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第四皇子ロクス

急に後ろから抱きすくめられた。

と思った瞬間背後の人物に、一緒に頭を下げさせられる。


「申し訳ありません!わたくしの監督不行届きでございます!!罰はどうかわたくしに!!」


違う。あなたは何も悪くない。

そう思うのに、想いはなかなか言葉にならない。


「へぇ、君が噂の…ならば」


一番質の良さそうな服をきている男が言う。


「兄上!ここはどうかわたくしの顔に免じて…」


また違う男が出てきた。


「あぁ、そうか。これはお前の…」


「兄上、ご容赦ください……」


兄?この2人は兄弟なの?あぁ、わけがわからない。

なんの話をしているのか、あなた達は何なのか。


「さぁ、宮へもどるんだ」


後から出て来た男が、僕を庇うように抱きすくめた彼女にそっと耳打ちをした。


「し、失礼いたします!!」


彼女は僕の腕を引いて急いでその場から去った。


ま、まって、そんなに早く歩かないで。

あぁ、もう…!


「あ、あの…!」


思いきって声をかける。


「あ、ごめんなさい…」


やっと顔を見せてくれた。


不安そうに眉を下げながらも、その原因であろう僕をきちんとその瞳で捉えてる愛おしい人。


あぁそうか、これは…


合点がゆき、胸の奥がざわざわしてくる。


「ロクス様、はじめまして、わたくしは…」





ロクスは寝台から飛び起きた。

額は汗が吹き出ていて、服が張り付いて心地が悪かった。彼は手のひらで顔を覆って、はぁっと深いため息をついた。


「…またこの夢」


ロクスがこの手の夢を見るのは珍しくない。ただいつも、肝心なところで目が覚める。おそらく肝心と思っているのは当事者だけであろうが。


もぞもぞと寝台から降りる。窓の外に目をやると、空はまだ薄暗く太陽は完全に顔を出し切っていなかった。


耳を澄ますと何やら 薪を割る音が聞こえてきた。この音には思い当たる節があり、ロクスはすぐさま着替えをすませ、音のするところへ向かった。




「おはようジーン」


件の場所へいくと、案の定護衛のジーンが薪を割っていた。ロクスが声をかけると作業の手を止め、少し驚いた風にロクスの姿を確認した。


「おはようございます。もう起きられたのですね。」


ロクスが挨拶をするとジーンは困ったように笑った。ジーンはロクスの剣術指導をしている1人であり、見た目は優男風であるのに、剣を握らせればなかなかの腕だ。人は見た目にはよらないものであると、この男を見るたびにロクスは思う。


「手伝ってもいいかな?」


「……ではそちらの小さめの木をお願いいたします。」


ほら、またそうやって気を使う。

この護衛の良いところでもあり、ロクスの満足いかないところでもある。


けれど「任せてくれるだけましか」と思い斧を手に取った。



明け方、宮の端くれで、2人はもくもくと薪を割る。


沈黙に耐えかねたのか、はたまたただの気まぐれか、ジーンが突然口を開いた。


「ロクス様はこの4年で随分たくましくなられましたね。」


先ほどまで無言で作業をしていたものだから、ロクスは急に話しかけられて薪を割る手を止めてしまった。


「…ジーン、それわざと?」


一見したらありきたりな従者から主への言葉だが、ロクスにとっては心の傷をえぐられるとも同等なものであった。


「わざと、といいますと?」


ジーンは作業の手を休めず、淡々とロクスに返答する。対照的な自分達が急に恥ずかしくなって、ロクス再び薪を割りはじめた。



「…4年前の夢を見たんだ。」


「左様でしたか。」


ジーンの方を見なくてもロクスには察しがついた。ジーンはきっと柔らかく微笑んでいると。


「僕はあの頃から、悲しいことに何ひとつ変われてはいない。」


ロクスは4年前からこの宮に住まうこととなった。護衛など目付け役の人数も一気に減り、宮を自由に散策しても、彼を咎めるものはいなかった。それをいいことに彼は夜会の会場に迷い込んでしまった。皇位継承第一位の第二皇子の不興をかい、命を絶たれそうな場面で、エリーに助けられた。

後日エリーはロクスの事を怒ることはなく、自分がいけなかったのだと言い張った。そんな彼女にロクスは驚いた。だって彼のことをこんなふうに慈しむ形で構ってくれる人間との遭遇は初めてだったから。


それから今日までの生活は、彼女が全てだった。

幼いながらにロクスはエリーの献身的な姿勢をよく理解し、感謝の気持ちを持っていた。エリーがたまに見せる憂いを帯びだ表情も、ロクスはきちんと見落としていなかったが、その真意を理解はできなかった。

昔は自分が何か気に障ることを言ってしまっただろうか?と考えていた。しかし月日が経ち、自分の置かれている状況を客観視できる年頃になると、ひとつの可能性がロクスの中に浮かび上がってきた。


エリーはいまの状況を憂いている?


それは自分が離宮に囚われている身で、エリーが自分に仕える侍女であるために同じような目に遭わされているから?


つまりいつかエリーは自分の元を去ってしまう?


それはロクスにとってとても恐ろしいことだったが、それでエリーの表情が晴れるのならば悪いことでもないと自分に言い聞かせる。


しかし、だ。

そもそもなぜ自分は外界から切り離されてこの宮にいるのだ?


きっとエリーはそれを知っている。目の前のこの男も。

自分だけ置いてかれているような気がして、だから逞しくなりましたねなんてロクスにとっては皮肉でしかないのだ。


「相変わらずエリーは僕の数歩先にいるんだ」


「さようですか。」


「だから…」



ロクスは縋るようにジーンに強い視線を送った。



「わたしくしからは答えはお教えできませんよ。」


「ジーン…!」


「まぁ…薪割りを手伝ってくださったお礼にわたくしからは特別にヒントを差し上げましょう。」


教えて欲しいと乞うて、答えられないと言われるのはいつもの事だった。しかし今日はなぜだろう、ヒントをくれるというジーンに嬉しさ半分と、とてつもなく悪い予感がロクスの頭をよぎった。


「これはとある方からの受け売りですが、目の前のこばかり気を取られていたら、より大きな大切なことを見落としてしまうそうです。」


「…ジーン、この閉ざされた宮で問題の全体像を把握しろなんて無理難題だと思うんだけど。」


「ロクスさま、だから今は忍ぶのですよ。そして学ぶのです。そうですね、幸か不幸か、敗者の軌跡を辿った先に我々はいるのですし。」


おっと、言い過ぎましたね。そう不敵に笑うジーンをロクスは後にも先にもこの時にしか見たことはなかった。

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