9. 合コンの場で
大学生活は人生の夏休みと言われている。
平々凡々と生きて、小学校、中学校、高校と進み、大学卒業を経て社会人になれば、これほど簡単にまとまった休みの機会を与えられることがないからだ。
そのために大学生はその限られた自由を謳歌する。
バイトに勤しむのもよし、旅行に行くのもよし、留学するのもよし、初めての酒を浴びるほど飲むのもよし…。
そして多くの大学生がこの期間に夢中になるのが恋愛である。
高校生ほど規則は厳しくなく、また一人暮らしのために実家を離れる人も多い。二十歳になってからはお酒も解禁されるため、飲み会の席で誰かの恋愛が発展することもあるのだろう。
こんなことをいちいち説明して、なにが言いたいのかって?
「お願い!! 藤原さん!!」
合コンのお誘いである。
目の前で頭を下げて頼み込んでいるのは、授業のディベートで同じペアになった女の子。
授業は無事に済んだんだけど、それでもなんだか悩んでいる様子だったから、どうしたのかと尋ねてみればこれだ。
「女子一人、欠員が出ちゃって! 相手も五人で来るって聞いてるから、できれば数を揃えたいの! お願い!!」
「あら…」
「幹事として藤原さんの分は私がおごるから! ただ座っててくれるだけでいいから…!!」
涙目になって土下座でもしそうな勢いである。
合コンならすぐに他の参加者も見つかりそうなものだけど、なるほど、多分この子かなり追い詰められちゃってて、今のような勢いで誘いまくっているんだろうな…。
なんか怖いから今回は断っておこう、とお願いされた他の人も思ったのかもしれない。
だって私も学内でこんな人に声をかけられたら、普通に詐欺か勧誘だなと思って然るべき場所に報告するもん。今回は授業が一緒だったからある程度信頼できるだけで。
「合コン…ということは、飲み会なのね…」
飲み会…飲み会なぁ…。
私はこの世界にやってきた原因を思い出す。
飲み会で自分の限界以上に飲んで、酔っぱらって交通事故にあった前科があるからなぁ…。
その反省もあって、こちらへ来てから一度も酒を飲んでいない。
別に前世に大きな未練があったとかではないし、なんなら今世はその分もめいいっぱい楽しもうと割り切れている。
でもやっぱりそう簡単に死にたくはないし、それに推しの姿を見ることができる、この世界をわりと気に入っているのだ。また改めて転生を希望する予定はない。
「お願い…!!」
「う〜ん…」
「私を助けると思って…!!」
…でもまぁ、流石にここまでしている相手を見捨てるというのも哀れである。
別にお酒も飲み会の雰囲気も嫌いではないしね。
「分かりました。ですが、私、あまりノリがよい方でありませんし、本当に数合わせ程度にしか役に立ちませんわよ?」
「…!! 全然、大丈夫!! 本当にありがとう!!」
仕方がないと了承すると、相手はパアッと満面の笑みを浮かべる。
そしてそのまま勢いよく私の両手をとって、「よろしくね!!」とブンブンと高速で振り、「それじゃあまた連絡するね!」と嵐のようになっていった。
うん、君、リアクションが大きすぎるってよく言われない…? 陽キャって怖いな…。
■
「乾杯〜!!」
グラスがガツンとぶつかる音がする。
ぐっとビールを仰げば、喉に気持ちのいい刺激が広がった。うん、やっぱりお酒は美味しい。
「なに頼む? サラダとか?」
「まずは適当に注文しちゃっていいじゃね?」
「それもそうだね!」
類は友を呼ぶというべきか、陽キャの友達は皆陽キャだった。
普通ならば微妙に気まずい雰囲気になりそうなところなのに、男女ともに仲良くワイワイとやっている。
これならば普通に数が足りなくてもどうにかなったのでは…?と思っていると、男子たちの中にも大人しい人がいることに気がついた。
私の右斜め先に座っている、メガネをかけた、いかにも真面目そうな男子である。
「吉田はなに飲むよ? オレンジ?」
「…なんでもいい」
「まだ拗ねてんの? 騙したのは悪かったって。お前の分はちゃんと奢ってやるからさ」
「当たり前だ。あとで謝罪もきっちりしてもらうからな」
私の前に座っている男子とメガネの男子が、そう小さく会話しているのが聞こえる。
なるほど、相手側もどうやら欠員がいたらしい。それは余計に四人同士でよかっただろうに。
グループ内の話題はころころと移り変わる。高校の話やら、サークルの話やら、バイトの話やら。
数合わせの自分は特にアピールする必要もないので、人の話に適度に相槌を打っていると、「藤原さんはどう?」と男子に尋ねられた。
「私? ええっと、ごめんなさい。なんの話だったかしら…」
「中学の部活の話だよ! なに、藤原さんって天然?」
「あら、そう見えますの?」
「ん〜まぁそうかも! いいじゃんいいじゃん、俺、天然っぽい子タイプなんだよね〜」
おお、めちゃくちゃ合コンって感じのノリだなぁ。
まぁこんな子、普通に放っておけないよね。私も未だに慣れなくて鏡の前でぼーっと見惚れるし。
「ってか、藤原さんって、めちゃくちゃ美人じゃね?」
「分かる。私もこの顔超どタイプ」
「え? なんて?」
「んんっ、失礼。私なんてそんな大層なものではありませんわ」
ボソッと本音が漏れるけれど、咳払いをして誤魔化す。
いけない、いけない。エマと知り合ってから素に近づいてきちゃっている感があるけど、マリアというキャラクター性を守らなくては。
「藤原さんは中学どんな感じだったの?」
「まぁ…皆さんのように特別なことはなにも」
「え、隠されたら気になるじゃん。例えば?」
「読書は好きかもしれませんわね」
「わ、イメージ通り! 文学少女って感じ!」
ニコニコしながらのらりくらりとやり過ごしていると、突然、メガネの男子が口を開いた。
「…その喋り方、やめてくれないか?」
私を含め、ぽかん…と呆ける周囲。メガネ君はそのまま言葉を続ける。
「耳障りで不愉快だ」
「…ごっっめ〜ん!! マジでなに言ってんだお前! いやほんとマジでスミマセン! おい黙れ口を開くなバカ! いやもうほんとに悪い奴じゃないんす! 超絶無愛想なだけで! ほんとにガチですみません!!」
隣に座っていた友人と思わしき男子が、メガネ君の頭を殴り、女子たちに「すみません!!」と必死に謝罪する。
メガネ君は「なにをする」と小さく反抗するけれど、力づくで頭を押さえつけられ、そのまま一緒に頭を下げる形になった。
「藤原さん。不快な思いをさせて、マジですみません」
「あぁ、いえ、構いませんけど…」
深く頭を下げられて、私も思わず軽く会釈する。
少しびっくりしてしまった。確かにマリアの口調は特徴的だけれど、アニメのこの世界はわりとそういう個性が、当たり前のものとしてスルーされる傾向があると思っていたのに。
「もしよろしければ、具体的に教えてくださらない? 私は貴方の気分を害するようなことをしたかしら?」
「…皮肉か?」
「まさか。興味がそそられただけですわ」
どうしてこの人は、この口調を変に思ったのだろう。純粋に気になってそう尋ねれば、メガネ君は眉間にしわを寄せて、ぽつりと「…気に食わない奴を思い出す」と言った。
「気に食わない? それは誰ですの?」
「同僚だ」
「…失礼いたしました。社会人の方でしたのね」
「違うんだけど?! 待って吉田、お前学生じゃん?! なに、バイトするのを『働く』とか言っちゃうタイプ?!」
「同僚ってなに?! 俺も分からないんだけど?!」と叫ぶご友人。ほう、なかなかのツッコミだ。
「…そうだ。それでいい。もっと敬意を払え」
「あらあら。愉快な方ですこと」
「お前、今日ガチでどうした?? って待て、その手にあるやつ酒だったりする?」
「俺を…敬え…。うぅ…」
「ノンアルコールだけ飲んでろって言ったろバカ!! 水飲めバカ!!!」
うん、本当に愉快な人だなぁ。
アルコールで少し顔を赤くさせながら、「うやまえ〜!!」と両手を上げて叫ぶメガネ君を見つめながら、やっぱり飲み会って面白いよなぁとしみじみと私は思った。




