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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
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第10話  幸福の終わり 3


シュートが目覚めた日の昼。ロイは木から果物をもぎ取り、持っていたかごに入れていた。かごをいっぱいにして坂道を登り、頂上付近の小さな洞窟の中に入った。中には毛むくじゃらの魔物が座っている。じっと壁の方を見据え、ロイに背を向けている。

「なあ、リート。もういい加減喋ってくれよ。これで3日経つぞ」

そういってかごに入っていた果実の一つをかじった。酸味と甘みが上手く溶け合っていて美味い。

「なっ!一緒に食おうぜ」

そういってかごを差し出す。しかし、リートは相変わらず背を向けたままこちらを見向きもしない。

―――やれやれ、困ったもんだ。

事件から3日。街に近づくとシュートと魔物を探せと、街人たちは殺気立っていた。ロイも一緒にいるところを見られてしまったから、街に入れるはずもない。シュートの容態を探ろうとしたが、不可能だった。おまけに無理やり連れてきたこの魔物は一言たりとも喋らない。置いといたバスケットは空になっているからロイが持ってきた物を食べてはいるみたいだが。

「リート。多分そろそろシュートが目覚める。そしたら俺はケムトに行く。お前はどうする?」

「・・・・・・」

ロイは溜息を付いて果物をほおばった。その時、

「ロイ~~!」

ガサガサと草を掻き分ける音がする。そして草を踏む3人分の足音。ロイは立ち上がって洞窟の中から出た。グリン邸の若い使用人たちだった。

「おお、ロイ。やっぱりここに居たのか。シュートさんの言う通りだ」

「どうしてここに?」

チラッと振り返ると、リートがこちらをうかがっている。


―――なるほど、気にはなっているんだな。


「シュートさんが目覚めた。それでグリンさんがロイと魔物を街に連れてくるように、と」

今度はバッと振り返った。リートは少し顔を綻ばせたが、ロイと目が合うと目線をそらした。

「分かりました。準備が出来次第行きます・・・と伝えてくれ」

「了解した。ああ、あとあれだ。魔物は人間の姿に変身しろよ。よく分からないけどそういう力があるんだろう?」

「ああ、わかってる」

ロイは頷いた。それを確認すると3人は踵を返し、坂道を下った。ロイは洞窟の中に戻り、リートに声をかけると、自分の荷物を担いだ。荷物の中身はここに来た時よりも軽い。水は少ししか手に入らなかったので、元々持っていたものを使わなければならなかった。

「行くぞ、リート」

そのまま一瞥もせずに山を降りた。太陽は頂上より少し傾き始めている。後ろは見なかったが、足音がしたので、どうやらついて来てはいるらしい。ロイはふっと笑って足を進める。


「グリンさん・・・久しぶりです」

ハアハアと肩で息をしながらロイは屋敷の玄関でグリンに挨拶した。グリン邸の門の前に群がる人々は予想以上に多く、ここに商人の姿に変身させたリートと入るまでに15分もかかった。何とか門の中に入り、扉を開けると、グリンが出迎えてくれた。

「おお、ロイ。ご苦労だったな。もう聞いていると思うが、今朝シュートが目覚めてな。して・・・」

グリンはロイの後ろに立つ長身の男に向き直った。

「おぬしがリートか。シュートから聞いておる。もう大丈夫なのであろうな?」

リートは何も答えず、ロイが代わりに答えた。もっともシュートの前に出たらまた暴走するかもしれないので、その時はロイが全力で止めなければならない。

「シュートは今客間に居る。シルクも一緒だ。さあ、行こうか」

応接間は一階の奥の部屋にある。その扉を開けると、大きな窓の側で紅茶を飲んでいた二人の陰があった。その内の一人は、ロイたちが入ると、立ち上がって駆け寄ってきた。

「リート!!」

ロイの後ろでリートの体がびくっと震えた。ロイはリートの後ろに廻って背中を押す。シュートはリートの両腕を掴んだ。

「ゴメンな、リート。お前を一人にして。ロイがバラすかもしれなかったから少し間を置こうと思ってただけだったんだ。ホントにごめん」

震えるシュートの肩にリートが手を置く。

「ウウン、リートガアヤマルンダヨ。シュートヲコンナニキズダラケニシタカラ。ゴメンネ」

シュートが顔を上げ、にっこりと笑った。

「そっか、許してくれるのか・・・。よかった」

二人が抱き合っている間に、ロイはシルクの方へと歩み寄っていた。

「あいつ、どうするって?」

シルクは口元に近づけていた紅茶を上品に置き、答えた。

「一生かけて償うって言ってくれたわ。これからどうなるかは分からないけど」

「そっか」

「それよりアンタはどうするの?このままここに居続けるわけじゃないんでしょう?」

「そうなんだよな・・・・・・」

「まあ、それはいいとして、キリクたちは呼び戻しといたわ。もうあたしは盗賊になる気はないから」

「・・・・・・?」

ロイは10秒ほど考えて、ようやく人物像が浮かんだ。

「ああ、キリクとかリュウコウたちか。グリンさんの作戦だったみたいだな」

ロイが忘れていたことに眉を少し吊り上げ、微笑んだ。

「そうね、あたしもほんとのことを聞いたときはびっくりしたわ。パパが勝手に決めてた婚約者なんて。だいたいキリクはあたしの家に代々仕える使用人の子よ!?どうしてあたし信じてたのかしら」

ロイは3ヶ月前のことを思い出していた。やはり盗賊というにはバカすぎるというロイの考えは間違っていなかったようだ。

「そんな人達に監視させられてたなんて気味が悪いわ」

シルクは頬を膨らませ、外を見ながら悪態をついた。

ロイがふきだし、それをシルクが怪訝そうに訊ねる。

「いや、何かあんたらしいなって思ってさ」

その時、シュートがロイの体を抱えあげ、体の場所を自分と入れ替えた。鍛えているとはいえ、16歳で細身のロイは軽く、楽に上がったようだ。ロイの耳元でシュートが囁く。

「変なこと吹き込むなよ」

どうやら楽しげに話しているのが妬ましかったらしい。分かりやすい。

「して、シュート、ロイ。これからどうするつもりじゃ?」

グリンが話しかける。ロイはシュートの腕から開放され、グリンに向き直る。シュートが答えた。

「ひとまず山にいようと思います。リートも俺もここにはいられないし」

「でもっ!!」

シルクが立ち上がって声を上げた。

「シルク、駄目なんだよ。君が許したとしても街の人々は許さない。数日、数ヶ月、ひょっとしたら数年かかるかもしれないけど、人々が許してくれるまで待つしかない」

「・・・・・・」

シルクは押し黙っていた。言いたい事はわかるし、認めざるを得ないとも思う。だけど・・・

「なに、これから決めていけばよいことじゃ。お前達は私と違ってまだまだ長い人生があるんだしの」

シルクは静かに頷いた。グリンは少し微笑み、ロイを見る。ロイはその視線に気づき、言った。

「バーカギルのジラークってとこを目指してるんですけど・・・」


「・・・・・・」


部屋の中の全員の視線がロイに集まる。シルクは驚き、カップを落としそうになった。シュートは「頭大丈夫か」と言いたげな顔でロイを見ている。グリンは目を大きく広げている。

「ロイ、おまえ正気か?バーカギルなんて歩いて1年以上かかる場所だぞ?」

その言葉に、ロイはバッとシュートを見る。

「ええっ!そうなのか!?」

シュートは呆れ顔で溜息を吐く。

「そういえばおまえは世間知らずだったな。カリューなんて地図ではホントちっぽけな丘だぞ。バーカギルまで行くにははその何百倍も歩いて、何倍もの山を越えなくちゃならないんだ」

ロイは唖然とした。世界が広いという事は知っていたが、それほどまでとは。

「まあ、まあ・・・。しかし本当に行くのかね?」

「いや、まあそこに行くまでに世界を見て来いって師・・・とは違うな、先生に言われたんで」

「なるほど・・・まあ行けないわけではないからな。ほかに目的が無ければ行けばよかろう。ここから北東の方に砂漠が広がっておる。その砂漠を東に抜けて、北に行けば、上手く大陸中央の山を避けられるはずじゃ。とはいえ砂漠越えもまた難儀じゃからの。まずは北に行くといい」

「なるほど。ありがとうございます」

ロイは頭を下げた。グリンはまたシュートに向き直り、訊ねた。

「それで、いつ頃出立するのじゃ?」

「・・・・・・できるだけ早く、明日の明朝にでも」

シュートは少し考え、言った。シルクは黙ってシュートの横顔を見つめている。

「じゃあ俺もその時一緒に出ます」

グリンは顎をさする。

「ずいぶんと急じゃの。まあ、確かに行動は迅速にが商人のモットーじゃ。それでは今夜は宴じゃな。それまでゆっくりしているといい」


シュートとロイの送迎会は人数も少なく壮大とは言えないものの、今まで食べたことのないような豪華な食事が並び、ロイはずっと舌鼓を打っていた。シルクはずっと浮かない顔をして、シュートが必死に宥めていた。しかし、しだいに受け入れ始めたのか、最後の方はいつもの笑顔に戻っていた。

月が空の上に上り詰めた頃、料理はすっかりなくなり、場は解散となり、各々就寝場所へと分かれていった。


そして朝日が昇る―――その少し前。

「ロイ!ロイ!!シュートを見ていないか!?」

目を覚まし、まとめ終わった自分の荷物を肩に担いだとき、扉が勢いよく開き、グリンが血相を変えて入ってきた。

「まさか、いないんですか!?」

グリンが勢いよく首を縦に振る。ロイは急いで剣を腰に差し、部屋を出た。

「あのバカ!まさかもう・・・」

ロイが舌打ちをする。グリンが少し遅れてホールに出て、今にも走り出しそうなロイに言った。

「ロイ、渡したいものがある。裏に来てくれ」



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