第6話 ディアボロス 2
「・・・・・・」
ギンは3人の姿が見えなくなったのを確認すると、カルコンに近くの切り株に座るように促した。カルコンが素直に座ると、自分も傍の切り株に腰掛けた。眉間にしわを寄せた厳しい顔のまま、カルコンを睨んでいる。
「どういうつもりだ?」
表情同様厳しい口調でギンが詰問する。
「何の話だ・・・?」
カルコンは肩をすくめ、低い声で返す。ギンは自分の腿の上の右手の人差し指を激しく上下にトントンと動かし、苛立ちを露わにしていた。
「俺は普通に修業をしたまでだ」
「しらばっくれるな。ロイはまだ修業を始めてから半年と経っていない。そのロイに対して、この修業はあまりにも危険すぎる。忘れのか?術の限界を超えると、術者は死ぬんだぞ!」
術の限界。“熱”や“風”を自在に操ると言う代償はとても大きい。ギンは再度カルコンを睨んだ。
そんなギンの激しい口調に物怖じすることなくカルコンは口元を吊りあげ、冷静に答える。
「ここ半年足らずで、ロイはみるみるうちに才能を開花させた。師として、弟子を強くする為にしただけだ。確かに、予定をかなり早めてはいるがな」
ギンはいきなり立ち上がると、カルコンを見下ろし、極力怒りを抑えながら言った。
「本当に、それだけの理由か?」
その言葉を聞いた途端、カルコンは俯くと、肩を震わせた。
「クックック・・・全てお見通しと言うわけだ」
「長い付き合いなんだ、お前の性格ぐらいは熟知してるさ。カルコン・・・ロイを潰すつもりだったのか!?」
お互いの姿勢は変わらない。ギンは立ったままカルコンを見下ろし、カルコンは座ったまま俯いている。ゆっくりとカルコンが顔を上げた。見開かれたその目はギンの方向を確かに見ているが、その目にギンは映ってはいない。
「なに、ロイを試しただけだ。危なくなったら止めるつもりだったさ」
その途端、辺りの木の葉が舞い上がった。
「試した、だと?ふざけるな。お前のその身勝手な嫉妬心で、危うくロイは命を落とすところだったんだぞ!」
カルコンは膝の上に両肘を乗せて顔の前で指を絡ませると、真剣な顔つきに変わった。
「嫉妬心・・・か。確かにそうかもしれんな。あいつを見てると、まるで昔のお前を見てるようだよ。溢れんばかりの才能。進化の天才とでも言うべきか。・・・・・・本当にそっくりだ。師こそは違ったが、共に力を求めたあの時のお前にな」
ギンは怪訝な顔つきになり、風は静かに流れる。木々から芽を吹き始めたばかりの青葉はまだせわしなく動いていたが、その動きは少しずく遅くなっていた。カルコンの意図が読めないのだ。
「お前は俺の理想だった。お前のような才能が欲しかった。俺を天才と呼んだものは数いるが、俺は俺自身が天才だと思った事は一度としてない。―――お前がいたからだ。常に俺より力があるお前がそばにいたからだ。力さえあれば、俺の家族を皆殺しにした魔物も簡単に倒せる。そして・・・・・・ロイはお前以上の才能を持っている。あの修業・・・・・・」
カルコンは積もっている燃えカスを見た。ギンもそれに続いて首を動かした。
「俺がこのレベルに達するのにどれだけかかったと思う?・・・3年だ。師の下で修業の最終試験として、これと同じ事をした。それをロイは半年足らずでやってのけた。わかるか?これが才能だ。時間という誰にも平等なはずのものを超越する力だ」
太陽が西へ沈もうとしていた。大地は薄暗く、青い葉も赤黒く照らされている。
「なあ、ギン。途方もない力が欲しくないか?」
カルコンが顔を上げ、今度はまっすぐにギンの顔を見た。その目は吸い込まれそうなほどに力強い。なぜか余裕のある笑みを浮かべていた。
「どういうことだ?」
「家族を殺し、俺たちの故郷を滅ぼした魔物。奴らは術よりも強大な力を持っていて、魔獣のような膨大な体力に守られている。例えお前でも、退治しようとすればただではすまないだろう・・・」
ギンは何も言わずに黙ってカルコンの話を聞いている。
「だが、俺は奴らを超える力を手に入れた」
ギンは突然カルコンの口から飛び出した言葉を理解するのに時間がかかった。
「バカな・・・・・・不可能だ」
人間が使うのが精霊術ならば、魔物が使うのは能力。術とは違う生得的な力。さらに魔獣や魔物が擁する膨大すぎる体力。それを凌駕することなど人間には不可能だ。だからこそ人間はジエルトンのような組織を組み、集団になる必要があったのだから。
「ディアボロス」
カルコンの口から、ギンへの返答として固有名詞が飛び出した。
「俺が作った組織の名だ。魔物どもを根絶やしにする為の、な」
「・・・・・・」
ギンの脳内には14年前の光景が蘇えっていた。ギンとカルコンは同じ村に住んでいた。ボンゴほどでないにせよ、ほとんど人の行きかうことのない小さな村だった。しかし、その村は魔物に襲われた。それから1年間、二人で血肉をすするような生活を共にしてきた。生きるために人から奪った。最初は5人いた仲間たちも病と飢餓で死に、そして自衛団に殺されて残ったのはギンとカルコンの2人だけ。
そして偶然近くに住んでいたギンの師に助けられた時、泣きじゃくっていたギンに対して、涙ひとつ見せること無かったカルコンは言い放った。
「―――魔物どもは、俺が必ず根絶やしにしてやる」
カルコンは立ち上がった。
「どうやって、と聞きたそうだな。教えてやる」
ギンの表情はいっそう険しくなった。カルコンはそんなことなど微塵も気にしないで嬉々として話し続ける。
「魔天転器」
またしても固有名詞が飛び出した、だがその言葉には聞き覚えがある。
「この世界と魔界とをつなぐ高エネルギー発生装置だ。妖怪たちがこの世界へ来る唯一の方法だ。俺はジエルトンが残した様々な文献を調べ、ついに1年前、そのありかを突き止めた」
「何故、魔天転器を?」
「決まっている、契約だ。知っているか?ギン。妖怪には魔物と違って能力が2つある。その内のひとつは契約よって他者への譲渡が可能となる。俺はそれを行った」それを聞いた途端、ギンは全てを理解した。
「魔天転器のありかと言うのは・・・まさか・・・・・・!」
カルコンは笑う。
「そう、ボンゴだ。あの場所は本当に良かったよ。外部との交易が少なく、人がいなくなっても怪しむものはほとんどいない。ただ、魔天転器の発動の仕方は分からなかったから少し工夫をさせてもらったがな」
「それじゃああの魔物は・・・」
ギンは目を見開いた。
「そうだ、俺がけしかけた。数年前、特殊な術で魔物を操る一族と偶然に知り合った。それからは全ての魔物が支配できるようになった」
魔物を殺すために魔物を使うのはなかなかの矛盾だがな、とカルコンはくつくつと笑った。その様は、ギンの知っているどんなカルコンとも当てはまらない。まるで妖怪か何かのようだった。
風が舞い上がった。静かに横たわっていた木の葉が、ギンとカルコンとを囲み始めた。
「そんなことをして、どうするつもりだ」
「決まっている。俺が世界の王となり、この世界を支配する。魔物を一匹残らず根絶やしにする為に。だからお前にも言ったんだ。なあ、ギン。昔みたいに俺達で組まないか?」
ギンはこみ上げる感情がよく理解できなかった。だがひとつだけ理解できた。ロイの全てを奪った元凶はこの男なのだと。
「・・・・・・随分と、ふざけたことを、言うじゃないか!」
気がつくと、剣を抜いていた。カルコンもそれに続く。
「こうなると思ってたぜ。なんせ、長い付き合い―――だからな」