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 半ば、予想していた言葉だったが、実際に聞くとやはり衝撃を覚える。

『膝かっくん』とは、後ろから自分の膝で相手の膝の裏を突いて体を崩させること、もし、この状態で更に後ろからの力を加えれば容易に前に押し出されるのは避けられない。

 その一部始終を、親友である秋也は見ていた。

 どんなにショッキングだった事か、そしてどんなに悔しかったことか。

 目の前で起こった出来事が、彼の心に回復不能な傷を負ったことは想像に難くない。


 次の言葉を促すセリフを必死で探す。間違っても問い詰める口調はできない。彼を追い詰めることは許されない。

 彼を認め、彼の立場に立つ物言いでなければ。


「瑛児君、体も大きいし、仲間もようさん居るから、逆らわれへんかったんやね、じゃぁなんで学園長先生も怖かったんかな?」


 彼が答えられる気になるまで根気強く待つつもりだった。

 しかし、秋也は思ったより早く答えた。


「その日は怖くて、お父さんにもお母さんにも言われへんくて、次の日、先生に勇気出して見た事を言うたです。そしたら、直ぐに学園長室に呼ばれて、学園長先生から『この学校に居りたかったら、絶対そのことは喋るな。もし喋ったら君を学校から追い出す』って言われました。お母さん、僕がこの学校に入れたことめっちゃ喜んでたし、お父さんも喜んでた。もし、追い出されたら、二人とも悲しむ・・・・・・」


 あの学園長らしいやり方だ。

 学校のブランドを守るために、子供の気持ちを平気で捻じ曲げる。

 同じ大人として怒りを覚え、そしてその犠牲になった彼が哀れで成らない。

 高ぶりそうな心をなだめる為、桐生は別の質問をした。


「静也君、大親友やったんやね」

「家、近所やったし、静っち、よう病気してたから家に宿題とか連絡帳とか持っていったって、それで喋ったり遊んでたりしてたら、知らんうちに仲良なって」

「気が合うたんやね」

「はい、静っちも僕のこと秋っちいうて、仲良うしてくれて、元気になってきて、一緒に学校行くようになって・・・・・・そしたら、瑛児らが、静っち体が弱いことに目ぇつけていじめるようになって、毎日、毎日、休み時間になったら静っちに『俺らも病気がうつるはよ死ね』とか『病気で生きるのしんどいやろ自殺せえや』とか言うて」


 言葉が、不意に途切れた。

 あえて急かすことはせずに彼を見守る。

 やがて、堰が切れた様に言葉があふれ出す。


「でもそれでも静っち、『秋っちが居るから学校がんばって行く』って言うてくれたんです。瑛児らにどんなめちゃくちゃな事言われても、無視されても、暴力振るわれても、我慢して毎日、毎日学校へ来て・・・・・・そやけど僕、静っち助けられへんかった。クラス違うし、瑛児の事も怖かったし・・・・・・先生に言うても、無視されたし」


 親友が自分を頼ってくれるのに、その彼を助けることが出来なかった。

 その情けなさがいまだに彼を責めさいなむ。

 涙を堪え、肩を震わす秋也の姿に、つい抱きしめたくなる衝動を堪え、桐生は訊ねた。


「その事、一年間、ずっと言うの我慢してたんやね。でも、なんで私に言うてくれたん?」


 涙を袖で拭い彼は答えた。


「昨日、家に学校から電話があって、その後お母さんが刑事さんからの電話で僕が熱出したいう嘘ついてるの聞いたから、また学園長先生、嘘つかせようとしてる。今度は皆に・・・・・・もう、そんな事させたらアカン」


 その語尾は、なにか決意めいた物が伺える強い調子に彩られ、桐生も半ば反射的に彼の手を握っていた。

 その唐突な反応に秋也は驚き、涙で潤んだ目を見張る。


「よう決断してくれたね、コレで君は根性無しでも裏切り者でも無い」


 桐生の言葉に、秋也はまたうな垂れ啜り泣きを始める。

 今度は躊躇うことなく彼の肩をしっかりと抱きしめた。



 その後、二人並んで冷え切ったバーガーやナゲットを黙々と食べる。

 口の中の脂を温いコーヒーで洗い流した後、桐生は残る最大の疑問を片付ける決心をした。


「なぁ、秋也君、この前おばちゃんがした質問、覚えてる?」


 彼のナゲットをつまむ手が止まる、そして深く頷いた。


「あの時、誰に手、振ったんかな?知ってる人が向こうのホームに居ったん?」


 ナゲットをケースに戻し、またもやの沈黙。そして、その言葉が聞こえた。


「瑛児の居った場所に、・・・・・・静っちが・・・・・・居ました」


 別に聞こえなかった訳では無い。意味が解らなかったから「えっ?」と聞きなおす。


「僕の事見て、頷いてました」


 友に起きた悲劇、その後に展開された不条理、そして目の前で再び起きた惨劇。

 幼い心一つを掻き乱すには十分な量のインパクトはある。

 そこに、無念を抱いて死んだ親友の幻を見てもなんら不思議ではない。

 桐生の中の理性はそう結論付けた。

 が、心の奥底はそんな無理やりな小理屈を受付はしない。

 秋也はあそこで『何かを』見て『手を振った』のだ。


「でも、刑事さん」


 思考の渦に嵌りこんでいた桐生を、不意に呼びかける秋也の声が引っ張り揚げた。


「直ぐに見えへん様になったから、たぶん僕の見間違いや思います。大体、あの優しい静っちが、復讐なんてせえへん。ごめんなさい変なこと言うて」


 そう言って頭を下げる。多分、当惑する彼女を見て、彼は気を使ったのだ。


「い、いいや、構へんよ。正直に言うてくれて有難う」


慌てて桐生も礼を言う。


 大人でも出来ないような気遣いを、たかだか小学五年生の子供が出来るかどうか疑問だが、今までの話を聞く分には彼は聡明で人の心の機微がわかる子だろう。

 自分の吐いた言葉が与える影響を慮ることぐらい出来るに違いない。

 そんな彼が、事をごまかすために幽霊話など持ち出すはずが無い。

 だとすれば、彼は誰かを見て、静也の亡霊と勘違いしたのだろうか?

 その説明の方が合理的で有り得る話だ。半ば、強引な結論とも言えるが・・・・・・。

 


 昼食を終え、彼は深々とした礼を残し家に帰って行った。

 送ってやりたいところだが、刑事と一緒のところを学校関係者や父兄に見られないとも限らない。

 ただ、自分の携帯番号だけはしっかりと教えておいた。

 もっと現実的な何かを思い出す可能性があるからだ。そして何より、唯一学校内部の事情を知ることの出来る突破口でもある。


 消えてゆく彼の背中を見つめていると、懐の携帯電話が鳴動した。

 捜査本部の直通電話、出ると庄原の声が聞こえた。


「管理官、あの所轄の巡査長、やりましたよ。茅野秋也の隣におった女性を特定しよったんです。今日の五時頃にこっちに来てくれるそうです」



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