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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第1章 旅立ち
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第1話  ロイ=クレイス 1

青空に包まれる海の上で、海鳥が羽の白さを自慢し合いながら羽ばたいている。その鳴き声と、ゆったりと流れる波の音色はハーモニーとなって小さな漁村、ボンゴを包んでいた。そのまま静かに時が過ぎようとした刹那、村に突然大声が響き渡った。

「ロイッ、聞いてんのかいっ!!」

初老の女性の怒鳴り声が海を正面に臨む木作りの家から上がった。屋根に群がっていた鳥たちが一斉に飛び上がる。この家はクレイス家。家長は漁師、その妻は主婦という、この村の90%の家と同じ職業の平凡 な家庭だ。その家の中では手作りのテーブルをはさみ、浅黒い肌の初老の女性と真っ白な肌の少年とが向かい合って椅子に座っていた。ロイと呼ばれた少年は椅子の上でストレッチしながらぞんざいに応えた。

「聞いてるも何ももう覚えたっつうの!」

子どもにそう言われたことに怒りを覚えたのか、しわくちゃの女性は眉間にさらに皺を寄せた。

「じゃあ、さっさと剣の稽古に行っといで!」

「へ~~い」

「なんだいその返事は!ほんとに怒るよ!!」

その言葉に押し出されるように、ロイは家を駆け出した。

「ばーちゃんはうるさいなー。若い頃は村で一番の美女って呼ばれてたなんてとても信じられん」


家の外に出ると大きく伸びをした。目の前に広がるのは一面の海。夏らしい入道雲が沖合に見えている。ふと目を向けると、最近作りなおされた桟橋の端で老人が1人釣りをしていた。祖母に言われるがままに稽古に行く気になんてとてもなれず、なんとなくそちらの方に足を進めた。

「おお、ロイ。相変わらず怒られてるな。ここまで声が聞こえたぞ」

この村での老人の定義は息子が一人前になった後、引退して船に乗らなくなった男を指す。この老人も数年前に足を悪くして漁師を引退したが、長年鍛えられた体は健在だ。絶対に釣りをするより素潜りした方が魚が取れるとロイは思っている。

「大人が漁に出てると静かでいい。ま、淋しくはあるがな」

老人はにやっと笑った。ロイも首肯する。港につながれた船もなければ昼間から続く酒盛りの声も聞こえない。男たちは今漁に出ているのだ。

「それはそうと稽古に行かないとまたどやされるぞ」

そういう老人にロイは唇を尖らせた。

「俺は早く漁師の仕事を覚えたいのになんでその鍛錬が木刀振ることなんだよ。意味わかんね」

「伝統なんだ。ガイだって、お前の祖父さんだってみんなそうしてきた」

「わかったよ。行ってきます!」

声を荒げてそう言うと、家の方に戻り、家の裏にある1メートルほどの木刀を手に取って、林の中へと駆けて行った。


「船が帰ってきたぞー」

その言葉が聞こえてきた途端、汗を額から滝のように流していたロイの表情が明るくなった。耳を澄ますと、木の船が帆をはためかす音がかすかに聞こえる。ロイは振っていた木刀を放り投げて、一目散に潮の香のするほうへと駆けて行った。


クー、クー、クー


先ほどまでいっぱいに風を受けていた帆はきれいに巻かれており、船はロープで結わえられている。先ほどまで船底に詰まっていたであろう魚達は港に置かれた木の箱に小分けにされていた。

「これ、東の方に運んどけ!・・・おいそこ、休んでんじゃねぇ!!」

野太い男の声が響いている。筋骨隆々の黒光りする体をした中年の大男だ。名前はガイ。この村の漁船の船長で、ガイとの関係は―――

「おかえりっ、父ちゃん」

ロイはガイに近づき、声をかけた。ガイは振り向き、ロイに気付くとがしがしと力強く頭を撫でた。

「おお、ロイ。ただいま」

15歳のロイはこれでも160cmはあるのだが、180cmを裕に超えるガイ相手では見上げる形となってしまう。ロイの茶色がかった髪の色に比べて、濃い黒の短髪だ。ロイは肌も白いので、余計にガイの色黒が目立つ。

「今日の飯はなんだ?」

先ほどの怒鳴り声の顔とはうって変わって優しい笑顔になった。


その日の夜。一週間ぶりの家族全員揃った食事。クレイス家はロイと父母、祖母の4人だ。祖父はロイが生まれる前に事故で死んだ。嵐の日に船を守るために港に出て、波にさらわれたらしい。話によるとガイに負けぬほどの豪傑な人で、葬式には村人全員が駆けつけたとか。とは言っても村人は数えるほどしかいないのだが・・・。

「そういえば、漁場の最寄にあるテルの島のキーじいさんが言ってたんだが、海底に設置してあった網が食いちぎられたらしい。」

キーじいさんはこの家の話によくあがる人だ。相当高齢の人らしいのだが、若いころに10mもある鮫を銛で捕ったなんて伝説も残している。テルの島はボンゴから南の方向へ3日ほど船で進んだ先にある小さな島で、人口はボンゴと同程度、面積はボンゴがあるタンタニア大陸と比べれば、気付かないほど小さい。

「じいさんの話だと大型の海底魚がいるって話だ。」

ボンゴ近海は暖かく、漁の条件が良いので、漁師の言う大型ってのは大体が3~4m以上の魚だ。4メートルは、二階から尻尾を持って(現実には重すぎて無理だが)魚の顔が地面に着くぐらいだと考えればいい。ロイも一度5メートルのフラットフィッシュを見たことがあるが、怖すぎてそれから3ヶ月ぐらいは食卓に上がる魚の種類を毎晩確認したぐらいだ。しかし、今となっては気にも留めず、目の前に出された父親の戦利品をほおばれるようになっている。


漁師は早寝早起きが他の仕事よりも確立されている。なぜならば、朝早くから仕事を始めることがほとんどの上に、休息を取らなければ命を落とす危険性があるからだ。家長のその生活スタイルは一家にも反映され、ロイもよほどのことが無い限り日が落ちる頃には床に付く。この日も横になり、すぐに眠ってしまった。



パン!・・・パン!


何かが破裂するような音がした。ロイはベットから飛び起き、窓から外を覗いた。

「きゃあああ」

聞き覚えのある女性の悲鳴が聞こえる。それだけではなかった。老若男女の悲鳴が村中に響き渡っていた。その声はあまりに痛切すぎて、絶えるはずのない波の音をかき消していた。ロイは意味もわからないままあわてて家を飛び出した。だが、そこで足が止まった。


―――それは、あまりにもむごい光景だった。


体が上下二つに分かれている漁師がいる。あそこにうずくまっている女性には右肩から先が無い。その切れ目からは血が止め処なく噴出し、辺りに血の池をつくっていた。その先の林にいる人は首から上が無い。先ほどまでその人を支配していた脳は・・・その隣の樹の幹にへばりついていた。

「ゲエエエエエ」

ロイはその場にうずくまって嘔吐した。もし、彼ら、彼女らが見知らぬ誰かだったらもしかしたら耐えられたのかもしれない。しかし、そこにいる人たちはロイが生まれたときからの知り合いで、家族同然に接してきた人たちなのだ。だが、そんな人々の命はあまりに容易く散っていた。

ようやく胃から出すものがなくなって顔を上げると、うずくまっていた女性は目を見開いたまま動かなくなっていた。池は次第に固まり、黒さを増す。ロイは再び吐き気を催したが、もはや胃液しか出なかった。


パン!・・・パン!


「何かが弾けるような音」は途切れることなくまだ続いていた。それは上空から聞こえてくるようだ。ロイは顔を上げ、明るみ始めた空を見た。

それを見た瞬間は、何がなんだかわからなかった。何か青いものが空に浮いている。よく目を凝らして見ると、水のようだ。大きな水の球体が空に浮かんでいて、そこから弾けるような音にあわせて、水鉄砲が発射されている。水鉄砲と言っても手で作るようなかわいいものではない。今、その水鉄砲のひとつが樹の幹に当たり、樹をなぎ倒した。その水鉄砲は樹の幹の幅よりも大きい。

「なんだ、あれ・・・・・・?」

ロイがそう思ったとき、朝日がそれを照らした。

中には魚がいた。樹の肌みたいな色をした魚。よく見ると、深海魚に特徴が似ており、陸上動物にはありえないほど口が大きい。対比させるものが無いので大きさはわからないが、さっきの水鉄砲の大きさと比べると軽く10メートルはありそうだ。それが球体の水の中で泳いでいる。その動きはまるでこの光景を楽しんでいるかののようだった。

「ちくしょう、どうなってんだよ・・・」

そうロイが悪態をついた瞬間!水鉄砲がロイめがけて飛んできた。

「危ねえ!」

ロイの視界は右へと引っ張られた。

「おい、ロイ!大丈夫か!?」

どうやらガイがロイを突き飛ばしたらしい。ガイの右腕には水鉄砲がかすったのか、血が滲んでいた。

「くそっ、こっちだ、走れ!」

ガイはロイの手を引いて村の広場の方へと走った。上空の魚は、動かない人間を優先的に狙うらしく、ロイたちのほうは向いていなかった。

村の中央には石でつくられた塔がある。それほど高いものではなく、見張り台として使われている。何でも、村をつくってから建てたものではなく、ここを拠点に村を作ったというのだからかなり古い物だ。その塔の下は、村の備蓄庫になっていて、時折来る盗賊にも開けられないように頑丈に造られている。

「ここに入れ、早く!」

ガイは、持っていた鍵で錠を空け、ロイを中に入れた。自分もその中に入ると、扉を閉めた。

「全く、お前はいつまでっても朝寝坊だな」

ガイが微笑んだ。その顔は今まで15年間慕い続けた「父ちゃん」の顔だった。

「なんだよこれ・・・」

ロイは俯き、震える声でその言葉を喉の底から押し出した。

「いいか、現状だけ言っておく。お前と、殺された村人、そして俺以外は村の離れの避難所にいる。母ちゃんも一緒だ。だが、ばあちゃんは・・・助けられなかった」

ロイの頭の中で何かが崩れる音がした。今まで家事やら父ちゃんの手伝いやらで何かと忙しかった母ちゃんの代わりにロイにいろんなことを教えてくれた・・・。その光景が脳から溢れ出てくる。

「あれは恐らく・・・魔物だ」

それ以外考えられない。それは子供であるロイにも分かった。あんな獣がいるはずが無い。確かに魔物は封印されただけで、まだ生きているとも教えられていたのだが・・・。

「いいか、お前はここにいろ!」

ガイが、先程よりもさらに真剣な顔をして言った。

「お前『は』って、父ちゃんは?」

「このままあいつらにここに巣食われちゃあ避難してるみんなが生活できねえ、塔にある古代兵器を使う」

「兵器?」

「爆弾だ!」

それは初めて聞く言葉だった。古代兵器?爆弾?そんなものがこのボンゴに?

そう思ったとき、はっとした。

「じゃあ、父ちゃんはどうなるんだよ!?」

「・・・・・・村のみんなのためだ」

ガイの顔に少し笑顔が戻った。それから小さく溜息をつくと、ロイの目をまっすぐ見た。

「その前に、お前に教えなきゃならんことがある。お前の生い立ちのことだ・・・。俺も母ちゃんも若かった頃・・・今よりもっとだ。母ちゃんには幼馴染の女がいた。その人はこの村に迷い込んだ旅人の男と恋に落ちてな。実は・・・お前は・・・・・・その二人の間の子だ。母ちゃんだ産んだ子供じゃ、ない」

目の前が真っ白になった。それはあまりにも唐突過ぎて、重すぎる事実だった。

言葉は出てこない。今にも意識を失いそうだった。ガイの言葉だけが静かに脳の中を何度も反響していた。

「その男はまたすぐ旅に出て、その女はお前を産んですぐに死んだ。母ちゃんは実は病気でな。子どもがつくれない体だったんだ。だから、俺達がお前を引き取ることにした」

そう言われたとき、なぜか妙に納得できた。ロイの容姿はほかの村人と違う。肌が白いのも髪の毛の色が薄いのもロイだけだ。

「俺と母ちゃんはなあ、女が死ぬ間際に約束したんだ。何があっても守るってなあ。だからよぉ、ここにじっとしていてくれ」

ガイは今にも泣きそうな顔をしていた・・・。それはロイも同じだ。わかっている。今すぐにガイは死別する。

「わかった」

そううなずいたロイの頭をガイはガシガシと撫でた。

「それでこそ俺の子だ!いいか、忘れんなよ、お前はあの二人から血を受け継ぎ、俺達から愛情を受け継いできたんだからな」

涙が止まらなかった。これがロイが自分の目標にしてきた「父親」の最期なのだ。

「じゃあな、ロイ!!ちゃんとでっかくなれよ!!」

ガイは扉を開けた。先ほどから続く水鉄砲の音がさらに激しくなる。

「と・・・父ちゃん!!」

ぎぃぃぃ、バタン。重々しい音をたてて扉は閉まった。水鉄砲の音は弱くはなったが、已然として鳴り響いている。



ドウン!!!!



世界が揺れた。壁際に積んであった木箱は転がってくる。ロイは反対側の壁に近付いて、それをかわした。しばらくすると音が完全にやんだ。とめどなく続いていた水鉄砲の音も聞こえない。水鉄砲は止まったのにロイの目から溢れる涙は止まらなかった。

いつもの夜だったはずだった。朝になったら港に行ってガイを手伝って、剣の稽古をつけてもらって、疲れて帰って母ちゃんの美味い飯を食って眠る。何で、どうしてこんなことに―――。

壁の上に積んであった小箱が崩れ、ロイの後頭部めがけて落ちてきた。視界はすぐに黒くなり、何も見えなくなった。


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