表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/30

第十六話 ベッドの端から、腕の中へ

それは、十五日目の夜のことだった。


ミレイユはクッションの上で丸まっていた。

いつものように。

殿下はベッドに入り、いつものように穏やかな寝息を立てている。

けれど今夜は、暖炉の火がいつもより少し早く落ちていた。


体中を毛で覆われているとはいえ、五月の夜は思ったより冷える。

ミレイユはさらに体をぎゅっと縮こめ、自分の体温を逃がさないように尻尾を鼻先へ巻きつけた。


(寒い……)


ソファよりは少しいい寝床でも、クッションはベッドほど暖かくない。

毛布もない。暖炉の火も、もう頼りない。


(ちょっとだけ、ベッドの端に近づけば……)


ミレイユはそろそろとクッションから立ち上がり、ベッドの端へ近づいた。

そこからは、毛布の匂いと、殿下の体温がほのかに流れてくる。

近づいただけでわかる。こちらのほうが、比べものにならないほど暖かい。


(もう少しだけ……)


ベッドの端に前足をかける。


(乗ってしまえば暖かい。でも、殿下のベッドに勝手に乗るのは……)

(ただの猫がベッドに乗るのは行儀が悪い。でも寒いし、凍えそうだし……いや、凍えてはいないけれど、猫の本能が『暖かいところへ行け』と叫んでいる)

(令嬢としての矜持と、猫の本能が激しく戦っている……!)


前足をかけたまま、ミレイユは真剣に迷った。

そのときだった。


「……寒いのか」


殿下の声がした。

眠っていたと思ったのに、起きていたらしい。


「乗っていい」

「ニャア(え?いいの?)」

「端の方でじっとしていなさい」

「ニャ(は、はい)」


ミレイユは、おそるおそるベッドに乗った。

言われた通り、端の方。殿下の足元に近い場所へ静かに丸まる。

毛布が近い。寝台そのものが温かい。何より、人の体温がある。


「くわっ……(暖かい……)」


ほう、と小さく息が漏れた。

猫の安堵の息は人間より小さいけれど、たしかに体の力が抜けていくのがわかる。

強ばっていた肩も、背も、前足の先までほどけていく。


「それでいい」


殿下が呟いた。

もう目を閉じているのか、声が少し眠たげだった。


ミレイユは丸まったまま、ゆっくり目を閉じる。


(これが当たり前になってはいけない。でも今夜だけは……)


今夜だけ。

そう思いながら、ミレイユはあっという間に眠りに落ちた。


翌朝、殿下が目を覚ましたとき、ミレイユは殿下の腕に抱え込まれるような格好で丸まっていた。

移動した記憶はない。眠っている間に、暖かい方へ暖かい方へと寄っていったらしい。


「ミャ(え、いつの間に……!)」


ミレイユは飛び起きようとした。

けれど殿下の手が、そっと背に置かれる。


「動くな、落ちる」


落ちる、というのは寝台から落ちるということだ。

それはミレイユにとっても困るので、素直に動きを止めた。


殿下がミレイユを見下ろしている。

半分眠そうな顔で、それでもどこか——


(怒っていない)


むしろ、少しだけ気が抜けたような、やわらかな顔だった。

『謹厳な御方』が朝一番に見せる顔は、夜の執務室でも見たことがないほど柔らかい。


「暖かいな。猫というのはこんなに暖かいものか」


殿下がぽつりと言う。


「ニャア(当たり前です。猫ですから)」

「そうか」


何がそうか、なのかはわからない。

けれど殿下はそのまま、もう一度だけ目を閉じた。


(え、また寝るの?)


殿下は王太子なのだから、朝から公務があるはずだ。

いつもならもう起きていてもおかしくない時間だった。

でも今日は——ミレイユが腕の中にいるせいで——起き上がる気をなくしているのかもしれない。


「ミャ?(下りましょうか?)」


そう思ったのに、背中に置かれた手が温かくて、なんとなく今はこのままでいてもいい気がした。

ミレイユは再び丸まる。

すると殿下の寝息が、また少しずつ穏やかになっていった。

つられてこちらも鼻先がゆるみ、気の抜けた音が漏れる。


「スピスピスピ……(こういう顔もするんだ……この人)」


令嬢だった頃に想像していた『謹厳な御方』は、今目の前にいる人とずいぶん違う。

たしかに公の場では隙がなく、判断は速く、言葉は正確だ。

でも、朝一番に猫を腕の中へ抱えたまま、二度寝しようとするこの人は——


(私が人間だったら、どんな話をしていたかな)


本の話。

庭の花の話。

夜の庭に出る星の話。

変身魔法の本を一緒に読んだみたいな、ああいう静かな時間の話。


(……どうせなら、ちゃんと会いたかった)


もう何度目かわからない、その思いが胸をよぎる。

けれど、すぐに打ち消した。

感傷に浸っている場合ではない。まず元に戻ることが先だ。


(頑張らなければ)


ミレイユはもう一度目を閉じながら、静かに決意を新たにした。


それから『ベッドの端に乗せてもらう』は、ほとんど毎夜の習慣になった。

クッションは形式上、まだそこに置かれている。

けれど実際のところ、ミレイユは毎夜ベッドの端から始まり、朝になる頃には布団の中へ入り込み、殿下の腕の近くで眠っていた。


「またこちらに来ていた」


朝、殿下が言う。

困っているというより、確認するような口調で。


「ニャア(私もいつ入っているのかわからないんです)」

「そうか」


このやり取りも、いつの間にか日課になった。


侍従が朝食を持ってきたとき、殿下の腕の近くで丸まっているミレイユを見て、毎回のように感動した顔になるのも変わらない。

そのたびに殿下が「報告するな」と釘を刺すのだが、

侍従は「はい」と答えながら、明らかに誰かへ話していた。


(侍従は嘘がつけない人ね……)


ミレイユはそれを、少し微笑ましく思った。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ