使用人アンと護衛のジーン
離宮の裏庭の片隅で、アンは洗濯物を干しながら、無意識のうちに深い深いため息をついていた。
「どうしたのですか?貴女がため息なんて珍しいですね。」
ケロっとした顔である意味失礼なことを平気で言ってくるのは、アンと共にこの宮に仕えているジーンだ。
「私だってため息のひとつくらいするわよ!相変わらず失礼な……」
荒々しい口調で、大袈裟に手元の布巾を大きく広げる。
「ロクス様とエリー様、何かあったのですか?」
アンはつくづく思う。この男はいつもニコニコケロっとしていながら、察しがよすぎるのだ。実はそういう計算高い性格なのか、それとも天然なだけなのか。この4.年間、いや10年ちょっと職場を共にしているが、未だに分からずにいる。
「…エリー様、20歳になられたでしょう?それでロクス様がお祝いに百合の髪飾りを贈られたそうなの…」
片付けの手を止め、アンには珍しく神妙な面持ちで語り出した。
「なるほど…百合ですか…」
ジーンもそれに呼応するかのように、腕を組み、顎に指先を添えながら、考え事をするかのように呟く。
「そう!そうなの!エリー様曰く、4年前のロクス様の10歳のお祝い、え待ってもうすぐ5年経っちゃうじゃない!まぁとにかくその時に、百合の花をあしらったハンカチを差し上げたそうなの。もちろん皇国の風習にのっとって、天界にも咲くという百合の花で門出を祝っただけで、深い意味はないそうよ。だからロクス様はそのお返しの意味を込めて百合を選んだだけだと…」
「…この国では年頃の異性に百合の何かを渡す時っていうのは、結婚を申し込むときですからね」
「だから、エリー様、わたしにね、そう言った男女のあれやこれや、風習っていうの?その座学をロクス様にしてって!気持ちは分かるけど…あぁ!もう!!」
アンは邪念を振り払うように、物干しを再開した。
「これは貴女がため息をつくのも無理ないですね。ロクス様だっていつこの宮を出れるのかも分からないのに…」
「しっ!そんなことここで言わない!!ほら、手伝ってよ片付け!」
そうアンに言われ、ジーンも籠の中から衣類を取り出して干し始めた。
2人は黙々と己の作業を続ける。
「報告はしたんですか…?」
端がほつれた大きなテーブルクロスを広げながらジーンが問う。
「…いいえ、まだ」
何度も洗濯し、すっかり硬くなってしまったタオルを悲しげに見つめながらアンが答える。
「報告、するつもりは?」
衣類を物干し竿にかけるのに手間取りながらジーンが問う。
「…たぶんしないわ」
手間取るジーンを見かねて替わりに干してやろうと手を貸しながらアンが答える。
「そうですか。」
全て干し終わり、ジーンは空になった籠を手にし、アンは干し終えた洗濯物を満足げに見つめた。
2人で宮の方へ戻る傍ら、アンは一言こう呟いた。
「あんたも私もこの5年で絆されちゃったわね」
ジーンは顔色も視線も一切変えることなくこう答えた。
「…そうですね。ほんと。」