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【完結】追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される  作者: 木風


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第三話 公爵令嬢、香水ひとつで白猫になる

「ニャッ!(な、なに——!)」


叫んだつもりだった。

けれど、喉から飛び出したのは人間の声ではない。


甲高い、猫の鳴き声だった。


ミレイユは自分の手を見た。

いや、手ではない。前足だ。

白い毛に覆われた、小さな前足。

先には爪があり、ぷに、とした肉球までついている。


「ニャ……ニャ……???(どういうこと!?どういうことなの!?)」


パニックのまま辺りを見回すと、見慣れたはずの居室が巨大な広間のように見えた。

ドレッサーの脚は柱みたいに聳え、椅子の座面は飛び乗れる気がしないほど高い。


横を見る。

窓に映った自分の姿が見えた。

どこからどう見ても、真っ白な白猫だった。


猫になっている。

自分が。

猫になっている。


頭が真っ白になる、とはこういうことを言うのだろう。

考えたいことは山ほどあるのに、何ひとつまとまらない。

ただ心臓だけが、どくどくとうるさく鳴っていた。


「あらあら、思ったよりずっと可愛い」


ミランダが、くすくす笑いながら見下ろしていた。

けれど、その笑顔はもう先ほどまでの貼りついたものではない。

心から楽しんでいる、ぞっとするほど底意地の悪い笑みだった。


「ニ、ニャ——!!(あなた、何をしたの!元に戻して!今すぐ!)」

「言葉は通じないんですよ、お嬢様。その姿では」


ミランダがしゃがみ込み、顔を寄せてくる。

榛色の目が、愉快そうに細められた。


「五年前から計画してたんです。アドリアン殿下に近づく機会を。やっと掴んだ婚約式という好機、あなたには悪いけど、少しだけお借りしますね」

「ニャニャ!?(五年!?)」


「殿下とは一度だけ、遠くからお姿を拝見したことがあるんです。それだけで十分でした。あのお方は私のものになるべき人。なのに、あなたみたいな地味な令嬢に婚約者の席を取られるなんて、納得できませんでしょう?」


そう言ってミランダが髪に手をやると、黒髪がゆっくりとプラチナブロンドへ変わっていく。

瞳の色も、碧に。輪郭も、背格好も、少しずつミレイユに似ていく。

目の前で、自分がもう一人作られていくみたいで、背筋がぞわりと粟立った。


変身魔法。

この女は、魔女だ。


「大丈夫、あなたをここで殺したりはしませんよ。この魔法は、生きているあなたの姿をなぞる魔法。あなたには生きていてもらわないと」

(殺さない、って……それが優しさのつもり?)」

「ただ、猫になって、どこかよそへ行ってもらえれば。この国では猫は不吉なもの。公爵家の屋敷で白猫が見つかれば、良いようにはなりませんよ」


怒りが、かっとこみ上げた。

次の瞬間、白い毛がぶわっと逆立つ。

背中が勝手に弓なりになり、耳がぺたりと伏せられた。

猫の体というのは、こんなにも感情がそのまま外へ漏れるものらしい。

隠す暇もなかった。


「シャーーッ!!」

「あら、怒ってる。可愛い」


魔女は楽しそうだった。

ミレイユの怒りを、愛玩動物のじゃれつきでも眺めるみたいに見下ろしている。

本気で腹を立てているのに、その本気ごと小馬鹿にされているのがわかった。


(この女は——!)

「大体ね、お嬢様。あなたが王太子殿下の婚約者に選ばれたのは、家柄だけの話です。あなた自身に何か特別なものがあったわけじゃない。ブランシュフォール公爵家の娘というラベルが必要だっただけ」


その言葉は、思ったよりずっと深くミレイユに刺さった。


「入れ替わってしまえば、誰も気づかない。それほどの存在感しかなかったということですよ」

(……そうかも)


ちくり、と胸が痛む。

王太子殿下のことを何も知らず、殿下も自分のことを何も知らない。

ただ名前と家柄だけで結ばれていた縁だ。

婚約者と呼ばれていても、まだ何ひとつ始まっていない関係だったのかもしれない。


でも——。


(それでも、許せない)


どんな理由があろうと、婚約式の当日に婚約者を猫に変えて入れ替わるなんて、絶対に許してはいけないことだ。

殿下を騙すことも。公爵家のみんなを欺くことも。

そして何より、ミレイユを勝手に白猫に変えたことも。


(絶対に戻る。この女のしたことを証明してみせる)


奥歯を噛みしめたい気分だった。

けれど、いまのミレイユにできるのは、小さな前足にぎゅっと力を込めることだけだ。

肉球のあいだから、かすかに爪がのぞいた。

魔女が立ち上がり、鏡の前に立つ。


「完璧。さあ、今日から私がミレイユ・ド・ブランシュフォールです」

「ミャ!ミャーーー!(待って!戻して!元に戻してください!)」


ミレイユは喉が痛くなるほど鳴いた。

けれど、それは甲高い猫の鳴き声でしかない。

言葉にはならないし、悔しさも伝わらない。

魔女がドアを開ける。そして振り向きもせずに言った。


「逃げなさい。さもなくば、侍女たちが見つけてしまう。不吉とされる猫がどんな扱いを受けるか——教えてあげなくてもわかっているでしょう?」


ドアが閉まった。

ぱたん、という音がやけに冷たく響く。

ミレイユは一人、広すぎる居室の床に取り残された。


(嘘でしょ。嘘よ。これは夢。夢に決まってる)」


ぶるぶると体が震える。

尻尾の先まで勝手に細かく揺れていた。

でも夢ではなかった。

冷たい床の感触も、速すぎる心臓の音も、ひげの先に触れる空気の流れさえ妙に生々しい。


どのくらいそうしていただろう。

やがて、ドアの向こうから廊下を走る足音が聞こえてきた。

侍女頭の声がする。


「ミャウ!ミャウ!!(ここ!ここにいる!私はここにいるよ!)」


ミレイユは弾かれたようにドアへ飛びついた。

前足でカリカリと引っ掻く。爪が木を削る、細く乾いた音だけが立つ。

けれど猫の力では、分厚いオーク材のドアはびくともしない。

二本足なら簡単に回せたはずの取っ手が、いまはひどく高いところにあった。


「部屋に!部屋に猫が入ってきて!!」


魔女が変身したミレイユが、侍女を伴って部屋に戻ってきてドアを開けた。

目が合った次の瞬間、その顔がみるみるうちに青ざめていった。


「ニャア!ニャア!ニャニャニャ!(私よ!ミレイユよ!)」


必死に鳴く。

足元に駆け寄ろうとしても、猫の声は猫の声でしかない。

もどかしさに喉の奥がひりついた。


「なぜ、なぜ猫が……!」


侍女頭が一歩、二歩と後ずさる。

顔が青いどころではない。紙みたいに白かった。


「だ、誰か!誰かいますか!お嬢様の部屋に猫が!」

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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