表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文部省特別広報室  作者: さわみずのあん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/2

河童を信じているかという質問に、私は言葉を失った。

 文部省特別広報室の扉を開けた時、

 ああ、左遷させられたのだ、と思った。

 机の上に積まれた古い資料は埃っぽく、

 その向こうで、安っぽい椅子に、

 中年の男が座っていた。


「河童、信じてる?」

 重そうな太った体を、

 壊れそうな細い椅子の背もたれに、

 ゆるく、もたれかかって、

 男は、言った。


「は?」

 と思わず、私は言ってしまった。

 上司であろうと思われる男に、

「失礼しました、本日付で、

 こちらに配属されました、」


「鈴木」


「いえ、私は鈴木では、」


「名前ってのはさー、

 分かればいい、

 通じればいい。

 私は君を鈴木と呼んで、

 君は鈴木と呼ばれたら、

 自分のことだと思う。

 そこに何の問題がある?」


「私は、」と、

 反論しようと思ったが、

 上からの命令は絶対だ。

「本日配属になりました、

 鈴木です」


「僕のことはさ、

 課長? 係長?

 あれ? どっちだったけ、

 まあ、役職なんて、

 何でもいいからさ、

 好きな風に呼んでよ。

 でさ、鈴木君。

 君、河童って信じてる?」


「いえ、信じておりません」


「うちの爺さん、

 曾祖父さんだったけな、」

 私のことなど、お構いなしに、

 課長(役職の高い方で呼ぶのが無難だろう)

 は話し続ける。

「うちの爺さんは医者でね、

 初めは、村の中で、細々と、

 医院をやっていただけだったんだけどね、

 かなり、腕が良かったらしくて、

 一代で、あれよあれよと、大きくして、

 医者を何百人も雇うような、

 大病院を作るまでになったのよ。

 でね、まあ、

 誰かに聞かれるんだ。

 『成功の秘訣は、何なんですか?』

 なんて言われた時、

 『河童だよ、

 小さい頃、河童に会って、

 そいつに医術を教えてもらったんだ』

 そう、答えるんだ。」

 

 長く、なりそうな話に、私は水を差す。

「失礼ですが、私はここに、

 仕事をしに来たんですが」


 課長は、ほんの少し、圧をかけた声で、

仕事(ビジネス)だよ、

 私は仕事の話をしている。

 ちょっと、若い人にゃ、

 馴染みがない話だったかな。

 何だったか、同じ妖怪だと、

 ああ、アマビエって、知っている?」


「ええ、一時期話題になりましたから」


「じゃあ、

 オーバーシュート、

 クラスター、

 ロックダウン、

 ソーシャル・ディスタンス、

 なんてのも知っている?」


「ええ、知ってますけど、

 それは、妖怪ではなく、

 カタカナ語では?

 一体何の関係が?」


「《《ジャーゴン》》」


専門用語(ジャーゴン)

 テクニカルタームのこと、ですか?

 確かにカタカナ語はジャーゴンですけど、

 河童とアマビエは妖怪で、違うのでは」


「同じだよ、

 ジャーゴンとは、

 本質を掴ませないための言葉だ」

 課長の言う言葉は、

 今の所、よく分からない言葉(ジャーゴン)だ。 


「Volatility(変動性)、

 Uncertainty(不確実性)、

 Complexity(複雑性)、

 Ambiguity(曖昧性)、

 VUCAの時代。

 現代は予測困難な時代だ、

 なんて言うけれどね、

 そんなのは、昔からなんだ。

 人々は、安心を、安全を、安寧を、

 未来が、

 確定(フィックス)されている、

 証拠(エビデンス)を、求めている」


「それが、ジャーゴン?」


「君みたいに、

 ちょっと頭の良いやつは扱いにくいね。

 分かってもらっちゃ、困るんだ。

 分かった感じになってもらわなきゃ。

 さっきの、河童の話。

 爺さんが成功した理由は、

 もちろん河童じゃないんだけれど、

 理由がある、

 これが大事なんだ。

 説明がつくことが大事なんだ。

 もし、何の理由もなく、

 成功している人間がいる時、

 人々は、理由を考える。

 それも、悪い理由だ。

 裏で悪いことをしているから、

 あんなに金を儲けられてるんだ。

 保険金詐欺とか、

 内臓の密売とか、

 理屈ってのは、いくらでもつけられる。

 有象無象は想像する」


 私は思わず、口を挟んでしまう。

 自分が理解していることを示すために。

 それこそが、

 ジャーゴンの魔力だというのに。

「アマビエは、

 コロナという、

 どう対処すれば良いのか、

 分からない問題に対して、

 解決策を提示した。

 私の姿を写して人々に見せよ。

 何も解けてないのに、

 何も分かってないのに、

 分かったような気にされる。

 オーバーシュート、

 クラスター、

 ロックダウン、

 ソーシャル・ディスタンス、

 エビデンスなども、

 それらの言葉は、

 口々に移され人々を魅せた。

 自分は、分かっているから大丈夫だと。

 理解している人間という優越感」


「理解したというのは、

 疑うことをやめたということだ。

 思考が確定(フィックス)した。

 それ以外の言葉(ロゴス)を、

 論理(ロジック)を失った。

 一つの論理に、

 一つの理論に、統一される。

 我々の仕事はね、

 ジャーゴンを、

 言葉を奪う言葉を作ること。

 国民を失語症(ジャーゴン)にすること。

 世界を、より良く、修正(フィックス)すること」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ