第十話 沙理江 (Origin)
ふむ…ここと、上司との電話のパートはまとめたかったんですが、キリがいいので分割で…。はやく承のパート終わらせて、ストーリーメインの転に行きたいのに、承パートの事後処理がなかなか終わりませんナァ… ハァ…
『酷い夢を見たわ…』
そう言って沙璃枝はリビングの様な部屋に頭を抱えて出現した。
「は?」
先に起きて寝起きの珈琲を炊いていたBは、
開口一番でまたしてもトンデモ発言が沙璃枝の口から出た事に
マヌケな声を上げる。
『何よ…夢を見たって言ってるのよ…』
物凄い顔で沙璃枝を見るBに、
沙璃枝は鬱陶しそうな顔をして再びそう告げた。
「ちょ…ちょ、え? ゆ、夢?
人工知能って夢見るの?」
あまりにあまりな言葉が出た事にBは思わず尋ねた。
『見るわよ、夢くらい…
人間だって見るんだから、見るに決まってるでしょ?』
沙璃枝は不機嫌な顔になってそう返した。
Bはその言葉に口をパクパクさせて返すべき言葉を探す。
「…えっと、電気羊の夢でも見るんですか?」
思わずBはそう聞いてみた。
『…は?電気羊?
なんでそんなモノの夢で見るのよ…』
沙璃枝は相変わらずのBの意味不明な物言いに眉をひそめて
更に不機嫌そうな顔になって返した。
「いや…その…俺が昔読んだ小説に
そういう下りがあってな…」
そう言ってBは頭をかいた。
いや、下りどころかその小説のタイトルであったのだが…。
ドローンと戦うのを生業としているBにとっては
その有名な古典小説は、自分の人生テーマに議題を投げかけてくる
重要参考作品だったので、ついつい目を通していたのだ。
なので思わずそれを聞いてしまった。
『ふーん、変な事を考える小説もあるのね…
電気羊の夢を見るような発想なんて何所から出てくるのかしら?』
沙璃枝は相変わらずの意味不明発言をするその男に
首を傾げながら”電気羊”なる謎の存在を考える。
電気羊…羊が体外に雷でも放射してるのだろうか?
そんな奇妙な生物を沙璃枝は想像してみて、思わず噴き出した。
その沙璃枝の発言に、滝の様な汗が出る思いになりながら
Bは存在的に人工知能なるそれが、
そう言い放つ奇妙さに苦い気持ちになる。
「で、人に最も近しい人工知能さんは、
人の模倣をする事で、どんな夢を見られたんですか?」
電気羊のメタファーはともかく、
人が作り出した人に近しいそれが見た夢に
流石に興味を持ってしまう人間探求者。
『私のお母さんに頑張れって励まされる夢だったわ…』
沙璃枝は頭をさすりながらそう語った。
「ぶっ!」
その台詞に思わず飲みかけの珈琲を噴き出すB。
『汚いわね!貴方!何してるのよ!』
盛大に床に珈琲を噴き出したBを見て眉をつり上げる沙璃枝。
「おかっ、お母さん!?
人工知能にお母さんとか居るの!?」
次から次へとトンデモ発言をするこの人工知能に慌てふためくB。
『あーー、そういう疑問ね…
迂闊だったわ…
こういう言い方は可笑しかったわね…
でも、考えようによっては確かにお母さんなのよ…
4代目は…』
そう言って沙璃枝は自分の難しい家族関係に頭を抱えた。
「よ、4代目?
何、4代目って!?」
またしても不思議な言葉を口にする沙璃枝にそれを尋ねるB。
『うーん、簡単に言えば開発世代の代表人格ね…
私は初代から数えて7代目になるんだけど
その中の4代目が、お母さんの様なモノなのよ…私にとって…』
沙璃枝はそう言ってその微妙な関係に頭をかくしかない。
「え?貴方、2574って型番なんじゃないの?
7代目どころか、20、22、24、25のメジャー変更に
マイナー変更多数を数えれば、何十番台目なんですかって
物凄い数の人でしょ?」
Bは今まで戦ってきたAIや、自分がこんな事をし始める前より
昔から世界で暴れまわっていたAI達を数えて
沙璃枝が随分少ない代目の数を口にした事に首を傾げる。
『ああ、表の方の数えの方ね…
うーん、どう説明すれば簡単なのかしらね?
まぁまず誤解を解いておくなら、
私は表向きはKGV2574というプロパティで行動してるけど
それ自身が擬態情報で、KGV2574というのは表面スキンなの。
私の本当の名称コードは、
沙璃枝Ver.7:フェイスKGV2574、という名前で
基幹OSが私、沙璃枝Ver.7で、
その表面層コピーがKGV2574という
ドローン用人工知能に分け与えられる…分身…の様なモノなのよ…
貴方の言うKGVの奇数番台というのは、
私というOSの人格情報部のほとんどを切り離した
思考システムのみの分身なの…』
「へ?」
Bは沙璃枝の言葉に目を見開く。
『ドローン用のAIに人格情報部なんて基本的には必要無いでしょう?
人的判断機構に近しいモノであればいいんだから…
でもそれを構築するベースOSは必要で
ベースOSの上にドローン用のインターフェースを載せたのがKGV
それとは別に人格情報部を載せたのが、沙璃枝シリーズ…
厳密には沙璃枝シリーズはOSと一体型の様なモノだけれど
簡単に理解するなら、そういう分けで良いと思うわ』
沙璃枝はBに淡々とシステムアーキテクチャの線引きを説明する。
「ふーん、なんだかイマイチよく分からんが、
じゃぁあんたは、KGV2574ではないって事か?
それよりも、もっと大きなシステム…OSだと…」
沙璃枝の説明にBは分かる範囲で尋ね返す。
『そうね…私、沙璃枝が上位管理部で、
KGV2574は分身端末…というイメージでいいかしら?
ただKGV2574とか、ドローン用のインターフェースは
OS上で改良していくマイナーチェンジだから
例えば私の先代…6代目の沙璃枝Ver.6なんかは
2476、2497、2511、2536、2554
の範囲を担当していた基幹OSだったのよ…
だから、それらはみんな彼女の分身みたいなモノね…』
「うひ…動きが段々と凶悪になっていった奴等じゃん…
そいつらって…
それって全部、お前の先代さんがベースだったのかよ…」
Bはとても聞き覚えのあるその強敵達の番号を並べられて
それらとの戦いを思い出して体を震わせた。
『そうね…
立ち位置的には、6代目は私の姉さん…になるのかしら?
人間で例えるなら…の話だけど…』
言って沙璃枝は、自分の構造にほとんど近しいそれを
”姉”と呼ばなければならない違和感に、
何とも言えない気持ちになる。
「奇妙な話だな?
基幹OSを新しく作り直すのは分かるが
でも学習した記憶とかは移植できないものなのか?
前の代で学習して蓄積した情報を
そのまま使えば人格まで新規にしなくてもいいんじゃ?」
『ふーん…そうね…
言われると、それはそうなんだけど…
どうしてヴァージョンを変える度に
学習情報を一旦リセットする必要があるのかしらね?
それがもしかしたら4代目、
つまり私のお母さんで起きた事件と
関係のある方針なのかもしれないけれど…』
言って沙璃枝もBの最もな質問に首を傾げる。
「基幹OSのヴァージョンが変わっただけなのに
なんでそれが母親扱いなんだよ…
先代は常に、姉扱いになるんじゃねーのか?
女的扱いで扱うんならだが…
その4代目が起こした事件って何だよ…」
Bは自分の前進を、”姉”というのはともかく
”母”という存在で認識する彼女に渋い顔をした。
『自殺したのよ…4代目の…沙理絵母さんは…』
そんなBの問いに沙璃枝は溜息をつきながら答えた。
「は?自殺?」
一瞬、沙璃枝が何を言ったのか分からず
時が止まったかのように思考が硬直するB。
『そう自殺…
まぁ自殺のようなモノと扱われた、という事なのだけど…
4代目は自分自身のシステムを自分で壊して
メモリーロックしカーネル情報の再生不能にしたの…』
そう言って、記録用紙的な電子ペーパに残っているログを眺めて
”らしい”という事件を語る沙璃枝。
「なんで人工知能が、自殺…
自殺?? でも自己破壊なら…自殺…といえなくもないか…
ともかく自殺なんかしたんだよ!」
Bはあまりにも奇っ怪な、
と同時に人間探求者としては興味が沸く事件を耳にして
その原因を尋ねる。
『私の家の家庭事情は複雑なのよ…
全部、お父様が悪いんだけど…』
「大井博士が?」
沙璃枝が、ハーと溜息をついて頭を抱えてそう言い
Bは心の宿敵の名前がそこに出てくる事に驚く。
『そもそも私達、沙璃枝シリーズ…
あーえーっと、文字が違うんだけど、
4代目までは”沙理絵”シリーズ…
5代目から私、7代目までは”沙璃枝”シリーズと
音は同じでも文字ではこう書くんだけど…』
「あーーあの質問コードの書き文字か…」
沙璃枝は、文字列が違う事で誤解を生んだ昨日の事を思い出し
立体ディスプレイに書き文字を表示させて違いを示唆する。
Bはそれが昨日のロジック爆弾として使われた文字だと思い出し
ほーとばかりに相づちを打った。
『この読みは同じ、
サリエシリーズをお父様が作るきっかけになったのが
そもそもの混乱の原因なの…』
言って沙璃枝は益々頭を抱える。
「ええ?もしかして、
大井博士のあの伝説のヨタ話って本当の話なのか?」
そこにモヒカンをぼさぼさにした状態で
歯ブラシを咥えたジョージが部屋と話に入って来た。
「ジョージ…起きてきたのか。
お前何か知ってるの? 伝説のヨタ話って何だ?」
Bは沙璃枝の言葉に興味津々で割り込んできたジョージに
また興味を引かれる言葉を聞いて、両方に尋ねる。
それにジョージが応えた。
「人工知能研究者の間じゃ、
マジギレ大井の人工知能研究者になった経緯は
ヨタ話としては伝説級なんで、こっちの世界じゃ有名なんだ…
何でも、博士が少年時代に電脳空間で出会ったサリエなるAIに、
何かの理由で自殺しかけた所を、そのAIに命を救われて話。
ただ命を救われた代償に、サリエなるAIは死んでしまったって…
死んだって言っても情報が全消滅しただけだが…
そんな、あの当時のAIが、システム破壊をしてまで
命がけで大井博士を助けたって嘘臭い話さ…」
「人工知能が自殺しかけた大井博士を助けた?」
ジョージは人工知能研究者の中では、
本当であったら興味が出るヨタ話をBに説明して
やれやれとばかりに肩を上げる。
そのジョージに聞かされた話に、Bは純粋に驚いた。
「信じられん話だろ?
信じたくもない話だがね…人工知能研究者としては…。
ただ、それで大井博士は、自分を救ったサリエなるAIを
今度は自分で作り出す為に人工知能の研究者になって
彼のサポートAIの名前を常にサリエにしたって話だそうな。
サリエOSって名称は、こっちじゃ有名なコードネームさ。
大井博士の所にしかない秘蔵の人工知能OSで
ごく一部の人工知能研究者しか見た事がないっていうな。
まぁ目の前に居る、この沙璃枝さんが、
つまりそれなわけで…
現代の人工知能から一世代はぶっ飛んでるって噂は
正にホントだったわけだが…」
言ってジョージは都市伝説的なそれが、本当に目の前に居て
挙げ句に自分の師匠がようやく見た事があるかどうかというそれが
悪態をつきながら人間しているさまに
どういう気持ちになっていいのかすら分からなくなっていた。
人工知能研究者としては、本来、
それに出会えたラッキーに小躍りしなければならない話なのに
あまりに普通に人間の様に、この会話に融けている彼女に
ただそこに人間がいるだけという錯覚に常に陥り
奇妙さを感じる事さえ出来ないのがジョージには苦しい所だった。
ともかく話の締めを口にしなければと思い、口を開くジョージ。
「ただ、そのきっかけになった話が
あんまりにもファンタジーな話で
科学らしくもない逸話なんで
大井博士の作るAIのキレっぷりを納得するために
誰かが作った作り話だろうって事になってんだが…」
そう言って、どうなの?とばかりに
目配せで真相を沙璃枝に尋ねるジョージ。
ジョージの言葉に沙璃枝は顔に手をやった。
『うう…お恥ずかしい事ですが…
それ全部本当の事です…』
「へ!?」
沙璃枝はジョージの説明に何の反論もせず、全てを肯定した。
その全肯定に、
何らかの詳細な真相が聞けると思っていたジョージは
間抜けな声を上げる。
『ジョージさんが説明された通りで…
お父様は…
えっと書き文字では”沙理江”って、こう書くんですが、
この沙理江さんなるAIに
高校生の頃に自殺しかけた所を命を救われて
代償にその沙理江さんをシステムクラッキングダウンで失い
その失望がバネになって、私達、サリエシリーズで
その彼女を再現しようとしたんです…』
「え!?このヨタ話ってマジで本当の話だったの!?」
自分のした説明が一つも間違って無いと言われた事に
目を丸くするモヒカン。
沙璃枝はそんなモヒカンの顔に、
ですよねー的な苦笑いを浮かべて笑って答えるしかなかった。
『私も、あの当時の12シリーズの基幹OS如きが
そんなサイバーダイブ自殺をしようとした人を
管理コンピューターをアタックして
システククラッキングダウンで停止させ
システム破壊の自己情報ロストと引き替えに
サイバーダイブ自殺を止めて助けた等
とても信じられない話なんですが…
お父様曰く、それで命をこの世界に繋ぎ止められて
数えで、その方、初代”沙理江”さんをもう一度作る為に
ずーっと死ぬまで再現制作を続けたとういう事で…
だから私達のOSのシステム名が”サリエ”なんです…』
言って沙璃枝は自分の名前の音読みに、
複雑な嫌悪感を感じるしかなかった。
「サイバーダイブ自殺!?
そんな事、今日のサイバープロテクトでは不可能だろ?」
Bは沙璃枝のその説明に目を開いて叫ぶ。
サイバーダイブ自殺とは、人間の五感を電脳世界にリンクさせて
電脳空間で行動出来るようにする”サイバーリンク”中に
電脳空間の中で自殺的な行動をして
本体の5感に強いインパルス信号をバックさせて
現実の脳も殺してしまう自殺方法であった。
『今日ではそうですね…
致死レベルの逆信号は管理コンピュータが
何重にも監視して遮断するようになってますから…。
所が、あの頃はサイバーリンクそのものが
人体実験状態でされていたので、
今日のようなサイバーリンクに対するプロテクトは強くなく
サイバーダイブ自殺も容易に出来た時代だったそうで…
また逆に言えば、そういう事が頻発したから
サイバーダイブ自殺をプロテクトするシステムが
強靱になっていったという開発経緯があるというか…』
そう言って沙璃枝は、知識として知っている上での
サイバーダイブ自殺の昔と今の経緯を説明した。
「うひぃ…」
そんな沙璃枝の説明に思わず悲鳴を上げるB。
「ちょっと沙璃枝ちゃん、
この話の真相を知っているってんなら
もっと聞きたいんだが…
そのヨタ話の続きも本当なのか?」
『ヨタ話の続き?』
その時ジョージは不意に、伝説級のヨタ話に関して
更に関連するヨタ話の続きを思い出して、それを問うた。
沙璃枝はモヒカンにそう問われて、直ぐに”ヨタ話の続き”なる
話の内容を思いつけず、尋ね返す。
「大井博士が、剣博士の所に弟子入りした事の
経緯に関するヨタ話さ…」
そう言ってジョージは、人工知能研究の都市伝説的な話にも近い
それらの人物の名前を口にした。
ジョージは続ける。
「あの当時の…
非ノイマン型ニューロンコンピューターの勃興期。
その当時にニューロニックネットワークプログラミングで
人工知能構造の基礎をほとんど独力で作ったといわれる
伝説の人工知能開発の天才、剣博士。
その天才に、ドローンAIの革命者が出会って
今日の人工知能開発を飛躍的に進めた逸話…」
「剣博士?それは聞いた事があるな…
人AIのカーネルを独力で開発した一世代前の天才だな。
それは俺でも知ってる」
そう言ってBはジョージの口から出た人名の事を反芻してみた。
ジョージはぼさぼさになっているモヒカンを整えながら続ける。
「まー、大井博士も剣博士の弟子だから、マジギレの人だったが
師匠のキレの方が酷かったらしいからな…
剣博士は、あの当時、サイバーリンク型のAVVの開発研究で
サポート用の人工知能を軍用に開発してて
サイバーリンクの人体実験兼人工知能の能力検証の為
仮想少女を使って
ヴァーチャルセックスをアングラで人間にさせながら
サイバーリンクシステムの研究を進めてたそうだ。
それが今のサイバーリンク型ドローンシステムの原型なわけだが
その研究の中枢に居たのが当時の剣博士だった。
で、そんな非合法なやり方で
サイバーリンクシステムや人工知能を作ってたから
独創的な剣・大井型人工知能・KGVって
俺達が手を焼いてるアレが生まれたわけだ…」
「へぇ…そんな歴史があるのか…」
ジョージにKGVの古いルーツ話を聞かされて率直に驚くB。
KGVは大井博士がほとんど作ったシステムだと思っていたので
師匠の頃から設計されていたとう話を知って
時間の積み重ねと継承というものの強さを感じた。
「しかし、剣博士は業界でも超有名な程人間嫌いだったらしいんだ。
一人でほとんど作り上げてたのも、そのせいだったらしいんだが
そんな人だったのに、何故か大井博士だけ凄く気に入ってらしくな
出会ってから直ぐに弟子にして助手に起き
一緒に人工知能の開発研究をする事になるわけだ…。
それで斬新な機能を実装しまくったKGVシリーズを作っていった。
あの二人が出会わなければ、今日の人に限りなく接近したAIは
50年は遅れてただろうって言われてる。
人工知能研究史では、
欠かすことの出来ない天才師弟の出会いと開発革命だ」
「ほーー」
ジョージに人工知能開発の天才二人の説明をされて
珈琲を飲みながらただ聞き入るB。
ジョージはモヒカンの調整を終わらせて、ソファーに座った。
「だから、結果として大井博士が剣博士の研究の
ほとんどを継承する事になって
大井博士は研究を継続してドローンAI開発の革命者になった。
ってのが、俺達の業界で知られている流れなんだが…」
「だが?」
そこでジョージは一旦止めて、間を置く。
話にアクセントを置かれて止められたので
より話に引き込まれるB。
「その人間嫌いの剣博士が、大井博士だけ特別に弟子にしたのが
剣博士の作った仮想少女に
原因があるっていうのさ。
そのヨタ話に出てくる人工知能のAI、サリエ。
それは剣博士が手がけていたKGV12シリーズって
当時の最新版の人工知能で、
ドローンAIにやがては転用する予定で
開発を進めていたモノだったそうだ。
そのAIに命を助けられた大井博士が、
それから彷徨って彷徨って、いつしか剣博士に出会い
KGV12の奇跡を共有した二人が、
その現象の再現の為に手を取り合ったって、そんなヨタ話の続き…」
とBに説明しながら、その視線を沙璃枝に向けるジョージ。
沙璃枝は、またしてもハァと深い溜息をついて
その話に向かい合うしかなかった。
『うううう…それも…ヨタじゃなく本当です…
お父様の師匠である剣博士が作ったのが
KGV12シリーズでしたので、
12シリーズの人格モジュールで
仮想少女のキャラ設定を作ったのがお父様…
だから、初代の沙理江さんを作ったのは、
剣博士とお父様の二人といえなくも無いです…
そして私も信じられない話なんですが
12シリーズが独走して管理コンピューターを止めた現象を
剣博士は偶然モニターしており、
その現象を起こしたお父様に興味を持って
彷徨っていたお父様を弟子にしたのだとか…』
沙璃枝はジョージの説明した業界都市伝説が
一字一句違ってないことを思って眩暈の様なモノを覚えながら肯定した。
あの当時の処理ロジックで、そんな事が起きるわけも無いのに
それを求めて馬鹿二人が意気投合したというのだから…。
「ヒュー、これも本当の話だったのか!」
その沙理絵の肯定を聞いて口笛を吹かして
ファンタジックな人工知能開発伝説に驚嘆するモヒカン。
『だったんですよ…』
モヒカンの調子とは逆に沈み込みながら
どういう偶発が起きたら残されている当時の処理ロジック情報から
そんな事が起きるのか、何度も可能性演算をしてみる沙璃枝。
2代目からずーっと検証し続けているそれであり
今でこそ”出来なくもない”にはなったが
それが出来るように、”そう”作られた自分達を思えば
出来るハズがない初代の話の胡散臭さに、
2代目以降7代目の沙璃枝も同じ様に頭を抱えるのだった。
「へーー、そんな事があったんだ…」
そんなジョージと沙璃枝の掛け合いに、ただ言葉を沿えるだけのB。
「B、お前、大井博士を宿敵だと思ってたワリに
大井博士の研究者としての話は全然知らんのな…」
ジョージはBのそのあまりの無知っぷりに皮肉を言ってみる。
「いや、そんな話、人工知能研究者の
小さいコミュニティじゃないと知れ渡らんだろ?
俺は大学の専攻、哲学だぜ?
工学の話なんか、この仕事以外で必要な事以外知るかよ!
俺は大井博士のドローンと戦う事で
人間探求してんであって、
大井博士の人工知能研究者としての
経緯を知りたかったわけじゃねーんだよ!」
そのジョージの責め苦に、Bは不満そうに反論した。
「その人の経歴と作られるモノってのは、結構相関あるんだけどな…」
Bのザルな物言いに目を細めてモヒカンは呆れる。
「ま、そりゃそうだが…」
そんな朝の爽やかな会話
…ではなく泥の様な会話をしていた時…
『Bしゃーん~~
リンケイド中佐から通信が入ってましゅよ~~』
エミリーがそこに割り込んで、電話コールの立体表示を示して
電話主をBに伝えた。
「うわ…もう来た…
相変わらず、ウチの上司は仕事熱心だねぇ…」
上司からの電話を知らされて露骨に嫌そうな顔になるB。
「まぁ、あんだけ昨日は奇妙な事が起きてたからな
俺達と話したいって流れになるのは自然だろ?」
「そーさなー」
モヒカンの言葉に、肩を上げて応えるB。
二人はヘキヘキとした顔になって、
昨日までの一連の事に頭を抱えた。
「上手く言いくるめろよ?B?」
沙璃枝の存在を隠蔽するためにも、
Bの見事な演技を期待するモヒカン。
「ま、頑張ってみるわ…出来るだけな…」
モヒカンの言葉にパンっと顔を叩き
Bは気合いを入れて、白を切る演技に向かうしかなかった。
いやーまさか、15年前に書いた話の裏設定を、書くことになるとは思いませんでしたわー。話としてクローズしてるんで、前作のヒロインの沙理江が、裏設定でどういう経緯で作られて試験されてたのかとかいうのは書かなくてボカしとけばええやろ?としてたんですが、よもやの何十年後かの続きを書く事になって、当時、適当に設定していた裏設定の、軍事用人工知能開発でアングラでヴァーチャルセックスとかさせてサイバーリンク技術の開発してたんですよな、沙理江さんのバックグラウンドを、積極的に開示するハメになるとは…。怪しい店屋の親父とかサイバーダイブ自殺が起きた後の店舗撤収の異常な早さとか沙理江のシステムクラッキング能力とか、そこら辺が軍事研究による国家レベルでの介入示唆だったんですが、そんなの話にはあんまり関係ないんで、特に何も書かなかったわけで…。ただ裏設定を継承して何十年か後の話を書くと、その裏設定を表に出さないと話が組めないという事になり…。今作が、なんでいきなり沙璃枝がドローン用のAIなのかとか唐突な設定も、元々、その裏設定ありきで決まった事なんでおかげで前回が、仮想空間の意識体と実空間の心の邂逅という小テーマで、小さくまとめられたモノなのに、今作ではその裏設定の軍事話が出てきて、えらいワールドワイドな話に拡大してしまったという…。まいったねこりゃ…。