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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第1章 旅立ち
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第7話  旅立ち 2



「お頭が、お頭が目を覚ました!!」

ロイのその言葉を受け取った3人は、一斉に椅子から立ち上がった。我先にとギンの部屋へ掛けると、部屋に押し入った。

「お頭!お頭!分かりますか!?」

ロイの問いかけに、ギンは目を開け、首を4人の方へ回した。

「大丈夫、なんですかい?」

ヘルゲンの問いに、口を少しあけ、小さな掠れた声で「ああ」と言う。

「夢を、見ていた」

ギンが天井を見る。長く眠っていたせいだろう、視界はまだぼんやりとしていた。

「大きな羽を持った若鳥の夢だ。その鳥は羽ばたきを大きな山に阻まれ、声を雨に遮られていた。私はそれを見守ることしかできなかった。だが、その鳥は何度行く手を阻まれようとも羽ばたき続け、最後には吸い込まれそうな青い空へと飛んで言ったよ・・・。」

ギンは一度目を閉じ、椅子に座っているロイの方を見た。

「ロイ、お前に風はまだ吹いているか?」

「はい!」

ロイはその言葉の意味を悟り、返した。

「お頭、本当に大丈夫なんですか?」

その目にはロイの安堵の涙がたまっていた。ギンは軽く微笑む。

「大丈夫だ。お前たちに風が吹いている限り、私の命も潰えはしない」

ロイの目から涙が止め処なく溢れてくる。しかしこれはボンゴを出たときのような悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。ヘルゲンがロイの肩に手を置く。


それから、ギンが起き上がれるようになるまで3日かかった。その間にロイはギンの身の回りの世話を任されていた。

「よし!ロイ、一緒に来てくれ」

3日後、ギンはかつての透き通った声を取り戻していた。まだ歩けるはずではないのに、ベッドから降りようとしたので、ロイが制止しようとすると、

「大丈夫だ。とりあえず外まで肩を貸してくれないか」

ロイはしぶしぶ肩を貸し、ロイを小屋の外へと導いた。ギンはいつもの自分の椅子に座ると、目を閉じた。

「ふう・・・!!」

ロイが熱を移す時のように全神経を集中させる。ギンは集まった風を纏い、体を宙に浮かせた。歩くような格好だが、足は地面から数センチ離れている。

「ロイ、行くぞ!」

「え?」

それだけ言うと、ロイのジョギングくらいのスピードで空を舞い始めた。ロイはギンについてゆくために駆け始めた。

「ちょっと、どういうことっすか!?」

ロイはギンの風に阻まれないように大きな声で叫んだ。その問いに悪びれない態度で答える。

「リハビリさ。術はこの通り使えるみたいだけど久しぶりだからね、体に慣れさせないといけない」

なるほど、とロイは呟き。ひとつの疑問を抱く。

「何で俺もついていくんですか」

「私が倒れたら、誰が運んでくれるんだい?」

ギンがロイの耳に十分届く声で叫ぶ。ロイは呆れた。

「お前もよかったら術を使うといい」

ギンはそう加えたが、熱の術は低スピードで長距離だと逆に疲れる。これは自力で走るしかないと考えているところに、ギンが叫んだ。

「よし、スピードをもっと上げよう」

そのまま、鳥ぐらいの速さで飛んでいった。

「オニ~!!」

ロイはそう叫ぶと、仕方なく術を使いながらギンについてゆくことにした。空は青くどこまでも澄んで、木々は枝を力いっぱいに揺らしていた。


ロイがふらふらになりながらギンに続いて小屋に入った時、辺りは夕闇に包まれていた。扉を閉めると、食指を動かすにおいが鼻を突いた。食卓に目を向けると、珍しく3人が料理をしたらしく、食事が並べられていた。ギンが定位置に座るように促す。

「いやあ、久しぶりに訓練なんかしたなあ。疲れた。なっ、ロイ」

そう余裕そうに言うと、まだ息を切らせているロイを一瞥した。ロイは口をとがらせ、目を逸らした。

「こっちの方が燃費悪いんだからしょうがないじゃないっすか」

と言いたかったが、修業が足りないとか嫌味を言われそうだったのでやめた。隣を見ると、3人が自分たちで作った料理をほおばっている。ギンも食べ出したが、今のロイにその体力は無い。しかし、食べないと、目の前にあるものを食べられてしまうので、ゆっくりと口に運び出した。

おおかた食事が済んだ頃、ギンがロイに話しかけた。

「ロイ、お前はいつ出発するんだい?」

その言葉を聞いてロイははっとした。確かにカルコンもいなくなり、ギンも目覚めた今となってはロイがここに残る意味は無い。ここにいたところで術の修業ができるわけでもない。更に、ここにいては『魔物から人々を救う』という目的を果たす事も出来ない。

しかし、正直ここを出て一人で生きていくなんて考えたことも無かった。

俯くロイに対してギンが言う。

「カルコンはそう遠くない間にジエルトンに宣戦布告する。もし、このままディアボロスが力を付け続けたら、ジエルトンでも太刀打ちできなくなってしまうだろう。だから、ロイ。お前は世界を見て、自分の力を磨かなくてはいけないよ」

わかっている。ここにいても守られているだけ。自分一人ではギンはおろか自分自身でさえ守ることはできなかった。それではカルコンには敵わない。

「わかってます、でも・・・」

果たして魔物が出ている外の世界でロイの力が通用するのか。ロイには自分の力を過信できるほどの経験が無かった。実戦と言ったらガイガンを目の前にして足がすくみ、カルコンと対峙して剣を腿に刺したくらいか。言ってしまえば2戦全敗のようなものだ。

3人は立ち上がって、食器を片付けていた。ロイの分まで片付けている。ギンの真剣さを感じ取っているということだろう。ここがロイの人生の中で大きな分岐点になることが3人も分かっているのだ。

「迷う気持ちは分かる。だが、カルコンを止めるためにもここにいてはいけないだろう」

だが、非力な自分に何が出来るのだろうか・・・。

その様子を見てギンは溜息をついた。ゆっくりと立ち上がると、初めて来た夜と同じように倉庫の中へ入っていった。

5分ほどたって、出てきたギンは剣を握っていた。

「お前の剣はカルコンに融かされてしまったからな。代わりだ。それともうひとつ話しておく。私の剣を振ってみなさい」

ロイはギンが倉庫から出した剣を右手でギンが腰に携えている剣を左手で受け取った。自然と左手が頭上に上がってしまった。

「えっ?軽い・・・!」

普通の剣と同様の重さだと思い、ロイは腕に力を込めた。しかし、ギンの剣はおそろしく軽く、自然と腕が上がってしまったというわけだ。

「そうだ、術者にとって、通常の剣は戦闘の時邪魔になる。だから、例えば私の剣が軽い物質で作られているように、特注品にするわけだ」

なるほど、これでカルコンの剣がカルコン自身の発する熱で融けなかったことにも納得がゆく。熱の術では確かに融けない程度に熱を逃がせても、劣化は免れない。融点の高い金属を使っていれば問題ないわけだ。

「ジエルトンの協会本部の地下に鍛錬場があってね。術者はそこに出向いて作ってもらうんだ。術者の体に合ったものを作るわけだから、実際に出向かないと作れないわけだね。どうだろう、とりあえずそこに行くことを目的とするのは」

“世界を救う”なんて漠然としたゴールの見えない旅ではなく、目的のある旅。

「無理だと思ったらいつでも私の下に戻ってくるといい。私たちもそろそろ拠点を動かさなければならないけど、ちゃんと連絡はとれるようにしておくから。

「はい、分かりました」

ロイは背筋を伸ばし、そう答えた。



朝焼けがロイの体を包み、西の方向に長い影を作っていた。ロイはそれを眩しそうに見つめると、目を閉じた。

背後に広がる森からは朝早いせいか鳥の鳴き声は聞こえず、静まり返っている。その暗がりの中にロイとロイの恩人達の姿がある。

「ロイ、覚悟はいいかい?」

ロイは力強く頷き、ギンの問いへの肯定を示した。

ヘルゲンがロイの方へと歩み寄り、自分の胸くらいの高さのロイの頭を軽く叩いた。ロイの茶色い髪が少し揺れる。

「カリューの山は高くはないが広い。野垂れ死ぬなよ」

ロイは歯を見せてにこりと笑った。ヘルゲンも同様に笑う。そして、二人は拳を突き合った。ロイも成長期の後半に差し掛かったとはいえ、やはりヘルゲンの手も背もロイよりずっと大きい。

ギンもロイのほうに歩み寄ってきた。首のネックレスを外し、ロイに掌を出させた。

「これをあげよう」

そのネックレスは、細いチェーン状の物で、石のような物が三つ通されていた。真ん中は大きく、両端の二つははやや小さい。

「私が師匠からもらったものだ。女物だが、勘弁してくれよ」

ギンはにこっと笑った。ロイはつられて笑うと、それを首に回した。ここに来てから首も一回り太くなったらしく、鎖は短かったが、胸の剣状突起ぐらいの位置に石が触れている。

ギンは左手の中指にはめている銀色の指輪を目の前にかざした。ヘルゲン、アンゴラ、オルソーも同様にする。ロイも同じようにかざす。

「―――ここに新たな旅立ちが約束された。気高く、強く、勇気あるこの者を見守り給え」

詠唱を終え、手を下げると、ギンはロイの肩に置いた。

「常にジエルトンの誇りを忘れるな。心はいつも共にある」

「はい」

ロイは力強く答えた。4人に深く礼をすると、振り返り、右頬に朝日を受けながら、歩き出した。両脇の森からは、旅立ちを祝福するように、鳥達が合唱を始めていた。





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