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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
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第24話  喰人鬼 2

エリナの脚を医者に見せたところ、1週間安静にしておけばとりあえず腫れが引いて、10日あれば歩けるようになるという。応急処置が良かったから治りが早いと医者は言ったが、エリナとしては不本意だったらしい。診療所を出た瞬間、

「こんなの3日で治してやるわ」

と言い置いた。

宣言どおり、腫れは3日で引いた。ロイとベルゼはエリナが予言者なのかといぶかしんだが、エリナは経験、と一言言っただけだった。

本人は大丈夫と豪語したが、歩くには痛そうだったので、登山用の荷物が届くのに時間がかかると言って、出発をずるずると先延ばしにした。本当は即日購入できたのだが、嘘も方便というやつだ。

一週間後、エリナは完全に歩けるようになり、店に文句を言ってくると言ったので、ロイとベルゼは慌てて何とか制止し、諦めて取りに行くことにした。

「お金は大丈夫なの?」

荷物を全て宿に運ぶとエリナが聞いてきた。確かにケムトでグリンにもらった銀の量は多いとはいえ3ヶ月ほど収入のない旅をしている。流石に経済と無関係な仙人のような旅をしている訳ではないので、当然資金は減っていく。ドートリアの火器もこの辺ではメジャーな代物らしくあまり値がつかなかった。それに引き換え需要の多い登山用の荷物は値が張った。しかも3人分である。

「ジラークまではぎりぎり大丈夫だと思う。何の足止めもなければだけど」

「それなら何とかなるわね。山を越えた向こうの街はかなり大きいらしいし、足りなくなったら働けばいいわ。でも、だとしたら1週間も足止めくらったのはかなり痛い出費ね。やっぱり店に文句言って来てやろうかしら」

「あ、いや、勘弁してやれよ。向こうも結構急いだらしいからさ」

会話から逃げるようにロイは窓の向こうの山を見た。天辺を見ることはかなわない。秋が深まってきているので、季節的にもギリギリだといわれている。かなり冷えるので気をつけるようにとも。麓ではまだ少し暖かさを感じるというのに山ではもう冬の準備をしているという。もう少しすれば山が閉鎖されて半年待たされることになるそうだ。急ぐ旅ではないとはいえ、もう少し急いだ方がよかったかな、と思う。とはいえ、急いでいたらエリナやベルゼとも出会えなかったわけだから後悔はしていない。むしろ幸運だったのではないだろうか。

「どうしたの・・・?」

考え込んだロイを心配そうにエリナが覗き込んだ。

「ああ、いや。明日からきついなあ、と思ってさ」

「それはやだなあ。荷物減らしたといっても武器はまだ運ばなきゃだしさあ。2,3日かかるんだろう?もう寝ていいかい?」

ずっと会話に入れなかったベルゼがここでようやく喋った。ちなみにベルゼは狸寝入りもするが、よく寝ることも本当だ。

「でもまだ夕方よ?」

「甘いよ。明け方のうちに登っておくんだ。夜は危険だからね。明日は太陽が昇り始める前に起きたほうがいい」

ベルゼは知ったように言ったが、寝たいがための発言と取れなくもない。しかし、一応筋の通っている主張だったので、エリナは部屋を出て行った。

「・・・きついよ、山越えは。特にホーエンスはね」

ベルゼはベッドに横になり、天井を名残惜しそうに見つめながら言った。

「なんだよ、登ったことあんのか?」

「ああ、うん。・・・1年くらい山にこもって修業させられた。まだ大丈夫だと思うけど、冬場は本当にやばいね。雪がひどい。あと魔獣もいる。冬眠前の獣にも気をつけたほうがいい」

「修業?ディアボロスでか?」

俺はカリューだったな、と呟いた。ベルゼは「知ってる」という。

「ほんの3年前までね。その頃は七聖が足りなかったからその選抜さ。数十人で行くんだけど、無事に戻ってきたのは半分いたかな。冬の魔獣はこちらが凍えてようが関係なく襲ってくる。俺も3回・・・死に損ねたよ」

ベルゼは身体を起こして不敵に笑った。ロイは少し顔をしかめた。

「じゃあ慣れたもんだろ?きついことなんてないんじゃないか?」

「そうでもないさ。あの頃は生き残れば良いだけだったからさ。得意分野だしね。今度は重い荷物を背負ってだろ。・・・それに」

ベルゼは壁を見た。ちなみに視線の先の隣の部屋にいるのはエリナだ。

「怪我人もいる事だしね。・・・気付いてるだろ?」

「ああ」

気丈に振舞い、足の腫れも引いているが、痛くないという事もあるまい。もう少し休ませてやればいいのだが、本人を宥めるの限界だし、さっき言ったように資金も足りないし、時期的にもギリギリだしで、それもかなわない。

「あーあ、なんだかんだ荷物多くされるんだろうなあ」

ベルゼは再び体を倒して天井を見つめた。

「・・・仕方ないんじゃないか?」

頭だけ上げて、笑っているロイを見て、にやっと笑った。

「・・・だね」



流石に商業ルートとして使われている事もあり、道はそこそこしっかりしていた。これで一冬越えればまた雑草が茂り、かなり歩きにくくはなるのだろうが、そう考えればこの時期は最も道がきれいな時期なのかもしれない。

「大丈夫か、ベルゼ」

しかし、道が整備されている事と傾斜がきついことは無関係な訳で、つまりどんだけ道がきれいでもきついものはきついのだ。まだ日が昇りきっていないというのに、ベルゼは早速出遅れていた。案の定その背中には大きな荷物が積まれていた。もちろん前のほうを行くロイも同等の、いやそれ以上の荷物を背負っているが、それはそれ、筋力の違いが大きく関わってくる。

ちなみにロイは術を使っていない。フェルメロンに来る時にも使っていなかった。つまり、デフォルトでもそれだけの筋力があるわけで(もちろんきつくないはずもない。足りない分は気力でカバーだ)、ベルゼとしては言い訳のしようもない。

道で、結構多くの人とすれ違う。山の向こうから来た人や、狩猟や採集を仕事にしているものなど様々だが、彼らは皆軽装備だ。おそらくロイとベルゼもエリナの火器を除けばそれくらいにはなるのだろうが、あるものは仕方がない。

案の定、エリナの荷物は少なかった。2人に比べればないに等しい量だ。それでも2人は文句を言わなかった。

「ちょっと休憩しましょうか」

歩き始めてどれくらい経っただろうか、既に麓のフェルメロンは小さくなっていた。ベルゼとロイは荷物をどっかりと木陰に置いた。ともに座りこんで肩で息をしている。

「まったく、何の軍事訓練だよ」

ロイは不満を言ったが、返事はない。反論をしない分、申し訳なさを感じているのかな、と思いつつ顔を上げたが、単純に聞いてないだけだったようだ。エリナは麓で買った地図を広げ、ルートを再確認していた。

「やっぱり少し遅れてるわね。でもこのまま頑張れば夕方には小屋にたどり着けるかしら」

この山道では登山者のための宿泊小屋が用意されている。一応管理者はいるらしいが、ほぼ登山者が交代で管理をしているような場所だ。長い間かけてより安全を期すために考えられたのだから頭が下がる。

「あっ、ごめん。ちょっとトイレ。荷物よろしく」

そういってベルゼは道の脇森の中へ入っていった。エリナが後ろから「そういう事はレディに聞こえないように言いなさい!」と怒鳴った。



「・・・さて、もう出てきてもいいんじゃないか?」

ベルゼはギリギリ迷わない程度に森に入って、周囲に向かって声を上げた。姿は見えないが確信はある。それは確かに、ベルゼが19年間警戒し続けた人間の気配だ。

「おいおい。わざわざカモられに来てくれたぜ」

3人の男がベルゼを囲むように現れた。麓で聞いた話だが、最近ここでは追いはぎが出るらしい。

「俺たちを狙っていたろ?」

ニヤニヤと男達は顔を見合わせた。

「あんな大荷物で大変だろ?俺達が減らしてやるよ」

男の1人が言う。確かに減らしてほしいのはやまやまだが、そうもいかないから困っているわけである。大体減らしてもいいなら持って来ていない。ベルゼは荷物を置いていったらエリナがどんな顔をするのか想像してにやけた。

「なに・・・ヘラヘラしてんだっ!」

男が突然逆上する。どうやら相当忍耐力が足りないらしい。要カルシウムだとベルゼは思った。

「まあ、待て。まず1人、こいつをやる。次に探しに来た二人をやって、荷物を奪う。そう言う話だろう?ここで音を立てたら不審がられるぞ」

一人が言って、逆上した男を止めた。ただの荒れくれかと思いきや、ちゃんと考えているらしい。ただし、計画を立てられることと、それを実行できる事はまた別の話。

「俺としてはぜひとも俺たちをほっておいてほしいんだけどね。流石に荷物を持ってるときに襲われると分が悪い訳で。うーん、別にまあそうでもないか」

ヘラヘラしたまま言うベルゼにやはり男はこらえ切れなかったようだ。懐からナイフを取り出した。

「おい・・・っ!」

「いいだろ、口を封じりゃあなんだって。別に生かしておく必要はねぇ。むかつくんだよ、こういうやつ!!」

ナイフを振り上げる。随分と安物だな、とその刃を見ながらベルゼは息を吐いた。

―――絶叫。森の木々に止まっていた鳥たちが四方八方に飛んでいった。



「・・・ねぇ、今の」

悲鳴はもちろんエリナの耳にも届いた。ロイが頷く。

「俺が見てくる。エリナはここで荷物を頼む」

そう言って、ロイは森へ入っていった。ベルゼが消えた場所へ向かって。

ロイの消えていく姿を見ながらエリナは溜息をついて呟いた。

「随分と危険なトイレだこと」

もしかしたら緊急事態なのかもしれないが、エリナはあまり焦っていなかった。悲鳴がした森の方を見る。


「ところで誰の声かしら?」




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