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茅野秋也の家は現場から電車で三十分ほどの場所にある住宅街に有った。
殆どの家が庭や二台以上は収容できるカーポートを持ち、中の車も五百万以下のものを探すほうが面倒。
たしかに、あの学校に通うのは、そこそこの階級の子弟に限られるようだ。
インターホンを鳴らし、まず対応したのは彼の母親。
玄関先に立つその姿はすこしベージュが刺したロングヘアーといい、柔和な整った顔立ちと言い、順当に女性の幸せを得てきた大人しげな女性のそれだった。
産まれて初めて刑事と言う人種に会ったのだろう、明らかに緊張し慌てているのは明らかで、その動作もぎこちなく同性から見ても可愛く思える。
ともかくそつなく整理整頓されたリビングに通され、レギュラーコーヒーを出され、茅野秋也本人が現れるのを待つ。
無論、その間、室内を観察するのも忘れない。
真面目そうな夫と並んだ新婚当時の写真。息子を入れ三人で撮ったUSJやディズニーランドでの写真、まずは問題ない家庭と言えるだろう。
「あ、その、息子の秋也です」
リビングの入り口に母に付き添われて立つ彼は、すでに制服から部屋着のスエットのパーカーとデニムのパンツに着替えていた。
艶やかな黒髪、母親譲りの柔らかな輪郭の顔、女の子とも見間違えそうな端整な目鼻立ち。
しかし、何故か目だけは子供らしい輝きを見せない。
桐生は、そんな彼の沈んだ表情を訝しく思いながら名乗る。
「警察の桐生真琴いいます。よろしくね、こっちのおっちゃんは庄原康隆、おばちゃんの仲間。二人とも仲田瑛児君の事で秋也君に聞きたいことがあるの」
表情は硬く、見知らぬ大人二人を交互に見比べる目には緊張の色が見え隠れする。
人見知りする性格かもしれないが、この拒絶感はすこし異様だ。
一筋縄では行かないという予感を抱きながら、桐生は庄原に質問するよう目配せを送る。
「あの日、君は瑛児君が居ったホームの反対側で電車待ってたよね?」
彼は黙って黙って頷く、庄原の方は一切見ない。
「それで、電車が瑛児君を轢いた後も、ホームに居ったよね?」
無反応、庄原は構わず続ける。
「駅の監視カメラに、君が写ってたんや、ちょうど瑛児君のま向かいにな、そやから君がなんか見たんちゃうかっておもうてな、おっちゃんら話し聞きに来たんや」
すこし身じろぎしたように見えたが、それ以降反応なし。
「なぁ、なんか見たか?見いへんかったんか?どっちかな?」
明らかにじれてきた庄原の語尾が上がる。秋也の横に座る母親が不安げに刑事二人を見つめてきた。
今度は桐生が庄原に目配せを送る。投手交代の合図だ。
「ねぇ、秋也君、あの時君、ホームの向こうに手、振ってたよね、誰に振ってたんかな?お友達?」
不意に、秋也と目が合った。
恐ろしく澄んだ瞳に一瞬動揺の揺らぎが現れ、しかし、瞬時にそれはどこか挑みかかる様な輝きに変わった。
「言えません」
「え?」
突拍子も無い答えに思わず聞き返す。
「言えません、言いたくないです」
庄原と目を合わせる。彼は小首をかしげていた。
「秋也!刑事さんにちゃんと答えなさい」
語気を荒げたのは母親だった。とっさに庄原が宥める。
「まぁまぁ、目の前であんな出来事があった後ですから、気が動転してやるんでしょう」
「少し落ち着いてからお話し、聞きにお伺いした方が宜しいでしょうね、今日のところはこれで失礼致します。お邪魔致しました」
桐生はそう言って席を立つ。後に続いた庄原、その二人の背中に向かって母親は深々と頭を下げた。
「ホントに申し訳ありません、あとできつく言うて置きますから」
「いいえ、そんな必要有りません、同級生のお友達があんなことになったから、当然です。こちらが軽率でした。申し訳ありませんでした」
そして桐生は庄原と共に頭を垂れる。
その後頭部に向かって、秋也の鋭い言葉が飛んだ。
「あんなヤツ、友達ちゃう・・・・・・敵や」