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【完結】追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される  作者: 木風


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第十八話 ついに頭を、ぺろぺろしてしまいました

翌日。

ミレイユは昨夜のことを、かなり真剣に考えた。


結論として、あれは『猫の甘え行動』である。

猫が安心できる相手や、好きだと認識した相手に体を擦りつけるのは、本能的な行為だと聞いたことがある。

たしか、匂いをつける意味もあったはずだ。

つまり、あれは純粋に猫の習性であって、人間としての感情とは切り分けて考えるべきものなのだ。

少なくとも、そうでなければ困る。非常に困る。


(そう。あれは猫の本能。私の意思ではない。だから仕方がない)


そう自分に言い聞かせた。

何度も言い聞かせた。

朝の身支度のあいだも、朝食の魚を食べているあいだも、窓辺でひなたぼっこをしているあいだも、ずっと心の中で唱えていた。


しかし。


その夜も、殿下の足元にいたら、同じことが起きた。

しかも、前日より悪化していた。


ぐりぐりぐりぐりぐりぐり。


(またやってしまってる!?)


額から頬へ、頬から顎へ、顎からまた額へ。

殿下の足に、顔全体をこれでもかと擦りつけている。

昨日は「つい」だったのに、今日はもう、明らかに積極的だった。

止めようと思っても、体の方が『もっと』と言ってくる。


(なんで!?昨日あんなに反省したじゃない!)

「ミィ。今日はずいぶん甘えるな」

「ニャア(甘えてません!甘えてませんけど体が勝手に——!)」

「そうか」


殿下がしゃがみ込み、ミレイユの頭を撫でた。

その手が温かくて、ミレイユはまた喉をごろごろと鳴らしてしまう。


「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ(うう……本能に負けている……)」

(でも殿下の手が温かくてつい……いや、ついとかそういう問題ではなく……!)


殿下がミレイユを抱き上げた。

目と目が合う。

青灰色の瞳が、至近距離にある。

昼間に見るより深い色に見えるのは、夜の灯りのせいだろうか。


「どうした、本当に。今日は様子が違うな」

「ニャア(どうもしてません。猫です。猫の行動です。深い意味はありません)」

「そうか」


まったく納得していないような声だったが、殿下はそれ以上追及せず、ミレイユをソファに下ろしてまた書類仕事に戻った。

ミレイユはソファの上で、自分の前足を見つめる。

見つめても、答えが出るわけではない。


(……本当に、勝手に動くのよね。喉も身体も)


困ったことだが、どうすることもできなかった。




そしてこの夜に、事件が起きた。

いや、事件というほどではないのかもしれない。

でもミレイユにとっては、かなり『大変な出来事』だった。


殿下が今夜も疲れていることは、朝からわかっていた。

何か難しい案件を抱えているらしく、午前中は謁見、午後は会議、夕食のあとも書類仕事が続いた。

そのあいだずっと、ミレイユは執務室にいて殿下を見ていた。


殿下は表情には出さない。

公の場で顔を乱すことをしない人だ。

けれど猫としてそばにいると、それ以外のところで疲れが滲み出るのがわかる。

肩の線。呼吸の間。ペンを持つ指先の重さ。

夕方になるほど、その全部が少しずつ沈んでいく。

こちらが何もできないのに、気づいてしまうのがもどかしかった。


(今日も、かなり疲れてる)


夜も更けて、殿下がようやく仕事を切り上げ、寝所に入った。

ミレイユも後についていく。

殿下がベッドに入り、目を閉じる。

ミレイユはいつものように、ベッドの端へ丸まった。

今では毎夜ここが定位置だ。


(今日も疲れた顔をしていた……)


すぐには眠れなかった。

ミレイユはそっと立ち上がり、寝台の上を音を立てないよう歩く。

殿下の方へ、少しずつ。


眠っている殿下の顔を見た。

公務中や謁見中の顔とは違う。

力が抜けて、ただの若い人の顔になっている。

睫毛の影も、呼吸に合わせてわずかに上下する胸元も、眠っている人らしく無防備だった。


(疲れているね……)


しばらく、その横顔を見ていた。

なぜ見ているのか、自分でもわからない。

何かしてあげたいような、でも何もできないような、もどかしい気持ちだけが胸に残る。


(せめて、少しでも楽になってくれれば……)


そのときだった。

ふわり、と何かが押し上げてきた。


衝動、というのか。

『したい』という気持ちが、頭ではなく体の方から込み上げてきた。

考えるより先に、ひげの先までそわそわするような感覚が走る。


(え?なに?何がしたいの私?)


ミレイユは殿下の黒髪を見る。


(……ぺろぺろしたい)

(は!?)

(え、ちがう、なんでそういう方向に……)

(でも……したい……ぺろぺろ……)

(しません!しませんよ!王太子に猫が頭をぺろぺろするなんて、失礼極まりない!礼儀知らずにもほどがある!絶対にしません!)


猫の本能と、令嬢としての理性が激しくぶつかり合った。

三秒ほど、本気で葛藤した。

かなり本気だった。たぶん人生でも上位に入るくらい真剣な葛藤だった。


「ぺろ(した!!!!)」


ミレイユは、殿下の黒髪を一舐めしていた。


(なんで!?なんでしたの私!?)


自分で自分に衝撃を受けていると、殿下が少しだけ動いた。

起きたか、とミレイユはぎくりとする。

耳がぺたりと伏せられ、尻尾の毛がふくらみかけた。

心臓が、どくんと大きく跳ねる。


でも殿下の寝息はそのまま、穏やかに続いている。

眠ったままだ。


(よかった……気づかれなかった)


ミレイユは素早くベッドの端へ戻り、何事もなかった顔で丸くなった。

いや、何事もなかった顔をしているつもりだったが、心臓はどきどきしていたし、たぶん耳もまだ少し寝ていた。


(今のは何。猫が好きな相手の頭を舐める、というのは聞いたことがある。あれか。あれが発動したのか。でも令嬢がやることではない。猫だけど。猫だから仕方がないのか。でもやった本人は私だし……)

(そもそも、好きな相手って何。誰が誰を好き。私が殿下を好き、ということ?そういうこと?猫として?それとも……?)

(考えない!考えてはいけない!あれは本能!猫科の本能!私はただ一時的に猫の体を借りている公爵令嬢なので、そういう感情とは無関係!無関係、のはず!)

(混乱する……!)


頭の中は大混乱なのに、体だけが妙に満たされていた。

喉の奥から、またごろごろと音が漏れる。


(体は満足しているらしい!!困る!!)


しかも困ったことに、あの一舐めで少しだけ安心した自分がいる。

それがいちばん困る、とミレイユは思った。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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