表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
52/212

第18話  #3・・・・・・POISON! 1


最悪の状況を予想して駆けつけたロイが見たのは、狂喜乱舞する見慣れた人々の姿だった。

「ロイ~~!!」

突進してロイに抱きついたエレナ。肉体の疲労と、何より文化の差異での驚きからロイは後ろ向きに吹き飛んだ。まさに車に轢かれたような衝撃だった。

「あっ、ごめん」

満面の笑みで謝られたのは初めての経験だった。しかし、ロイはそれを咎めることなく微笑み返した。

「・・・ついに、やったな!」

ロイが見上げたその顔には笑顔と涙が浮かんでいた。

「うん!」

日の光をすかし、金色に煌めく髪が舞った。エリナは涙を拭うこともせず、ロイに手を差し出した。ロイは礼を言ってその手をとり、立ち上がろうとした。しかし、エレナのほうがロイのほうへ倒れこんできてしまった。どうやら安心しきって力が抜けてしまったらしい。

「・・・やっぱり、勝ったね」

2人は横になって砂を枕にし、眩しすぎる太陽を見上げていた。

「ん?」

「やっぱり生き残った。私たちは勝ったんだよね。国を守ろうって思う気持ちがカルタゴラに勝ったんだよね?」

「・・・・・・ああ、そうかもな」

ロイは太陽を見上げる。しかし、心は先ほどまでの事をずっと追っていた。自分たちは勝利した、と豪語できる自身がロイにはない。ディアボロスは本気で戦っておらず、ロイは敵に一太刀すらも浴びせていない。相手が消え去っただけで勝った訳じゃない。それに、最後のスナグモの言葉―――

『ドートリアは落ちた』

状況から見れば明らかに狂言。しかし、どこか腑に落ちないものがある。喉に小骨が引っかかっているようだった。

ロイは勢いよく起き上がった。エリナは怪訝な顔で体を起こした。前方から手を振り、駆け足でやってくるアレンに背を向け、砂漠に立つ黒い塔に向かって駆け出した。背後でアレンが自分を呼ぶ声はロイには聞こえなかった。

おかしい。

その思いをロイは振り払うことが出来ずにいた。この戦闘はそもそも報復されないためだとザバンが言っていた。仮にカルタゴラを諦めたとしても、中途半端な戦力で攻めて来る理由が分からない。普通なら圧倒的な武力で叩きのめすか、何もしないかどちらかのはず。それなのに、カルタゴラはドートリアに敗れる程度の軍を出した。

ロイの中にいやな思惑が浮かんできた。あの軍団は全ておとりだったと考えれば辻褄が合う。


「はあ、はあ、はあ・・・ちくしょう」

まるでロイの考えを証明するかのような穴が、壁に開いていた。大きさとしては人が縦に1人、横に2人は入れるくらいだろうか。穴に近づくと、いやな刺激臭が鼻を突いた。壁は壊されたというよりも溶かされている。ロイは唾を飲み、足を踏み出した。

異様な空気が肌を突き刺す。あたりに立ち込める刺激臭に、嗅覚は一瞬にして麻痺した。しだいに頭がぼーっとしてきて、進んでいるかもわからないほどの前後不覚に陥った。幸いにも奥のほうにかすかな光が見える。その光が近づいているから進んではいるのだろう。

「なんだ・・・ここ・・・?」

そのトンネルを抜けた先には広い空間があった。中心部には巨大な貯水池がある。少し考え、オアシスの水を溜めている場所だと理解した。しかし、それよりもさらに怪訝なことがあった。

「誰だ、お前!?」

貯水池を覗き込むようにして人間がうずくまっていた。頭から被っている布のせいで性別は分からない。背格好はロイより一回り小さいくらいか。

ロイの言葉で、うずくまっていた者がかすかに動いた。ロイは全身から警戒心を滲ませる。そのまま1歩近づくと、それはゆっくりと立ち上がってこちらを見た。

ロイの目では性別などまるで分からなかった。それには顔が無い。いや、そうではなく、仮面をかぶっていた。まっさらな仮面をかぶり、全身を覆う布の下はミイラのようにしっかりと包帯が巻かれていた。皮膚の見える箇所はない。そして、それはおもむろに自分の仮面に手を伸ばした。

その顔もやはり包帯でぐるぐる巻きにされていた。唯一見えるのは両の目だけ。左目はきれいな淡い紫色をしているが、右目はぼんやりと霞んでいる。そして、それは口元を、正しくは口がある場所の包帯をゆがめた。にやりと。にんまりと。


ウウウウウウ


「!!」

突然鳴り響いたサイレンにロイは驚く。2人の間にある緊迫した空気を加味すればなおさらだ。しかし、相手はまるで驚いた様子も見せず、透き通る左目はじっとロイを見つめていた。

「ここで何をしている!」

少しして、ロイが通ってきた穴から2人の軍人が現れた。ロイには見覚えが無かったが、結構若い。その二人は銃を相手に向けたままゆっくりと近づいた。

ロイは緊迫した空気に縛られているかのように身動きが取れなかった。というよりも身動きを忘れた。動物としての本能がその者に近づくことを許さなかった。だから、制止する事が出来なかった。無用心に近づく2人の男。その男たちを見る紫色の左目がまるで蛇のように光った瞬間に、二人を助けることができなかった。

素早く動いた訳でもなく、力強く踏み出したわけでもない。一瞬後、その者は2人の男の目の前にいて、2人の口内に指を突っ込んでいた。

「・・・がっ!?」

ほんの一秒後、ゆっくりと3歩下がった。2人は怪訝な顔をしてお互いに顔を見合わせ、しかし銃を構えた。その瞬間―――。

「う・・・あ・・・い、息が・・・・・・」

1人がそう声を絞り出し、倒れた。二人目も同じようにして倒れる。二人とも白目を向いたまま痙攣していた。

2人を見下ろす目は笑っていた。口元の包帯も笑顔の形に歪んだままだ。両手の指の包帯がほどけていた。そこから覗く皮膚はどす黒い痣がまだら状に走っている。そして、それはすぐさま顔をあげ、ロイを見る。

「!!」

だが、ロイは一瞬のうちにその姿を見失った。ロイはキョロキョロと辺りを見回す。いつの間にか額からは大量の汗が溢れていた。暑さから出るものではなく、蛇に睨まれたかのような大量の冷や汗だ。


「七聖#3、バシリスク」


高く澄んだ声で囁かれた。ロイのすぐ後ろ。胸がロイの背につくぎりぎりの近さにいた。ロイは身動きが取れない。バシリスクと名乗った女性は、子守唄のような声で続けた。

「・・・殺していない。お前も殺さない。・・・・・・・・・毒で死ぬのは」

子守唄を一度切る。左手を背後からロイの目の前にかざした。瞬間、ロイの意識が遠のいた。

「―――苦しいだろう?」

視界が暗転した。全身から一気に力が抜けた。全ての皮膚の感覚が消えた。

そして、ロイの意識はそこで潰えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ