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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
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第10話  幸福の終わり 1


街中が騒然としていた。グリンが中心街に着いたとき、そこには傷だらけで倒れるシュートと、それを心配そうに気遣う魔物の姿があった。騒ぎが静まり、人が大量に集まってきただけに、その裏切りは隠しようもなかった。ロイのたっての頼みで、弾圧されかかっていた意識不明のシュートを屋敷に運び、手当てした。

ロイは迷惑を掛けたくないと言って、魔物をつれて街を出た。どうして魔物を庇うのか、どうして魔物はシュートに懐いているのか。なぜ発狂し、街を破壊したのか・・・。全くの謎。グリンはシュートが目覚めるまで気が気でなく、仕事も手につかなかった。


「やはり、我々は騙されていたのでしょうか?」

落胆したように自室の窓から外を眺めているグリンに執事は言った。その答えを否定しようにも、住人の大半は反感を持っており、下手をすればケムトの住人全員を敵に回しかねない。事件から三日経ったが、何一つ進展はない。唯一真相を知っている二人のうち、一人は行方をくらまし、一人はいまだ重体で生死の境をさまよっている。医者の話では初期治療は(荒っぽく、傷は残るが結果として)よかったものの、傷自体が大変深く、出血量も多い。意識が戻るかどうかは解らないとのことだ。


グリンはふぅと溜息をついた。ため息は風の一部となって窓の外へと飛んでいった。シュートもロイも、溜息でさえも自分の知らないところへ行ってしまう。長いこと生きてきたが、これほどまでに不測の事態が続いたことはこれまでにない。しかし、ケムトの街を守るものとして、このまま尻尾を巻いて逃げることは出来ない。何か進展をさせなければ・・・。

「そういえばエルクトルの娘、シルクはどうした?」

「今朝、自宅に倒れていたとのことです。ここ3日何も食べていなかったと使用人が言っていました。現在病院に搬送され、意識もあります。・・・・・・失敗でしたな」


大商人エルクトル。グリンが最も尊敬する人物であると同時に、最大のライバルでもあった。そんな2人の関係の中起こったあの事故。グリンを疑うも当然だろう。

それからグリンは償いと言うわけではないが、ケムトの守護者を買って出た。そして、ライバルの一人娘を守る責務を自分に課した。

その直後、シルクは盗賊と称してグリンの仕事の妨害を始めた。最初のうちは「それで気が晴れるなら」と考え、護衛の為に何人もの男を[父親が生前に立てた婚約者]と称して送り込んでいたグリンだが、付近の盗賊集団が快く思っていないと聞いた。

さほど腕がたつわけではない少女を盗賊団から回避させるため、言葉巧みに街に引き込み、護衛の7人には盗賊団の牽制のためカリューに残らせた。

一番苦心したのが、どうやってシルクを街に引き込むか、だった。これにはシュートを利用した。盗賊団の動きのほんの少し前に街にやって来て、その日のうちに出てきた魔物を倒した。顔も頭もいい。シルクをお姫様とするのならば、さながら憧れの白馬の王子様と言ったところだろう。実際、グリンが想像するよりも遥かにシルクはシュートを慕っていた。全てが上手く回っていたのだ。3日前のあの事件が起こるまでは・・・。

シュートの詐欺はシルクの耳にも当然入ったのだろう。グリンは街の人々のようにシュートを責めることは出来ない。シュートが町の人々を利用していたのと同様に、グリンもシュートを利用し、盗賊団とシルクとの抗争を回避させることが出来たのだから。

願わくば、形だけのヒーローでなければよかったのだが・・・。

「今から娘に会いに行く。車を出してくれ。・・・シュートも病院に連れて行きたいが、それは出来んからな」

執事は頭をたれて部屋を出る、すぐに車が用意され、グリンは病院へと向かう。


コンコンッ

「どうぞ」

ガチャ、キイイ

木製のドアがうち開きに開かれた。その12畳ほどの部屋には大きな窓があり、そのそばに白いスーツのかかるベッドがある。そのベットに身を起こして座り、窓の外を見る黒髪の少女の姿があった。

「グリン・・・・・・!!」

ドアの側に立つ初老の男を見て、敵意むき出しの表情で睨んだ。グリンは溜息をつくと、廊下にいる執事に二人で話がしたいと言ってドアを閉めた。

「そんな顔をするでない、折角の美人が台無しじゃぞ」

ほっほっほ、と笑ってみせるグリンを見て、シルクは下唇を噛む。

「わかったわ、パパみたいにあたしも殺すつもりなんでしょう!?好きにすればいいわ、もうあたしには何も残ってないんだから!!」

「それはちがう!おぬしの父親は事故で死んだ。わしがやった事ではない」

グリンは真面目な顔をしてシルクを見据えた。

「嘘よ。そんなの嘘に決まってる」

シルクは口の中で嘘と何度も呟く。

「わしが今日ここに来たのは、おぬしに謝るためじゃ」

「え?」

シルクは怪訝な顔でグリンを見た。グリンは床に両膝を突き、頭を床に当てた。ゴツンと言う音が響く。

「すまん、本当にすまん」

「え?え?」

シルクはわけもわからずおろおろとする、グリンは膝を折ったまま顔を上げ、事の顛末をシルクに話し始めた。


「・・・・・・」

全て話した後、もう一度グリンが謝る。そのままグリンは顔を上げない。シルクも何を言えばいいのかわからない様子だった。今の言葉が嘘だとは考えにくい。だからこそ、今まで目の敵にしていた男を許すことも憎むことも出来ないでいた。

「えっと・・・・・・顔を上げて、グリンさん」

グリンは申し訳無さそうに顔を上げる。目には涙がたまっていた。老獪ゆえに謀略を練り、若者の心を深く傷つけた。その罪の意識に懺悔するようにグリンは背後から光の差し込むシルクを見た。シルクは自分の三倍生きた男の涙を見て、何を言えばいいのかわからなかったが、膝の上に置いた手を見ながら口を開いた。

「・・・グリンさん。あたしも謝るわ。ごめんなさい。・・・あたしね、本当はグリンさんがやったんじゃないって分かってた。パパは事故で死んだんだって事もちゃんとわかってた。でも、誰かを憎んでないと悲しみに押しつぶされそうで・・・。

でもね、シュート様のことだけは憎めなかった。今度はちゃんと憎んでいいはずなのに、どうしても憎めなかったの。そしたら悲しみに負けちゃって。それで気づいたの。あたしは悲しみを憎しみで覆ってただけなんだって。それじゃあ前に進めないんだって・・・」

グリンは鼻をすすり、裾で涙を拭った。シルクが「立って」と言うと申し訳無さそうに立ち上がり、シルクの顔を見た。シルクが言う。

「シュート様が目覚めたら、あたしに教えて。モンスターハンターじゃなくたって、あたしの愛しい人だもの」

そして恥ずかしそうに笑った。コンコンとドアをノックする音が聞こえる。執事が「仕事の時間です」とドア越しに声をかけた。

「やれやれ、親友の娘とゆっくり語り合う時間もないのか」

グリンは肩をすくめ、微笑む。シルクもくすっと笑った。グリンはノブを掴み、ドアを開けた。背後から声がする。

「グリンさん!!」

グリンはドアノブに手をかけたまま振り返った。


「―――ありがとう」


グリンは目を見開く。風になびく黒髪と年頃の美しい少女。そこにいるのはシルクなのに、別の女性の影が重なった。今は亡きグリンの最愛の人。昔から病弱で、二十歳まで生きられるかと医者に宣告されていた。グリンが22歳、彼女が18歳の時に結婚し、そのわずか一年後に一生を終えた。

グリンは溢れ出しそうな涙を溜めるように上を向き、大きく深呼吸して目をつぶった。


―――今でもこうすれば会うことができる。瞼に映る愛しい人。


「では、また」

グリンはシルクに微笑んでそう言うと、ドアを開け、部屋を後にした。


「―――パパ、グリンさん、ありがとう」


今まで愛してくれて。守ってくれて・・・。

再び窓を見て、風を浴びた。その頬には一筋の涙が流れていた。




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