第10話 なんだコイツ
厚い鉄扉が軋むように開いた瞬間、外の雑踏とは別世界の静けさが俺を包んだ。
中は意外にも重苦しい倉庫のようではなく、どこか生活感のある「隠れ家」のような空間だった。
天井には梁が走り、ランプに埋め込まれた結晶欠片が淡い青光を放っている。その光は石壁に反射し、微かな揺らめきを生んでいた。足元の床は黒光りする板張りで、歩くたびにかすかな軋みが返ってくる。
正面には大きな丸テーブル。木目の荒い一枚板を無理やり削って作ったようで、あちこちに刃物の跡が残っている。テーブルの上には書きかけの羊皮紙、半分飲みかけのカップ、煙草の灰皿、そして欠片を利用した簡易ランタンが雑多に並んでいた。
その無造作な景色の中心に、二つの人影があった。
一人は、妙にだらしない格好の中年男。
薄緑の外套をゆったり羽織り、顎には無精髭、頭にはツバの広い帽子を目深にかぶっている。まるで港町の胡散臭い道具屋か何かだが、その笑みは底知れない軽さを漂わせていた。
もう一人は、腰まで伸びる金髪を二つ結びにした小柄な少女。
年の頃はどう見ても中学生くらいだが、腕組みをして仁王立ちし、目つきは鋭い。履き古したブーツで床を小突きながら、こちらを睨みつける様は完全に喧嘩腰だった。
「おっとォ、イリス君。珍しいお客さんを連れてるじゃないですかァ」
中年男が、にやにや笑いながら俺に視線を流す。声はやけに間延びしていて、港の風鈴みたいにひょうひょうとしていた。
「待たせたな。――紹介しよう、こいつが“転生者”だ」
イリスは胸を張り、騎士の宣言のように俺を指差した。
「ど、どうも……」
俺は反射的に頭を下げる。が、その瞬間――。
「なんやこのひよっこは!? 見た目ただの観光客やんけ!」
少女が椅子を蹴飛ばす勢いで前に出た。目の前でぐいと顎を突き出し、鼻先が触れそうな距離までにじり寄ってくる。
「は、はあ!? いや、俺だって別に好きでここに来たわけじゃ――」
「言い訳すんなボケ! こんなん連れてきてどうすんねん、足手まといやろ!」
あまりに直球の言葉に、思わず口が開きかけた。
けれど、声が喉の奥で止まる。
――いや、待て。初対面だぞ。名前も知らん子供にいきなり「ひよっこ」呼ばわり? しかも観光客扱い?
頭の中で一瞬、場違いな沈黙が広がった。
俺はただ呆然と少女を見返す。
挑発的な瞳と視線がぶつかる。ぐい、と距離を詰められ、互いの息がかかるほどの近さ。
……なんだこいつ。完全にケンカ腰じゃないか。
けど、言い返すにしても何て返せばいい? 「いや俺は観光じゃない」? 「ひよっこじゃない」? どっちも子供じみてるし、言った瞬間に余計にバカにされそうだ。
しかし沈黙を続けるのも癪だった。
少女はますます得意げに顎を突き出してくる。
その顔を見ているうちに、胸の奥がじわじわと熱くなった。
結局、言葉は自然と飛び出していた。
「ちょっと待て!誰だよお前…」
「ああん!?見たまんまの評価を素直に言っただけや!」
「……年下のガキに初対面で足手まとい呼ばわりされる筋合いねえだろ!」
思わず声を荒げる俺。
が、少女は一歩も引かない。むしろ勝ち誇ったように腰に手を当てて鼻を鳴らす。
「ほぉーん? やっぱ図星やん。顔に“迷子です”って書いてあるで」
「迷子じゃねぇ! ……っつーかお前、何歳だよ!」
「はぁ? 年齢関係あらへん! 強さと度胸がすべてや!」
「なんだその脳筋バカみたいな考えは…ッ」
場の空気が火花を散らし始めたその時、イリスが実に慣れた様子で冷蔵庫の前に歩いていった。
冷蔵庫といっても、この世界のものは俺の知る電化製品とは違う。
腰ほどの高さの鋼鉄製の箱に、複数の小型欠片が埋め込まれ、青い冷気を絶え間なく吹き出している。箱の表面は薄く霜に覆われ、扉を開けると冷気が白い靄となって床に広がった。
「まあまあ、静かにしろ」
イリスは中から瓶入りのドリンクを取り出すと、テーブルにどん、と置いた。
ラベルには“フラックス・ウォーター”と書かれており、液体の中では細かな光の粒が渦を巻いている。
そして彼女は豪快に椅子へ腰を下ろし、栓を抜いてごくごくと飲み干した。
「……ぷはっ! あー生き返る。お前ら、いちいち噛みついてないで腰を据えろ」
俺と少女は顔を見合わせ、同時に「こいつ(こいつら)、自由すぎるだろ……」と心の中で突っ込んでいた。
中年男はというと、笑みを崩さぬまま帽子の影からこちらをじっと観察していた。
まるで将棋の駒を眺めるような目つきだ。軽薄に見えて、底では何を考えているのかまるで分からない。
俺は心底不安になりながらも、なんとか口を開いた。
「……その、はじめまして。俺は――」
「だから誰が興味あんねん!」
少女が再び割り込んできて、俺は机に額を叩きつけそうになった。
どうやら、この“ストームヴェイル“とやらの拠点は波乱しかなさそうだ…




