第9話 Doubt! 3
ロイは部屋のベットに横になり、天井を見上げていた。
―――それぞれに意思を持った命なんだ。
シュートの言葉が頭を何度も掠める。ロイはこれまでカルコンを怨みながらも魔物の撲滅にだけは賛同していた。人間を滅ぼす力を持った魔物たちと共存できるはずもない。そう考えていた。
「でも、それは人間だって同じなんだよな」
天井に向かって呟いた言葉は跳ね返ってロイの心に響いた。魔物は人を喰らう。魔物は人を殺す。魔物はザイガを人間から奪う。この街の人々が口にしていたそれらの言葉はどれもこれも人間の視点だ。しかし魔物にだって心は在るという。その魔物は住処を数百年前にカオスやジエルトンらによって奪われた。そして今の世の中―――人間が魔物におびえる世界がある。
人は魔物から全てを奪った。だからこそ人間からすべてを奪いたい。そうしてお互いが滅ぶまで永久に殺し合いが続いていく。生存をかけた戦争に果てはない。
「―――どうしてただ生きるだけなのに、こんなにも悩まなくちゃいけないんだろ」
「・・・・・・っ!!」
突然激しい音が響き、地面が揺れた。ロイはベットから起き上がり剣を取ったが、その剣は腰に装着される前に止まった。
「どうせリートだよな・・・・・・」
そう思い、剣をベットに立てかけ、また横になる。しかし、またしても轟音が響き、地鳴りがする。その音に、男の叫び声が重なった。
部屋のドアが激しくノックされ、開けられた。こちらからドアを開ける前にグリンが血相を変えて部屋に入ってきた。
「ロイ、魔物じゃ。すぐに向かってくれ!」
ロイは慌てて剣を取り、腰に差そうとしたが、おかしなことに気付き、手を止めて訊ねた。
「シュートは来ていないんですか?」
グリンは俯き、答える。
「それが・・・」
「シュート殿を連れてきました!!」
使用人の声がした。グリンとロイは急いで声のした方へ駆ける。そこにはぐったりと横たわっているシュートの姿があった。胸にクマにでも襲われたような大きな爪痕があった。
「空気銃は紙一重で避けられ、反撃を食らってしまったそうです。直ちに医者を呼んで治療させます!」
使用人の言葉に、グリンが頷く。そして振り返り、ロイに言った。
「頼んだぞ、ロイ。街の者たちを魔の手から救ってくれ!!」
しかしロイにはその言葉の意味がよくわからなかった。わからなくなってしまった。
―――魔の手?なにが?それはどっちの手だ・・・・・・?
混乱するロイの耳にシュートの呻き声が届く。
「ロイ、いるか・・・?」
ロイが駆け寄り魔物のことを訊ねるとシュートはか細く、周りに聞こえないように答えた。
「リートだ。だが、僕のことがわからない様子だった。まるで何かに取り付かれたかのようだ・・・」
ロイは頷き、立ち上がる。背後から「僕も行く」と言う声が聞こえ、振り返った。
立ち上がったシュートの足はふらふらで、歩くこともままならない。ロイは何も言わず屋敷の扉を開け、外へと駆け出した。
その背後で、シュートは気を失い、崩れた。
ロイがそこに駆けつけたとき。その場に人影は見当たらなかった。しかし、瓦礫の山の中心に佇むリートの姿があった。先ほどの人間のように表情のある顔つきではなく、獣のように凍った目で、牙をむき、ロイのほうを睨んだ。
「ニン、ゲン・・・!」
そう呟くと、近くの瓦礫を掴んだ。拳大の瓦礫は一瞬で髑髏の形となる。更に、ロイが瞬きをした瞬間に、リートの足元の瓦礫が全て髑髏に変わった。リートは髑髏の山の上に立っている。
―――あれがリートの能力か?
その一瞬の変化に戸惑いながらも今までに見てきた竜の姿を思い出していた。その姿は映像のようなもので、当たってもダメージはないし、攻撃も出来ない。だが・・・
リートは髑髏を手に取り、次々とロイに投げ始めた。それが瓦礫であることはわかっているが、その形はロイの恐怖心を揺さぶる。その動揺が、ロイの抜刀を一瞬遅らせた。
「つう、・・・くそっ!!」
髑髏が顔に、腹に、手足に当たる。魔物という人を遥かに凌駕したその筋力を持って、リートは目にも留まらぬ速さで次々と髑髏を投げる。ロイは剣を抜き、なんとか応戦しようとするが、その重い石の塊を全て叩き落せるはずもなく、体に痣が次々に浮き出、血が噴き出した。
流石に耐え切れなくなり、左右に跳んでそれをかわす。すると、今度は髑髏は大きな岩に形を変え、ロイに襲い掛かった。逃げ場のない無数の岩が四方八方から飛んでくる。もちろん幻であることはわかっているのだが、瓦礫のひとつでも頭にあたれば大怪我をする。剣を抜き、なんとか叩き落そうと身構えた。
「がっ!」
左のこめかみに大きな圧力を感じ、ロイは右側に倒れた、こめかみから頬を伝って血が流れているのを感じる。ロイはすばやく立ち上がると、左の方を睨んだ。
「グフフ」
そこにはリートが立っている。しかし確かに髑髏の上にもリートは立っていた。つまりその姿や、岩はリートの能力による幻覚で、それにロイが気を取られている間にロイの左に回り、瓦礫を投げつけた、と言うわけだ。
「・・・・・・くそっ!」
魔物は賢い、というシュートの言葉が真実味を帯びてくる。自分の能力を最大限に生かす方法を知っている。そしてその知能はやはり、戦闘に特化しているものだ。ならば今の姿は魔物の本能というやつなのかもしれない。
「なんでだよ、リート・・・」
口の中だけで呟くと、リートをもう一度睨み、深く目をつぶった。
―――悪く思うなよ、シュート!
目を開き、リートのほうへと走った。そしてリートの脳天めがけて剣を振り下ろす。しかし、リートは間一髪でそれを避け、ロイに襲い掛かった。
「・・・はっ!!」
一瞬にして、あたり一面に熱気が立ち込める。身の危険を感じたのか、リートは後ろに飛びのいた。ロイは一瞬にして体勢を立て直すと、一蹴にしてリートの懐に飛び込み、剣を突き刺した。
「!?」
ロイの手には皮を突き、肉を貫き、血が噴出す感触は残らなかった。剣は空を切ったようにリートの体を通り抜け、ロイの手がめり込んでいる。
突然、殺気を感じたロイは左に飛び退く。右頬に三本、爪の痕が走った。血が吹き出て宙を舞う。ロイは自分の血液越しにリートの姿を確認した。
いつのまにか4体のリートがロイを囲んでいた。
「・・・なるほど」
ロイは剣を正眼に構えなおした。能力で作られた三体の映像と、リート本体が目の前で同じ構えをしている。ロイは左のこめかみから流れ出る血を左の掌で、右の頬から流れ出る血を左手の甲で拭った。
「はっ!」
地を蹴り、一番左にいた一体に切りかかった。手ごたえなし。と同時に、背後に気配を感じ、右脚で蹴る。しかし、それも手ごたえない。と、同時に残る二体が地面を向いているロイの体の背中に爪をつきたてようとしている。ロイは残った左足で地面を強く蹴り、跳び上がった。バク宙し、爪を振り下ろして隙のできた一体に切りかかる。またしてもはずれ。自分の運のなさに自嘲気味に口元をゆがめた。だが、
「終わりだ!」
リートの左肩めがけて剣を突き立てる。こんどこそ鈍い感覚が手の中に残った。吹き出た血が血だらけのロイの顔に飛び散った。剣を抜くと、リートは顔をゆがめながらその場に倒れた。グルルルと喉を鳴らし、なおもロイを攻撃しようとするが、それよりもロイが剣を振り上げる方が圧倒的に早かった。
あとは振り上げた剣を勢いよく振り下ろすだけ。それだけで目の前の魔物は絶命する。
ズドン
ロイが振り下ろすよりも更に早く、人のいない町に轟音が響き渡った。ロイの手から剣は吹き飛び、10メートルほど宙を舞って、石畳の地面を転がってゆく。
ロイは驚きのあまり声もなく痺れる手を見て、その音源を強く睨んだ。
「シュート!・・・なぜここに!?」
銃を構えたシュートが立っていた。その銃からは硝煙が上がっている。恐らくあれがロイの剣を撃ち、吹き飛ばしたのだろう。
シュートは胸をかばいながらふらふらとこちらに向かって足を進めた。
「シュート・・・シュートォォォ!!」
突然唸り出したリートは立ち上がり、シュートの方へまっしぐらに駆け出した。切られた左肩をだらんと下げ、右手を大きく挙げる。シュートは銃を構え、リートと向き合った。しかし・・・
「シュート、マモッテクレルッテイッタノニ!!」
そう叫びながら走る魔物を前にして、目を細めると銃を放り投げた。ゆっくりと瞬きをし、泣きそうな目で呟く。リートを受け入れるように両腕を大きく広げた。
「ゴメンな、リート」
シュートの胸に3本赤い傷が走った。間髪いれず血が吹き出る。なおも腕を振り上げようとするリートに、シュートが抱きついた。一瞬、リートの動きが止まる。
「ゴメンな、リート。一人ぼっちにさせちまって」
吹き飛んだ剣を拾い上げ、その様を遠目に見ていたロイは目を見開いた。リートの刺々しい殺気がみるみるうちにおさまっていく。
シュートがその場に倒れた。胸から血が噴出し、地面を赤く染めている。リートがその肩をゆすった。
「ヤダ、ヤダヨシュート、オイテカナイデ!!」
ロイがすぐさま駆け寄り、シュートを揺さぶるリートを突き放した。目を閉じ、手を傷口にかざした。
「ぐわああああ!」
シュートの悲鳴が響く。リートが再び殺気を取り戻してロイに攻撃しようとした時、ロイが叫んだ。
「違う、傷口を塞ぐだけだ!どいてろ!」
シュートの傷を熱する。カルコンが自分の腿を止血したのと同じ方法だった。しばらくすると血が止まり、リートがシュートに駆け寄る。シュートはほんの少し目を開け、左手でリートの顔を触った。
―――突然、一陣の風が吹いた。
「何をしている、リートよ。お前の憎しみはどこへ行った」
月が何倍も大きくなったように錯覚した。それほどまでに青白い光りが闇の空を照らしている。ロイは立ち上がり、振り返ると、それを見た。
「お前は・・・誰だ!?」
青い髪と薄い衣。目を合わせることも憚られるほど神々しい姿をした少年は、赤い巨大な鳥に乗り、ロイを見下ろしている。
「お前がロイか。カルコンがしきりに言っていたぞ」
「カルコン・・・!?」
すると奴もディアボロスの一味に違いない。ロイが怒りと憎しみを讃えた目で睨むと、その少年はロイなど見ずにリートを見ている。
「人間に飼いならされた哀れなる魔物よ。自由がいらないと言うのか?」
リートは人間のようにシュートのみを案じ、立ち上がって少年を見上げた。
「イイ、シュートトイッショニイキルコトガ、オレノ“ジユウ”ダカラ」
少年はふんと鼻を鳴らし、再度ロイを見た。
「誰だと聞いたな、下賎な民よ。僕の名はレギュラス。レギュラス=アイティオン=カノトリアス。“操”の術を持つカノトリアスの末裔。覚えておけ」
「レギュラス」
ロイは口の中で呟いた。あの少年がカルコンの話の中に出てきた“魔物を操る術者”だろう。
「お前が、ボンゴを襲わせたのか!?」
ロイは肩を震わせて叫んだ。
「ふふ」
反対にレギュラスは小さく笑う。
「愚かな。大義の前のほんの小さな犠牲。小さなお前が何を言う。仇とでも称してカルコンを討ち、ザイガを滅亡させるつもりか?」
―――目を閉じればいつまでも映っている。村人一人ひとりの笑顔。祖母の、母の、尊敬する父の笑顔。そして・・・、すべてが無に帰したあの光景。
ロイは目をゆっくりと開き、言い放った。
「カルコンに言っておけ。お前が正しいと信じ込んでいたものは全部間違っている。お前の弟子がそのすべてを否定しに行くとな」
レギュラスは明らかに不快そうにロイを睨むと、何かを呟いた。同時に辺りに熱風が起こる。
ケキャアアア
赤い鳥が叫び声を上げたそれは家一軒を翼で抱きこめるほどの巨大で、くちばしは鋭く黄色に光り、目は爛々とこちらを睨んでいる。その鳥が素早く下降してきた。
ジジジという音を立てて石畳が唸り始めた。辺りは陽炎が立ち込めている。その怪鳥がロイに向かって熱気を巻き起こしているのだ。
ロイは左手を大きく振った。ロイの周囲を取り巻いていたその熱気はしだいに収まっていき、秋口の夜風が改めて空を舞った。
驚くレギュラスめがけてロイは跳び上がった。剣を抜き、怪鳥に切りかかる。
「飛べ!!」
ロイの剣は空をきる。しかしロイは体勢を崩すことなく地面に着陸した。見上げると、レギュラスを乗せた怪鳥は遥か上空に飛び上がっていた。ロイを見下ろし、叫ぶ。
「見ていろ!じきにディアボロスが目的を達成する日が来る。僕たちは魔物を駆逐し、お前は何も出来ない。ただ、世界が変わりゆく様を見ているがいい」
レギュラスは怪鳥に何かをささやく。怪鳥は叫び声を上げ、西の空へと去っていった。