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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
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第14話  砂漠の要塞 3


「ちょっと!弾の補充まだなのー!?」

周りの銃声に負けじと張り上げた声が響いた。噛み殺したような笑い声は銃声に負けて聞こえないが、笑っていることは表情で見て取れる。一律に正面を見据える隊員たちの背後を、ロイは大またに歩いていた。その額には大粒の汗が滲み、髪の毛が頬に張り付いている。顔を拭いて、髪を整えたかったが、両手を塞ぐ重い荷物がそれを妨げていた。

そこはドートリアの1階、軍用訓練施設の一角だった。軍人たちが横一列に配備された仕切りがあるだけの個室で、正面にある的を狙って撃つ。射撃の訓練だ。

「はいよ!!」

ドスンと言う音とともに地面が揺れてエリナの標準が乱れた。的から目を離し、顔を上げると額に怒りマークを出さんばかりの表情でロイがエリナを見ていた。汗が溢れ出ていて、軍用のシャツに汗の地図を描いていた。

「遅いじゃない」

そんなロイの怒りを無視し、再び的に注目しながらエリナが言った。その発言を聞いてロイの怒りがピークに達した。

「大体なあ、お前しっかり狙えよ!!弾の消費量が他のとこの4,5倍はあるぞ!!」

ロイが無造作に転がっている大量に空薬莢を指差しながら言った。もはや足の踏み場もない。エリナはもう一度顔を上げ、口元を吊り上げ言った。

「あら、『お前』なんてやめてくださる?ここではスタンフィーナ三等兵よ。それにあたしが撃つのが早いのは、反動をうまく流しているってことでしょう?」

仕切りの向こうでくつくつと笑う声が聞こえる。ロイは壁をドンと蹴ったが、それでも笑い声は止まない。こんな銃声の中でも、人間は自分を小ばかにする声は聞こえるものだ。

「・・・・・・」

ロイは前を見据えるエリナを見下ろしている。狙撃用の銃で連射しているように次々に引き金を引き続けるエリナは、速射ならば№1だろう。ただし、的に当たらなければそれは戦闘の能力ではなく、無駄遣いの能力だ。

連射に次ぐ連射。一度標準を外し、もう一度標準を合わせても当てるまでに10発はかかる。9発の無駄弾を使って微妙に修正しているのだ。さらに、的に当たりだしてからも反動のせいでそのポイントは乱れに乱れている。

「・・・ちっ、当たらないわね。壊れてんじゃないの、この銃」

そうブツブツ言う声に、ロイは大きな嘆息を漏らした。

「・・・溜息がうざい。私の幸せが逃げたらどうするのよ」

エリナはロイの方を見向きもせずにイライラしながら言った。

「幸せは自分で掴みとるもんだ。逃げたらまた捕まえればいい」

そう言ったロイに、言うじゃないと一瞥もせずに返すと、また連射ショーが始まった。傍目から見てるといらなくなった弾の処分にしか見えない。事実、先ほど話した他の隊員も似たようなことを言っていた。

「ちょっと貸してくれ」

突然の申し出にエリナはロイを目を細めて一瞥すると、口を開いた。

「へえ、撃てるの?」

「引き金を引いたことぐらいはあるさ。それに弾の無駄遣いするほどは撃たない」

地面を覆う空薬莢を足で転がした。エリナは何か考えるようにすると、いいわと言って場所を譲った。

さっきから口うるさいこの少年を黙らせるには銃の扱いが見た目よりも難しい事を教えるのが一番だと考えたからだ。

しかし、銃を構えるその姿はなかなか様になっていた。実はロイはケムトでグリンに銃の訓練を何度かさせられたことがあった。反動の感覚と体が動かせないことが嫌で、ロイはあまり好きではないのだが。

ロイは目を細め、標準をあわせた。距離を目算し、銃口のだいたいの角度を計算する。

エリナのように感覚ではなく、理詰めで標準をあわせていく。

引き金を引いた瞬間、何かが背骨を這うような恐怖にも似た感覚がした。銃声が鳴り響き、硝煙が鼻につく。

「・・・・・・っ!」

それもようやく収まって、正面を見ると、人の形をした的の右胸の位置を弾痕が貫いていた。

「・・・・・・」

顔を上げてみたエリナは絶句していた。

「・・・・・・どうよ?」

そういってエリナに銃を手渡す。エリナはプイっと横を向いた。

「・・・な、何よ。あんなに時間かかってたらその間に殺されてるわよ!!」

目が泳いでいる。どうやらロイをけなして優越感に浸り、なかなか当たらない苛立ちをぶつけるつもりだったようだ。

「・・・当たらないよりはいいだろ?」

肩をすくめて言う。むっと頬を膨らませていたエリナは息を吐いた。

「それもそうね。・・・ところでロイ、どこで習ったの?」

話をそらしたようにも思えたが、ロイが簡単に説明するとエリナは恥ずかしげに目をそらしながら言った。

「ちょっと教えてくれないかしら。あたしどうも狙撃が苦手で。機関銃なら腕はいいって言われるんだけど・・・」

やはり少しは気にしているらしい。エリナはチラッと上目遣いにロイを見た。

「ああ、いいよ」

同時に仕切りの向こうからヒューと口笛がなった。ロイはエリナにちょっと待ってくれ、と言うと、怪訝な顔をしているエリナを置いて仕切りの隣りへ行った。

「うっせー」

隣にいた男はへらへら笑いながらも、左手で『ごめんごめん』とポーズを取った。同時に近づいてロイの耳元で囁いた。

「なかなかいいアタックだな。だが、エリナは手ごわいぞ。もう同期の男を5人ほどフってるからな」

「そんなんじゃねえ!」

ロイは隣のエリナに聞こえないギリギリの声を張り上げた。

「ははっ、いや冗談冗談。・・・だけど気をつけろよ。スタンフィーナ少佐が黙ってないからな。まあ、頑張って教えてやれよ」

「だからっ!」

今度の声はエリナに聞こえたらしく。ひょこっと顔を覗かせた。

「どうしたの?」

「いやいやいやいや、なんでもないなんでもない」

ロイと話していた男が実に楽しそうに言った。この男の名はアレン。ロイの泊まっている部屋の隣の男で、本人曰く『エリナに振られた同期№1』らしい。なかなか気のいい男だが、実はかなり優秀なのだそうだ。自分でそう言っていたので信憑性は薄いのだが・・・。

「・・・ロイ、早く!」

エリナはロイの腕を掴んで引っ張った。アレンに言われて意識してしまったからか、手袋を外したその手に触れられた部分が術を使っているわけでもないのに少しだけ熱くなる。引っ張られていくロイにアレンが手を振った。



「つかれた・・・・・・」

部屋に戻ると何も考えず、ベッドに倒れこんだ。結局、一日中エリナの銃撃練習に付き合わされることになった。耳当ては使っていたはずだが、なれない発砲音が耳に残っている。ドアを閉める音まで轟音に聞こえるし、視界がクラクラと揺れている。

「・・・雑用の方が楽だったかも」

唯一の救いはエリナがもの凄い速度で成長してくれたことだろうか。これで進歩なし、では報われない。疲労感は波のように襲い掛かってきて、もう少しでロイの意識が睡魔に全てを委ねそうだったが、ドアを叩く音がそれを遮った。

「おーい、飯だ、行くぞ!」

通路に出ると、アレンが立っていた。不敵な笑みを浮かべている。ロイが歩き出すと、横に並んだ。

「しっかし、おいしいよなあ。あのエリナ相手にマンツーマンで指導できるなんて」

不敵な笑みの中に憎しみがこもっている。ロイは舌打ちをしてアレンに睨みを利かせた。

「・・・勘弁してくれ。今日一日で身に受けた数々の逆切れを思い出しそうだ」

アレンがふき出した。

「ははは、お姫様はじゃじゃ馬ですか、王子様?」

いつもなら突っ込みどころ満載な発言だが、生憎今のロイにそれをこなす体力は無い。無視した。

「明日の訓練はなんだ?」

てっきりムキなると思っていたアレンは肩透かしをくらい、肩をすくめた。

「明日は基礎トレーニングだ。残念だったな。エリナのお手伝いはできないぞ」

どんだけ根に持ってんだこいつ、と言いたい気持ちを抑えた。だが声を荒げたら面白がるだけだ。ロイは顔を上げて首をもんだ。ずっとしゃがんだ姿勢のまま顔を上げていたので、相当凝っていた。


「そういえばさ、お前どこ目指して旅してんだ?」

夕飯をスプーンですくいながらアレンが尋ねた。ロイは口に頬張ったものを飲み込み、もう何度もした答えを繰り返した。

「とりあえずバーカギルが最終目標かな。色々世界を見て回れっていわれているけど・・・」

「誰に?」

そう聞かれて言葉に詰まった。恩人、というのが一番ピッタリなのだが、それを言えば、自分の身の上まで話さなくてはいけない。

「・・・先生。あとは、今は亡き戦士かな」

アレンは半分納得、半分疑念の顔でうなずいた。ロイは話を逸らそうと、かねてからの疑問を口にした。

「カルタゴラって強いのか?」

アレンは何か言いたげな様子だったが、真剣な顔をして言った。

「強い。お前、M-492Fを倒したんだってな。なぜかエリナに自慢されたよ」

にやっとからかうように笑う。ロイは苛立ちを抑える。

「だが、カルタゴラの戦力はそれだけじゃない。数年前、ディアボロスが手を貸してから、機械化魔獣が量産されるようになった。それに、何でも奴等は奇妙な妖術を使うらしい」

奇妙な妖術とは間違いなく精霊術のことだろう。ロイはカルコンの側近、リックの顔を思い出した。光の屈折、反射を操り、人の視界から自分の存在を消す。どこにいるかもわからず、ゆえにあらゆる攻撃を回避でき、気付かぬままに攻撃できる。確かにあの力は強大だ。

「そういえばエリナがお前もありえない動きしてたって言ってたけど?」

アレンは銀色のスプーンでロイをびしっと指した。行儀が悪いので、ロイはアレンの手を払った。

「ただの筋力だよ。鍛えれば誰にもできる」

肩をすくめるが、どうやら騙せなかったようだ。アレンは「まあ、お前が何者かなんて今に始まったことじゃねえか」と呟きながら、残ったカレーを胃に流し込んだ。

「だけどっ!」

ガシャン、と皿をテーブルに置いた。本当に行儀が悪い。こいつの親は何をしていたんだと思ったが、言わないでおいた。

「俺たちはお前のことを信じていいんだよな?」

いつもとはまったく違う。アレンの目は真剣そのものだった。ロイは少し威圧されたものの、微笑を湛えながら答えた。

「俺はただのしがない旅人さ。お前達を騙す度量なんてない」

「・・・そうか」

ロイが断言しなかったからか、アレンはいまだ不審そうにしている。しかし、ロイにはその不審感を拭い去ることは出来ない。なぜならば、自分が敵か味方かなんて、ロイ自身にもわからないのだから。それを知るためロイはカルコンを目指しているのだ。

「・・・ただ、カルタゴラなんて国に行った事がないのは確かだ。それは本当だから信じてくれていい」

ロイはアレンの目を見つめ返した。青い目がこちらをのぞきこんでいるが、しばらくすると目を閉じた。

「・・・わかった。今のところお前を信用しよう。スパイには見えねえし。一応ずっと見張ってはいるしな」

「そうなのか?」

「あれ、気付いてなかったのか?・・・お前が国を歩く時は常に誰かが側にいたろ?それが今は俺だって事だ」

「・・・随分警戒されてんだな」

ロイは人ごとのように呟いた。確かに、こうして周りを見ると、軍人たちの目がこちらに注がれているのがわかる。その視線は喋ってしまったアレンへの非難も含んでいる事もわかった。

「不快に思ったのなら謝るよ。でもこっちも戦争してるからな」

「いや、かまわねえよ。そんな長居する訳じゃねえし。ていうかそれって俺に言っちゃダメなんじゃなかったのか?」

「あ、やべ」

慌てるアレンを見て、ロイはにやっと笑った。アレンもにやりと笑い返す。



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