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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第2章 ジラークへ
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第8話  田舎者、都会を知る 3

シュートらと共に入った喫茶店で出されたのは、拳大のパンが3つとサラダだった。ロイは久しぶりに見るまともな飯を前にして、無我夢中で食べていた。

「うま~~い。おばちゃん、すげえぞ、これ」

皿を運んできた女性に向かって叫ぶと、40後半ほどの女性はにこりと笑った。

「坊やは世辞が上手いねぇ。でも料理を褒めるなら奥で作ってる旦那にいってちょうだい」

そう言うと、飲み干されたロイのグラスに水を注いだ。嵐のようなロイの食事に唖然としていたシュートは机に飛び散っているパンのカスを気にしながら食事をとっていた。シルクはというと完全に引いていて、手を止めて眉をひそめながらロイのほうを見ていた。ロイが食事を終え、手を止めたころを見計らってシュートが切り出した。

「君はボンゴというところから来たんだってね」

グラスの水を飲みながらロイは知っているのかと尋ねたが、シュートは首を横に振った。

「腰に提げている剣を見ると君は多少腕に覚えがあるみたいだ。だが、君の為に言っておく。はっきりいって魔物は危険だ。余計なことをすると身を滅ぼすぞ。それにその剣。君のような少年が持つにしては長すぎる。護身用には持っているが、そんなに振ったこともないんだろう?」

シュートは顔の前で指を組んでいる。その目は口元に反して威圧感たっぷりであった。屈辱を感じたが、言い返すよりも先に聞いておきたいことがあった。

「あんたのその銃っての見せてくれよ。さっきのあれすげえのな。あんなでかい魔物を一撃で吹っ飛ばしてさあ」

それを聞いたシュートは溜息を吐き、ホルスターごと銃を出した。

「これはまだ試作品で、世界中で僕しか持っていない。威力は先ほど見せたとおりだ」

「へえ、あんたがつくったってことか?」

「まあ、そういうことになるね。もちろん製造したのは技術者だが、設計したのは僕だ」

ふーんとシュートの話を聞きながらロイは銃を凝視していた。先ほどの戦闘を思い出し、これさえあればわざわざ体を鍛えて剣の扱いを学ばなくてもいいんじゃないかと思った。毎日を修業に費やしてきたあの日々がとても矮小なものに感じられた。

「副作用とかないのか?」

一転して真面目な顔になったロイにシルクは少し驚いたようだった。シュートは肩をすくめて答えた。

「ないよ。・・・強いて言えば弾を買うのに金がかかることかな。これは動力を使って圧縮した空気を入れているから再装填に時間がかかる。あとは燃料費かな」

科学という人類の膨大な年月の結晶と、材質と言う貴重な地球の資源が費やされてようやく力として使うことができる。

では、精霊術や能力はどうだろうか?

精霊術の対価は術者の生命力だ。カルコンは精霊術を科学で証明できるといっていたが、それはありえないとロイは考えている。術を実際に使えるロイすらも“熱”も“風”も人外の技にしか感じられない。しかし、精霊術の正体などロイがここで考えても答えは出るはずもない。

そしてカルコンの持つヒートボールの能力やボンゴを襲った魔物の水鉄砲。能力と精霊術に明確な区別はない。きっと“熱”や“風”を操る魔物だっているはずだ。唯一異なるのは限界がないという事だけ。しかし、本当にそうなのだろうか?本当はただ妖怪や魔物の持つものを能力と呼び、人間の持つもの精霊術と呼んでいるだけなのではないのだろうか?


ブーン


考え込んでいたロイを店の外でのハエの羽音の何倍もの大きい音が脅かした。ロイがガラス越しに外を覗くと、大きな鉄の塊が石畳の道路の上を走っていた。

「な、なんだ!あれは!!」

またしても表情が一気に切り替わったロイにシュートは溜息をついた。シルクは何も言わず、相変わらずのあきれ顔でロイを見ている。

「あれは車といってね。僕の銃の燃料と同じもので動いているんだ。それはそうと、君はもう少し社会勉強をしたほうがいい」

シルクが大きく頷いて同意した。シュートは小さな紙にペンで字を書き、ロイに手渡した。その時、シルクの表情が凍りついたのをロイは見逃さなかった。

「ここに行くといい。僕の知人の商人でね、紙に書いてある住所を尋ねてこれを渡せばきっと仕事をくれる。・・・字は読めるよね?」

さすがにむかっ腹が立ったが、確かにロイはシュートの言う通り知らないことが多すぎる。それに仕事も斡旋してくれている親切を無碍にするわけにもいかないので、黙って頷いた。

「―――ボール・グリン、中央3番街2214  この少年に仕事を斡旋していただきたい。  シュート」

紙にはそう書いてあった。顔を上げるとシルクは下唇を噛みながら、机に視線を向けていた。

「どうかしたのか?」

ロイが訊ねるとなんでもないと早口でまくし立て、首を横に振った。シュートはシルクに何か囁く。シルクはその言葉に頷きながらも、暗い顔をしていた。


二人に礼を言ってロイは喫茶店を後にした。太陽が頂点に近づき活気付いている街を眺めながら紙に書かれた住所へと向かう。

中央街は先ほどまでロイがいた東街とはうってかわって歩行者の数が減り、それと引き換えに車の数が倍ほどもあった。さらに家の一つ一つが信じられないぐらい大きく、そのすべてが高い塀で囲まれていた。つまり、この辺りには金持ちが多く住んでいるということらしい。傍から見れば浮浪者に見えるロイの格好は人目につきやすいらしく、ボール・グリンの屋敷にたどり着くまでに5回も空き巣扱いされた。

「やれやれ、やっと着いた」

ロイは5回、空き巣扱いされた。人に聞きながら、なんとか到着した屋敷の戸口に備え付けられている鐘を鳴らした。ゴーンと言う脳髄に響く鐘の子が鳴ってから2,3分して門が開けられた。

「何の用だ?」

大きな鉄の門を開けて出てきたのは初老の男だった。その老人はロイを軽蔑した目で見、物乞いだと思ったらしく言い放った。

「ここはお前のようなみすぼらしい者が近づいていい場所ではない。とっとと出て行け」

老人は皺の入った手でしっしとやると、門を閉めようとする。

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!」

そこまで言うか、とロイは泣きそうになったが、ここで引いたら負けだと思い、ロイは慌てて男に近づいて、シュートから渡された紙を老人に見せた。

「・・・・・・」

老人はその髪をまじまじと見つめ、眉を吊り上げてちらとロイの風貌を見た。

「入れ」

ぶっきらぼうにそう言うと、紙を懐にしまい、ロイを中へと招き入れた。


迷路のような屋敷の廊下を通り、案内された部屋には中年太りした男が椅子にどっしりと腰掛けていた。肘掛に肘をつき、いかにも金持ち風の男だ。名前はボール=グリン。その商才で親から引き継いだ会社を見事成長させ、築き上げた財力でケムトの商人連合のトップにいるのだそうだ。そのグリンは怪訝そうな顔でロイを見る。執事の老人はグリンに近寄り、先ほど懐に入れた紙を渡した。グリンは眉根を寄せてその文面とロイを見比べた。ロイは所在なげに男の正面に立っている。グリンは人差し指をロイに向けた。

「名前は何と言うのかね?」

少々高く、頭に響く声だった。ロイはすぐに自分の名を言った。

「フム、わかった。ほかでもないシュート殿の頼みとあっては断れないな。して、ロイ。君は何が出来るのかね?」

グリンの言葉はどちらかと言うと諦めのように聞こえた。それほどにシュートは影響力が大きく、ロイはみすぼらしく見えるのだろう。

「剣の腕なら・・・」

それを言うと執事とグリンは顔を見合わせた。

「フッフッフ・・・ハハハ」

グリンは大声で笑い出した。

「面白いことを言う坊やだな。剣の腕がいくらたったって銃を前にしたらそれに意味はないんだよ」

「でも・・・」

ロイは言いかけてやめた。現時点で分かっている剣が銃より勝る点はコストだけだが、この男にとって金は湯水と同じだろう。となると精霊術を披露するべきか。しかし、一応ジエルトンの秘密とされる精霊術はあまり多用すべきではない。ロイは拳を握りしめながらも顔を上げた。

「じゃあ、俺をテストしてください。それに俺が受かったら雇ってください。テストに落ちたら雇ってくれなくていいです。シュートには俺の力量不足だったと言っておきます」

グリンはニヤニヤ笑いをやめて言った。

「そうか、それは面白そうだな。ではこうしよう、この屋敷の中庭にペイント弾―――殺傷力はなく、服に色をつける弾を持つ私の部下を3人配置する。撃たれずに木刀で3人とも叩けたら合格。どうだ?」

執事は動揺していたが、ロイにとっては願ってもないことだった。もし、これで勝てれば剣が銃に劣らない証明にもなり、雇ってももらえる。

「それでお願いします」

お互いの目を見合うロイとグリンを執事だけがおろおろと見比べていた。


中庭の広さは一般的な家ほどで、ペイント弾の射程と同じぐらいだった。隠れる場所もないので、ロイには明らかに不利だった。

「さて、それでははじめるか」

ロイは先ほどグリンから借りた木刀を握り締めていた。その周りを三人が正三角形の形で取り囲んでいる。ロイは一蹴りで切り込めるように両足に熱を集めていた。

「始めっ!」

鈴の音が開始の合図だった。同時に周りの三人は一斉にペイント弾を撃ち出した。薬莢が弾ける音が鼓膜を叩き、ロイに向かって弾が走る。

「・・・遅い」

ペイント弾だからか、先ほどシュートの改良型の銃を見たからか、ロイにはそう感じ取れた。

ペイント弾が空中でぶつかり合った。その中心にいたはずのロイはいない。弾を撃った三人はおろか、見物をしているグリンすらその姿を見失っていた。

突然三人の男のうち一人が倒れた。ロイが男の腹部を薙いだからだとわかったのは、やられた男ではなく倒れてない二人の男の方だった。

二つの銃口から弾がロイに向かった飛び出した。ロイは一歩だけ後ろに下がると、その弾を二つとも木刀で受け止めた。周囲に赤いペイントが弾け飛ぶ。

グリンが驚きのあまり椅子から立ち上がった。そしてペイントが地面に落ちきるよりも先に男が一人倒れ、ロイが最後の一人の男の後ろで剣を振り下ろしていた。それは男の肩口に当たり、男を地面に叩き伏せた。

「・・・どうでしょう?雇ってもらえますよね?」

ロイはニッと笑ってグリンを見た。グリンはといえば驚きのあまり腰を抜かし、床に尻もちをついていた。

終了を告げる鈴の音が響く。




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