第八十話
――九月下旬、三宅坂――
「……チタが墜ちないだと?」
「いや、正確に言えばチタは占領されています」
「どういう事だ?」
杉山の言葉に東條は首を傾げる。
「チタは完全に我が第一軍が占領しました。しかし、ソ連軍が断続的にチタを攻撃中で完全に占領したとは言い難くて……」
「……成る程。それで辻はどうしている?」
「辻もシベリア鉄道を航空攻撃で破壊したり、ソ連軍の補給路を徹底的に叩いているんだが効果は……」
「無いというわけか……」
東條は溜め息を吐きながら椅子に深く座り込む。
「……第二軍は動かせないのか?」
「まだ完全に治安維持が出来てないのでそう簡単には……関東軍の中では第四軍と予備部隊の第六軍の二個軍をチタに派遣しようとしていますが……」
「第四軍は分かるが、第六軍はソ連軍が逆に満州を攻めた時に必要な軍だ。そう簡単に第六軍は動かせまい」
東條はキッパリと言った。
「はぁ、それと辻は全軍の投入を叫んでいますが……」
「兵力の逐次投入を阻止するためだな……だが相手はソ連だ。戦線が崩壊すれば史実の満州になるぞ。残留孤児は阻止せねばならん」
「分かっております」
杉山が頷いた。その時、尉官が入ってきた。
「どうした?」
「は……実は辻大佐(昇進)が面会に来ておられております」
「「何?」」
尉官の言葉に東條と杉山は同時にそう呟き、交互に顔を見た。
そして荒々しく辻大佐が入室してきた。
「失礼しますぞ大臣ッ!! おお、これは杉山参謀総長も御一緒でしたか」
「騒々しいぞ辻」
荒々しく入室してきた辻に東條はそう言った。
「大臣、今は御国の一大事。荒々しく入室しようが今は構いませんじゃないですか」
「……御主も言うな」
東條が苦笑する。
「それで面会……乗り込んできた理由は何だ?」
「……単刀直入で言いましょう。戦車第四師団をチタ防衛の投入に同意していただきたい」
「何?」
東條は首を傾げる。戦車第四師団は満州防衛の予備部隊として新京に駐屯していた。
今の日本陸軍の戦車師団は十六個が書類上に存在する。このうち実際に存在するのは戦車第十二師団までであるが、戦闘に出せるのは戦車第七師団までであり、残り五個戦車師団は全て編成途中である。
このうち、対ソ戦として三式中戦車で編成されている戦車師団は戦車第四師団までである。
残りは中隊長車が三式中戦車だけで他は九七式中戦車改で編成されている。
辻は三式中戦車で固めた最後の戦車師団をチタ防衛に投入をする気なのだ。
「……それは本当に言っているのか辻?」
「本気に決まってますとも」
辻は自信満々に断言する。
「戦車第四師団は側面からソ連軍を叩く役目があるのですよ」
辻はチタ方面の地図を出して指揮棒で作戦を説明する。
「……これはまるで奉天会戦の第三軍みたいだな」
辻の作戦説明後、東條はそう感想を呟いた。
「簡単に言えばソ連軍の側面に回り込むために迂回するだけですから」
「作戦が成功すると思うか?」
杉山が辻に聞いた。杉山の言葉に辻はニヤリと笑う。
「作戦が成功するから戦車第四師団の投入同意を聞きに来たのですよ」
「……良かろう。戦車第四師団の投入を了承しよう」
「宜しいので?」
東條の決定に杉山は訊ねた。
「構わん。チタ郊外のソ連軍を完全に駆逐せねばならん。海軍にも第五航空艦隊の支援要請をしよう」
「ありがとうございます」
辻は頭を下げた。
こうしてチタ防衛のために、戦車第四師団の投入が決定されるのであった。
「全く……辻も随分と変わったようだな」
「そのようですな」
辻が退出した後、東條と杉山は笑っていた。
「今日は宿泊してますよ」
「あの、民間人も入れても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。というより伏見宮様から二人は通すように言われてます」
「え?」
受付の尉官の言葉にクロエは驚いた。
「伏見宮様もさっさと寄りを戻せと……」
「……ハハハ」
受付の言葉にクロエは苦笑して、桜花を連れて来て言われた番号室に向かう。
「……此処だな」
桜花は番号を確認してノックする……が帰って来るのは無言であった。
「入るぞ……」
二人は意を決して中に入る。
将樹はベッドで寝ていた……いや爆睡していた。
「「……はぁ」」
二人は緊張が抜けたように溜め息を吐いた。
「……何だかどうでも良くなったな」
「そうねぇ、マサキの寝顔を見ているだけで満足かもねぇ」
クロエはそう言って寝ている将樹の鼻を摘まむ。
「ふがッ!? ……んぅ……」
将樹は鼻を塞がれた事にビックリするが、起き上がる事はなく横に身体を向ける。
「むぅ〜起きないわね〜」
「……普通に起こせばいいだろう?」
「それじゃ面白くないでしょ?」
クロエはニヤリと笑って将樹の頬を触るが途中でつねる。そりゃあかなりつねる。
「いったァァァーーーッ!?」
将樹は痛さに起き上がる。
「何やねん今の痛みは……」
将樹が二人に視線を向ける。
「……はい?」
将樹はいきなりの事でそう言うしかなかった。
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