第4話 精霊術 2
表紙をめくると、予想通りの黄ばんだ紙と、黒いインクの手書きの文字が出てきた。不本意だったが、ロイは祖母の教えを思い起こしながらゆっくりと読み始めた。
「この世は5の種族からなっている。すなわち人間、妖怪、獣、魔獣、魔物―――
人間とは地上に生き、術を使うもの。妖怪とは地上に生き、能力を持つもの。獣は世界に生き、4の種以外の全てを指す。魔物は能力を用い、魔獣は用いない」
魔獣と獣の定義は曖昧だと注意書きがされていた。生命力や凶暴さなどが基準になるらしい。
ここまで読んで、ようやくロイは自分がこの本に釘付けになっている事に気がついた。この本には、まさしくロイが今一番知りたいことが記されていた。
その下は、目次のようなものになっていた。写本と言っていたが、随分汚れていたので、写本自体が相当古いものなのだろう。
目次にある世界の地形のことがロイの興味をそそったが、まずは“術”について読むことにした。
“術”は妖怪や魔物の持っている“能力”と違って生まれたときから備わっているものではないらしい。ギンが「開眼」と言っていたのも頷ける。中には開眼できない者もいるらしく、“風”や“熱”のほかに“水”や“光”など多種多様だ。しかし、その詳しいことは書かれていなかった。
ほかにも戦術なども参考になった。特に剣術については、知らないようなことも多かった。ただ、「先に体術を学ぶべし」と書いてあり、体術のマスターを前提とした内容であったので、足がまだ完全には治っていないことも考え、後回しにする事にした。
「ふう」
ロイは天井を仰ぐと、溜息をついた。読解できなくて読み飛ばしたところも多いのだが、一通りは読み終えた。本と言うより事典に近い。ロイは軽く伸びをすると、何か簡単にできる事がないかと、体術の章を眺め始めた。
「入るよー」
ロイの返事も待たず、ギンはドアを開けた。
「な、何してるんだい?」
ロイは床に寝転がっている。仰向けの姿勢から左右交互に向きを変え、その都度掌で床を叩いていた。
「・・・受身の、練習です」
ロイはがばっと起きて、床に座ると、少し気恥ずかしそうぼそっと言った。
「ああ、なるほど、いや、大事だよ、受身は。もう読んだのかい?」
ロイは「一通りは」と言うと、立ち上がった。まだ足が本調子じゃないので、ゆっくりとではあったが、もう痛みはほとんどない。
「ロイはせっかちだから、剣術から入るかと思ったよ。じゃあ、その本貸すから、うまく使うといいよ」
「はい」
ギンはニッコリと微笑むと、両手を重ねて腹の上に置いた。
「ああ、そうだそうだ。お腹が空いたなあ」
「またスか・・・・・・」
ギンの表情は変わらない。それは依頼ではない。強制だった。何しに来たとのかと思えばそう言う事か。ロイは心の中だけで嫌味を言った。
「はあ・・・わかりましたよ」
ロイは胃にも穴を空けられればよかったのに、と思いながら先に部屋を出た。ギンは部屋のドアを閉めて、微笑みながらロイの後に続いた。
「あ、そうそう、ロイの先生なんだが、1週間後に来るらしい」
食後に、ロイが一番気にかけている事を適当にギンは言い放った。あろうことか爪の垢を取りながらという適当っぷりだ。
「どういう人なんスか?」
今度はお茶をすすりながらギンは言った。
「カルコンってやつだ。私とは幼馴染でね。多分“熱”の術だったら5本の指に入るだろうね」
ジエルトンの規模を知らないので「5本の指」が果たして凄いのかどうかはわからなかった。
「じゃあ、お頭はどれぐらいなんスか?」
「さあ」
軽く流された。
「カルコンは確かに術者としては凄いけど、でもなあ・・・」
何事もなかったかのように受け流す。さすが“風”の術者だ。
「でも?」
ロイは控えめに聞いた。
「最悪、死ぬかもよ?」
「えっ!?」
ギンは最後に最も聞き捨てならないことを言い置いて、立ち上がって自室に入っていった。最後に振り返った。
「じゃあ、体術がんばれ」
バタン
誰も物音を立てない部屋に、扉を閉める音だけが響いた。
1人残されたロイはつぶやく。
「・・・まじかよ」