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【完結】追い出された白猫姫は、王太子にお猫様として溺愛される  作者: 木風


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第十三話 変身魔法の本を読んでください

侍従との朝のやりとりが、すっかり日課になった。


「お猫様、本日のご朝食は白身魚のムースと、鶏のスープでございます。昨日より少し香草を減らしまして、より召し上がりやすくしたとのことです」

「ニャア(ありがとう、侍従。あなたは優しい人ね)」

「ありがとうございます、と仰っているように聞こえます!」


侍従が朝から感動している。

ミレイユはそれを横目で見ながら、食事に集中した。


白身魚のムースは口当たりがなめらかで、鶏のスープはやさしいのに物足りなさがない。

令嬢時代に飲んだ高級なコンソメスープより、素材の味がまっすぐ出ていて、むしろ猫の舌にはこちらのほうが合っている気さえする。


「はぐ、はぐ、はぐ……(コックが本気を出し始めている……)」


ミレイユが夢中で食べているあいだ、侍従は少し離れたところで、なぜか見守るように立っていた。

食べるたびに耳がぴくりと動き、喉が小さく鳴るのが面白いのか、何度か目元をやわらげている。


食後、ミレイユは窓辺へ移動した。

ここから庭が見える。庭では今日も庭師が働いていた。

雨上がりらしく土は黒く、花壇の縁には朝の光が溜まっている。

ミレイユに気づいた庭師が、小さく手を振ってくれた。


(庭師……あなたは最初に親切にしてくれた人ね)


あのとき王宮の庭へ入り込んだばかりで、びくびくしていた自分に、追い払うでもなく、ただ見ていた人だ。

思い返せば、あの時点でこの庭は街の路地よりずっとやさしかったのかもしれない。


ミレイユはゆっくりとまばたきをした。

庭師が目を細め、こちらもわずかに頭を下げる。

猫の返礼として合っているのかわからないが、今のミレイユにできる礼儀はこのくらいだった。


その日の午後、殿下が謁見に出ているあいだ、ミレイユは一人で執務室にいた。

侍従が時々様子を見に来るが、つききりではない。

ならば、この時間を有効に使わない手はない。


まずは、書棚の確認だ。


前から、魔術に関する本が何冊か混じっているのには気づいていた。

あれを改めて見てみたい。

猫の姿では本を開けないし、ページを捲ることもできない。

けれど背表紙の題名を読むことならできる。


どんな本があるかだけでも把握しておけば、いずれ殿下に『その本を』と伝える方法が思いつくかもしれない。

いや、猫が本を指定するという時点でかなり無理があるのだけれど、それでも手がかりがないよりはずっといい。


ミレイユはしっぽをぴんと立て、書棚の前をゆっくり歩いた。

下の段には政治や歴史の本が多い。

二段目、三段目になるにつれて、革張りの古い装丁が目立ち始める。


『王国魔法史概論』

『魔法理論基礎』

『変身魔法の歴史と事例』——


(変身魔法!)


ミレイユは、その本の前でぴたりと止まった。

『変身魔法の歴史と事例』。

これだ。この本に、自分の身に起きたことを解く手がかりがあるかもしれない。


けれど、猫の前足では取れない。

仮に落とせたとしても、今度は開けない。


(どうすればこの本を……)


ミレイユはその場でしばらく考え込んだ。

耳を動かし、尻尾の先を落ち着きなく揺らしながら考えた末、ひとつの作戦を立てる。


その夜、殿下が書類仕事をしている最中に、ミレイユは行動した。

書棚のそばまで行き、その本の前でちょこんと座る。


「ニャア」


殿下が視線を上げた。


「どうした」

「ニャア」


もう一度鳴く。

ただ鳴くだけでは足りない気がして、ミレイユは前足で棚板をカリカリと引っ掻いた。


殿下が眉を上げる。


「書棚か?」


その声に、ミレイユの耳がぴくりと立つ。

そう、それだ。気づいてほしい。


殿下が立ち上がり、書棚の前にやってくる。

ミレイユは『変身魔法の歴史と事例』の背表紙のほうへ体を向け、またカリカリと前足を動かした。

正確に指し示せている自信はない。けれど、せめてその周辺だと伝わればいい。


「この本に興味があるのか?」


殿下が『変身魔法の歴史と事例』を取り出した。


「ニャア!(そう!それ!)」


思わず声が弾む。

殿下は本を手にしたまま、ミレイユをじっと見た。


「……読んでほしいのか?」

「ニャア(!)」


殿下が少し考え、それから執務机へ本を持っていった。

椅子に座り、本を開く。


「猫が変身魔法の本に興味を持つとは思わなかったが……読んでやろう。仕事の合間に」

「ニャア(ありがとうございます!)」


ミレイユは勢いよく机へ飛び乗り、本のそばに座った。

机の上から見る本は、いつもよりぐっと近い。

文字も読みやすい。ここを逃すわけにはいかなかった。


殿下がまた眉を上げる。


「机の上は困る」

「ミャゥ……(ごめんなさい)」


謝りはしたが、降りる気はなかった。

本が読みたかった。いや、正確には聞きたかった。

殿下はしばらくミレイユを見ていたが、やがて観念したように小さく息をつき、本を読み始めた。


「変身魔法とは、魔力を持つ者が対象の形質を一時的または恒久的に変化させる術の総称である。古代より存在し、その術式は使い手によって大きく異なる……」

(一時的……恒久的……私の場合はどちらなの)


殿下の声が、静かに部屋へ流れていく。

低く落ち着いたその声は、本の内容をただ読むだけなのに妙に耳に残った。

ミレイユは全神経を集中して聞く。


「……変身魔法には、強制変身と自発変身の二種類が存在する。強制変身の場合、解除は術者によるものか、または術者の意志に反する外部からの強力な魔力干渉によってのみ可能である……」

(術者による解除、か……)


術者は魔女だ。

魔女に解いてもらうか、あるいは強力な魔力で外から壊すか。

後者は現実的ではない。前者は——魔女が自分から解くわけがない。


(でも……何か、例外はある?)

「強制変身の特殊例として、術者が死亡した場合、または術者の魔法が何らかの契機によって制御不能になった場合、術が自然解除されることがある。また、術者自身が呪文を誤った場合も同様である……」

(術者が死亡した場合……それは穏やかでない解決策ね)


呪文を誤った場合。

それは偶発的な事故だ。狙って起こせるものではない。


ミレイユのひげが、無意識にぴくりと震えた。

焦るな、と自分に言い聞かせる。まだ先がある。


「……なお、変身魔法の継続時間が一定期間を超えた場合、術が対象の体質に影響を及ぼすことがある。これを『浸透変身』と呼び、完全解除後も変身の名残が残ることが知られている……」

「ニャッ(!)」


ミレイユは背筋を伸ばした。

いや、猫なので比喩なのだけれど、気分としては完全にそうだった。

耳もぴんと立ち、尻尾の先まで緊張が走る。


(浸透変身……名残が残る?)

「……浸透変身の症例としては、一定の条件下で変身状態が再現される、身体能力の一部が変身前後で変化する、特定の食物や環境への嗜好が変化するなどが報告されている……」

(一定の条件下で変身状態が再現される……それって、もしかして……)


『この魔法は、生きているあなたの姿をなぞる魔法。あなたには生きていてもらわないと』


魔女の言葉が、ぞっとするほど鮮明によみがえった。

早くしないと、魔女の姿がミレイユの姿に固定されてしまうかもしれない。

あるいは、自分のほうに猫の名残が深く残るのかもしれない。

どこまでが取り返しのつく範囲なのかわからない以上、時間は味方ではなかった。


ミレイユはその箇所を頭の中へ何度も刻みつける。

これは重要な情報だ。

でも今は、その前に。


(魔女を告発して、解除してもらわないといけない)


殿下が本を閉じた。

ぱたり、と表紙の合わさる音が、やけに現実的に響く。


ミレイユは殿下を見上げた。


「ニャア(ありがとうございます。とても参考になりました)」

「そうか、役に立ったか。……奇妙な猫だ」

「ミャゥ(奇妙で結構です)」


殿下の口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。

ミレイユは本の上へ前足を置きそうになって、ぎりぎりでやめる。

今は甘えている場合ではない。


けれど——手がかりは、確かに見つかった。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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