第1話 ロイ=クレイス 3
目が覚めると、室内は窓から差し込む夕焼けの赤に染まっていた。見慣れない天井を見上げて、見慣れない狭い部屋を見まわした。しばらく考え、昨日何があったのかを思い出した。
ベッドから体を起して逡巡する。前にベッドで寝たのはまだ幸福だった時だったか。思い出してももう涙は出なかった。それは時間が経過したからなのか、心が死んでしまったからなのか、自分ではわからない。
ただ、思い出される言葉があった。ギンと名乗った怪しげな男の言葉、ロイに生きろと焚きつけた言葉。だから、とりあえず生きておこうと思った。
「足、いて・・・」
じっとしていることが嫌いで普段から走り回っているのに、両足に体重をかけようとした途端に筋肉が悲鳴を上げた。痛みをこらえながら立ち上がると、倒れるようにして外開きのドアを開けた。
ゴンッ
何か固いものに当たったらしい。まさか壁があってちょっとしか開かないようになっているのか?設計ミスか?と思い、ドアノブに体重を預けながら少しドアを引いて外を見た。
「誰っ!?」
そこには筋骨隆々の大木の様な男が立っていた。どうやらドアは壁ではなく、この男の額に当たったらしく、男は無表情で額をさすっていた。顔は怖い。生まれてこの方、ロイが人の顔を怖いと思ったのは初めてだ。
「どうしたオルソー?」
右の方から野太い声が響いてきた。そして顔をのぞかせたその声の主を見て、ロイは目を見開いた。
「お、同じ顔だ・・・・・・」
双子という概念を知らなかったロイにとって、その光景はホラーだったらしい。しばらく男を指差したまま固まっていた。
額をさすっていた男は何も言わずに歩きだしたので、ロイは何となくその後をついていった。
真ん中に大きな木造りのテーブルがある部屋だった。テーブルの上にはランタンが1つだけ置いてあり、火が灯っている。この部屋には夕日は差し込んでいない。窓は東向きなのだろう。
「やあ、ロイ君。おはよう・・・というにはもう夕方だね。この場合はなんて言えばいいのかな?」
大きな机に座っていたのはギン。そしてその横に座っていた男の顔を見て、ロイは意識を失いかけた。
そう、彼らは世にも珍しい3つ子というやつだったのだ。
「この子はロイ君。戦利品だ」
軽く咳払いして、ギンは言った。男たちはそれぞれ椅子に座った。ロイの目の前には太い丸太があったので、とりあえず腰かけてみた。反応を見る限り、間違ってはいなかったようだ。
「もう少し売れそうなガキはいなかったんですか、お頭?」
ギンの隣に座っている男がにやにやと笑いながら言った。同じ顔だが、先ほどオルソーと呼ばれた男とは表情が全く違う。オルソーは一言も喋らないし、仏頂面のままだ。
「これじゃあいっても5万ピークルがいいところだ。ま、好き者の婦人なら買ってくれるでしょうが」
ピークルと言うのはザイガの星共通の通貨らしい。らしい、というのはボンゴでは貨幣経済そのものが成り立っていなかったので、ロイはお金と言うものを見たことがないからだ。だからそれがどれくらいの価値なのかもわからない。
「えっと・・・買うって・・・?」
徹頭徹尾、話が全く見えてこない。
「冗談だよ」
ギンはくすくすと笑った。4人の中で唯一顔の違うギンは恐らく3人よりも若い。だが隣に座っている男が少しだけ丁寧な口調で喋っていたのが気になった。
「じゃあお頭、やっぱ戦利品は食料だけですかい?」
倉庫の中の食糧をギンはまとめていた。戦利品というのはおかしいが、あれは火事場泥棒のようなものなのだろうか。ロイは更に警戒心を強める。
「う~~ん、労働力、かな?」
「は?」
ロイは首をひねった。さっきから話がなに1つ見えてこない。
「あ、ごめんごめん、言うの忘れてたよ。いや、君がずっと暗い顔をしてたからなんか独りになりたいのかな~と思ってさ、こっちも話しづらかったんだけどね。まあ元気になったみたいだから大暴露大会催しちゃおうかな、うん。実はだね、私たちは盗賊なるものをやってるんだよ。あっ、でもとって食わないから安心していいよ。その代わりにちょっとやってほしい仕事があるんだ」
昨日、ここに来るまでまったく喋らなかったギンが矢継ぎ早に話し始めた。あっけにとられたロイは、ギンの言葉を全て理解するのに相当時間がかかった。
「盗・・・族・・・?」
ボンゴに足を踏み入れた理由。カリューに住んでいるわけ。そして何のためらいもなく倉庫から食料を持ち出したこと。確かにつじつまは合う気がした。唯一合わないのはロイがここにいる理由だけだ。
「それはつまり、生かす代わりに盗賊の片棒を担げと・・・?」
「うんそう、決定。じゃあよろしく」
ギンは目の前で手を汚してまで生きることを選択すべきか迷っているロイを無視して勝手に決定した。
「えと、こっちからヘルゲン、アンゴラ、オルソー・・・だよね?」
「正解です」
応えたのはヘルゲンだけだった。
「で、早速仕事なんだけど」
「えっと、ちょっと・・・ちょっと、待ってください」
ロイはあわてて声を上げた。
「ああっ、ごめん。・・・ロイ、君は僕たちについて生きるか、それともこのままのたれ死ぬか・・・どっちを選ぶ?」
銀は極めて愉快そうに笑いながらロイを見た。
3人が「違うだろ」という目でギンを見ていた。
ロイは混乱する頭の中で、昨日ギンに言われた言葉がくり返していた。
『お父上は最期になんと言ったんだ!何を願ったんだ!生きるんだよ!君は死んだか?生きてるだろう!君が生きなきゃ誰がお父上の勇姿を讃えるんだい?誰がその勇敢な魂を受け継ぐんだい!?』
心は既に決まっていた。丸太から立ち上がって勢いよく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
何があっても、とりあえず生きてみようと思った。それに、なんだかギンなら信用していい気もしたのだ。
その言葉を聞いて、ギンはニッコリと笑った。
「よろしい・・・ようこそ我らの家へ。で、早速仕事の話だ」
「な、なにをすればいいんですか・・・?」
恐る恐るロイは尋ねる。盗賊という事は犯罪者だ。危険も冒すし悪いこともしなければならないのかもしれない。しかし、そんなロイの不安をよそに、ギンの解答は実に単純明瞭なものだった。
「う~~~~ん・・・・・・雑用?」