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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第1章 旅立ち
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第1話  ロイ=クレイス 2

それからどれくらいの時間が経ったかわからない。ロイは倉庫の中の物を何とか喉に押し込み、何日かをそこで過ごした。

涙が止まらなかった。父親はもうこの世にはいない。その事実がロイの孤独感をさらに加速させた。扉には鍵がかかっていなかったが外に出ることはなかった。ガイの話では母親や村民の何人かはまだ生きているはずだ。ならば貯蔵庫にある食料は不可欠なものなので必ずこの場所は外から開けられる。開かないという事は周囲に誰もおらず、まだ安全ではないという事なのだろうと考えた。

涙がようやく収まったころ、1人でいることに限界を感じてゆっくりと扉を開けた。避難所から戻ってきたみんなが復興作業をしているかもしれない。そんな期待をこめながら―――


「なんで・・・。なんでなんでなんでなんで!」


―――そこには何も残っていなかった。まるで知らないどこかに迷い込んでしまったように、何も無い世界だった。


「どう、して・・・・・・」

真っ白な世界。そこにたたずむのはロイ一人。

「どうして!!」

 ロイは膝をついた。さっき抱いた期待はただの虚構だった。世界と同じくそんなものはどこにもなかった。

―――村は無かった。ロイが15年間暮らした家も、桟橋も、剣の稽古をした林も、みんなが働いていた港も、みんなが避難しているはずの遠くの離れも・・・。全てが、この世界から削り取られていた。残ったのは、白い砂と白い塔、そして肌の白い自分だけ。

既に枯れたはずだった涙が再び流れ出す。

―――白い世界は慟哭に包まれた。



「やはり何も残っていないか・・・」

一人の人間がボンゴの跡地を眺めていた。紫に近い黒いローブを頭から爪先まですっぽりと被っている。

その人間が海のほうへ向かって歩いていくと、真正面に白い建物を見つけた。

「なんだ、やっぱりあるじゃないか。」

そう呟きながら建物に近づくと、そこには少年がうつ伏せに倒れているのが見てとれた。

「おい!」

男は駆け寄り、少年を抱きかかえた。息はちゃんとしている。ローブの人間は安堵の吐息を漏らすと、少年を建物を背もたれにして座らせた。

「うっ」

少年は苦しそうに顔をしかめると、目を開けた。その少年の目に男は少し戦慄する。少年とは思えない、一片の光も見いだせないような闇色をしていたからだ。

「おい、水だ。・・・飲めるか?」

男は懐から水筒を取り出し、少年に飲ませた。

少年は掠れたか細い声で何か問いかけたようだったが、男には聞こえない。

「立てるか?」

男が顔を覗き込むようにしてそう尋ねると少年は小さくうなずいた。男は少年を立たせると塔の下にあった空間に少年を担ぎながら入っていった。どうやら村の備蓄庫のようだった。ものが散乱している。

砂が入らないように扉を閉めると、少年の方に振り返った。

「私の名前はギン。ここの北の山、カリューに住んでいる者だ」

そういって、ローブのフードを取った。金色の髪に青い目をしている。顔は少年が今まで見たこともないほど整っていた。

「君は・・・ボンゴの者だね?名前は?」

少年は頷いた。

「ロイ=クレイス」

言葉にも表情にも目にも何の感情も見いだせない。

「ロイ君・・・か。君はどうして助かったんだい?」

ロイはかすれる声で静かに話し始めた。突然、空飛ぶ魔物に襲われたこと、父親が村を守る為に古代兵器を爆発させたこと、そのせいで村人も村も消し飛び、後には自分とこの塔だけが残ったこと。

その話はロイが主人公のはずなのに、なんの抑揚も感情もなく、まるで遠い昔の伝説を聞いているようだった。

「当てはあるのかい?」

ロイは落ちくぼんだ目をギンに向けると首を横に振った。ボンゴは南を海、あとは山に囲まれた土地で、完全自給自足の生活をしている。ロイはこの村から出たことすらない。他の村人もボンゴ以外に知り合いもいなかったはずだ。

「わかった、それじゃあ、私についてきなさい」

ギンは言って立ち上がった。ロイに向かって手を伸ばす。

「どうしてですか・・・?」

乾いた唇がかすかに動く。いや、かすかにしか動かせなかった。

「多少の衣食住は面倒を見てあげる。体が回復したらカリューより北の街に行けば最低限生きていくくらいはできるだろう」

「生きて、いく・・・・・・?」

ギンの目が鋭くなり、ロイを睨むとロイの胸倉をつかみ、持ち上げた。つま先が浮いている。苦しくはないが、身動きは取れない。何が起こっているのか理解するよりも先にギンの口から叱責が発せられた。

「お父上は最期になんと言ったんだ!何を願ったんだ!生きるんだよ!君は死んだか?生きてるだろう!君が生きなきゃ誰がお父上の勇姿を讃えるんだい?誰がその勇敢な魂を受け継ぐんだい!?」

ロイの目から、またしても涙が溢れた。すっかり痩せこけてしまった頬に涙が伝う。

「わからないよ・・・。なんで、どうしてこんなことに・・・・・・」

ギンはロイをゆっくりと床に下ろし、持っていた水を再び与えた。

「さあ急ごう。いつまた魔物がくるかわからない。とりあえず、この倉庫にも食料や路銀はあるはずだ。ぐずぐずしている暇はない」

そう言って、倉庫を物色し始めた。品の選別の手際のよさをロイはぼーっと眺めていた。

「さあ、出発だ」

しばらくして、倉庫の中のものを結局ほとんど背負い、笑顔とともにギンは言った。



カリューの山は、それほど高いものではない。しかし、途方もなく広く、草木が生い茂っていて人はなかなか通らない。ガイも若い頃に登ったことがあるらしいが、途中で帰ってきたそうだ。山を越えた向こうにあるという麓の町までの道のりの半分ぐらいは行ったらしいが、それでも丸2日かかったという。

ロイはギンの大きな歩幅に四苦八苦しながら歩いていた。途中見たこともない獣や蛇、虫など様々な生きものがいたが、ギンは気にしていなかったので、恐らく害はなかったのだろう。ただ、山に入る前に、大きな牛みたいな生き物を見たら即座に伝えるように言われた。ギンはそれ以外にはほとんど喋らなかった。ロイも喋る気はなかった。

ボンゴを発ってから丸一日。そこについたときにはギンの表情も見えないくらい辺りは暗くなっていた。

家があった。ロイの家と同じぐらいの大きさだ。丸太でできていて、結構頑丈そうなつくりだった。

「ただいま」

不思議なことにこの家に扉はない。奥を見れば部屋らしきものはあるが、大きな机やいすが置いてある場所は屋根があるだけで、吹き抜けになっていた。

「あれ?誰もいないのか。しょうがないな」

口ぶりから、2人以上の人間がほかにもいることが窺えたが、今のロイにはそんなことに気づく余裕はなかった。山登りで体力がないのはもちろんだが、それよりも気力の方が底をついていた。

結局、一番奥の部屋を案内され、そこにあったベッドに倒れ込み、気を失うようにして眠った。



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