3. 主人公と対面
流石に主人公が授業を受けるのを邪魔するのは忍びなかったので、放課後になるまで待って、おさげの女の子が下校するのを待つ。
大きな木の上で「来ないなぁ…」と待っていたら、ようやくターゲットの姿を見つけることができた。
友人と別れるのを見届けて、さてと、と彼女の前に降り立つ。
「えっ? 空から人が…」
「ちょっと失礼するわね」
パチンッと指を鳴らせば、少女の目からハイライトが消えて全身から力が抜ける。
そのまま地面へと激突する前に、彼女の身体を受け止めてそのままゆっくりと地面へと寝かしてあげる。
彼女の胸元にはいつの間にか、綺麗なバラの蕾が現れている。リュミエールエネルギーを抽出するためには、このバラが咲くまで待たなければならない。
「ふぅ…上手くいってよかった。リュミエールのバラを咲かす作業は、流石にそう簡単に練習できないからなぁ」
なにせバラを咲かせたら、主人公の相棒であるマスコットキャラが危機を察知して飛んでくるのだ。
「お待ちなさい!」
こういう風にね。
これはこれは予想外。思っていた以上に到着が早い。
「貴方、何者なの?!」
「お初にお目にかかりますわ、戦士のお嬢さん。私は紫の魔女、ヴィオレと申します」
「魔女?! 昨日の男の仲間ね…!」
「…そちらも名を名乗るのがマナーというものでなくて?」
「貴方なんかに教える名前はないわ!」
そんな台詞とともにこちらに蹴りを仕掛けてくるルージュをかわしつつ、うーん、好戦的だなぁ…と苦笑する。
近接戦が得意なルージュと間合いを詰めるのは得策ではないので、距離を取れば、元々それが目的だったのか、ターゲットにしていた女の子を奪われてしまった。
さて、困ったことになった。バラがまだ咲いていない状態だからエネルギーを抽出できていない。ということは、まだ『ドール』は使えない。
「いきなり飛びかかってくるなんて野蛮な方ですこと」
「罪のない人にこんなことをしている貴方たちには言われたくないわ」
「まぁ…。私はその方に暴力など振るっておりませんわよ。少し有り余ったエネルギーを分けていただくだけですわ」
「分けるなんて随分柔らかい言い回しをするのね。根こそぎ奪う、の間違いでしょう?」
「あら、そうとも言いますわね」
ヴィオレっぽさを意識しながら、クスッと笑えば、ルージュはこちらを睨みつけてきた。
そうだよね。こういうタイプ、一番嫌いなはずだもん。
猪突猛進で何事にもストレートなタイプのルージュと、おっとりした雰囲気で皮肉屋なヴィオレ。
アニメでもルージュとヴィオレは、明らかに性格の相性が悪いんだろうなと察せられる場面が多かった。
でも…。
「かっ…!」
「か?」
「んんっ…! なんでもありませんわ」
怒ってる姿もめちゃくちゃ可愛い〜!!
そう、相性が悪いのは原作のヴィオレの話。性格が本来の彼女とは程遠い私にとっては、生ルージュちゃん可愛い!!という感想しか出てこない。
スカーレットの長い髪に、赤と白を基調とした軍服風のドレス。その凛とした眼差しや姿勢は、気高い赤バラを彷彿とさせる。
ルージュの姿って、可愛さだけじゃなくて格好よさもあるんだよね。魔法少女というより、女騎士って感じがする。
駄目だ。頑張って悪役になりきろうとしたけど、少しでも気を抜いたらオタクモードになる。
私の表情筋が反抗期。待って、口角、ニヤけるな。せっかく作ったシリアスな雰囲気が壊れちゃう。
「なにを笑っているの?」
やっべぇ、漏れ出てたみたい。
「いえ、怖いくらい真っすぐな方だと思っただけですわ」
「…私、貴方のこと苦手だわ」
「まぁ…悲しい。ひどいことをおっしゃるのね」
よしよし、上手く誤魔化せたみたいだ。
蹴りやパンチを繰り出してくるルージュの攻撃を、ヴィオレの身体能力でどうにかこうにかかわしつつ、うーん…と唸る。
ヴィオレの能力を使ってもいいんだけど、幹部たちの力が本格的に発揮されるようになるのって、まだ先なんだよね。
それまではターゲットから奪ったリュミエールエネルギーの一部を使って、からくり人形、通称『ドール』で戦士たちを相手にする。
『ドール』は注いだエネルギー量によって強さが変わる。戦士たちが強くなって魔女たちに舐められなくなっていくにつれて、それに伴ったエネルギーを注入された敵の『ドール』も強くなっていくという設定なのだ。
物語の序盤の今、能力を見せるのはストーリーの進行上良くない可能性もあるしなぁ…。
まだ戦士として覚醒したばかりの彼女相手だと、下手したら後遺症の残る怪我を負わせちゃうことも考えられるし。
ちらり、とルージュの後ろに庇われているターゲットの女の子を見る。
バラの開花まではあと半分といったところ。
「っ…! さっきから、逃げてばかりで戦ったらどうなの?」
「その台詞は、私に攻撃を一回でも当ててから言ってくださる?」
「もう! ああ言えばこう言うんだから! なら、これからどうかしら?!」
急に距離を取ったと思ったら、ルージュはバッと右手を掲げる。すると、彼女の背後に、十本もの剣が浮かび上がった。
そう、ルージュの強みはこれだ。近接戦が得意な上に、ある程度敵と離れている場合の攻撃方法も持っている。
…でも、悪いけどその攻撃は知ってる。前世のアニメ知識という名のカンニング! 有効活用させてもらう!!
「…まだ負けるわけにはいきませんの」
貴方たち、推しカプのイチャイチャをこの目に焼き付けるまではね!!
バカ正直に一直線で向かってくる剣を、ひらりひらりと避ければ、ルージュの表情に焦りの色が浮かぶ。
まだまだ不慣れな攻撃方法。剣のスピードも威力もそこそこあるけど、軌道は直線的。追跡機能もまだないから避けるのは簡単。
手数でゴリ押すことにしたのか、その後は攻撃の大盤振る舞いが続く。
「随分とお疲れみたいですわね」
「まさか。ようやく暖まってきたところよ」
肩で息をするルージュを見るに、そろそろエネルギーの限界が近づいてきたのだろう。
戦士も魔女も、基本的な戦い方は同じだ。ブローチの宝石で自身のリュミエールエネルギーを増幅させて、身体能力の向上や攻撃を行う。
つまりはまぁ、魔力切れみたいな感じで、「これ以上の消耗は生命維持に関わる」みたいな制限がある。
もうそろそろ戦闘を切り上げたいところだけど…。
「貴方たちは、どうして人からリュミエールエネルギーを奪っているの?」
そんなことを考えていると、キッと私のことを睨みつけながら、ルージュが問いかけてきた。
その質問に私はどう答えるべきか少し迷ってしまう。
私の答えとしては「推しカプのイチャイチャを見たいから!!」の一言に尽きるんだけど、流石にそのまま伝えちゃうのはまずいことは私にも分かる。
なら、原作のヴィオレだったらどうだろう。
すぐに頭に浮かぶのは、お洒落で綺麗な居心地のいい部屋。
可愛い服がいっぱい入ったクローゼット。高価なバッグに化粧品。大学での学校生活。カフェで食べた豪華なランチ。
この贅沢な生活にヴィオレは一体どれだけ憧れたんだろう。
人からすれば「我が儘だ」と言われるかもしれないけど、彼女はその「我が儘」のためにきちんと対価を払っている。
黒の魔女ノワールの眷属となり、命を懸けて自分に与えられた役割を果たしているのだ。
「…こうありたいと願った自分であり続けるため、かしら」
「ありたいと思った自分に…? 人を傷つけることが、貴方のなりたかった自分だって言うの?!」
「そうよ」
私が頷けば、ルージュは絶句する。
まぁ返答に困るよね。でも原作のヴィオレは、それが願いが叶う対価ならってあっさり受け入れるんじゃないかな。
って、考え事は置いといて、今は戦闘に集中しなきゃ。
「貴方のお名前、教えていただける?」
「なんなの、今更…」
「教えて、いただけるかしら?」
「…ルージュよ。赤の戦士、ルージュ」
「そう。覚えましたわ」
このまま逃げ帰ってもいいのだけど、こんな序盤にルージュの自尊心を大きく折りたくないなぁ。
主人公の挫折は最適なタイミングで、そして最適な状態で、味わうのが一番成長に繋がるものだからね。
なら、今はやっぱりこれが最適解。
「今回は貴方の負けですわね、ルージュ」
「しまっ…!」
ルージュが息を整えている隙に、跳躍してバラが完全に咲いたターゲットの少女の前に立つ。
素早くバラを摘み取って、下にガラス瓶を添えその花を握りつぶす。ポタポタ…と五滴ほどリュミエールのエッセンスが抽出できた。
「やめて!」
勢いよく迫ってくるルージュに微笑み、その一滴を『ドール』にかける。
「お行きなさい、ドール」
ほどよく敗北を、そして、ほどよく勝利を。
そんな戦いの酸いも甘いも噛み分けて、私が大好きになった強く、美しい戦士に成長して欲しい。
そんな気高い推しの姿が見られるなら、私は悪役として倒されてしまっても構わないと思っているの。
「そんなに欲しいのでしたら、少しだけ分けて差し上げますわ。その一滴はお好きになさって」
「待ちなさい!!」
「それでは、ご機嫌よう」
元々エネルギー量が多くて、リュミエールエネルギーを作りやすい体質みたいだから、一滴もあれば、数日後にはギリギリ日常生活を送れるくらいに回復するだろう。
ルージュが『ドール』を倒してエネルギーを取り戻してくれたら、ターゲットのあの子も大事にはならないはず。
「ヴィオレ!!」
期待しているわ。赤の戦士、ルージュ。
そう心の中で呟いて、私は転移するワープゲートをくぐった。




