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「繋がる命」

掲載日:2026/03/09

 佐竹久さたけひさしは昨年妻を亡くした。2年ほど前にステージ3の大腸癌であることが分かり、摘出手術には成功したが1年も経たず再発し、抗がん剤による治療を半年以上続けたが、最後は自宅療養となり自宅で穏やかに亡くなった。

 久は定年退職後すぐに購入した長野県の中古別荘での妻との老後を楽しみにしていたが、妻の死により別荘はうら寂しい閑居となってしまった。


 久は妻の四十九日を終え、GW明けに2年ぶりにその別荘を訪れた。しかし、久しぶりに訪れた別荘の庭は雑草に覆われ、せっかく植えた木も無秩序に茂った雑草の陰の下に埋もれていた。その様子を見ていると妻の死の悲しみと合わさって寂しさが増した。気を取り直して玄関の鍵を開け別荘の中に入り、埃を被った室内を掃除機・箒・雑巾を総動員して掃除した。気がつくと夕方近くになっていたので、気晴らしで別荘地の中を散歩することにした。


 3年前には妻と楽しく歩いた森林に囲まれた道を寂しく歩き、それでも鳥の声に癒されながら歩いていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてくる。彼はその声に引き寄せられるように、誰も住んでいない別荘にたどり着くと、ウッドデッキの下から聞こえてくるようだ。屈んでデッキの下を覗き込むと、暗がりの奥で猫が鳴き声を発していて、その猫は暫くするとデッキの下からゆっくりと姿を現した。いわゆる茶トラの成猫で、くっきりとした目で久を見つめながら歩みを止める事なく近づいて来る。しゃがんだ彼の右足の膝近くに体を擦り付けて甘えてきたので、思わず微笑んで「君は一人なの?」と語りかけると、小さな声で鳴いた気がした。


 久はその猫を腕に抱え、自分の別荘に戻り玄関の扉を開けそっと下ろした。猫は警戒してじっとしていたので、とりあえずスープ皿に水を入れて与えてみた。猫は水の匂いを少し嗅いだ後、舌で水を飲み始めた。喉が渇いていたのであろう、皿の半分ほどまで休みなく飲んだ。その姿を見ながら、以前家で猫を飼ってた頃を思い出し、夕飯用に買っておいた鰹節を一袋丸々スープ皿に入れて与えた。今度も匂いを嗅いだ後、ハフハフと鼻から音を立てながら一心に食べ出す。皿に盛った分を食べ終わると、久を見上げて今度ははっきりした声で鳴いた。久は猫の頭を優しく撫でながら「一緒に住むか?」と語りかけると、猫は目を細めて少し頭を下げながら気持ちよさそうにしていた。


 久はその猫に「茶々」と名前をつけて飼い始めた。春本番の明るい陽光が新緑を照らし、花の咲き乱れる季節となっていた。

 そして、梅雨の季節を過ぎ初夏を迎えていたが、久は茶々との毎日に安らぎを覚えながら、妻の死を何とか乗り越えていける気がしていた。そんなある日、彼がうっかり玄関を開けていた隙に茶々が逃げ出したのだ。久は周辺や茶々が元居た別荘まで、名前を呼びながら探しに行ったが見つからず、次の日も次の日も同じように探し歩いた。その後も彼は別荘を離れることなく失意のうちに二ヶ月を過ごした。


 ある朝いつもは通らないルートを散歩していると、微かに猫の鳴き声が聞こえた。「もしや」と思いドキドキしながら鳴き声の方に近づいてみると、誰もいない別荘の軒下で弱々しい鳴き声が聞こえてくる。覗いてみるとそこには茶々らしき雌猫が横たわり、その周りに三匹の子猫がいるではないか。久は慌てて茶々の頭や腹をさするが、哀れにも冷たくなっていた。久はすぐに事情を理解した。彼の元を脱走後に茶々は雄猫と結ばれ、子猫を産んだのだ。十分な栄養を取れずに子猫に”生”を与え、自分はそこで絶命したのだ。久は着ていたシャツを脱ぎ、袋のようにして子猫たちを包み、痩せて骨が目立つ茶々を抱えて自分の別荘に帰った。


 久は庭の一角に妻が植えた「石楠花」の側に穴を掘り、彼が初めてあげた鰹節を添えて、いつも茶々が寝ていたタオルケットにそっと包んで埋葬してあげた。手を合わせて拝むと、スッと立ち上がり近くのホームセンターに向かう。子猫用の粉ミルクとスポイトを買い込んで急いで別荘に戻る。子猫たちに順番にミルクを与えると、どの子猫もお腹をすかしていたのであろう、ゴクゴクとミルクを飲んだ。その時から数時間おきにミルクを与え、排便を手伝い、三日が過ぎた。元気にダンボール箱の中で、体を寄せ合って鳴いてる子猫を見ながら、茶々の命が繋がったことを感じた。


 3週間が過ぎ、子猫たちは流動食を食べる時期になり、久は気晴らしに少し遠い街に出かけて、帰りの山道で事故に遭ってしまった。乱暴な運転のバイクを避けてカーブを曲がりきれずに、ガードレールに激突し大怪我を負ったのだ。

 その日の夜、病院に運び込まれた久の病室に、連絡を受けた久の息子が訪れた。医師からの説明で顎を骨折しているが、一命を取り留めた事に少しばかり安堵したようだ。

 翌日に久は目が覚めると、暫くぼんやりしていたがベッドの横に息子がいることに気がついた。喋ろうとするが顔中に包帯が巻かれていたので、手を伸ばしスマホの画像を見せた。別荘に残した子猫たちの写真だ。息子はすぐに別荘を訪れ子猫たちを発見し、妻に怒られることを承知で家に連れ帰ることにした。

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