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エリーとロクス

3の17 夏の月

エリーが衣装を仕立ててくれた。

しかもドレスを。

一国の姫に産まれたからには、着るべきだと。

わたしのことをそんな風に見てくれるのなんて貴女だけなのに。

少しおかしくて笑えてきちゃいます。


1の2 秋の月

始めてドレスを着た。生まれて初めて。

女の子なら誰しも憧れる、(舞踏会に着ていくには少しお粗末かもしれない)ドレス。

思っていたよりも、お腹はきついし、そんなにいいものじゃありませんね。

でも、とっても嬉しかったです。



3の24 秋の月

雪が降りましたね。

貴女と小さなティーパーティーを楽しんだ、色づいた桜の木も、すっかり雪で衣替えしてしまって、四季ってこんなにも面白いって、エリーがこの宮に来てから気がついたわ。


1の10 冬の月

雪遊びなんて、年甲斐も無いと言われそうだけれど、この宮でそんなこと注意するのは私くらいです。なんて好都合!

そのためには手袋が必要ね。

雪が溶ける前に編み物の猛特訓を始めましょう。



そこで、エリーページをめくる手を止めた。

本当は続きが読みたかったけれど、誰かがエリーの腰掛けていたソファーの隣に座って来て、無遠慮にも日記帳に手を添えたのだ。

エリーは顔を手元のものから右のほうへと移す。


「…ロクス様?」


隣に来たのはロクスだった。エリーが彼の名を呼ぶとロクスはエリーの頬にそっと手を添えてきた。

エリーは状況が全く理解できなくて、キョトンと間抜け面を晒す。そんな彼女に対してロクスは大真面目な顔でこう言った。


「エリー、気がついていないようだけど、泣いているよ?」


「え……」


思わずロクスの手をのけて、エリーは自分の両手をペタペタと顔に這わせた。


…確かに濡れている。あぁ、なんたることだろう。


「申し訳ありません。こんなお見苦しいところを…」


「まって、」


ロクスに背を向けて、急いでそのまま手のひらで目をこすろうとすると、彼はそれを遮る。

エリーは一体何なんだと再び視線を右に移す。


ロクスの胸ポケットから、なんてことないように出てきたのは、ハンカチーフ。


それを握った彼の大きな手のひらがエリーに近づく。だんだんだんだんと大きくなっていって、しまいにはエリーの視界を真っ暗にした。


「ロクス様…?」


貴婦人(レディー)が泣いているのに、そのまま放っておく紳士(ジェントルマン)がいると思う?」


「………。」


「本当なら胸を貸してあげたいけど、そうしたらエリー、逃げるでしょ」


とんでもない台詞が出てきたものだと絶句していたが、二言目でロクスの語尾が少し早口になっていたおかげで、あぁそういうことか。と合点がいった。


「どなたからそんなこと吹き込まれたのですか」


「前者はエリー、後者はアンの読んでいた小説かな」


エリーはロクスの手から荒々しく布きれを奪い、長い長い溜息をついた。


「ロクス様、そのような気遣いができるのは貴方の教育係としてとても嬉しいです。けれど相手を考えてくださいませ。あとアンの読んでいるような大衆小説を読むのはお控えください。」


エリーは一気にまくし立てる。


「わ、わかったわかった、ごめんねエリー」


エリーに説教を受けたというのに、ロクスはくすくすと笑い、大変愉快そうである。


「こちら、洗ってお返しいたしま…」


手元のハンカチーフを丁寧に畳みながら言葉を紡いでいたエリーは驚きのあまり言葉に詰まってしまった。


ロクスがエリーに渡したハンカチーフは4年前、ロクスの10歳の祝いにエリーが贈ったものだったのだ。

この宮に移り住んだばかりの頃で、まだ必要とするものがすぐに手に入らない状況にあった。そんな中で、百合の花のモチーフを手ずから刺繍したハンカチーフをエリーはロクスに贈った。


「僕の宝物だよ。」


自分の贈り物を大切にしてくれていることは素直に嬉しいのだが、宝物だと語るロクスの視線になんだか甘さを感じ取ってしまい、エリーの顔はみるみる赤くなってゆく。


「新しいものを申請しておきますね…」


「エリー!いまの僕の言葉聞いてた?」


「一国の王子がこんなボロ布を持っているなんて、示しがつきません」


居心地の悪そうなエリーがそう言うや否や、ロクスの表情が一気に変わった。さっきまでは微笑んでいたその顔が一瞬にして無表情になった。


「エリー、君は今主人の宝物をボロ布だと罵ったね。示しがつかない?それは僕が判断することだよ。思違いもほどほどにして。これは君から初めてもらった、君が手ずから刺繍をしてくれた、大切な物なんだ。贈り主のエリーにはむしろ誇らしげにいてもらいたいんだよ。」


ロクスが荒々しく何かを主張することなど滅多にないことなので、エリーは呆然としてしまった。と同時に懐かしい記憶が脳裏を掠める…

そう、この膝の上にある日記を記した人物との穏やかな日々……


『そのように自分を卑下して、ご自身を震えたたせてるようですが、思い違いもほどほどになさってください!!貧乏くじ?それはわたくしのことを非難なさってることと同じです!あいにくわたくし自分の意思でこちらに参りました!!使用人を抱える主人たるもの、貴女の自身が私たちを守るのです!』



「……さま、」


「あ、ごめん…言い過ぎた」


先ほどまで居心地悪そうにしていたエリーだったが、ロクスの叱責のおかげさ、すっなり落ち着きを取り戻したようだった。


「いいえ、ロクスさまの言う通りです。申し訳ありませんでした。そして大切にしてくださってありがとうございます。」


微笑みながらそう言えばロクスもたちまち笑顔になる。


「あ、そうだ」


ロクスが何かを思い出したようで上着のポケットの中をガサゴソと何か探し始めた。


「ロクス様?」


不思議に思いながらもじっとロクスのことを待っていると、ロクスの手から百合の花の髪飾りが出てきた。


「エリー、成人おめでとう。」


そう言ってロクスは件の髪飾りをエリーに手渡した。


「これが貴女(エリー)にとっての宝物になると、嬉しいかな」


エリー20になる冬のことである。

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