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桐生が到着する頃には、谷田北駅前のロータリーは様々な緊急車両で一杯に成っており、野次馬もバス停や駅前公園を埋めていた。
谷田署の制服警官に案内され、四係のメンバーと共にエスカレーターを駆け上がる。
被害者の遺体が安置されている駅長室と、目撃者と臨場を要請してきた機捜隊員が控える助役室には、係長ほか三人を向かわせ自分は更に上にあるホームへ。
列車に乗り損ね、運行再開を苛立たしげに待つ人々掻き分けて現場へ向かう。
その周囲だけは、駅員と制服警官で出来た人垣で囲われ、小さな広場が出来ていた。
恭しい敬礼に迎えられ、広場に足を踏み入れる。
転落した場所は、昇降口から十メートルほど離れたホームの中頃。被害者が最初立っていたと思しき場所には鑑識が置いた目印。
運行予定に負われながら作業を続ける鑑識課員に断りを入れ同じ場所に立つ。
ホームまでの距離、およそ一メートル。
誤って落ちる距離では無し、かなりの勢いで突き飛ばさない限りはホームに落ちる距離でも無い。
つまり、犯人が居るならば、明確な殺意が有ったと言うことになる。
被害者と同じ軌跡を歩みホームを歩いて際まで行く。
まだ鑑識課員や制服警官らが、マグ・ライトやバッテリー・ライト片手に遺留品を探していた。
無論、遺体の「一部」もだ。
血や体液はまだ流されておらす、冬の寒さに乾いてもいない。ただ、夕闇の中、酷くどす黒く見えた。
桐生は、ホームの端にある階段を使うのももどかしく半ば反射的に飛び降りていた。
ライト・グレーのスーツに合わせた、ブラックレザーのウォーキングシューズがコンクリートから突きあがる衝撃を吸収し、余った力は膝のバネで逃がす。
合気道で培った体重移動のセンスは、まだ健在だった。
上司の突飛な行動に、四係の面々は慌ててホームの端へ向かう。
下から見上げる駅の景色は実に不安感を煽る光景で、見下ろして来る人々の視線がさらに居心地の悪さを加味させる。
足元に目を転じ、徐々にコンクリートに浸透しつつある血の軌跡を歩いて辿る。
空走した距離は、即ち車両の質量を表す。
一個の小さな肉体と魂を粉砕するには余りにも膨大過ぎるそれを思うと、身震いがした。
そして、もしそれが意図的に成されたのなら、犯人の心中に居座ったモノの質にも戦慄する。
傍らで眉を潜める若い部下に言った。
「マル害を拝みに行きましょう」