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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
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第11話  戦士の村 2



「おーい、見張り役交替だ。二人とも休んでくれ」

村の中心にそびえる見張りやぐらの天辺に、二人の男がいた。その二人は下から自分たちを呼ぶ声に気がつくと、はしごを降りた。

「ようやくかぁ」

二人は一度ロイを一瞥し、リーエンを見る。耳元でぼそぼそと何か言うと、リーエンは頷いた。リーエンと掌を叩きあい、二人は去っていった。

「さあ、行こうか」

リーエンは先にロイにはしごを昇らせた。木製のやぐらは足をかけるたびにぎしぎしと音を奏でるが、しっかりとした作りなようで、ぐらつくことはない。

頂上に着くと、そこは下から見上げるよりもずっと高かった。辺りを見渡すと、森が村を取り囲んでいる様子が良く見える。なるほど、これならどこから魔物がやってきても大丈夫だ。

「ここ最近、3日に一度くらいのペースで魔物が現れる。大体が先ほどの種族だ。よっぽどこの土地が欲しいらしい」

ロイは相槌を打ちながら周囲を見渡す。日は既に沈みかけ、世界は赤々と照らされている。魔物の陰は見えない。

「この土地を何の為に襲うのか、詳しいことは分からないけど、もしかしたら人里はなれた村は魔物の標的になっているのかもしれない」

リーエンはロイの方を見る。夕焼けの光を孕んだ風がその髪をなびかせている。ロイは夕日からリーエンのほうへと目線を移した。

「・・・俺は、そう思う」

リーエンは押し黙った。先ほどは故郷を滅ぼされ、たいそう落ち込んでいるただの子どものように見えた。しかし今は真実を受け入れ、立ち向かう戦士の目をしている。果たして自分がその目ができるようになったのはいつからだっただろうか。少なくともロイの年齢よりもずっと後になってからだ。

「魔物が知恵を持って人間の反撃を避けていると?」

ロイは頷く。夕日はいまだその右頬を照らし続けていた。

「魔物は言語を覚えるし、会話もできる。もしかしたら人間以上に知能が高いのかもしれない」

リーエンにも心当たりはあった。確かに魔物には人間のように偵察を行ったり、集団を組んだりと計算高いところがある。

「しかし―――」

そのとき、ロイの頬に陰が走ったのをリーエンは見逃さなかった。慌てて太陽の方を見た。

「魔物だっ!!」

それも先ほどのような単体ではない。数匹、もしかしたら十数匹のガーレイシャがこちらに向かってきている。人間の目を欺くかのように太陽を背にしていた。

「みんな!魔物の群れだ!!」

リーエンが村全体に響き渡るように叫んだ。外で畑仕事などに勤しんでいた人々が一斉に家の中へ入っていった。数十秒後、武装を固めた人々が家の中から出てくる。上は50近い男から、下はロイより少し年上の少年まで、剣や弓などそれぞれの武器を手に持っていた。

既に魔物たちは森の上空にまで来ていた。大きな羽を羽ばたかせ、甲高い奇声を上げながら猛スピードで近づいてくる。

「行くぞ!!」

リーエンは弓を既に番えていた。ロイも剣を抜く。長い刀身は夕日に煌めいた。

リーエンが矢を放った。矢は先頭にいたガーレイシャに向かってまっすぐに放たれたが、左手で悠々とはじかれた。次いでガーレイシャから怒声が上がった。


ゲギャアアア


それを合図にして、魔物は左右に分かれ、村を取り囲むような陣形を作った。村人達も臨戦態勢を調える。気がつくと、見張り台にはリーエンのほかに弓を番えた男が3人が上っていた。

「ロイ、魔物を斬れるか!?」

リーエンは弓を番えたまま叫ぶ。

返事をする間もなく、魔物の一体が矢倉に向かって突っ込んできた。ロイは手摺に足をかけ、跳んだ。

「任せろ!」

空中で大きく振りかぶる。そしてそのまま振り下ろす。リーエンにはそれが後先を考えない捨て身の無謀な攻撃のように見えた。それを自由に飛びまわる魔物にそんな大振りな攻撃があたるはずがない。しかし、


「はあっ!!」


百戦錬磨のリーエンにもその剣閃を見ることはかなわなかった。その一振りは凄まじく迅く、そして鋭かった。魔物は地面にまっさかさまに落ちてゆく。左肩から心臓にかけて真っ赤な線が走っていて、そこから血が噴出した。

「ロイ!!」

見ると、ロイも一瞬だけ空中に静止し、落下していた。12、3メートルの高さから無事で済むはずがない。


ゲギャアアア


半分ほど落ちたとき、別の魔物がロイめがけて襲い掛かった。ロイはその攻撃を見事な身のこなしでかわすと、その背中を踏みつけた。落下の速度が一時的に止まる。魔物は体を一回転させロイを振り落とそうとしている。

ロイはその背中に必死にしがみつきながら、剣を掲げ、背中から心臓を一突きに刺した。魔物は絶命し動きが止まる。その背中を蹴って、衝撃を殺しながら地面に着地した。

「なあ、リーエン。あいつは何者だ?」

衝撃を全身に分散するようにして着地した。足をくじいた様子もない。

「・・・・・・わからない」

リーエンは驚き、ロイを見ていた。周りの村人も同様である。魔物を臆すことなく、むしろ正面から立ち向かっていく。その姿はとても人間とは思えなかった。

「リーエン!!」

その注目の中、ロイは叫んだ。そして魔物を指差す。その魔物は矢倉に向かっている。リーエンは番えていた弓の標準を合わせ射た。先ほどと同じのように手で払われる。魔物との距離はしだいに近づいている。リーエンはすぐさま次の矢を取り出し、番えた。今度は先程よりも強く引き、羽を少しねじった。

「くらえ!!」

ガーレイシャはまたしても矢を手で払おうとした。しかし、払った左手に何かが当たった感触はなかった。矢はガーレイシャの爪をかわして弧を描き、左側から首に刺さった。ガーレイシャは途端に力が抜け、真っ逆さまに落ちた。


グ・・ギャアア


首筋に矢が刺さりながらもなおそれを抜こうともがいている魔物の首をロイが斬りおとす

魔物の目は首から先のない自分の体を一瞬だけ捉えた。しだいに何も見えなくなる。

ロイは魔物の首を切り落とした剣を一回振り、血を落とした。できる事なら返り血だらけの顔を洗い、衣服も着替えたいと思った。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。


「ここは戦場で、俺は戦士だ」


リーエンの手前、意地を張って「任せろ」といったが、実際にロイが剣で敵の命を奪ったのはこれが初めてだ。魔物といえども今ロイが奪った命はこれまで祖先の代から何百年もかけて紡がれてきた命なのだろう。その重みは胃を揺らし、心臓の鼓動を加速化する。体の力が抜けてゆく。

ロイは剣を地面に突き立て、何とか体を支える。先ほどまでそれを握っていた両掌を見た。


「―――真っ赤だな」


皮を裂き、肉を切り、骨を断つ感触はいつまでもそこに残っていた。魔物の返り血はロイを人間ではない何かに変えたような気がした。

「もう、戻れない」

ロイは確信を持ってそう呟いた。そして両手を組み、握り締めた。

「でも、これが俺の選んだ道だ」

ロイは地面から剣を抜くと、立ち上がった。急に胃がぐらぐらとゆれ、中の物を全て吐き出したい衝動に駆られた。

「ぐわああああ」

ロイは声のした方を振り返った。その光景を見た途端、膝をつき、嘔吐した。


グガアアア


魔物の奇声が上がる。そこにいた村人は肩から先をガーレイシャの鋭い牙にむしりとられていた。ロイの脳裏に一年前の光景が蘇る。血だらけの村。魔物は友人の、知人の命を片っ端から奪っていった。

今、この場にいる名前も知らない人々に彼らの顔が映っているように見えた。ボンゴの最期の光景はロイの脳に強く、強く焼き付いていた。

「ごっ、がはっ」

うずくまっていたロイが顔を上げると、その村人は上半身を魔物の強靭な腕によって吹き飛ばされていた。

「がはっ、はあ、はあ・・・くそっ」

俺はこんな所でうずくまるために為に生きることを選んだんじゃない。そう何度も自分に言い聞かせ、立ち上がった。

「おおおおお!」

剣を振り上げ、その魔物に振りかかった。しかし、振り下ろした剣の先にその姿はない。代わりに肩に激痛が走った。

「・・・・・・ぐあっ」

見上げると、ガーレイシャは飛び上がり、その足の鉤爪でロイの肩を引き裂いていた。もはや魔物たちにも村に来た当初にはあった人間に対する慢心はない。人間の強さを認め、全力を尽くさなくてはならないことを学習していた。

「くそっ・・・!」

ロイは考えていた。今だけではない。リートと戦った夜からずっと。魔物を殺すことに意味はあるのか、それはカルコンと同類なのではないか、と。

しかし、今気がついた。いくらカルコンを怨んでも、その歩む道を否定しても、結局自分は魔物が憎いのだと。

「・・・コロセ・・・」

誰かの声が聞こえてきた気がした。勿論村人の声かもしれないが、しかしもっと近く、もっと鮮明に聞こえてきている気もする。ロイは剣を振り上げた。


ギャアアアア


背後から魔物の叫び声が聞こえる。ロイはその方向へ剣を、投げた。


グギイイィ


魔物の悲鳴が上がる。剣は深々と魔物の腹に刺さっていた。ロイは駆け出し、地に足をついて苦しんでいる魔物の目の前に来ると、その剣の柄をつかみ、薙いだ。

「――――――」

その魔物が大口を開け、叫ぶ声はもはやロイの耳には届いていなかった。代わりに頭の中で声が響く。

「・・・コロセ・・・コロセ・・・」

その声がロイから思考を奪っていく。ロイは口元をゆがめると、魔物の体に手を当てた。そこからしだいに蒸気が上がる。魔物の苦しむ声がしだいに弱まっていった。

地上で応戦している村人、矢倉で戦っているリーエン、そして魔物さえもその異常に気が付いた。


「何だ、この熱気は!!」


リーエンは周囲の者と顔を見合わせた、燃え上がるような熱気が見張り台の下の方から上がって来る。下を見ても異常はない。ただ一人、死んでいるであろう魔物に手を当てているロイ以外は。


―――何だ、あれは!


その異様な光景に魔物でさえも手を止め、ロイの方を凝視していた。なんと、魔物の体がみるみるうちに炭のように真っ黒になっていく。

「うぐっ」

ロイの近くにいた者たちは、その熱気と臭いに思わず顔を覆った。そして、炭のようだという比喩が間違いであることに気が付いた。実際に、炭と化したのである。ロイは真っ黒になった魔物の体を蹴り倒した。バスッという柔らかい音がして、その屍骸が粉々になる。


ゲギャアアア


村人の活躍で、残る魔物の数はあと3体。その3体は攻撃の手を止め、村を囲むように旋回した。それはあまりにも速すぎて、とても弓の標準をあわせることが出来なかった。そして、その動きがピタッと止まった。

空気が振動していた。先ほどまで村を包んでいた熱気が魔物のほうに集まっていく。みるみるうちに、ガーレイシャの胸部が何倍にも膨れ上がっていった。


キィィィィィィン


ガーレイシャたちは声ではない、何かの音を口から出した。そこにいた全ての人間は一瞬戸惑ったが、すぐに攻撃しようと構えた。

「・・・くっ」

しかし、視界が歪み、膝をついてしまう。少しすると、地面がどこにあるのかわからないような感覚に襲われる。それは目を回してしまったときと全く同じ感覚だった。


ゲギャアアア


その音と、声が混ざった。恐らく3体のうち、2体が攻撃をするつもりだろう。

(これが、音波攻撃か・・・)

ロイは耳を塞ぎ、できるだけダメージを和らげようとしたが、一度音を拾ってしまった三半規管は、容易にはそれを拒絶できない。

「ぐわああああ」

ロイの後ろで男の叫び声が聞こえた。恐らくガーレイシャにやられたのだろう。

「くそっ、このままじゃ」

ロイは左手で耳を押さえながら、音波を出している一体に向かって剣を投げつけた。間を置かず、それがはじかれる音があたりに響いた。その間にも音は容赦なくロイを襲う。ロイは内側から脳を破壊するかのように揺さぶる振動に耐え切れなくなり、地面に突っ伏した。

魔物の悲鳴が轟く。いつのまにか音波は止んでいた。残る2体でさえも驚いたように苦しむガーレイシャの姿を見ている。

見ると、ガーレイシャの首筋に何かが刺さっている。それは矢だった。どこからか放たれた矢は寸分の狂いもなくガーレイシャの首筋を貫いていた。村人は顔を上げ、その勇者を見ている。ロイは間髪いれずに飛び出し、地面に落ちていた村人の剣をつかむと、矢が刺さっている魔物に切りつけた。魔物はもはや何も発することなく地面に倒れた。


ギャアアアア


耳を劈く叫び声が轟く。残る二体の魔物は爪を振り上げ村人に襲いかかっていた。しかし、その攻撃はあまりにも無駄が多く、自棄になっているようにも見えた。


グアアア・・・


そのうち一体が倒されると同時に、もう一体も地面に仰向けに倒れた。



あたりにもう敵はいない。月光の下、静かな夜の空気が当たり一面を覆っていた。




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