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Disturbed Hearts  作者: 炊飯器
第1章 旅立ち
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第4話  精霊術 1

「・・・生きてる」

ロイはおよそ一ヶ月間慣れ親しんだ部屋で目を覚ました。どれだけ眠っていたかわからない。そもそもどうして眠っていたのかもわからない。とにかく寝すぎた時によく怒る頭痛がした。

「よっと」

気合いを入れて上体を起こそうとしたが、力が入らなかった。かろうじて手足は動いたので、体をよじりながら足を流し、ベットの下へと着地させた。

「つう」

両足へ体重を乗せると痛みが走った。なんだからここに来た日みたいだな、とひとりごちる。まるで足が体を支えることを拒絶しているかのような感覚。しかし、時間が経つにつれてそれにも次第に慣れ始め、座りながら足踏みができるくらいにはなった。

「コンコン」

ドアがノックされた。てっきり3人がロイを起こしに入ってくるものだと思っていたが、入ってきたのはギンだった。

「あれ?お頭妖怪にやられたはずじゃ・・・」

記憶がフラッシュバックする。ギンを貫き、身体の前で止まった鋭い爪。確かにギンはあの妖怪、ガイガンに腹を貫かれたはずだ。その証拠にギンは少しだけ腹を庇うようにしていた。だが、腹を貫かれたら庇って歩けるようになるはずがない。そもそも生きていること自体がおかしい。

いつものローブをまとっているギンはたいそう驚いた表情でロイを見ていた。

「ロイ、目が覚めたのか!?」

その言葉の意味がよく理解できなかった。まだ頭が廻っていないのかもしれない。

「ヘルゲン達なら、大丈夫だ。傷の一つ一つはそれほど深いものじゃなかった。出血は多かったけど、元々血の気が多いから、少し抜くぐらいがちょうどいいのさ」

ギンはふっと笑う。しかしロイはその言葉に笑い返す事はしなかった。

ロイの脳では焼きついている光景が繰り返し再生されていた。最後に自分を飲み込むべく開けられた妖怪の大口と、迫りくる死の恐怖が思い起こされる。

「夢じゃなかったんだ」

ロイの考えを察してギンが言い放った。

「ああ、現実だよ」

その光景を再度思い出す。そのたびに何もできなかった自分が情けなく思った。

「すいませんでした、俺足手まといになってばっかで・・・」

「いや、そうじゃないかもしれない」

すっかりうなだれて謝罪したロイに言った。ロイはその言葉が全く理解できず、顔を上げた。

ギンは真剣な顔をして顎に手を当て、ロイを見ていた。

「あの妖怪が言った“セイレイジュツ”って覚えているかい?」

そういえばそんなことを言っていた。ヘルゲンを襲おうとしたガイガンを吹き飛ばしたあの風、そして木々を切り倒したあれの事を指しているんだろう。

「はい」

「実は、君もセイレイジュツが使えるんだ」

「は?」

ロイは目を丸くして、ギンの顔を見た。ギンは傍にあった椅子に腹をかばいながら腰掛ける。背もたれに寄りかかりながら顔の前で指を合わせた。

「少し説明するよ。今ではありえないとわかってるけど、太古には、風も日も水も光も全てのものには精霊が宿っているとされてきた。そして、人間はそれを自在に操る力を持っている事を発見した。だから“精霊術”と呼ばれている。そして、君は、先日それを開眼した」

まったく身に覚えがないロイは、ギンが自分を謀ろうとしているのだと思い、ギンの真剣な表情を見なければ吹き出してしまうところだった。だいたい全く説明になっていない。そんなロイの意図を察したのか、ギンは続ける。

「君は夢中で気付かなかったかもしれないけど、剣を振る訓練の時のことだ。あまりの熱気で私は君に近づくことすらできなかった」

ギンは一呼吸置き、続けた。

「そしてもうひとつ、まだ厳しい訓練も積んでいない少年が、あの重さの剣を2時間も振り続けることなど不可能だ。実はあれは術を開眼するための鍛錬なんだよ。というよりは精霊術を開眼する才能があるかどうかを見極める試験かな。もちろん精霊術は誰にでも使えるわけじゃない。開眼のためには類稀な集中力が必要とされる。命の危機も感じずに幸せに暮らしているような人々には難しいだろうね。だって、彼らは必死に強さを求めることなんてないんだから」

そのギンの皮肉はどちらかというと自分自身に向けられている気がした。

「という事はお頭も?」

ロイの言葉に自嘲気味な笑みをやめて、深くうなずいた。

「そうだ、私も師の下で同じ鍛錬を行い、風によって力を使わずに剣を振り続けた。全身から熱気が発せられたという事は、君は恐らく熱によって全身の筋肉を活性化させたのだろう。しかし、こんなにも早く開眼させるとは思わなかった。正直驚いたよ。本当は2ヶ月はかかる」

「え?」

確かには一ヶ月と言われたはずだ。

「ああ、『あの』修業は一ヶ月なんだよ。“水”や“光”なんかだと、あの修業じゃ効果はないから別の方法で開眼させるんだ。もっとも、大抵の場合はその時点で諦めることが多いらしいけどね」

あまりにもぶっ飛んだ話で、なぜこんな説明をされているのかを忘れてしまった。ようやく思考が追い付いてくる。いや、追い付いていないのかもしれない。

「それで『そうじゃなかったかもしれない』って言うのは?」

ギンは指を鳴らした。

「そう、それだ。私があの広場に目覚めた時、あの妖怪は炭になっていた。あれは自然の雷に打たれでもしない限り、焼かれたんだろうね。あの日は晴れていたし、あそこは人も通らないから、君が無意識の内にやったのではないかと思っている。と言うか、それ以外の仮説が思いつかない。しかし、それもありえないことなんだがな。君の小さな身体に妖怪を焼き尽くすほどのエネルギーがあるとは思えないし、仮にあったとしても都合よく発動するはずがない。ハッピーエンドが待っている物語じゃないんだから」

「お頭の傷は?」

ギンは首を横に振った。

「わからない。目覚めたら動ける程度には回復していた。まだかなり痛いけどね。と言うわけで、何か“運が良かった”と考えよう。こうして全員生きていたわけだし」

急に笑顔になり、手をたたいた。

「楽天家すぎだ!」

思わず突っ込んでしまった。同時にごほごほと咳き込む。しばらく使われていなかった喉をいきなり動かしたからだろう。しかし、考えても結論が出ないものは仕方がない。

「あっ、そういえばあれから何日経ってるんスか?」

「ん、ああ、3日だよ」

ロイの頭の中で何かが崩れ落ちる音がした。せめて、もう一日早く起きていれば・・・。肉の焼ける匂いが頭の中でこだまする。

「あの日の夕食になる予定だった、獣の肉は?」

ガイガンが現れた日の午前中にヘルゲン達が狩ってきた獣の肉だ。今夜は御馳走だとみんな手をたたいて喜び、食卓に並ぶまで腐らないように保管していた。

ギンは悪びれない様子で笑顔をロイに向けた。

「ああ、あれね~、美味しかったよ、ごちそうさま。ヘルゲンたちもすぐに目覚めたとはいえ、食欲もあんまり無さそうだったし、足が早いから私が2人前も頂いちゃったよ。いやぁ、この腹で2人前はきつかったね。幸いにも消化器官は傷ついてなくてよかったよ。・・・うん、おいしかった」

「そんなあ」

ロイはがっくりと肩を落とした。久しぶりの肉だったのに・・・。

話している間に3日のブランクの勘が戻ってきたのか、機嫌が直る頃にはロイは立ち上がって歩けるくらいにはなっていた。ギンの後に続いて居間に出ると、3人は机に座っていた。ヘルゲンは右腕を吊っていて、オルソーは右目付近を包帯で隠している。アンゴラは目立った外傷はないが、服の下にしっかりと包帯を巻いているのが見えた。

「おお、ロイ、起きたか」

「無事か?」

「・・・・・・」

なにもできなかったロイを攻めるわけでもなく、慰めるわけでもない。ロイには兄弟はいなかったが、兄がいるならばきっとこういう感じなのだろうな、と思った。もっともこんなふけ顔の兄などお断りだが。

ロイは少しにやけながら特に何を言うわけでもなく、ギンに続いて自分の椅子に座った。

「・・・・・・」

沈黙が一瞬流れ、ロイを除く4人の腹の音がそれを打ち壊した。

「そういえば俺も腹減っ・・・」

そう言いかけたとき、8つの眼が全てロイに注がれているのを感じた。

「・・・・・・」

「えっ、俺ぇ?3日昏睡状態にあってたった今目覚めたばっかだぞ!」

4人を見回した。ヘルゲンは、痛そうに右手を庇い、オルソーは右手で目を覆い、アンゴラは胸を押さえた。そのタイミングは全く一緒で、恐ろしいほどの血のつながりが感じられた。

「わざとらしっ!」

ぼそっと呟いたロイの声を合図に、

「イタタタタタ」

各々の怪我の箇所を押さえながら、ステレオで言った。

「ちぇ、・・・お頭は?」

ロイがギンの方を向くと、やはり輝かしい笑みを呈しながら言い放った。

「何で私がお前たちの飯を作らなくちゃならないんだい?」

「・・・・・・」

結局ロイが昼飯を作ることになる。とんだ雑用根性だった。炊いた米を湯の中に入れ、野菜添えて味噌で味を調えた。

「いやあ、やっぱりロイの料理は美味しいなあ」

そうギンが言ったところで気づいたが、

「あれ?昨日までの飯は・・・?」

一斉に目をそらされた。やっぱりか。

「交替で作ったんだろ?」

目はそらしたまま、木のスプーンで飯を口に運び続けた。ギンは食べ終わると、

「いやあ、やっぱりロイの料理は美味いなあ」

ロイがじろっとギンを睨んだ。

「あっ、そうだ、精霊術のことだけど」

ギンが唐突に話を振った。100%逃避のためだと思うが、『精霊術』という言葉に敏感に反応したロイは、そのことには気付かなかった。

「君の“熱”の術の修業には同じく“熱”の師が必要だ。幸い私の知人に“熱”の術者がいるから手紙を書いておいたよ」

ギンは新聞や手紙やらは伝書鳥で行っている。大抵は鳶や鷹を使うことが多い。頻繁に紛失するらしいが、スピード重視という事らしい。

「多分結構時間がかかるだろうから、それまでは・・・」

そういうと、思い出したように立ち上がり、剣と指輪を出した部屋に入り、何かごそごそやりだした。

ボフ

「うわっ!」

扉からほこりが吐き出された。どうやら中は相当汚いらしい。見たくない。掃除をしたくなってしまうから。

「・・・・・・」

染み込んだ雑用根性が取り除かれる日は来るのだろうか。

2,3分ほどして、ギンはなにやら色あせた分厚い本を持って出てきた。それを机に置くと、辛うじて表紙の「real world」と言う手書きの文字が見て取れた。

「これはジエルトンが残したもので、私たちの教典にもなっている。もっとも、これは写本だけどね。読みなさい」

ロイの顔はさっと曇った。幼い頃から家にいるのが苦手だったロイは、本を読めるほどじっとしていられなかった上に、村に本自体が稀少だったため、今までほとんど本など読んだことはない。ばあちゃんに字は教わってはいるが・・・。

「マジで全部読むんスか?」

「マジで全部読むんだよ」

「このクソ分厚い本を?」

「このクソ分厚い本をだよ」

「・・・・・・」

間を空けないギンの返答が有無を言わせないことを物語っていた。ロイは深く溜息をついた。

「わかりましたよ、ええ読みます。読みゃいいんでしょ!」

大声で言って、立ち上がり、本を脇に抱えると、大またで部屋へとはいっていった。背後から、くつくつと笑う声が聞こえた。


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