どこかのだれかの悪夢
あたり一面は真っ白な銀世界だった。
幼い頃こそ心躍らせたものだったが、今となっては見なれたもので、特に心踊ることも、逆に悲しくなるようなこともなく…そう、何も感じない。
そんな己に辟易しため息を漏らしていると、どこからか人影がこちらに近づいてきているのに気がついた。
―あぁ、あの人か。
ふっと無意識に笑みがこぼれて、先程とは一転、心が躍る。早く手を取り合って、早くその身体を抱きしめたくて、一歩前へ足を踏み出す。
しかし踏み出した私の足は地面につくことなく浮遊感に襲われ、視界が一気に歪む。
暗転した世界に驚きつつも、まばたきを繰り返せば次第に視界がはっきりしてきた。すると広がっていた銀世界はいつの間にか真っ赤に変わっていて、どこからか微かな異音が響き出す。
パチパチという高い音と、ゴゴゴゴゴという体に響く低い音。
これは一体……
「姫さま!!!」
誰かがわたしを呼んだ。
いや、私の名前を呼ぶ人なんて1人しか思いつかない。けれど夢見心地の私は疑問形で彼女の名前を呼んだ。
「エリー?」
案の定エリーが私の寝台まで駆け寄ってきていた。
今まで見たことのない、怒りを秘めた、それでいて泣き出しそうな顔だった。
あぁ、なんて美しい表情なのだろう。
そんなことを呑気に考えていたら、エリーが私の腕を掴んで寝台から無理やり引っ張り出そうとする。
「急い…逃げま…!!」
周りの音のせいでよく聞き取れない。
けれど段々と覚醒してきた意識のおかげで言わんとしていることは理解できた。
「火事なのね….」
「い、いらぬこと…お考…ならないで!」
エリーは私を諭すのではなくまるで炎に怯える自分に言い聞かせるように言い放った。
馬鹿ね。素直に怖いと言ってくれて構わないのに。
素早く起き上がり、先ほどとは反対に、今度は私が彼女の腕を握った。
「この宮はわたしのほうが詳しいわ。」
そう言ってすぐさま寝台を出た。いつものように仕方がないように笑ったエリーに、わたしは少し安心した。
「姫さまはわたしが命に代えてでもお助けしますから。」
「なにを言ってるの…」
目覚めた時とは対照的な、彼女の全てを悟った笑みが脳裏から離れない。