第3話 妖怪 2
「ガッ・・・!」
3人がほぼ同時に地面にうつ伏せに倒れた。服に血が滲んでいる。何か刃物に裂かれたようだ。いや、刃物ではない。ガイガンが生得的の持ち合わせている鋭い爪の仕業だった。
「・・・なるほど、この皮が、君の能力らしいね」
ギンがいつのまにか倒れている3人の近くにかがみ込み、穴が三箇所空いている皮を手に取った。ガイガンはというとロイの左、15歩ほど離れたところにいつのまにか立っている。ロイにはまたしてもその動きは見えなかった。
ガイガンにはギンの気迫が伝わっているのか、先ほどまでの浮ついた表情は消えている。
「ああ」
おもむろに自分の顎の下の皮をつかむと、軽く引っ張った。それは音も大した抵抗もなくガイガンの顔から剥がれた。目や鼻、口の部分はただの穴だがそれ以外は髪の毛も耳もある顔そのものだった。ガイガンの顔にはちゃんと皮が再生されている。
「そいつらは妖怪にも魔物と同じく能力があることは知ってるようだったが、俺の能力を“人間に化けること”だと勘違いしたな?」
ギンがガイガンの皮をつかんだまま立ち上がり、ガイガンのほうへ向き直った。その目はいつもの優しさなど微塵もなく、目があっただけで切り裂かれてしまうように鋭かった。
「お前には上皮を自在に操る能力がある。そうだな?」
「ご名答!」
ガイガンの体は一瞬ぶれて、消えた。ギンは剣を抜くと、同様に消え、次の瞬間には3人から5メートルほど離れたところで打ち合う音が聞こえた。見ると、ギンの刃とガイガンの短刀のように長く鋭い、赤く染まった爪が打ち合っている。ロイの耳に3度ほど打ち合う音が聞こえたところで、ガイガンの声が聞こえた。
「さっき俺を吹き飛ばした風。あれはアンタのセイレイジュツだろ?知ってるぜえ。もう一度見せてくれよ」
ロイには意味がわからなかったが、ギンはロイの目の前でその目にも止まらぬ動きを止めて構えた。
「コォォォォ」
低い声を出し、剣を大きく横に振った。
「裂波!」
空気が泣いているように震えるのを感じた。
一瞬の出来事だった。ギンの剣が空を横薙ぎに切ったかと思うと、正面にあった樹が次々と背を短くし、広場はさらに大きくなった。
「ハア、ハア・・・・・・」
ギンは肩で息をしている。ロイはこんなに苦しそうなギンの顔を初めて見た。しかし、ギンのことを気遣うよりもまず混乱していた。ロイの目にはギンの剣から何かが出て、それが樹を薙いだように見えた。だが、その「何か」が全く解らない。
「終わった」
ガイガンは背後に広がる木々と同様に、胴体が真っ二つに裂けて、仰向けに倒れている。その境目からは真っ赤な血が止め処なく溢れ出ている。ギンはロイのほうを振り返った。ようやくロイはギンの方に近付く。だが、ギンはまだ厳しい表情は崩しておらず、なんて声をかければいいのか決めあぐねていた。すると突然、
「―――ああ、終わりだ」
ガイガンの声が聞こえた。
ドスッ!
赤く染まったガイガンの爪が、ロイの胸のの前で止まった。見上げると、口から血を吹き出したギンが立っている。そして、ロイの顔にその血を吹きかけ、横向きに倒れた。
「ヒッ」
その後ろにはガイガンが立っていて、ロイを見下している。ロイは尻もちをつきながらその顔を見た。口元の歪みが示す感情は快楽以外の何物でもない。
「ロイ、逃げろ・・・・・・」
ギンの声がかすかに聞こえた。しかしロイは恐怖で、立つことはおろか、その目をガイガンの顔からそらすこともままならなかった。
「これが俺の能力、『擬態』だ。皮だろうが目だろうが心臓だろうが脳だろうが俺は自分自身の複製を無限に作り出せる。加えてこの戦闘力。生まれながらにして存在する人間との差。・・・いくらセイレイジュツが凄くても人間ごときが妖怪にかなうわけがねえんだよ」
その言葉はいま自分が腹を貫いたギンに対してのものだった。そしてすぐにその爛々と光る目をロイに向けた。
「さあ、お前から食わせてくれ」
ガイガンの顔が歪んで見える。恐怖からか、ロイの目は次第に光の収集をやめ、やがて何も見えなくなってしまった。
ガイガンは表情の変化のなくなったロイに一歩近づいた。そして大口を開けると、鋭い歯でロイの頭を包み込もうとした。
―――その瞬間、目もくらむほどの閃光が、ロイの額から放たれた。
ガイガンは3メートルほど後ろに飛びのき、ゆるりと立ち上がるロイを見た。目の焦点は合っていない、虚ろな目。意識があるように思えない。まるで糸に操られているかのように立ち上がっている。光が放たれた額には、中央を境につくられたシンメトリーの紋様が赤く浮かび上がっていた。
「双竜のパターン、まるで・・・」
その先を言うよりも早く、ロイの体の右手が挙がり、ロイの口からロイのものとは似ても似つかない低い声が響いた。
「――――――」
それは熱気だった。太陽に近づいたかのような熱が周囲を包み始めた。
「バカな・・・!!」
ガイガンは明らかに動揺していた。熱はどんどん高まっていく。ロイの足元にあった切り株が干からびていった。その眩しい光に照らされたガイガンの額から、大粒の汗が流れている。それは熱気のせいだけではない。
「そんな、バカな。こんなガキにカオス様のお力が・・・・・・」
熱はロイを焦がさない。
「――――――」
ロイはギンへと近づき、何かを呟いた。手をかざすと、腹に開いた風穴が乾いてゆく。そして傷口から溢れていた出血が止まった。
おもむろにロイは立ち上がり、右手をガイガンのほうへとかざすと、低い声で叫んだ。
「――――――!」
「なっ!」
掲げられたロイの右手が陽炎で見えなくなった。あまりのも高められた熱。それがロイの右手を離れてガイガンのほうへ移っていった。熱の塊が、ガイガンの核、脳を貫き、全身を焦がした。
悲鳴が轟く―――。