表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/30

第十九話 笑わない王太子の、初めての笑顔

翌朝、殿下が目を覚ましたとき、いつもより機嫌がよかった。


「よく眠れた」


そう言って、殿下は珍しくゆっくりと起き上がった。

いつもなら、目を開けてすぐに意識を切り替えるような人なのに、今朝は少しだけ寝起きの余韻が残っている。

すがすがしい顔で窓の外を見ている横顔まで、どこか穏やかだった。


ミレイユはベッドの端から、その様子をじっと眺める。


(昨夜より顔色がいい……)

(まさか、私が舐めたから?)

(そんなわけない。ただよく眠れただけ)

(でも、もしかして……)

(考えすぎ!)

「ミィ、どうした。じっとして」


殿下がこちらを見た。

ミレイユは慌てて平静を装う。猫の平静など、しっぽを止めて目をそらさないくらいしかできないのだが、それでも必死だった。


「ニャア(なんでもないです!)」

「そうか」


いつもの会話だ。

でも今朝は、殿下の声がいつもより少しやわらかい気がした。

昨夜のことを知っているのは自分だけなのに、まるで何かを共有してしまったみたいで、ミレイユは落ち着かなかった。


それから、それは毎夜の習慣になってしまった。


殿下が疲れているとき——いや、正確に言えば、気づくとミレイユは殿下の頭のそばへ近づいていた。

最初は「今夜だけ」「たまたま」と言い訳していたのに、三日も続けばもう偶然ではない。


(今日もやりそうな気がする……やめて、私!)


そう思うのに、猫の本能には抗えなかった。


「ぺろ(やった!また!)」

「ぺろぺろぺろ(三回!!回数が増えた!!!)」

「ゴロゴロゴロ(なんで喉まで鳴らしているの!全部本能のせいだけど、本能に乗っかっている私もいるし……!)」


毎晩、こんな調子だった。

舐めたあとで我に返り、ベッドの端へ逃げ帰り、毛づくろいのふりをしながら一人で混乱する。

けれど翌夜になると、また同じことを繰り返す。


三日、四日と経つうちに、ぺろぺろは『殿下が疲れているとき限定』から、『夜に殿下のそばにいるとき一般』へ変わっていった。

それはつまり、ほぼ毎夜やっているということだ。


(どうしよう。習慣になってしまった……)


習慣、という言葉で自分をごまかしていた。

本当は、習慣なんてぼんやりしたものではない。

『したい』という、かなりはっきりした気持ちがあると薄々わかっている。

でもそれを認めてしまうと、別の問題が生じる。


(殿下にしかしたくない。認めない。猫の本能。以上)


そこだけは、頑として認めたくなかった。


ある夜、殿下が目を閉じたまま言った。


「ミィ」

「ミャッ!?(え、起きてた!?)」

「毎晩、頭を舐めていたな」

「ミャミャッ!?(知ってた!!!!)」


ミレイユは石になった。

全身がぴしっと固まる。耳まで止まった気がした。


いつから気づいていたのか。

最初の夜から?

最近?

どのくらいの頻度で?

まさか全部?


(全部見られていたの……!?いや、見られていたというか、気づかれていた……!)


恥ずかしさで、体の内側が一気に熱くなる。

白猫の毛並みの下で真っ赤になっていても、たぶん外からはわからない。それだけが救いだった。


「猫が相手の頭を舐めるのは、親しみの表現だと聞いたことがある」

(そうです。そうなんです。猫の習性なんです。決してそれ以上のことではないんです!)


殿下が目を閉じたまま、淡々と言う。

ミレイユは心の中で必死にうなずいた。

どうかそこで話を終えてほしい。深掘りしないでほしい。

頼むから、それ以上は聞かないでほしい。


「……悪い気はしない」

(悪い気はしない……)


殿下が静かに言った。

ミレイユはその言葉を頭の中で繰り返す。


悪い気はしない。

それは、怒っていないということ。

許容しているということ。

むしろ——


(むしろ、喜んでいる……?)

「ニャア(い、いや!そんなことは!ただ怒っていないだけで!)」


そう鳴いたら、殿下の口元が少し動いた。

笑った。


初めて見た、殿下の笑顔だった。

人前では決して見せないような、作り物ではない、ほんの小さな笑み。

目尻にわずかに皺が寄って、口の端がやわらかく上がる。

笑うと、こんな顔をするのだと、そのとき初めて知った。


ミレイユは固まったまま、その顔を見ていた。


(……笑う顔、こういう顔をするんだ……)


知らなかった。

ここ二十日あまり、同じ部屋にいて、一緒に眠って、それでも見たことがなかった顔が、今そこにある。


胸の奥が、きゅうと変なふうに縮む。

猫の本能とは別のところが、勝手に騒いでいた。


(困った)


ミレイユは思った。


(これは……困ったかもしれない)


何が、とは言えなかった。

ただ、何か取り返しのつかないことが、静かに起き始めているような予感がした。


(人間に戻ったら……会うことができるのかな、この人に)


婚約者として会えるかどうかはわからない。

魔女のことがどうなるかもわからない。

元の関係に戻れるかどうかも、何ひとつわからない。


でも——ただ一度、人間として、この人と話してみたい。

猫の鳴き声ではなく、自分の声で。

名前を呼ばれたら、ちゃんと返事をして。

本の話でも、庭の話でも、なんでもいいから。


その気持ちだけは、もうごまかしようもなく、はっきりしていた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



最新連載作もよろしくお願いします
▶ 定刻の鐘と、ケーキと、王太子と
~前世は検察事務官。断罪を止めたら、
恋人役のはずが本物の婚約者になりました~
王宮書記官/前世は検察事務官/断罪阻止/恋人役から本物の婚約者/お仕事×宮廷恋愛



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ