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エリーの決意

エリーは午前中の掃除を終わらせて手持ち無沙汰になると、本棚を整理する癖がある。特段世話をすることがないロクスであるから、本の並びはしょっちゅう入れ替わっている。おかげで宮の人間はかなり迷惑を被っているわけであるが5年も続けは誰も文句を言わなくなった。


案の定、その日もエリーは本棚の整理にいそしんでいた。



何冊かまとめて棚から取り出し、一冊づつ背表紙を確認して順番を入れ替えては棚に戻す。そんな単純作業は、いつもエリーに余計なことを考える隙を与えない。だからこそエリーは本棚をよく整理するわけであるが、その日はどういう訳かいつものようにはいかなかった。


いったん本を手にすることを止め、ふーっと長いため息をついた。



…5年だ。5年経過した。もう十分温室で傷は癒せた。


エリーは日々感じていた。ロクスは賢い。流石王家の血を引いているだけあるといつも感心する。であるからこそ、ロクスはそう遠くないうちに自身の出自について、この宮の意味について知ることとなるだろう。そして外の世界を知ることになるだろう。


この幸せがずっと続けばいいと思っていた。せっかく与えられた温室でその温かさを享受することに何の罪があるだろうか。時に真実は残酷であると先人は言ったが、正にその通りである。エリーもそれは身をもって思い知った。しかし、同時にエリーは鳥籠の中の不自由さと外の世界への渇望も、誰より理解していた。

このまま温室の温かさにあやかり、ロクスの自由をゆるく締め殺すことが、果たして正しいのか。答えはもちろん……否である。


まごころには、まごごろを返す。

それは、かつての主人がエリーへ与えたまごころだけではない。ロクスがエリーに与えたまごころにも、だ。


―…ならば私がしなければいけない事はただ一つ。


エリーは心の中でそっと決意を固めた。


―…そろそろ向き合うべき時がきたんだ。

私だってずっとロクス様にぶら下がってるわけにはいかないのだから。


エリーの長い瞑想が終わった頃、アンが部屋に入ってきた。


「エリー様、お茶とお菓子をお持ちしました。少し休憩にしません?」


「アン…!お茶なんてわたしが入れたのに…ありがとう。休憩にしましょう。」


先ほどまで筆記具や本が広げられていた卓の上に、茶器が広げられる。


ティーカップに紅茶が注がれ、部屋には茶葉の香りが広がる。


「あの…アン。」


「何ですか?」


いつもより口調が重くなってしまっていたのかもしれない。アンは不思議そうにエリーへ視線を向けた。


「聞きたいことがあるの。」


アンはティーポットを空にし、茶器を手放す。そしてじっとエリーを見つめたまま椅子に腰掛けた。


「わたくしが答えられることでしたら。」


エリーは膝の上で拳を強く握った。そして言い聞かせる。


大丈夫。あの人と比べたらこんなことへでもない。大丈夫。私はエリー。しがない侍女のエリーよ。



「隣国のことについて…」

「皇国のことですか?」



隣国という言葉を聞いて、アンは不自然にエリーの言葉を遮った。

アンにもやはり思うところがあったのだろう。ならば話は早い。エリーはそう判断して、ためらうことなく言葉を紡いだ。


「そう、私とロクスさまが5年前までいた皇国。」


…穏やか、かと思われた茶会は一転して、重苦しい空気に包まれてしまった。

腹の探り合いのような視線の送り合いが両者の間でなされ、その間にエリーの固く握られた拳からは冷や汗が吹き出ていた。


先に視線を違え、沈黙を破ったのはアンだった。彼女はため息気味に言葉を紡ぐ。


「それはセリーヌ姫のことですか?それとも内乱後の皇国の内情についてですか?」


エリーは答えることを躊躇った。本当ならばすぐに返答したかったが、そうすれば空気はもっと悪くなる確信があった。いくら覚悟を決めて切り出したとはいえ、これまで5年もの間逃げ続けてきた彼女にとって、肝心なところで踏ん切りがつかないのは当然のことだった。ごめんなさい。なんでもないのよ。そう言えればどんなに楽か。…しかしそれでは今までと何ら変わらない。エリーは向き合うと決めたのだ。自分のためにも、かの主人のためにも、幼き主人のためにも。


「……両方よ。内乱後の内情とセリーヌ姫の扱いについて。」



そう答えれば、アンは眉間にしわを寄せ彼女らしからぬ困ったような悩ましい表情を浮かべた。エリーはそれがアンの返答のような気がして、彼女の口が閉じてしまう前に何とか聞き出さねばと思い、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。エリーも当事者なのだ。知ろうとすることはごく自然な事だろう。


「5年前のあの日、王宮に火が放たれた。私は、誰が、どういった理由で火を放ったのか、それが知りたいだけなの。なぜセリーヌ様が犠牲にならなくてはならなかったのか、お願い!教えて!!」



エリーはいつの間にか椅子を離れ、アンの足もとにすがりついていた。


アンは何度目かのため息をついてエリーの肩に優しく手を添え、彼女を再び椅子に座らせた。


その一連の動作の間に、エリーも頭が冷え、どこかで、これだから貴女は…と微笑む主人の姿が脳裏をかすめた。


「ごめんなさい…変に取り乱してしまって…」


「いえ……エリー様には確かに知る権利がございます。しかし私にも仕える主人なるものがいます。」


「アン…」


主人がいるエリーだからこそよくわかるアンの言い分。向き合うと決めたけれど、これ以上深くは踏み込めない。何故ならそれがアンの主人の意思だから。エリーはこれ以上ない切り札を出された気がした。


だからこそ、エリーは、この後に続いたアンの返答にとても、とても驚いた。


「でも私、今の主人には少し不満があるんですよ。だからいまから言うことは、他言無用でございますよ?」


アンは少女のように笑いながら、エリーにこう伝える。


……誰にも知られないよう、魔法をかけました。答え合わせが終わったら、日が沈んでからお行きなさい。さぁ白百合を掘り返して。聖地に背を向けて、神木の落葉で磨けばたちまち現れます。世界の秘密が目を醒ます。




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