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第2皇子ユーグ


ユーグが自身の執務室の扉を開けると、無愛想な女がいつもより幾分機嫌悪そうに腰掛けに座っていた。

しかし機嫌が悪いながらもぶどう酒を開けて晩酌を楽しんでいるようだ。


ユーグはそれがあまりにも予想通りの光景すぎて、頰が緩むのを止められなかった。


「あぁー、疲れたー」


大げさにそう言って部屋に入ると、件の女はそれに気づき、ワインを飲むのを止めてユーグに対し不満を吹き出した。


「なんだ、こんな夜中に呼び出しておいてその言い草は。緊急に相談したいことがあるというから、既に寝間着に着替えていたというのに、わざわざ着替え直して早足で来てみたらこれだ。」


目の前のテーブルに広げられている食事と酒を指差しながらため息をつく。


彼女は王宮筆頭書記官のリリアンである。

一見すると文官というより、その真珠のような白い肌と、光の加減で翠色にも見える髪、同色の猫のようなアーモンド型の大きな瞳という、一目見れば誰もがその奇跡の造形に息を飲む容姿から貴族階級の令嬢のような印象を受ける。しかし一度口を開けば剣こそ握らないものの、彼女が令嬢などというつまらない立場にある人間でないことはすぐ分かる。


「でもちゃっかり飲み食いしてるじゃない。」


「お前がくるのが遅いからだ!」


そう言ってリリアンの向かいにユーグが腰かけると、当然であるかのようなスムーズな流れで、リリアンは彼のグラスに酒を注いだ。


顔色ひとつか変わらないユーグを目の前にしてリリアンも落ち着きを取り戻したらしく、一呼吸置くと決まりの台詞を口にする。


「またロクでもないことしてきたんだろうが…今宵の月を神に感謝して。」


「君のその言葉が聴きたくて呼んだようなものだから身にしみるよ。…感謝して」


そうやって二人はグラスを鳴らした。


2人がこうやって執務室で酒を酌み交わすのは今回が初めてではない。ユーグが突然リリアンを夜中に呼び出すのはしょっちゅうで、今回もいつものように杯を片手に政治や外交の話に花を咲かせた。

筆頭書記官を務めるだけあって、彼女の知識量とその新鮮さで右に出るものはそうそういないだろう。そんな彼女との会話はユーグを満足させるに足りすぎるほどであった。


「で、今日はジーンに会って来たんだろう?そろそろ私に種明かししてもらわないと。」


だいぶ酒も回ってきて、ユーグとの会話で機嫌の良くなったリリアンはふふふと愉快に笑いながら言った。


彼女とは対照的に、ユーグはスッと目を細め真面目な顔つきになる。その表情はともすると道化(ピエロ)のような悦に入ったものである。


「…そろそろさ、あそこに閉じ込めておくのも可哀想かなと思ってね。でもタダで出してやれるほどこの世界甘くないでしょ?」


「相変わらずひねくれた兄だな」


「だからヒントをやったんだよ。」


ヒントという言葉を聞いて、リリアンにも思い当たる節があるようで、突然椅子から立ち上がった。


「まさかあれか!!」


「うん。君の仮説はほとんど正解だったよ。」


ユーグは満足そうにグラスのぶどう酒を飲み干した。

リリアンも椅子に座りなおし、同じようにそれを飲み干した。

そして今度はユーグが2人分の酒を注ぎなおす。


「そうかそうか…お前があの離宮に行ったのか…?」


「そんなわけないさ、ジーンみたいなのがいくつかいるからね。」


「…まぁ、それはいい。それよりそこには何があったんだ。」


瞳を大きく開いて、少し身を乗り出すリリアンはまるで少女のようだとユーグは思った。

こちらも同じように少し身を乗り出し、そんなリリアンの頰に手を添え、そっと口づけをおとす。



硬直するリリアンにユーグは妖しく微笑みながら告げた。


「この世界の禁書だよ。」



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