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8. 初めての戦い(ブルー視点)

妙に世界がゆっくりと見えていた。まるでスローモーションの世界みたいだ。


髪が自分の胴体を突き刺そうと向かってくる。だけど不思議と恐怖はなかった。


大丈夫。絶対に、私は大丈夫。


そんな根拠のない自信が溢れてきて、髪が私の心臓を突き刺そうとしたその瞬間、全身が光に包まれる。


いつの間にか、胸元に赤いバラが咲いていた。バラから一滴の雫が落ちて、それは形を変えて青い宝石になり、椿の形をしたブローチになる。


宝石が自分を呼んでいるような感覚がして、私はその声に誘われるまま、ブローチに手を伸ばした。


「…Where?」


気づいたら、見知らぬ場所に立っていた。


どこまでも続く青空と海。その水面には赤い椿が浮かんでいて、私が足をつけて水面を揺らすと同時に強風が吹いた。


巻き上げられた花弁が手足に巻き付き、レースの手袋と黒のブーツに変化する。


ドボンッと水面下へ落ちると、着ていた衣服が変わっていることに気がついた。


群青色の服の上から、更に金糸で椿の刺繍が施された瑠璃色の衣装を纏い、袴のようなスカートを履いている。


ゆらゆらと揺らめく水面を眺めていれば、泡が目元や頬、唇に触れて、なんだかくすぐったい心地がした。まるで白粉をはたかれ、紅を引かれているような気分になる。


私は今、一体どうなっているのだろう。そう不思議に思うと同時に、ぐんっと上へ引っ張られる感覚がした。


再び水面へと引き上げられ、いつの間にか水面に立たされている。光が反射して鏡のようになっている下を見下ろせば、見知らぬ少女がこちらを見返しているのが分かった。


「これ…私、デスカ…?」


切れ長の目元にすっきりとした顔立ち。腰まで伸びた長い髪は紺色で、目の色だって茶色から暗い藍色に変わっている。


浮世絵から出てきた日本美人という風貌だ。


信じられない気持ちでペタペタと自分の顔を触っていると、いつの間にか海は消えて、先ほどまで自分が立っていた街中へと景色は変わっていた。


目の前には髪の束があり、右手に握っていた刀を振るえば、無力な糸と化したそれがパラパラと宙に舞った。


「…よく分かりませんガ」


ぐっ、と足を踏み込む。なんだか妙に体が軽い。


「これで戦える、ということデスネ!」


髪を切り落としたことで、完全に敵だと認識されたのか、こちらへとすごい勢いで髪の攻撃が仕掛けられてくる。


あぁ、やっぱり。気のせいじゃない。なんだか遅く見える。…から、簡単に避けられる。


最小限の動きでそれらを回避して、考えうる最短距離を走り抜ける。


とんっ、と地面を蹴れば、ふわりと体が宙に浮いた。


狙うは人形の脳天。分離している体を狙うか迷ったけど、攻撃手段の髪がくっついている頭の方が怪しい。


左手を添えて両手で構え、そのまま勢いよく刀を振り下ろす。


獲った。そう確信した瞬間、前を見ていたはずの頭がぎゅるりとこちらへと向く。


生気を感じられない両目にゾッ…として、反射的に防御姿勢をとれば、人形が大きく口を開けた。と、同時にひどい耳鳴りがして、吐き気と頭痛を覚える。


「なんですカ、これ…?!」


目がチカチカする。胃がひっくり返ったみたいに気持ちが悪い。


しかし、そんなことを気にしている暇はない。この間にも相手は攻撃を仕掛けようとしているのだから。


槍のように突き刺そうとしてくる髪を避けて、高く跳躍し、一旦距離をとる。


刀を強く握りしめる。…大丈夫、コンディションは最悪だけど、無理をすればまだ同じ動きができるだけの体力は残ってる。


刀の切っ先を向けて人形を睨みつければ、今まで微動だにしていなかった相手の体の方が動いた。


丁寧な動きで頭を持ち上げ、そして首元へと運ぶと…一本の髪を糸のようにして頭と胴体を縫いつけたのだ。


「…いや、分けてた意味はなんデスカ?!」


「あぁ、結局つけるのね?! 個人的にホラー要素が減るからありがたいけど!」


自分以外の突っ込みの声が聞こえて、思わず振り返る。そこには先ほどまで人形を相手にしていた軍服の少女。


目が合って、互いに同じことを思っているのが分かった。


先ほどまで周りを気にする余裕がなかったし、まったく気がつかなかったけど、姿形は違っても、その声と話し方に聞き覚えがある。


まさか、と目を見開き、そしてどちらからともなく「それよりも今は!」と敵に向き直った。


「私がサポートするわ! 髪は気にせず走って!」


「はい! お願いシマス!」


深く踏み込み、また一気に距離を詰める。雪菜ちゃんが操る剣が髪のほとんどを切ってくれるので、先ほどよりもスピードを保つことができた。


間合いに入った…と同時に、剣が増えて髪を固定してくれる。身動きがとれなくなった人形が、再び口を開けようとした。


「それはもう見マシタ」


先ほどよりも速く、強く、刀を振るう。


「その首、頂戴イタシマス」


ピッと刀を払って鞘にしまえば、後ろの人形の体が崩れ落ち、頭が地面に落下した音がする。


後ろを振り返ると、人形の体が光の粒になって、光の靄のようなものが髪に捕まっていた人たちに戻っていくのが見えた。


「あれは…?」


「エマ、ちゃ〜ん!!」


「わっ…!」


あの光の靄の正体を不思議がっていると、雪菜ちゃんがこちらへと走ってきてそのまま勢いよく抱きついてくる。


「エマちゃんよね? そうよね?!」


「ゆ、雪菜ちゃん、デスカ?」


「そうよ! まさかエマちゃんも私と同じ戦士だったなんてビックリ!!」


両手を握られ、「きゃあ〜!」と歓声を上げられる。状況を読み込めず困り果てた私は「あの…」と口を開いた。


「私、さっきこの姿になって…なにがなんだか、分からないのデス…」


「あら…ごめんなさい、私ったら。一人ではしゃいじゃって」


雪菜ちゃんは恥ずかしそうに頬に手を当て、顔を赤らめる。


「さっきまで戦っていた敵はドールというの。人からリュミエールエネルギー…うーん、生命力的なものかしら。そういうエネルギーを奪う力があって、戦士である私たちはドールやそれを操る人たちから、エネルギーを奪い返す役目があるらしいわ」


「ナルホド…?」


そんなアニメのようなお話が現実世界で…?


半信半疑な気持ちで雪菜ちゃんの説明を聞く私に、「まぁこの辺りの説明は追々ね」と雪菜ちゃんは笑う。


そして私の手を握り「今はここから離れましょう。エネルギーが戻った人たちも起き始めたみたいだから」と引っ張ってくれた。


二人で人気のない場所まで走る。その最中、雪菜ちゃんはぽつりと呟いた。


「…一人で戦うの、実はね、ちょっとだけ心細いなって思ってたの。あのドールを一人で相手にするなんて、絶対に無理だって内心泣きたくなってた」


「雪菜ちゃん…」


「だからありがとう、エマちゃん。一緒に戦ってくれて、すごく…嬉しかった」


なんでも完璧な、私と正反対の女の子。


そう思っていたのに、震えた声でそんなことを言う彼女は、なんだか私とそう変わらない、普通の女の子に見えた。


ふと頭上を見上げると、この姿になる時に見たものと同じ青空が広がっている。


「得意なこと…ではないかも、しれない、デスガ…。なりたいものは、見つけたかもデスネ…」


昔のことを思い出して、私は小さくそう呟いた。


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