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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第1章 旅立ち
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第3話  妖怪 1

ロイが出された課題をやり終えた次の日。

「今日も晴れてるな」

ロイは自室ベッドの上で目を覚ました。太陽が上がるか上がらないかといった時分で、まだまだ薄暗い。西向きの窓から見える空には雲がなく、しばらくこの快晴が続くことを示唆していた。

ベッドから起き上がると身体の節々がこわばっていた。

「えっと・・・。確か俺は課題をやり終え・・・たんだよな?」

首をひねる。そこから先の記憶がない。まさかあれは夢だったのだろうか。

「あ、やべ。昨日の夕飯作ってねえや」

雑用が脳髄に染み込んでいた。考えるよりも先に朝食の準備をしようと思いなおし、厨房へと向かった。


それから数時間後、ロイはギンといつもの野原にいた。どうやら課題はちゃんと達成されたらしい。ロイは少し遅い達成感と次の修業への期待で胸を膨らませていた。ロイはおよそ真剣な目つきででギンの話を聞いていた。

「じゃあロイには次の修業に移ってもらう」

ギンがそう言いかけたとき、森の中から低いうなり声が聞こえた。その声があまりにも不快だったので、ロイは思わず身震いをしてしまった。

見るとギンの表情は先ほどのロイ以上に真剣なものになっている。その顔を見て、瞬時にこの声が目的の魔獣のものだと察した。

「ロイ、ここにいるんだ!」

声を上げたギンに対してロイは眉をひそめた。自分はギンが指定した課題をクリアしたのだから連れて行っても助けになる事はあっても足手まといにはならないはずだ。

「俺も行きます」

そのロイの強い目にギンも揺れ動かされてた。ロイに魔獣との戦いを見せることは大切なことだし、幸い魔獣ならそれほど手ごわい相手ではない。離れて見ていれば巻き込まれることはないだろう。

「わかった・・・来なさい」

ギンはそういって駆け出し、ロイもそれに従った。今まで気付かなかったが、はためいたギンのローブの中にはロイのものより遥かに長い長刀が隠されていた。

道の途中で合流したヘルゲンたちと共に、再度うなり声が響いた根源の方向へと向かった。3人もギン同様に真剣そのものの表情で走っていた。

「・・・・・・」

必死に走りながら、ロイはあの時の光景を思い出していた。村人が届くことのない距離で、村人を確実に殺せる水鉄砲を撃つ魔物。今からああいったものを倒しに行くのだ。自然にこぶしに力がこもった。

気付けばだんだんと4人の背中が遠のいていた。足腰には自信があったのに、これだけの距離走っただけでもう追いつけなくなっている。ロイは考えるのをやめて、ギンたちについていくことに集中する事にした。


その場所は、家からさほど離れていなかった。樹は明らかに力で根こそぎ倒された形跡があり、そこだけ見晴らしがよくなっている。これだけの面積があれば人が一度に何百人も泊まれる宿でもつくれるだろう。

しかしそこには魔獣の姿はなかった。広大な空き地の真ん中に一人の男が立っているだけだった。

「ここに大きな獣がいたのだが、知らないか?」

ギンが着くなり、息など微塵も切らせていない声で尋ねた。後ろでゼェゼェ言うしかなかったロイは無性に悔しくなる。

男はこちらを振り向き、切り株を気にしながらツカツカと歩み寄ってきた。

「私はこの近くに住んでいる者だ。大きな唸り声がしたので、ここに駆け寄ってきたのだ」

淡々とした、感情を全く感じさせない口調でそういった。表情は初めから無いかのように変わらない。

「何で急にいなくなっちまったんだ?」

ヘルゲンは空き地の中央まで駆けていくと、およそ誰も答えを持っていないだろう質問を全員に向かって投げかけた。

「おい、あんた、何でもいい、なんか知らないか?大きな牛みたいな獣で角が馬鹿でかいんだ・・・」

「いや、すまないな。わからない。しかしここにいても仕方がない。とりあえず私の家に来ないか?ここを抜けたすぐ向こうにあるんだ」

相も変わらぬ単調な声でそう言うと、ギンたち4人が立っている場所の後ろを指差した。ギンが了解して、来た道を戻り始めた。今の位置は先頭からロイ、オルソー、アンゴラ、ギン。そしてその後ろに男、ヘルゲンとなっている。

そしてギンが一歩踏み出した瞬間。男の口元が卑しく曲がり。能面のように固まった。そしてその顔のまま振り返ると、ヘルゲンへと2、3歩近づいた。

「・・・・・・っ!!」

その時ヘルゲンが見た顔は先ほどまでの男とは違っていた。耳は槍のように尖り、鋭い歯がむき出しになっている。そして視界の左から突き出された鋭い爪は、ヘルゲンの喉元を寸分の狂いも無く狙っていた。

オルソーはそれを見た瞬間、反射的に体を右側に寄せた、その爪は少量の血を残して空を切る。

「お頭っ!!」

その声に振り返ったギンの目に最初に飛び込んできたのは尖った男の耳だった。それに気付くと同時に右手を男の方へと突き出した。

「はっ!」

ギンの叫び声とともに風が巻き起こった。その風が男を吹き飛ばす。

「ぐわっ」

声を上げたその男はその先にあった樹に顔からぶつかった。額から流れる血を口元で舐めながら振り向いた。その顔はさっきまでとは全く異なっていた。禍々しく、牙と尖った耳を持っている。

「妖怪、だな!」

ヘルゲンは、首の右側を手で押さえながら言った。

「ご名答。俺の名はガイガン。・・・・・・妖怪だ」

男はその問いを待っていたかのように瞬時に答えた。だが、妖怪の特徴を残された書物で知っていた5人も、妖怪が現れた話など聞いたことは無かった。もちろん妖怪という存在を目にしたこともない。

「なぜ、妖怪が・・・?」

ギンが呟くと同時に、ガイガンは言った。

「まあ、最後ぐらい疑問もなく死にてえよなあ。教えてやる。魔天転器、だ」

表情も声の感情もさっきまでとはうって変わって楽しそうだ。

「マテンテンキ?」

聞いたことのない言葉にロイは眉をひそめる。

「知らねーのか?どうやら後釜が育たなかったらしいな。人間は」

ロイをはじめ、そこにいる誰も意味が分からなかった。その顔を見て察したらしい。ガイガンは呆れたように手を広げた。その指先にある長い爪はなんでも切れそうなくらい鋭い。

「本当にしらねえのかよ。魔界とこの世界を転換させる媒介となるのが魔天転器だ。唯一、霊石である晶霊石だけはこの影響を受けないがな。・・・よりによって魔界の晶霊石の石切り場で転換が起こるとはな。おかげでこっちに来たのは俺だけかよ」

「・・・・・・!」

疑問には思っていた。平坦になった森、爆弾で吹き飛ばされた家々。燃えたのであればその焼跡が、吹き飛んだのであれば残骸があたりに散らばっているはずである。しかし、ボンゴを最後に見に行った時、その残骸はどこにもなかった。まるで世界から切り取られたかのように消滅していた。だから村人を弔う事は出来なかったし、形見の品を取ってくることもできなかった。

それにあの爆発。村を吹き飛ばすほどの爆発にもかかわらず、あの塔と、中にいたロイは無事だった。強固な石造りの中だから大丈夫、とかそんなレベルの爆発ではない筈だ。

その疑問はガイガンの答えによって解き明かされた。

妖怪の住む魔界というものがあるらしい。そしてそれとこの世界をつなぐのが魔天転器。ロイがその影響を受けなかったのは、あの塔が晶霊石でできていて、その中にいたからということだ。そして目の前には代わりにこちらに飛ばされた妖怪がいる。

「じゃあ、向こうに飛ばされた人達は、生きているのか?」

魔界から飛ばされてきた妖怪が生きているのならば魔界に行った人々も生きているということになる。

ロイが声を上げるとガイガンの目がロイを睨んだ。しばらくしてそれは意地の悪い笑みに変わる。禍々しい表情をした妖怪はこちらの様子を逐一楽しんでいるようだ。

「俺は親切だから懇切丁寧に教えてやるよ。確かに俺と同じように飛ばされても生きていられる人間はいる。・・・実例もあるしな。だが、魔界じゃあ人間は餌か奴隷だ。人間はまずいから俺みたいに腹の減ってるやつしか食わないけどな。まあ、どの道お前たちはここで俺の餌だ」

希望にすがる表情から一気に表情の暗くなったロイの前に出たギンが話を元に戻すべく聞いた。

「ここにいた魔獣を食ったのはお前だな」

ガイガンの口元が大きくつり上がった。

「ああ、美味かったな、あいつは。やっぱ魔物や人間は駄目だ。魔獣じゃなきゃ!でも俺まだ腹減ってるからよお、お前らの肉分けてくれよォ~~」

そう叫んでロイたちのほうへと飛びかかってきた。それを見た3兄弟は一斉に飛び出すと、次の瞬間、ガイガンを正面と左右から囲っていた。それはあまりにも突然の出来事で、ロイは3人の姿を完全に見失っていた。既に剣を抜いていた3人は、一斉にガイガンに斬りかかる。

「なにっ!?」

3人が切った剣には手応えは全くなかった。まるで布を切っているようだった。いや、ようだった、ではない。事実、ガイガンの肉体はそこにはなかった。着ぐるみのような上皮だけを3本の剣が貫いていた。




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