第14話 砂漠の要塞 4
翌日は基礎訓練だった。新人は地下1階の訓練場に集められ、重い荷物を担いで走っている。走る距離は決められておらず、ただひたすらに走らされる。先の見えない苦痛により、22人の新人軍人のうち、8人が脱落していた。ロイの仕事は脱落者の救護の補佐だ。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・」
脱落者の中にエリナはいなかった。14人がまとまって走っている中、遅れることなくついていく。苦しさに表情は歪んでいるが、それでもなお食らいついている。
また1人、隊列から後れを取り、その場に倒れ込んだ。ロイが駆け付け、荷物をはぎ取り、水を飲ませた。
「よし、やめ!」
上官の声とともに隊列の走行が徐々にゆっくりになった。残る13人は荷物をひとまとまりにすると、しばらくジョギングしたり、歩いたりと足に疲労が蓄積しないようにする。
「おつかれ」
ロイが1人づつに水を配る。配られた水は一瞬にして消え、「おかわり!」という声がそこここから上がった。
「20分休憩後、筋力トレーニングに移る。それまでに荷物を片付け、整列しているように。どちらかを怠ったらもう一度走らせるからな!」
力強い返事が返る。その隙にロイはもう一度水を汲んだ。
「ハァ、ハァ・・・ロイ、見てた?」
エリナが息も絶え絶えに言った。
「ああ、見てたよ。なんか必死な顔してたな」
ロイがそう言うとエリナは顔を真っ赤にした。
「体力が戻ったら八つ裂きにしてやる」
そんな怨みの言葉をロイに投げかけた。ロイは「冗談だ」と言い、水を渡した。
「相当厳しい訓練を積んでるんだな」
ロイだって一緒に訓練を受けろと言われればもちろん達成できる自信はある。“熱”の術者は体力がものをいうため、カルコンには徹底的にしごかれたのだから。だが、余裕でこなせるかと言われれば首を振らざるを得ない。
「新人は基本的に伝令係なの。砂漠だと余計に体力も奪われるから体力は大事なのよ」
ロイは納得して頷いた。戦争というものを直に見たことはない。決して見たいとは思わないが、とにかく基礎体力が必要というわけだ。
「荷物、持ってくぞ」
ロイは空いたコップを受け取り、荷物を担いだ。中には砂袋が入っているようだ。慌ててエリナが立ちあがり、それを制する。
「ダメ。片付けも含めて訓練だもの。ロイは倒れたみんなの介護をお願い」
そう言うが早いかエリナは荷物を背に担いで歩いていった。その後ろ姿をしばらく眺め、ロイは救護の手伝いに行った。
20分後、上官の前に13人が整列する。結局9人は脱水症状を起こし、隅の方でぐったりとしたままだ。
ウウウウウウウウ
突然だった。心臓を鷲づかみにするようなサイレンの音が訓練場に響き渡った。
「カルタゴラ軍だ!!」
誰かが声を上げた。
「総員、戦闘準備!!」
上官の恫喝で、一瞬のうちにざわつきが収まった。全員疲れなど微塵も感じさせない動きで走って行く。
「ロイ、早くっ!!」
その背後で、ロイは立ち尽くしていた。ぼーっとではなく、整然と立ち尽くしていた。
「どうしたの?早くしなきゃ!!」
ロイは小さく首を振る。隊員は全て訓練場から消えていた。倒れていた新人も動いたようだ。残っているのは広い空間に向かい合うロイとエレナの2人だけ。焦るエリナに向けてロイは言った。
「俺は戦わない」
エレナは信じられない、という顔をしてロイを見た。ロイは口を開く。
「戦争をしているって話を聞いてからずっと考えてた。分からないんだよ。俺は何と戦えばいい?・・・人間と戦うのか?何のために?・・・魔物と戦うのか?人間に操られてるだけなのに?なあ、エリナ。教えてくれよ。お前は一体何のために戦うんだ?」
ボンゴで魔物に家族を奪われ、カリューでカルコンに裏切られ、ケムトでシュートとともに共存しているリートと出会い、ガルガイアで仲間を守るために戦ったものたちを亡くし、そして―――
―――ドートリアで操られているだけの魔物を殺すのか?
それは矛盾だ。今のロイには自分の敵は魔物なのか、人間なのか。その立ち位置がわからない。色々な立場の人と出会い、様々なことを知ってなお、あるいは知ったから、自分の進むべき身とを見失っていた。
「知らないわよ、そんなの。やらなきゃやられる。戦わなきゃ故郷を失うのよ!?」
「・・・それは人間のエゴだ。自分達のために幾多の命を殺す。それは本当に正しいことなのか?」
エレナは火がついたように叫んだ。
「関係ないのよ。身近にいる人、身近にあるもの。それを守りたいと思うのが人間よ。少なくとも私にとって、ドートリアを守るのに理由はいらない!!」
ボンゴを失ったときはそう思っていた。あの時力があれば、なんて後悔は山ほどした。けれど、その後悔に意味はなかった。ボンゴはもうないのだ。そして極めて冷静に、ロイは口を開いた。
「・・・俺の故郷は魔物に滅ぼされた。確かに俺は魔物を怨んでるけど、それ以上にその魔物を操り、故郷を奪ったやつらのことも怨んでいる」
リーエンが言った死に際の一言。憎しみに囚われてはいけないということ。だが、そんな事は到底無理だ。何度心から排除しようとしても憎悪は消えることはない。
「そして、その頂点にいるのは俺の師匠だ。師匠は魔物を憎んでいる。でもさ、俺にはその気持ちが分かるんだ。確かに魔物は操られていた。でも俺は魔物より人間を殺したいとはどうしても思えない」
冷静なはずなのに、頭は何も考えていなかったらしい。なぜこんなことを口走ってしまったのか、自分でも答えが出ない。そんなロイに対して、エレナは不機嫌そうな面持ちで口を開いた。
「知らないわよ、そんなの!」
「・・・・・・」
見事なまでの一蹴っぷりだった。ロイは絶句する。
「そんな過去をずるずるずるずる引きずって何になるの!?大切なのは今なんだよ!?そのときのあなたと同じような立場のあたし達を見捨てるの!?」
エレナは目を潤ませている。ロイは何かを言おうとして・・・言えなかった。
本当は気付いていた。今のドートリアは1年前のロイとまるで同じ立場であると。しかし、考えれば考えるほど怖かった。同じように失ってしまうのが。自分が無力だと考えてしまうのが。自分の存在に意味が無いと気付いてしまうのが・・・。
「もういい!!」
エレナはロイが後ろにひっくり返らんばかりの大声で叫ぶと、踵を返し、隊員たちの背中を追っていった。
ロイは1人立ち尽くす。今度は呆然と立ち尽くしていた。