康子の告白
鈴和からの電話を切って、康子は段々不安になって来た。
それは、鈴和の静かで穏やかな感じながら有無をも云わせぬその口調にあった。
今まで、鈴和との付き合いは長いが、あんな鈴和の口調は経験した事が無かった。
多分、あの薬の事だと思う。
譲ってくれた友達は「副作用も全く無い安全なものだから」そう言っていたけれども、
本当はそうでは無かったのでは無いか?
段々そんな気がして来て、「喫茶館」に行くのが怖くなって来てしまった。
「どうしよう、行くの辞めるかな」
そんな弱気が心を占める。
でも、自分は鈴和の親友だ。本当の親友は辛い事や悲しい事も共有するのでは無かったのか?
そんな思いも心をよぎる。
「行こう! そして真実を知ってる限り話そう」そう心を決めた。
「康子、御飯食べちゃいなさい」
母親が階下から読んでいる。
「はあい」そう返事をして降りて行った。
その時は心は決まっていた。
「喫茶館」はコーヒ中心の喫茶店だが、ケーキやパフェも置いてある店だった。
夜の喫茶店は人の気も少ない。
康子はもう来ているだろうか?と思いながら店の扉を開ける。
スマホの時計を見ると7時20分だった。
見ると店の奥の目立たない場所に康子が座っていた。
鈴和は康子の緊張した顔を見ると、康子は自分が呼び出された訳を理解している様だった。
「御免!待った?」
そう努めて明るく口を利くと康子は「ううん今来た処だから」そう言って微笑んだ。
「何にしようか?」
そう鈴和がメニューを見ながら迷っていると、康子が
「迷うことないんじゃ無い?」
そう言って微笑む。
「そうか、そうだよね。じゃあ苺パフェにしよう」
そう言って苺パフェを頼む。
「康子は?何にするの?高くないものだったら奢ってあげる」
そう鈴和が言うと康子は目を見開いて
「珍しい事があるものね、じゃぁあたしも同じ奴ね」
店員が注文を聞いて下がって行く。
その姿を見送りながら康子は
「鈴和の話って、あの薬の事でしょう?」
「やっぱり判ってたか、そうなの。あれねヒロポンだったのよ。成分は弱いそうだけどね」
康子の衝撃度を考えて、なるべく柔らかい言い方をしたのだが、以外にも康子は平然を保っていた。
「そう、ヒロポンだったのか……だよね。普通の薬じゃ無いよね……」
そう言ってグラスの水を口に含む。
「2回使ったの。最初は数学のテストの前の晩に飲んで勉強したら、すごく良く覚えられて集中力も凄くてね……」
「2回目は?」
鈴和は短く言葉を挟む様に訊く
「苦手な英語の時だった。この時も自分は今まで何で英語が苦手だったのだろうって思えるほど頭に入ったんだ」
「だから、試験が終わった時に、ああも浮かれていたのね」
「うん、だって英語も完璧に出来たから」
「そうか……それだけなんだね……もう飲んじゃ駄目だよ。必ず効き目が弱くなって来て、量が増えて来るから絶対に……」
「うん、そう感じたんだ、実はね……」
そう言うと康子はピルケースを取り出して、鈴和に渡した。
「これ、預けるからお願い」
「判った。私が責任持って預かるから」
「安心した。実はね鈴和からの電話貰ってから怖くなってね……」
「うん、判る……私そう言う気を出していたんだね」
二人はそこで僅かに微笑んだ。
「ところで、教室で拾ったピルケースはどうしたっけ?」
康子は覚えていないらしい。
鈴和は「落とした人が戻って来るかも知れないから、教室に置いて来たよ。但し1錠だけ貰ったけどね」
「どうするの? あれ同じでしょう?」
「でも分からないから、万が一量が多い錠剤と言う事もあるかなって……」
「そうか、あれね、あたしは浅野さんから譲って貰ったの」
店員が二つのい苺パフェを持って来てテーブルに置いた。
「食べながら話そうよ」
そう言う鈴和に康子も頷いて
「ほら、あたし、選択科目が音楽だから、合同授業で、そこで3組の浅野さんと並ぶ事になってね。親しくなったの」
「浅野さんて、確か中間テストで1番になった、浅野さん?」
「そうだよ。その浅野さん」
鈴和は以外な処で意外な人物と繋がると思っていた。
「それでね、あたしが、浅野さんの成績を褒めたらね『勉強の出来る薬があって副作用も無いから貴女も試してみたら?』って言うのよ。それでじゃあ試しにって……」
そうか、そう言う流れだったのかと鈴和は思ったが
「じゃあ、同じ様にして勧められた人って未だまだ大勢いるって事よね?」
鈴和の問に康子は「多分大勢いると思うわ」
そうだろうと思う。この状況で康子だけと言う訳は無いと鈴和も思う。
「兎に角、その浅野さんに明日会って確かめ無いとね」
二人は話はそこまでにして、パフェを楽しんでいた。
「やはりファミレスよりこっちの方が美味しいね」
「そうよ。だってここはチョコはベルギー産だから」
そう言って笑っている処に鈴和のスマホが震え出した。
「御免、電話だわ」
そう言って電話に出て見ると、一旦二つの錠剤を持って江戸に帰った志摩さんからだった。
「もしもし、はい、あ志摩さん」
そう言って出て見ると志摩は
「鈴和ちゃん、あのもう一つの錠剤の方なんだけど、調べたらものすごくヒロポンの量が多いの。それに完全に医者が扱う品物でね。普通は処方箋でも貰えないそう」
「そうでしたか。判りました。はい明日学校でも訊いてみます」
そう言って電話を切った。
「志摩さんからでね。もう一つ教室で落とした方はとても強いそうだわ」
それを訊いて康子は心の底から
「あたし、絶対辞めるからね!」
そう鈴和の前で誓うのだった。