5. ブルーの覚醒
「earthquake…デスカ?!」
「…そうかもしれないわね」
いや、多分これは地震じゃない。
「な、なんだあれ?!」
店の外にいた男性がそう叫ぶのが聞こえる。私はテーブルにあった紅茶を飲み干し、静かに席を立った。
「お、お姉さん?!」
「…急用を思い出したの。ここは私が払うからスミスさんはゆっくりなさって」
バッグを手にして手早くお会計を済ませる。
ドアを出て辺りを見回せば、少し先に日本人形に似たドールが暴れているのが見えた。首から上がなく、自分の生首を赤い台の上にのせて運んでいる。
うーん、茶運び人形ならぬ、生首運び人形?
髪が蔓のように伸びて周りの人間を襲っている。捕まった人間たちからリュミエールエネルギーを吸い取っているようだった。
バラを咲かすよりは効率が悪くて、大したエネルギー量は吸い取れていないみたいだけど、手っ取り早くドールの力を高めるのには悪くない手だ。
ドールも回収しないとせっかく集めたエネルギーもなくなってしまうから、あのタイプのドールは扱いが面倒なんだけどね。
「今回の相手はローズだったかな」
なるほど、慎重な彼らしいやり方だ。
今回の狙いはエネルギーの回収というよりも、エネルギーの二、三滴分のドールに戦士がどれだけやれるのかを見たいってところなのかな。
「…今回は傍観者として楽しませてもらおう」
物陰に隠れてブローチを取り出し、変身を済ませる。
そのまま建物の屋根の上を跳びながら、この辺りで一番高いマンションの屋上に降り立つ。
パチンッと指を鳴らせば右手にオペラグラスが現れた。といっても戦士が使っている剣のように特別性のものだから、双眼鏡以上に良く見えるんだけどね。
「あ、ルージュ!!」
気分的は応援上演である。ペンライトを持っていないのが残念だ。
現場に到着したルージュがドールの伸び続ける髪を切って、それ以上の進行を防いでいる。
しかし、なにせ手数が多い。一人では食い止めるのが精いっぱいというところだろう。
大量の触手のように動く髪を相手にするルージュ。善戦していたが少しの隙に足に巻きつかれ、そのまま宙づりにされてしまう。
しかし、手足や胴体を強く締め付けられ、エネルギーを少しずつ吸い取られる状態になっても、目は死んでおらず、どうにか脱出しようともがいているルージュ。
「そう、考えて。貴方の剣はもっと強い」
ルージュの攻撃『エトワール・フィラント・ルージュ(赤い流れ星)』は、まだまだ改善の余地がある。今のままじゃ、ただのナイフ投げ。
「おっ、ひらめいたっぽい?」
十本の剣がルージュの身体を縛る髪を切る。そして自由の身となったルージュは目を閉じた。
それまで一心不乱に剣を振るっていた彼女とはまったく違う姿だ。静かに、まるで祈るかのように両手を合わせ、そして彼女は呟く。
「『外敵を討て。エトワール・フィラント・ルージュ』…か。格好いい〜!!」
彼女の唇の動きを真似して、私はきゃあ〜!と心の中で叫ぶ。
ようやくちゃんとした彼女の必殺技が生まれた。そんな瞬間に立ち会うことができて感動しちゃう。
前のように直線的に進むのではなく、追跡機能もあって、彼女の手足のように機敏に動く剣たち。
「でも、やっぱりあの手数の多さは一人じゃ難しいよね」
私はオペラグラスを動かし、少し離れたところに視線を移す。レンズの先には戸惑いの表情を浮かべているエマ・スミスの姿があった。
その瞬間、ルージュだけでは裁き切れなかった髪の一房が近くにいた一般人へと向かう。それに気づいたエマ・スミスは思わずというように、その人と髪の間に立ちふさがった。
彼女の身体がまばゆい光に包まれ、そして彼女の胸元にリュミエールのバラが現れる。
開花したバラからリュミエールエネルギーの雫が落ちて一つの宝石になった。最終的にサファイアのような青い宝石のついたブローチの姿へと変わる。
驚いた様子のエマがそのブローチを掴めば、彼女の姿が変身した。
切りそろえられた青のストレートヘアを椿の髪飾りで一つに束ね、袴に似た衣服を身にまとった凛々しい少女。
涼やかな目元と小さな唇に紅をのせ、それが雪のような白い肌によく映えている。そして彼女が握りしめるのは一振りの日本刀。
「おぉ、結構雰囲気変わるなぁ」
エマは天真爛漫な可愛らしい感じの印象だったけど、ブルーはまさにクールビューティーという感じだ。
そうそう、この大人っぽい見た目に反して、たどたどしい日本語と年相応のリアクションがギャップだって人気だったんだよね。
それにしても日本人形のドールに、和風の衣装を着たブルーってなんだか合うなぁ。あぁ、そういえば、初めての敵と新戦士のコンセプトを合わせているんじゃないかっていう考察動画もあったっけ。
「さて、お手並み拝見」
ルージュの活躍も余すことなく観察したいところだけど、今回はブルーの行動も気になりすぎる。
なんといっても彼女の見せ場として用意されたシーンだからね。見どころ満載だ。
舞うような軽やかな動きで髪の攻撃を避け、ドールへと突っ走って行くブルー。速い。なるほど、スピードはルージュより上なんだね。
頭上を取ってそのまま刀を振り下ろそうとするブルー。ドールはそのまま切られる…かと思いきや、カッと口を開けて耳障りな大声を上げた。
うわ、なんかこの距離でも頭がキーンとする。ほとんど音は聞こえてないんだけど、うーん、なんか嫌な超音波でも出したのかな。
驚いて動きを鈍らせるブルーに、容赦なく髪で突き殺そうとするドール。
ブルーが一度体制を立て直そうと距離を取れば、ドールは台の上にあった自身の頭を掴み、なにをするのかと思いきや…そのまま首に引っ付けた。
「つけるんかい!」
私がそう突っ込むと同時に、ルージュとブルーも同様のリアクションをしているのが見えた。
首をつけると強くなるんだったら最初からくっつけとけばいいのに…あれかな、さっきまで舐めプしていたって認識でオーケー?
血の涙を流して、泣き叫びながら敵を睨みつけるその姿はホラー映画以上のクオリティ。
しかも、さっきよりも髪の攻撃威力が段違い。
ルージュとブルーは目を合わせ、一言二言、言葉を交わす。ブルーが攻撃を務め、ルージュがそのサポートに回ることを決めたようだった。
ブルーの動きに合わせて先ほどよりも器用に剣を操るルージュに、風のような速さで攻撃を避けながら距離を詰めるブルー。
そしてブルーが間合いに入ったと同時に、ルージュは更に剣を倍に増やした。それで彼女に近くにあった髪の束を地面へと突き刺してつなぎ止め、身動きが取れないようにする。
ブルーが刀を振るった。ぽろりとドールの頭が落ちて、ボロボロと体が崩れ始める。
戦士の勝利だ。
ドールに集められていたエネルギーも持ち主の元へと戻って行く。
「いい戦いだっ…」
「あら、こんなところで高みの見物をしていたの?」
「…た、なんて口が裂けても言えない酷さでしたわね。ローズ」
うそぉ、この人、さっきまで足音も気配もしなかったんだけど。マジで怖すぎ。
いつの間にか後ろに立っていたローズに、心臓が飛び出そうになるのを必死に堪えつつ、私は動揺を誤魔化すようにニコリと作り笑いを浮かべる。
その笑みを違う意味で受け取ったのか、ローズは困ったように肩をすくめた。
「そう怒らないでちょうだい。アタシも噂の戦士ちゃんとちょっと遊びたかったの。エネルギーを回収できなかったのは謝るわ」
「…あらあら、ローズは自分の役目もお忘れですの? 私たちはすべきことは、お人形遊びではなくてよ」
「エネルギーの効率的な回収が最優先。分かっているわ。だからこうして反省しているじゃない」
「…」
「それで? こんなところで見ているだけなんて、なにをしていたの?」
「大したことではありませんわ? 私たちに比べればまるで赤子のようなか弱さですけれど、敵の現時点での実力を正確に把握しておくに越したことはありませんもの」
「ふぅん? 評価しているのね。か弱い戦士ちゃんたちのこと」
「まさか。杞憂に終わるであろう、万が一の保険ですわ」
ま、いつか私たちをしのぐくらい強くなっちゃうんだけどね~!
と心の中で返しつつも「では、私はこれで失礼しますわ」と髪を払って、屋上から地面へと飛び降りる。
「…ふぅん?」と納得してなさそうなローズの反応には気づかなかったふりをした。




