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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
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第31話  ジラークへ 1


夢の続き。何もない空間にロイは1人佇んでいた。風景は灰色を通り越してもう黒と形容しても遜色ない。爪を見ると、もう既に伸びていた。耳に触れると尖っていた。口の中には異物感がある。舌を当てると牙があった。

ロイは鋭い爪を腕に這わせてみた。どんなナイフで切りつけるよりも簡単に皮膚が裂けて真っ赤な血が滴り落ちた。痛みはない。当然だ。ここはロイの夢なのだから。

―――ククク、楽しいか?

黒い世界から影が現れた。ロイはそちらを見る。ゆっくりと、ゆっくりとこちらに近づいている。いつもと圧倒的に違うのはその姿が見える事だ。

―――俺?

ロイだった。姿かたちも風貌もロイそのものだ。ただ一つ違うのはロイはそんなに禍々しい表情をしないことだろうか。いや、さっきロイを見てエリナが驚いた時、案外こんな顔をしていたのかもしれない。

―――その通り。俺はお前。お前は俺。俺たちは同じ世界を共有している。同じ物語で生きている。

ロイの姿をしたそいつはニタリと笑った。

―――いったいお前はなんなんだ?どうして俺はここにくるたび妖怪の姿になる?

―――それを知るにはお前はまだ弱すぎる。肉体的にも精神的にも、な。

―――そうだ、俺はあのでっかい蛸に殺されて・・・。

―――死んではいない。お前が死ぬと俺も死ぬ。俺はまだ死にたくない。だから助けてやった。

また、ニタリと笑った。ロイは顔を上げてその姿をじっと見る。額が光っていた。そこにあるのは赤い龍の模様。そしてそれはティグレーの美術館のカオス像のものと寸分違わないものだった。

―――双竜のパターン!

と、シルビアは言っていた。ロイは混乱した。混乱して、困惑した。困惑して、わけが分からなくなった。いや、そもそもこれはロイの夢で、夢なのだからわけが分からなくて当然なのだ。

―――早く、早く強くなれ。せいぜいこの世界が闇に染まるまでにな。

意識が遠のく。遠のくというよりも黒い世界が遠くに過ぎ去っていくような感覚だ。いや、遠ざかっているのはロイ自身のほうか。


白い世界が眩しかった。ロイは開かれたばかりの世界をもう一度閉ざした。もう一度目を開ける。今度は閉ざす訳にはいかなかった。

「えっと・・・なにしていらっしゃるんでしょうか、シルビアさん?」

白いと思っていたのは辺りの風景などではなく、白衣だった。目の前にある胸の形はシルビアだ。

・・・というのはもちろん冗談であり、もちろんロイは二度目にシルビアの顔を見てようやくそれと判断できたわけだが。

「随分と不必要なスキルをお持ちですわね。脱帽ですわ」

「あれ!?俺なんか喋ってた!?」

身体を起こそうとして、ムリだった。声を上げた途端喉に痛みが走った。

「まあ、あんたがいるってことは天国じゃないのか」

「そういう事ですわね。まあ敬虔かつ誠実なわたくしが地獄に落ちることなど天地がひっくり返っても起こり得ないことですので、あなたはまだ生きているという事になりますわね」

「・・・あれ?」

じゃあ、こいつ誰だ、とロイは思いをめぐらせる。シルビア、というより怪盗リリーには敬虔さも誠実さも皆無である。まあ、天地がひっくり返りさえすれば逆に天国にいけるのかもしれない。

「一応五体無事ですわ。確かめたいならちょこっと切って差し上げましょうか?」

「こわっ!」

と、声を上げたところで疑問がいくつも浮かんでくる。

「ここはどこだ?で、何でアンタはここにいるんだ?そんな格好で」

確かにシルビアに白衣は似合っている。だが、そういうことを考えている場合ではないだろう。

「そんな格好とは失礼ですわ。看護婦のナース服。農夫の作業服。コックの料理服。政治家のスーツ。怪盗の装束。女王様のレザースーツ。どれも必要なものですわ」

頷いて見せて、最後2つに首をかしげる。怪盗云々はまあいいとして、女王様ってドレスとかじゃないのだろうか。

・・・ロイが知らなくてはいい、というか知ってはいけない世界のようだった。

「つまり・・・」

「察しがいい殿方は嫌いではありませんわ。」

「つまり・・・?」

「そうです。わたくしこの病院で看護婦をやっているのです」

「え~~~~!」

などと、声を上げたが気づいてはいた。ちなみにロイは首を動かすことさえもできないので、今現在シルビアが見えない。しかし、シルビアがどんな顔をしているか容易に想像がつく。

「ていうか看護婦って簡単になれるものなのか?」

「簡単ではありませんでしたわ。しかし、わたくしに不可能はないのです」

「・・・かもな」

牢屋から自力で脱出することはできなかったけどな。という言葉を飲み込む。今、ロイの生殺与奪のすべてはシルビアに握られている。そっと口と鼻を閉じられればジ・エンドだ。まあ、そんなことはされないと信頼しているのだが。

「そういえば介護と称して虐待をする、という小説を読んだことがありますわ」

「それを今この状況で言う必要があるのか!?」

身震いがした。

「というよりわたくしはもともとここで働いていたのですよ。怪盗の仕事は世を忍ぶ仮の姿なのです」

「怪盗なんかで世を忍んでたまるか」

逆だ、逆。とつっこみを入れる。

「ふふふ。しかし再びあなたの声を聞けるとは、喜ばしいことですわ」

その言葉に背筋がゾクッとした。なぜだろう、舌なめずりしている蛇が間近にいるかのような恐怖感。

「ま、まあそんなことはともかく、俺はどれくらい寝てた?」

「そんなこととはご挨拶ですわね。・・・3日ですわ。つまり、わたくしは3日間、あなたの看護をしていたという事です」

「ああ、ありがとよ。・・・3日か。あれだけ術を使えば・・・ってあれ?」

ロイは首をかしげる。実際には首が動かないので傾げようがないから正確には首をかしげた気分になった、だ。

「・・・どうして生きてるんだ、俺」

あの巨大な蛸のような魔獣に締め付けられて、必死に抜け出そうともがいて、そこから意識がない。意識が途切れたという事は気を失ったと言う事で、敵前で気を失ったという事は殺されるという事だ。

「ああ、成る程、それでシルビアがいるわけか。やっぱ俺は地獄行きってわけだ」

「失礼ですわっ!」

「・・・・・・っ!!」

シルビアの顔が近すぎた。焦点があわない。口を開けば唇が触れてしまいそうなほどで、ロイは「近い」という言葉すら言えない。今シルビアの口がどこにあるのか判断がつかないが、人が通りかかれば誤解されてしまう可能性大だ。身体が動かないので確認のしようがないが、ここが個室であることをひたすら願った。

「まったく。ちゃんと生きているというのに。わたくし、無礼な殿方は嫌いですわ」

「生きてる、か。自分の生存が信じられないなんてもう何回目だろうな」

「まったくですわね。体中傷だらけでしたわ。一体どんな危険な旅をなさってきたのですか?」

ロイは今までのことをあれこれと思い返した。が、途中でやめた。修業の段階で既にボロボロだった。

それよりもふと引っかかったことがあった。

「見たのか!?俺の体中を!?」

「ええ、もちろん拝見させていただきましたわ。看護婦ですもの。隅から隅まで・・・」

「後生だから殺してくれ」

「嫌ですわ。清廉潔白なこの乙女になんてことを言うんですの!?」

「どの口が!?怪盗だろ!」

「声が大きいですわ。×××しますわよ」

「×××ってなんだっ!?」

「あっ、そうそう。怪盗と言えばスラムのみんなは無事職を手にする事が出来ましたわ。わたくしが知り合い経由で出資者となってみんなを雇ったんですの」

話の急激な転換についていくのが大変だった。

「へえ、よかったじゃないか。でも、それのどこが『怪盗と言えば』なんだ?」

「ええ、あの盗賊団のアジトからくすねた財宝類を使ったんです」

「・・・・・・」

必死だったロイとは違って助けられた当人には余裕というものがあったらしい。不本意感は否めない。

「・・・お前は怖い女だよ」

「ええ、リリーはリリーでもわたくしはタイガーリリー。鬼百合ですの」

「・・・・・・なるほどな」

納得だった。

「さて、ではわたくしはほかにも仕事があるので失礼させていただきますわ。用件があったらこのベルを・・・って体が動かないんでしたわね」

「・・・みたいだ」

「では、我慢して下さい」

「なんか策練れよっ!」


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