたの?Bさん?』
突然止まったサイドカーに声をかける沙璃枝。
「んー、街にでも連れて行こうと思ってたんだけどな…
ちょっとこの道沿いに野暮用があるんで
野暮用もついでにさせて貰おうと思ってな…」
そう言ってBはバイクを止め、バイクから下りる。
『野暮用?』
突然そう言い出すBにそれを尋ねる沙璃枝。
問いかける沙璃枝を無視して、
Bは道沿いに咲いている白い花に向かった。
そして白い花が沢山咲いている所の前に立っては
そこで中腰になる。
「ナツユキソウか…
これでいいか…」
そう言うとBは、すまんな、と言いながらそれを沢山摘む。
そして両手いっぱいに花を抱えてサイドカーに戻って来た。
『花?』
Bの屈強な容姿には似合わないその姿
何よりイメージが結びつかない花を抱えた様子に
首を傾げる沙璃枝。
「お裾分けだ…
ほいよ…」
言ってBは沙璃枝が映っている端末にその花を飾り
サイドシートの空いている所に摘んだ花を全て乗せた。
「ま、一応女の子だしな…
花で飾るのもいいんじゃね?」
そう言ってBはバイクにまたがって、エンジンを再始動させる。
『どういうつもり?
いきなり私に花をプレゼントしてくれるの?』
そんな周囲に花を置かれた状況に困惑して
その意図を尋ねる沙璃枝。
「いや、だからお裾分けだって言ってるだろ?
別の奴等に添えるつもりで摘んだんだ…
おまけみたいですまんな…」
言ってBはサイドカーを再び走らせる。
『別の奴等に添える?』
Bのその言葉で、その花は誰か別の人物に渡すつもりで
沢山摘んだのだと分かる沙璃枝。
しかし渡すにしては、サイドカーに随分と積んである。
『誰に渡すの? これだけの花…』
沙璃枝はそう問うたが、Bは首を振って
ただサイドカーを走らせ続けた。
そして十分としないぐらい走った後に
「もう着いた…」
とそれだけ言って、またしてもバイクを道端に止める。
そこには、少しだけ整頓された庭じみた区画があり
6つの石が立てられていた。
『ここ?
誰も居ないじゃない…』
その荒涼としした大地に、寂しく立てられていた6つの石。
それだけの場所で誰かに花を渡す等、
沙璃枝には理解できなかった。
何より誰も居ない。
待っていれば、ここに誰かが来るというのだろうか?
そう思って沙璃枝は首を捻った。
「いや、居るよ…
正確には…居た…だがな…」
そう言った後、Bはサイドカーに積んでいた花を抱えて
それを庭の様に広げた場所まで運び、
寂しくたたずんでいる6つの石の1つに近付いた。
その時、不意に沙璃枝は彼の言葉を理解する。
『それ…お墓…なの?』
こんな光景を電脳大先生の画像で見た事あった沙璃枝は
パターン照合で、その行動が”墓参り”だと気付いた。
「俺の…教え子の墓だ…」
そう言ってBはその石の1つにナツユキソウを飾った。
『教え子!?』
またしても意外な言葉がBの口から出た事に
沙璃枝は驚いて問い返す。
『教え子ってどういう事?』
「言葉通りさ…
俺が教えた子等が、ここに眠ってる…
それだけ…」
そう言いながら、
Bは1つめの石に綺麗に花を飾りつける。
そして頭を振って溜息をつく。
「リンケイドの言う事も、もっともだな…
俺達は、所詮、戦争ゴッコをしてるに過ぎん…
どんだけ命を危険に曝していても…
戦う理由が無茶苦茶だからな…
何所まで行っても、ゴッコだ…」
そう言って1つの石に花を飾り終えると
今度はBは隣の石にまた花を飾り始める。
「こいつはビジャン…
こいつはラーミン…」
Bは花を飾りながらその墓に眠る者の名前を口にした。
そして深く深呼吸した。
Bはじっとその墓を見つめる。
「所詮、俺達は傭兵だ…
俺達の個人の主義で戦ってる…
それに卑屈になる気は無いが…
こいつらは違った。
この土地で生まれ、この土地で育ち
自分達の権利を主張する事もできないまま
俺達やマージ陣営の奴等の勝手な理屈で
この土地を侵入され、爆弾を頭の上から落とされた」
Bはそう呟いて、
この世界に残された僅かな資源地帯でやっている
どうしようもない略奪合戦を思って顔を強ばらせる。
「戦争は血を流さないようにしましょうなんて…
綺麗事で略奪合戦をするようになってさ
それでどんなに無人機で戦争をしたって、だ
昔に比べて戦災に遭いにくくなったってだけ…
ドローン同士でも、何度でも殴り合ってれば、
どうしても一般人に被害が出る…
こいつらは、ドローンの誤爆で親を殺された子供達で…
その復讐の為に、
対ドローンライフルを手に取った戦士だった…」
そう呟いて、Bは3つめの墓に花を添え始める。
『……子供のゲリラ兵』
沙璃枝はBの突然の独白に衝撃を受け、
呟くBの背中をじっと見つめるしかなかった。
Bは3つめの石にも丁寧に花を添えていく。
「教える気なんか無かったんだ…
ドローンと戦うのは俺の勝手な理由なんだからな…
でも華々しくドローンを壊すのを遠くから見られると
子供だ…英雄に憧れるアレさ…
対ドローンライフルの撃ち方を
教えてくれとせがんできやがった…」
そう言って、Bは3つ目の墓の上を少しだけ手で払った。
『………』
沙璃枝はBの言葉を無言で聞き続けた。
そしてBの花を飾っていく姿を見つめるしかなかった。
Bは懺悔でもするかの様にただ呟く。
「ドローンがまた誤爆をするかもしれない…
自衛の為なら戦う力を教えるのもアリか…って
あの頃は若かったんだな…
自分で道を切り開く力を与えれば
せめて自分の命ぐらいは守れるんじゃないかって
そう思ったから、対ドローンライフルの撃ち方を教えた…
本部の方も、そんな地方ゲリラは大歓迎だったしな…」
3つめの飾りが終わった所で、
今度は4つめの石に花を添え始める。
その様を見れば花飾りを何度もやってきたのだろうと思われる。
花なんか似合いそうにない男なのに、
飾り付けが怖いほどに手慣れていた。
沙璃枝は不意にBの端末の上にある写真フォルダの
”ガキ共”というフォルダを見つけ、
悪いとは思ったがそれの中身を開いてみる。
そこにはBと一緒に写真に写っている少年達の姿があった。
沢山の写真の中、少年達に一生懸命指導しているB。
または一緒に食事したり、
遊んだりしている姿が写っていた。
それを沙璃枝はじっと見つめて沈黙した。
「頑張って訓練で付けた力は過信に変わる…
場数をこなして命の危険を知れば
そんな過信は慢心だと分かるが…
それが慢心だと知る時期が、新兵には一番危ない…
俺みたいに必要が無い時には戦わないのとは違う。
彼等は愛する者を奪われた
その憎しみで動く復讐者だ…
そこに過信が混ざったら…
まぁ…そのな…」
そう言ってBは4つめの石の頭をさすり笑いを零した。
まったくそれはどうしようもない人の性情に思える。
『でもどうして…
無人ドローンは、それでも最良の判断をして
無用な戦闘は避けるハズよ?
対ドローンライフルでドローンとマトモに戦うなんて…
貴方みたいな熟練兵じゃないと無理だわ…
少年兵のゲリラ程度なら、
ドローンの方が逃げれるなら戦闘放棄するハズ…』
沙璃枝はそう言って、自分達が何故作られたのか?
対ドローン用AIの存在意義を口にした。
戦争兵器に”心のゆとり”とはそういう意味だった。
「だからさ…
24シリーズや25シリーズには感謝してる
好敵手としての敬意だけじゃない…
24シリーズ辺りになってから…
人工知能がゲリラ兵を
不用意に殺すなんて事は激減した…」
言ってBは頬を緩ませた。
『どういう事!?』
そのBの言葉に蒼白になる沙璃枝。
問いかけながらも沙璃枝は無意識にその答えを予想していた。
「人工知能の方が、よっぽど人間らしい…なんて話
なんだかおかしい話なんだがな…
それでも、こんな少年ゲリラ兵達を
24や25はちゃんと判断して
殺さずに戦闘回避してくれた…
だから、コイツ等もそれなりに生き残れた」
Bは五つめの墓に花を添え始めて苦そうに笑う。
『その子達を殺したのは……AVV…』
沙璃枝はBの言葉にようやく話が見えその目を見張った。
「それも、サイバーリンクを使ったAVV
SLAVVだ…」
言ってBはあまりのおかしさに笑うしかなかった。
人工知能は最良の判断で子供達の命を守ってくれるのに
逆に人間の方がそれを守らないというのだから…。
それではどっちが人間らしいと言えるのか。
それを思ってやはりBは悩む。
その台詞に沙璃枝は何かに貫かれる様な感覚を覚えた。
「なんだろうかなぁ…
出てきちゃうんだよなぁ…
あんな檻のような世界に閉じ込められると…
そんなのが…
それもまた、人間の人間らしさなのかもしれんが…
スリルを求めて、生きている感触を求めて…
薬でラリってサイバーリンクでAVVに繋がって
ゲームで敵モブが出てきたのを払うように…
それが人であるかダミー人形であるかも考えず
ただ目につくモノ全て撃ってしまう危ないの…」
Bは言った後にハッハッハと笑いを漏らすしかなかった。
それこそがあの檻の中の様な世界の
どうにもならない閉塞感と人間性との衝突だった。
それが理解出来るからこそ尚更Bは憤る。
「俺が本部に作戦の打ち合わせに行ってた時さ…
小僧共の粋がりと、運の悪い巡り合わせで…
一番出会っちゃいけないのに…
こいつらは出会ってしまった…
そして結果が…これだ…」
Bはそう呟いて、六つ目の墓に花を添え始める。
そして花が少なくなって手が空き始めたので
胸に飾ってあったその子達の認識プレート群を
またぎゅっと握りしめた。
「先生なんてガラじゃない事、やるもんじゃねーな…
向いてねー事は、やったらこんな事になるわけさ…
ただ自分の命を守って欲しかった…
その為に教えた技術だったのに
俺の勘違い…
力を与えれば、愛を失った憎しみは暴走する…
それも一種のプラトニックラブか?
いや、完成された愛というほど、立派なモンじゃねーか…
だから”よがり”の愛
そしてこいつらはそのせいで、今、墓の下で冷たくなってる」
Bは寂しそうにそう呟いた。
全ての6つの墓に花を添え終わった後
Bはその場から下がって、
6つの墓石が一望できる所まで戻った。
そしてそこに眠る子供達と、あの頃を眺める。
『その…
この子達を殺したSLAVVはどうなったの?』
沙璃枝は、そっとそれを聞いてみた。
その問いにフフッとBは笑う。
「俺が殺した…多分な…」
そう言ってBは肩を上下させた。
『貴方が…殺したの?』
Bの思わぬ…いやそうでもない
予想も出来た言葉に沙璃枝は問いを重ねた。
「復讐心で生きるって、そんなに駄目な事か?
それだって立派な人間性だろ?
教え子を、目を離した隙に殺されたんだ。
熱くなってもいいだろ?」
そう言って僅かに振り向いて
沙璃枝に視線をやってBは肩を上げる。
「その後、ラリったのが悪化したのか
血迷って民間居住区まで襲い始めたそれを
対ドローンライフルで俺がぶち抜いた…
SLAVVだからな…
軍用だからバックラッシュも強い…
それがサイバーリンクで運動性を高めた代償だ…
一般のサイバーリンクなら
致死信号が返る前に信号遮断でなんとかなるが…
通信速度が一般でない軍用だと…
さてね…
あのラリったのは、本当にあれで死んだのか…
通信遮断できなければ即死の所をあえて撃ったし
その後から、そいつを見る事は無かったから…
だから俺の中では俺が殺したって事になってるんだが…」
そう言ってBは鼻をかいて笑うしかなかった。
敵の生死を知る事も出来ない一方的な戦争。
それがドローンを使った戦争。
寒い戦争だった。
『人を殺して…貴方は何を思ったの?』
沙璃枝はそんなBの言葉に、何気なくそれを尋ねてみる。
何故それを聞いたのかさえ分からない、とっさの事だった。
「…なんも?
何か感じろって言われても、自覚もないからな…
そもそも、死んだかどうかも定かじゃないんだ。
俺の中で殺した、と思い込んでる状態で
殺人の感想を聞かれても、そりゃ困る…」
Bは沙璃枝の言葉にそう軽く返した。
『そう…それは…そうね…』
Bのもっともな返事に、
何を聞いてるのかと自分の質問の悪さを呪う沙璃枝。
「ただ…」
『…ただ?』
「復讐なんて、やっぱり何も生み出さないなって
終わった後に、それだけは分かった…
あのアホを倒しても、嬉しくともなんともなかったし
それで失った教え子達の心の穴は、
埋まる事は無いんだからな…」
そう言ってBはじっとその子達の墓を見つめた。
思わずぎゅっと唇を咬むB。
その時、瞬時にあの小僧共との生活の日々を思い出した。
英雄になって自分の閉鎖された世界を越えたい。
そんな子供の様な…いや子供だからこその夢を
彼等は語ったものだった。
それをそれを思い出してまた識別プレート群を握るB。
『そう…』
沙璃枝はBのその言葉に相づちを打つことしかできなかった。
Bはその場で深い息を吐く。
「死なれてから、
自分の考えの足らなさに気付く。
親とかの愛を失って、心の中に復讐心を持った者には、
どんなに歳が若かろうと、
戦える力を与えるべきじゃない…って
それをな…
まったくアホな先生をしたもんだ」
言ってBは己の髪の毛をぐしゃぐしゃにかきむしった。
そして淡々と、しかし力強く呟く。
「だからこの墓は、俺への戒めだ…
若くて安易にモノを考えていた頃の俺へのな…」
そう言ってBは頭を振った。
沙璃枝はその言葉に押し黙るしかなかった。
そのまま僅かな時間、二人は黙ったまま立ち尽くす。
「ま、こんな現実に直面するとさ…
どんなにドローンでゲームの様に戦争しても
ゲームとたった1つ違う事があるんだって
それだけはよく分かったな…」
Bは不意にそう切り出して乾いた笑いを浮かべる。
『たった1つ違う事?』
Bのその言葉に、それをなぞって尋ねる沙璃枝。
Bは難しい笑みを浮かべながら言った。
「戦争は…どんだけゲームじみた状態になっても
こんな本当の命のやり取りが起きるんだ。
そして生まれるのがこの墓石…
血が流れる。命が消える。
それがゲームと現実を別つ、
間違いのない大きな壁…」
言ってBは哀しそうに笑った。
『……』
沙璃枝はBの一々もっともな台詞に
ただ沈黙することしか出来なかった。
その時、不意に風が吹き、飾っていた花の一部が
風に吹かれて飛んでいった。
白いナツユキソウの花びらが
舞い散りながら飛んでいった。
それは花の名の通り、夏の雪の様だった。
その不思議に見える光景に沙璃枝は目を奪われた。
そして不意に沙璃枝は理解した。
彼の言う極限の世界で人間を捜すという事は
つまりこういう事なのだという事を。
それを沙璃枝は漠然と夏の雪を見ながら理解した。
Bは振り返ってその場から離れ始め
サイドカーに戻り始める。
「なぁ沙璃枝さん…
人工知能的な合理性で考えるとさ…」
歩きながら不意にBはそう切り出した。
『…?』
沙璃枝はBの言葉に彼の背中を見た。
「俺が今した様な…
動かなくなったカーボンベースの複雑機械を
土の中に埋めて、こんな石をぶっ立てて
それに花を添えるなんてさ…
エネルギー最適使用論から考えると
どーしようもなく、無意味な行動なんだろうな…」
そう言ってBは人のする余りに無意味な事に
自虐的に己の頭をかくしかなかった。
『…!』
その問いかけに沙璃枝は激しく言葉に詰まる。
沙璃枝はただ震えるしか出来なかった。
そんな無意味という問いかけに。
「やっぱ人間って…
こんな無意味なことをするから
人間なのかね?
笑ってしまう話だが…」
Bは誰に言うわけでもなく、それを呟いてみる。
そしてただ苦く苦く笑ってしまうしかない。
やらなくても良い事だと分かっていても
自分の過去の失敗への自分からの当てつけか
どうしてもこの道を通って彼等の前に出ると
そんな無意味をやってしまう。
そして、それでいいのだと思う自分が居る。
それはやはり”心”の為す特別な事なのだろうか?
そうBは自問した。
そのBの言葉に沙璃枝はまた鼓動を感じた。
昨日とはまた感触の違う、鼓動の音を。
その鼓動を感じた時に沙璃枝は思いを口にする。
『でもこんな無意味…
嫌いじゃないわ…
とても人間らしくて、羨ましい…』
そう言って、
沙璃枝は哀しそうに笑うしかないのだった。
ようやく、Bというキャラの不可思議な面を世界感の描写と共に始めれました。うーんこれを、起承のパートでなんとか盛り込めなかったモノなのか…。そこら辺は見切り発車故の、プロットを長い時間を使って精査が出来てない所以ですが、まとめて転のパートで、起承で散らばしているキーワードを回収する方向性でもいいのかなぁと。先行で世界感を書いてしまうのがいいのか、順次ストーリの進行に合わせて展開していけばいいのか、そこら辺のスタイルはどっちがいいのかは難しい所ですね。